パンナコッタ・フーゴの消失
第七話
〜フーゴ視点〜
唐突にスタンドの突進が止まった。もちろん僕が止めたわけではない。
拳を振りかざした状態で固まるパープルヘイズとそれに連動して動けなくなる僕に長門はゆっくりと近づいてきた。
僕は死を覚悟しながら、妙にさめた頭で考える。もう凶暴な感情は収まった。
もし、長門がスタンド使いなのだとしたら、考えられるのは「身体強化」だ。純粋に本体の肉体に影響しヴィジョンがないのであれば、確かにスタンドにダメージを与える事はできない。
なら、今スタンドが固まっているのはなんでだ?
ここで浮上するのが「時空間操作」系の能力だ。それなら説明がつく。というかそれしかつかない。
まあ、今から死にゆく身である自分に、考える必要なんてないのだが。
本当に、馬鹿らしい。こんな相手に勝てるわけがない。
それでも、僕は笑みを浮かべた。
勝てなくても、引き分けには持ち込めた。
ポスン、という軽い音と共にパープルヘイズのカプセルが、長門のつま先数センチの地面に落下した。
長門の歩みが止まる。ウイルスのことは知っていたのだろうが、僕が拳を振りかざす一瞬にカプセルを上空に射出していたことは気づいていなかったようだ。
長門が自分の手を見つめる。その白く滑らかな肌に明確な殺意を持ったできものが広がっていく。
もう、どうしようもない。時間を巻き戻す能力でもなければ、彼女はぐちゃぐちゃのトマトソースになって死ぬ運命から逃れる事はできない。
そうこうしているうちに、ウイルスは自分のところまで広がってきたのだろう、僕の肌も醜く変形していく。
共倒れ……と思ったのだが、予想は裏切られた。軽く見ていたつもりはなかったのだが、自分が相対していた相手は人間が想像できる限度を超えた存在だった。
「体内、指向性ウイルスにアクセス。削除及び血清の作成、破損した身体の復元。実行。推定完了時間3秒」
悪い夢だ。悪い夢を見ているに違いない。手遅れなはずの長門の体が見る見るうちに修復されていく。なんなんだこれは。狂ってる。いや狂っているのは僕なのか。
とにかく様子を見る限りでは長門はトマトソースになる運命に勝ったようである。
そして、僕はただの犬死で終わるらしい。ギャングにふさわしい外道な死。まあパープルヘイズみたいな危険な能力は消滅したほうがこの世のためになるのかもしれないが。
目を閉じた僕は長門が歩みを再開したことに気づかなかった。
「……なにやってるんだ」
長門は自分の傍で屈みこみ、僕の左腕を軽く噛んでいた。なんだ、吸血鬼なのか?もうここまできたら何が出てきても驚けないだろう。
「血清の注入とナノマシン投下による体内の破損復元の促進」
……血清のところしか理解できなかったが、どうやら長門は自分のことを救おうとしているらしい。理解に苦しむ行動である。パッショーネによる報復を恐れているのだろうか。絶対違いそうだが。
「あなたはSOS団の一員。あなたの死により涼宮ハルヒの比較的に安定している精神状態が乱される恐れがある。穏便に解決したい。故にあなたとの意思疎通を希望する」
なんだそれ。というか、涼宮ハルヒはその奇特な性格を利用したおとりじゃなかったのか?
「あなたの所属する組織はきわめて正確な情報を入手していた。涼宮ハルヒは自分の内面で構築される理論、願望を具現化し現実世界を改変する能力を持っている」
今こいつなんて言った?
それは比喩なしに「世界を支配する」能力じゃないか。
僕は涼宮ハルヒの様子を思い出す。
「皮肉な事だな。自分で自分の能力を知らないとは。まあ自覚したら危険ではあるけど」
……というか、尚更殺したほうがいいんじゃないか。
そんな思考を知ってか知らずか、長門は続けた。
「私は情報統合思念体の命により涼宮ハルヒを観察しているインターフェイス。あなた方人類に分かるよう一言に集約させると、宇宙人。あなたの体験したことはスタンド能力とは別種の力」
「スタンド……とは別の概念……」
なるほど、それならスタンドが見えないはずである。納得したくないがとりあえず理解はした。
「涼宮ハルヒの存在を認識し、観測している組織は無数に存在する。殺害を計画する事はそうした団体を挑発することになる」
「……」
僕は一体どうすればいいんだろう。任務遂行は絶対無理だということが判明した以上、パッショーネには戻れない。
「……結局、僕はどうすればいい?」
素直に聞いてみた。ここまで考えがまとまらない事は初めてだった。
「あなたには直ぐ帰国してもらうわけにはいかない。涼宮ハルヒがあなたとある程度の期間交流した後になる」
「それまでは、普通の学生として過ごせということか?」
「そう」
それきり、長門は何も言わずに去っていった。
僕は服のすそを払い、ふらふらとおぼつかない足取りでビジネスホテルへと向かった。何も考えられない。IQ152の自信ってやつがぶっ壊れそうだった。
最終更新:2008年06月12日 12:01