パンナコッタ・フーゴの消失
第六話
〜視点・キョン〜
「状況はあまりよくありませんね、というよりも、これはSOS団最大の危機です」
あのな、古泉。携帯とってもしもしという俺の声を遮っての開口一番がそれってどうなのよ。
「……フーゴのことか?」
「その通りです。『機関』に調べてもらってもただの学生だという返答がきたんで勘違いかと思ったんですが、念のため長門さんに聞いたら、彼はイタリアで勢力拡大中のギャング集団に所属しているらしいんですよ」
今の古泉は笑っていないな。なんとなく表情まで想像できるような声を出していた。
「『機関』の情報収集能力はCIAに匹敵します。それを巧妙に隠蔽できる時点でただの組織じゃありません」
「……目的はハルヒか。お世辞にも穏健派ってわけじゃなさそうだが」
「パッショーネ、という組織らしいですが、聞いた感じでは目的のためなら一般人も平気で始末する最低のギャングみたいですよ」
こいつがここまで露骨に感情を出すのも珍しい。焦ってるのだろうか。
「だがよ古泉、事前にそれが分かっているのなら手の打ちようがあるよな?もちろん急を要する事態だとは思うが……」
最大の危機と言うほどではないんじゃないか?
しかし電話の向こうの古泉は、力なく笑ったようだった。
「排除はできません。と言うのも既にSOS団に食い込んでしまっているからです。今彼を我々の学校から追い出す事は涼宮さんの感情を激しく害する事になります。それだけは絶対に避けなければならない」
なるほど、八方塞というわけか。

「……どうすればいい?」
「長門さんと彼が今頃接触しているはずです。なんとか話がつけば、最悪の事態は回避されるんですが」
「おいちょっと待て、お前一人で行かせたのか?」
それは流石にないだろう古泉。そりゃあいつはスーパー超人だが、それとこれとは違う。
「それがですね……どうしてもついていくと言ったら『足手まとい』と言われてしまいまして。能力も教えてもらってないんです。狙われるといけないからってことで」
「……え」
「非常に危険な能力らしいですから、僕の安全を思っての言葉なんでしょうが……正直ショックでしたよ」
まったく、らしくないのオンパレードだな最近。
まあ長門にそこまで言わせたということは、きっと古泉も粘ったに違いない。許しても良い。
「じゃあ、今俺らができることは……」
「待つこと……ですかね。涼宮さんの身辺警護も相手を刺激する事になりかねないからやめろと言われてますし」
相手にこっちが気づいてないと思わせるのが重要ってわけか。
「……朝比奈さんには」
「もう連絡しておきました。……何も起こらなければいいのですが」
やれやれだ。本当に自分の無力感ってやつを味わうぜ。
「……それでは失礼します」
がちゃり、と切れて、後には無気力な音が響き続けた。
俺は続けて番号をプッシュする。
「……なに、キョン、今お風呂入ろうかと思ってたんだけど」
ハルヒのこれまた浮かべている表情が判断できそうな第一声が流れた。

「……ハルヒ、戸締りしっかりしとけよ。いいか、何か危険を感じたらためらわずに助けを呼ぶんだぞ」
「……は?あんた大丈夫?」
「それだけだ。じゃあな」
ただの気休めだが。主に俺の。
何も考えたくなくなって、まだ寝るような時間ではなかったがベットにもぐりこんだ。
〜フーゴ視点〜
目的地の公園を見つけ出し、今、ここへ僕を呼び寄せた人物と対峙していた。
涼宮ハルヒではなかった。
「……パンナコッタ・フーゴ」
光の加減で薄い水色にも見えるショートカットに線の細い体。
確か長門、という少女だ。
僕達二人は公園のベンチの前で向かい合っていた。距離は2m。第三者が見たら勘違いするかもしれない。
「なぜ、僕をここに?」
予想外か、と聞かれると実際そうでもない。あの集団の中で明らかにこの人物だけ浮いていた。
敵に回したら絶対やばそうな殺気。常人じゃないどころか人間かどうかすらも疑わしい冷たい雰囲気。
「今すぐ涼宮ハルヒ暗殺の任務を中止してほしい」
ばれていたのか。僕は目を軽く閉じため息をつく。
「……できませんね」
しらばっくれても、多分、目の前の人間は全部知ってるんだろうし時間の無駄だろう。
涼宮ハルヒがスタンド使いではないのだとすると、おそらく目の前の少女が能力者。ターゲットはおそらくフェイク。情報チームはおとり情報に引っかかった。
肩の力を意識的に抜く。ここで控えなければならないのは無駄な精神力の消費だ。僕のスタンドを知られている可能性が高く、なおかつこっちは相手の事を何も知らないという最低な状況だが、とにかく、やるしかない。
「結構、気をつけて行動したつもりなんですけどね、それとも別のルートから情報を仕入れたんですか?とにかく分かりませんけど……」
バックステップで離れつつ、パープルへイズを発現する。自分のドス黒い狂気が具現化した。

パープルへイズの強みは殺人ウイルスだけではなく、近距離パワー型のスタンドともラッシュを打ち合えるほど運動性能が高く、なおかつ射程が5mな点にもある。普通は2mが関の山だ。
本体である僕が4mはなれた時点で、パープルへイズが肘打ちを繰り出す。まだウイルスの射程なので拳は使わない。
長門はピクリとも動かない。反応できないのか。
決まった——
そう思った直後、パープルへイズの腹部になにかが触れた。
「う!?」
何が起こったのか分からなかった。気づいたときには吹っ飛ばされて背後の木に激突していた。胃液が逆流する。
見えてはいた。が、信じたくなかった。
長門はその華奢な右腕で、パープルへイズに正拳突きを入れたのだ。
それはもう速いとかそういうレベルではなく、腕だけ瞬間移動したようなパンチだった。
そしてもうひとつの異常。
僕は自分の腹部を見る。傷ひとつなかった。痛むのは木にぶつかった背中ばかり。
……これが何を意味しているのか、考えたくなかった。
スタンドはスタンドでしか倒せない。普通の人間がスタンドを殴ったところでスタンドは痛くもかゆくもない。だがスタンドが生身の人間に触れられる以上、逆も可である。
つまり、力をこめて動かすことはできるわけである。今パープルへイズは長門のスタンドに殴られたのではない。「生身の長門の拳で」突き飛ばされたのだ。そこにスタンド能力の干渉はない。
「あなたでは私を殺せない」
僕は無理に深呼吸で自分を落ち着けて、傍らに呼び戻した自分のスタンドを見る。
……ウイルスに感染させる事さえできれば、倒せるかもしれない。だがこの薄暗い中ではウイルスの射程はおそらく10m前後。自分も死ぬ。
呼吸が乱れる。
だが、それしか、策がない。
くそ、くそ!こんなことで自分は死ぬのか!
「いい気になって知った風な口をきいてんじゃあないぞッ!!おまえには死んだことを後悔する体も・・・残さないッ!!」
パープルへイズが地面を蹴る。
「うばぁしゃあああああああ」
咆哮と共に拳を振りかざした。

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最終更新:2008年06月12日 12:00