第八話「バイシクル・レースその②」

ぼくは心底震えていた。バイクは制限速度をゆうに越えたスピードを出している。
しかし、真に恐ろしいのはそれではなく、そのバイクにスタンドの車がピッタリとついている事だ。
まるでライオンが、確実に獲物を仕留める距離やタイミングを測っているようだ。
ぼくのスタンドは「回転する爪」だ。近距離なら切り裂く事も出来るだろうが、
敵は車を媒介にしているだけあって圧倒的なパワーだ。下手に近づいたら跳ね飛ばされるのが落ちだろう。
「このバイクはCBR1000RR、排気量998cc、旋回性、加速性、最高速度、どれも申し分ない」
唐突に長門が呟く。
「このまま逃げ切る。奴を見て」
独り言ではない。改めて敵を見る。すでに敵は完全に変形を終えたようだ。
と、青信号の交差点を通り過ぎる。それを合図にしたように車のライトが瞬いた。
「長門!来るぞッ!」
体当たりを仕掛けてきた。当たればこちらはひとたまりもない。
バイクはそれを寸前でかわす。他の車の間をすり抜け、距離をとる。
敵も一般車にぶつかり無駄な傷は負いたくないのか深追いはしてこない。
このままなら逃げきれるかもしれない。そう思った時、長門の体が強張るのを感じた。
何事かと前を見るとそこには・・・!そうか、深追いする必要なんてなかったのか。
前方には赤信号。そして引っ切りなしに車が走る交差点があった。
「長門・・・!とても交差点は通れない。でも、足を止めて信号が変わるのを待っていたら敵にやられる!
『道』がないッ!どうすればいいッ!?」
「『道』なら、ある」
長門の声にぼくは冷静さを取り戻しかけたが、次の長門の言葉は予想をはるかに超えていた。
「歩道が空いている」

何を言っている!?とても信じられなかった。歩行者を轢くという事ではない!
今までの長門の運転技術ならそれはない。だが、それより大きな問題がある!
ぼくの思惑をよそに、長門は進路を変えてガードレールの切れ目から歩道に進入した。
予想外の動きに敵は並走するのがやっとだ。
予想通り長門の運転技術は確かで、間一髪のところで歩行者を避けていく。
しかし、このままでは・・・!
「待て、長門!減速するんだッ!」
そうなのだ。歩道を走るという事は、歩道に沿って曲がるという事。
前方では直角に近いカーブがそびえている。このバイクの速度は、80キロは堅い。
このままカーブを曲がるなんて自殺行為もいいところだ。
もうカーブまでの距離は近い。減速が間に合うのか?間に合え!そう祈った。・・・しかし。
「長門・・・!?何をしてる?減速しろッ!間に合わないッ!」
長門はまるでブレーキをかけなかった。いや、むしろ速度が増しているような気さえする。
このスピードで曲がろうというのか?無茶だ!長門だってそれはわかっているはずなのに!
考えている間にも悪魔のように口を開けたカーブが近づいてきている。
もう限界だ。ぼくは叫んだ。
「長門ッ!ブレーキだッ!曲がれるわけがないッ!」
「・・・曲がる必要は無い」
「!?」
馬鹿な。交差点は引っ切りなしに車が走っている。
それをかい潜って走るなんて、シューマッハにも出来ない。
確実にぶつかる。正気か?その疑念は次の一言で確信へと変わった。
「・・・交差点は、飛び越える」
な・・・!?「飛び越える」だって・・・!?飛ぶつもりなのか!アレを使って!
目の前の交差点には歩道橋があった。自転車用に坂になった部分が!

あれをジャンプ台として使うっていうのか!?しかし!
「ダメだ長門!ぶつかる!」
スピードは足りている。恐らく交差点を飛び越えるほどの飛距離は出る。
だがそれは何もなければの話だ。歩道橋には転落防止用の柵がある。
そうなるとどうしても角度が足りない。必ずバイクが引っ掛かる。このスピードだ。命はない。
ぼくの言葉を無視して、バイクは歩道橋を登り始めた。もう止まる事はできない。
エンジンを全開にし、バイクは登る。柵は処刑台のようにそびえ立っている。
・・・ダメだ!改めて見て確信した。やはり柵は飛び越えられない!
引っ掛かるどころかこの高さでは激突だ。・・・死ぬ。
恐怖にぼくは目を閉じる事すらできなかった。そしてバイクは頂点に達し、跳ね上がった。
「うわああああ!ぶつかる!」
目を見開き、そして見た。柵が光に包まれる瞬間を。
予期していた衝撃に襲われる事はなく、代わりに感じたのは浮遊感。
「『情報操作』・・・。一瞬だけ柵を消した」
着地の衝撃で生きていると気付いた。
慌てて振り返ると、何事もなかったように柵は復活していた。
「まるでカインド・オブ・マジック(魔法の一種)だ・・・。
あれが君のスタンドなのか?」
驚いたぼくに対する返答は素っ気ないものだった。
「違う。私は古泉一樹とは違う」
「何だって?じゃあ君は一体?」
スタンドとは別の能力?古泉とは違う組織の人間なのか?
しかし、長門の答えはぼくの予想をはるかに越えていた。

「・・・私は、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス」
・・・は?言っている意味がまるでわからない。淡々と長門は続けた。
「情報統合思念体、という存在がある。私はそれに造られた。
あなたも知っている、朝倉涼子もそう」
朝倉涼子!?夢じゃあなかったのか!でも、彼女と同じなら・・・。
緊張が走る。それに気付いたのか長門が言い添えた。
「彼女の行動はただの暴走。私の任務は涼宮ハルヒの観測」
「・・・世界を改変する能力?」
「少し違う。宇宙からの観測の結果、情報統合思念体は彼女に人類の進化の可能性を見た」
説明してくれてるんだろうが、ますますわからなくなった。
「うちゅ・・・本気で言ってんのか?じゃあ君は宇宙人だっていうのか?」
「そう」
頭がくらくらするのは高速走行のせいだけじゃあないみたいだ。
超能力者、そして宇宙人か・・・。
「君も、ぼくや古泉みたいにハルヒに呼ばれたっていうのか」
「・・・少し違う。あなたは自分から来た。涼宮ハルヒに連れて来られた私たちとは違う」
小さな違いだ。そう言おうとした時、背後で激しい衝突音がした。
敵が無理に追い掛けようとして衝突したんだろうか。そう思って振り返る。
「な・・・!そんな!ウソだろッ!」
敵の車が通行する車を花びらのように弾き飛ばしながら追いすがっていた。
あんな真似は軍隊の装甲車だって出来ない。あのスタンド、何でもありか!?
「・・・普通に走っていては振り切れない」
そう言うと、長門は急ハンドルを切った。
「これから近くの工場に併設されたコンテナ群に向かう」
なるほど。碁盤の目状に並んだコンテナの中なら、見失わせるのも簡単だ。

コンテナを吊り上げるクレーンが見えてきた。後ろを振り返る。
敵とは十分な距離がとれている。このままなら逃げ切れる。
そしてその距離を保ちながらコンテナ群へ入った。
よし。後はどこかで曲がるだけだ。ぼくの考えに応じるようにバイクが曲がり始める。
勝利を確信したその時、腕に激痛が走った。
見ると、二の腕に一点血がにじんでいる。撃たれた・・・!?いや、銃声はしなかった。
銃ではない・・・?なら何で・・・?
「・・・まずい」
長門の言葉で思考は中断された。まさか長門まで。
「撃たれたのか!?」
「違う。私は・・・へいき」
言葉の続きを待たず、「まずい」事がわかった。
耳をつんざく金属音。足元で散る火花。タイヤを撃たれたのだ。
たちまちバイクは制御を失った。コンテナが目の前に迫る。
ぶつかる!そう思った瞬間、ぼくは宙を舞っていた。
長門がぼくをつかんで飛び降りていた。

よし。全ては順調だ。「運命の車輪」のスタンド使い、「ズィーズィー」はほくそ笑んだ。
コンテナ群に逃げ込まれた時は焦ったが、遠距離攻撃を叩き込んでバイクを潰した。
情報によると、長門は「情報操作」、ジョニィは「回転する爪」が攻撃手段だ。
ジョニィの一撃は強力だが、射程が短い。食らう前に轢き殺せる。
厄介なのは、長門と連携された時だが・・・。思わず笑みがこぼれた。
長門の奴、飛び降りる時ジョニィをかばいやがった。
おかげでまともに地面に叩きつけられ、立つのも厳しいくらいの重傷だ。
今の奴に「運命の車輪」の突撃をかわす力はない。
ズィーズィーの考え通り、長門は歩けないほどの傷を負っていた。
「損傷甚大。早急な修復を要する」
力ない言葉が漏れるように出る。ズィーズィーはそれをかき消すようにアクセルを踏んだ。
猛烈な加速、そしてエンジン音。長門は接近する車を流れ星でも見るように呆けて見ていた。
そこに、割って入る小さな影があった。ジョニィだった。

ズィーズィーは何が何だかわからなかった。
長門にジョニィが飛びつくのが見えた時は、始末する手間が省けたと思ったが、
考えてみれば下半身不随のジョニィがあんなに早く飛びつけるはずがないのだ。
それより、一番解せないのは二人が突撃をかわしたという事だ。
今の長門とジョニィは走るなんて事はできないはずだ。ならどうやって避けた?頭が混乱した。
一方、長門はジョニィに助けられたとはいえ、深手を負っている事は変わらない。
「長門・・・!」
「へいき」
重傷を負っているにもかかわらず長門は冷静だった。
「突撃に合わせて、物理障壁を作る」
苦しそうな長門の言葉はそれだけだったが、ジョニィは言おうとした事がわかった。
長門が足止めをしている間に、「回転する爪」の一撃を食らわせろという事だ。
話し合うわずかな時間の間に、「運命の車輪」は体勢を整えて再び突撃した。
「来る!」
ジョニィが叫ぶと同時に長門が障壁を構築する。激しい衝突音が辺りに響いた。
今だ。ジョニィが目前の「運命の車輪」に一撃を放とうとした時、笑い声が聞こえた。
「これが『情報操作』か・・・。なかなかやるねえ〜」
ズィーズィーの声だ。余裕に満ちたその声は続く。
「だがシブくないねえ〜。ジョニィ、お前らに撃ち込んだものは何だと思う?」
言葉を受けてジョニィが気付く。これは・・・バイクが潰れたからだと思っていたが・・・この臭いは!
「撃ち込んだのはガソリンだッ!そして!」
二人に蛇のようにコードが伸びる。
「電気系統でスパーク!焼け死ねッ!」
コードから散る火花がガソリンに塗れた二人に引火し、爆弾のように二人は燃えあがった。

ズィーズィーはもう笑いを堪えきれなかった。目の前では二つの人型の炎が揺らめいている。
予定外の出来事はいくつかあったが、二人の始末は成功だ。
喜びに思わず言葉が漏れた。
「勝った!ジョニィ・ジョースターの憂鬱、完ッ!」
「そう」
細い声にズィーズィーは耳を疑った。気のせいか?どこから聞こえた?
辺りを見回すズィーズィーに応えるように言葉が続いた。
「それなら誰がぼくの代わりをつとめるんだ?」
この声は・・・上?身をよじり頭上を見る。ズィーズィーが目を見開いた。
ジョニィが上空のクレーンにぶら下がっていた。しがみついた長門が呟く。
「『情報操作』でダミーを作った・・・。燃えたのはそれ」
馬鹿な。ズィーズィーの思考が凍る。ダミーを作ったとしても、
短時間であそこまで移動出来ないはずだ。それをなぜ?ジョニィの声がそれに答えた。
「『回転する爪』をローラーのように使った。それで高速移動が出来た。
そして・・・ぼくの指先にあるものが見えるか?」
それを見て、ズィーズィーの思考が動き出した。パニックという形で。
ヤバい!逃げなければ!・・・あれ!?動かない!?そうか、情報操作で壁を・・・!
「た、助けてくれ!」
悲痛な叫び声にジョニィが呆れ声を出す。
「あれだけ命を狙っておいて調子のいい事言うなよ。
命を取りはしないさ。・・・多分」
「多分?今、多分って・・・!?」
絶叫を消すように、ジョニィは「運命の車輪」の頭上のコンテナを吊り上げるワイヤーを切断した。

クレーンから降りると、ぼくはしがみつく長門に声をかけた。
「長門、もう大丈夫だ。すぐに救急車を呼ぶ」
長門は瀕死の重傷を負っている。口調は落ち着いているが、それが逆に危ない。
神経をやられているのかも・・・。責任を感じて歯を食いしばった。
と、長門がしがみつく手を離す。
「いい。インターフェースの再生は終了した」
さっきまでの重傷が嘘のように消えていた。
なるほど、これが宇宙人か・・・。
「後は古泉の機関に任せるとして・・・帰ろう」
ひどく疲れた。長門の正体もわかったし、もう帰りたい。
そう思ってとても重大な事に気付いた。車椅子を置いてきてた。
頭を抱えると長門が肩を叩いた。
「これ」
車椅子があった。
「長門?これはどうしたんだ」
「情報操作」
「作ったのか?君が?」
頷く。・・・何て言うか、案外、宇宙人とも仲良くやっていけるのかもしれない。

本体名「ズィーズィー」
スタンド名「運命の車輪」
スタンドごとコンテナに潰されて再起不能。
To Be Continued・・・

古泉の報告書

スタンド(?)名「カインド・オブ・マジック(情報操作)」
本体名「長門有希」

パワー− スピード− 精密性B 持続力A 成長性−
射程距離ほぼ無限

能力
  • 「情報操作」により情報の構築、分解を駆使する。
  • 例えば、物を分解して変形。情報構築による傷の治療などが出来る。
  • 複雑な情報操作には時間を用し、また複雑さにおいて情報操作には限界がある。

備考
本体は対有機生命体用ヒューマノイド・インターフェースであり、
本能力もスタンドというよりは技術というほうが適切である。(便宜上スタンドとした)
現在のところ、現状維持という行動指針は我々と一致しているようである。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年06月12日 11:56