パンナコッタ・フーゴの消失
第八話
〜フーゴ視点〜
ベットに横になり、結局一睡もしないまま夜を明かした。
宇宙人。
それは僕がスタンド能力という超常現象を初めて身につけたときと似ていた。今までの常識がこむら返りを起こすような出来事に目で見て肌で触れ、
渋る理性をなんとかなだめすかして納得する。精神衛生上あまりよろしくない作業である。
ベットから身を起こす。ウイルスに侵された体は元通りになっていた。
とりあえず、今僕が取るべき行動は……現状維持。
問題を先送りにするのではない。よくよく考えればどんなぶっとんだ存在でも涼宮ハルヒ及び長門はスタンド使いではないのだ。それを証明するのも難しくないだろう。
と、言うことは、僕は涼宮ハルヒの気が済んで長門からの制約が解除されればパッショーネに帰れるわけである。命令の内容が「スタンド使い『なら』殺せ」だったかどうかは少し微妙だが、
スタンド使いではない⇒一般人という認識である組織なら、多分大丈夫だろう。
後ひとつの懸案事項としては、果たして情報チームがどこから情報を仕入れてきたか、である。もしどこかの涼宮ハルヒを研究する団体から奪ったのであれば、何とでも言いくるめられるが、
何らかの実体験を通してだとややこしくなるところ……
突然、携帯がなった。僕の番号を知ってるのはチームのみんなだけであるから、おそらく途中報告を催促しにきたのだろう。今現在、日本時間で午前六時である。時間を考慮すればますますイタリアから以外の可能性はありえない。
僕はブチャラティ達の声を想像しつつ、電話を取った。
ブチャラティなら時差まで考えてまともな時間にかけてくる、という考えはこの時思いつかなかった。
「あ、フーゴ君!?今日の九時からSOS団のパトロールをやるから駅前集合ね。遅れたら死刑だから!」
まず名を名乗れ、そして駅前というのはどこの駅のことだ?そしてどうして僕の番号を知っている?
それら脳裏に展開した色々な突込みが炸裂する前に……
ぶつっ、つーつーつー……
切られたのであった。非常識過ぎて怒る気にもなれない。
とりあえず、涼宮ハルヒが唯我独尊で自分を中心に世界が回っていると無意識のうちに考えている大馬鹿だということが分かった。
誰が行くか誰が。
「行かなくちゃいけないんでしょうね……」
涼宮ハルヒは無自覚のうちに世界を自分の面白いように改修するらしい。長門は詳しく言ってなかったが、断片的な情報から推測するに多分機嫌が悪くなるとその能力が発揮されるのだろう。
そんなわけで機嫌を取らなくちゃ世界は危機にさらされる、と。
顔を洗って軽食を取り、髪型を整える。ここまで外出したくないと思った事も久々である。
いつもの穴ぼこだらけの服か制服かでかなり迷った。コイントスで決める事にした。
〜視点・キョン〜
涼宮ハルヒを神と崇める全団体が総力を尽くして組織をまるごと潰しに来る、という脅迫まがいの説得でなんとか話がついたらしい。よかったよかった……とは手放しに言えないんだよなこれが。
「急な転校でイタリアに帰った、ってことにできないか?」
定期パトロールのために駅前に集合し、「おっそいわね〜フーゴ君。怪力なのに足遅いのかしら」とぶつぶつ文句を言うハルヒをちらりと見ながら、俺は長門と小声で話していた。
「できなくはない。しかし涼宮ハルヒはその行為の不自然さに対し無意識のうちに環境情報を改変する恐れがある。その時どのような修正が施されるか確認できない今、推奨はしない」
スタンド能力。超能力の一種だが涼宮製の古泉達の能力と違い、人間の願望、欲望、深層心理が具現化したもので、社会通念としてのいわゆる「超能力」であるらしい。
一人一能力で似ているものはあるが全て個人個人のオリジナル、ということである。
「分かった。んで、これから仲良くやってかなくちゃいけないリアルちびっこギャングの能力が、殺人ウイルスってわけだ」
日常生活に役立たない生産性皆無な超能力で、しかも危険極まりないときた。使用済み核燃料並みにいらないな。一般小市民としては。
「彼の情緒は自分の知性がある事象を道理に合わないと判断したとき、極めて不安定になる。それが反映された彼の殺人ウイルスは、精神エネルギーとしてそれを生み出した本体にまで感染し、
現代の人間には不可能な技術レベルの治療を施さない限り、
死に至らしめる。しかし彼の理性は自分の能力の危険性を熟知しているため、意識下で制御され能力だけが暴走し感情に流されるままウイルスをばらまくことは、ない」
また厄介な性格のオプションがついたもんだ。
それ聞いちゃ安全といわれてもね……
「信じて」
真摯な態度で俺を見つめるインターフェイス。
いや、まあ、わかってるさ長門。お前の言葉以上に信頼の置けるものなんて惑星単位でもそうそうないだろう。
だが、感情と理性というのは必ずしも相容れないものさ。くだんのフーゴのようにね。
「あっ、来たわね〜。まったく新入りのくせに団長を2分も待たせるなんて言語道断ね!」
ハルヒの言葉が俺の耳にも届き、長門との会話をそれで打ち切った。ハルヒ以外の全員に緊張が走る。
ちなみに、今現在の時刻は集合時間の十分以上前である。まさか罰金刑を宣告されてキれたり……しないだろうな?フーゴよ。
「あれ、皆さん早いですね」
古泉な口調と表情でしゃべるフーゴだが、これがまた物凄い格好をしていた。この破壊力は朝比奈さんのメイドコスに匹敵する。方向性は違うが。
「……それ、私服ですか?」
当の朝比奈さんが恐る恐るフーゴに聞く。
「ええ、そうです。制服にしようかとも思ったんですが、宇宙人や超能力者を探すのであれば、とりあえず目立つほうがいいかと思い直しまして」
こちらから探すのだから、容姿が関係あるのは向こうのはずであり今の説明は論理を欠くものであったが、高圧電流により既に脳の回路をショートさせかけている朝比奈さんは目を白黒させながら「そうですか……」と言っただけだった。
「んーやるわねフーゴ君。そこまで考えていたのなら今回は特例として罰金刑は抜きにしてあげるわ」
ハルヒ、お前だって頭悪くないんだがら少しは考えろ。
「お慈悲、感謝します。ところで今日はどういった日程なんですか?」
「そんなの決まってないわよ。感性を磨いて市内の不思議そうなものを探すのよ。一人だと見逃すかもしれないから二組に分かれてやってるんだけど……そうだわ!六人いるから三組作れるわね」
ハルヒはポケットからツマヨウジの入った容器を取り出すと六本抜き、ボールペンで二本にしるしをつけ、もう二本の先端をぽきりと折った。
「さ、引いて頂戴」
ツマヨウジを握ったこぶしを目の前に出すハルヒ。喫茶店に移動しないところを見るとフーゴが加わったことでこんどこそは、と気が急いているだろうか?
手製くじを引く団員。俺はざっと視線を走らせる。
俺と朝比奈さんが無印、古泉と長門がしるし入り……ってことは……
「よろしくお願いします、涼宮さん」
フーゴは軽く頭を下げた。
思わず古泉と顔を見合せた。
もう暗殺の危険はないみたいだが、……ハルヒの横暴さには感受性に乏しい俺ですらキれかけたことがある。プッツンしたフーゴがハルヒに手を上げる可能性は……
「お手並み拝見、と言ったところかしら」
挑戦的な目で腕を組みフーゴを見るハルヒ。
と、ここでまた救いの言葉が流れてきた。
「わたしと」
すっ、と差し出す長門のツマヨウジの先端は……折れていた。
グッジョブ。
「おや?何かの見間違えでしたか、確かに折れていたと思ったんですけどね」
対して、フーゴのツマヨウジはもとに戻り黒いしるしがついていた。口調と表情からフーゴは何をされたか感づいているようである。
昨晩長門の宇宙パワーをこいつも目撃したのだろうか。まあそうじゃなきゃあっさりとは引き下がらなかっただろうし。
「あら、私もそう見えたけど……まあいいわ。古泉君、副団長としてフーゴ君をばしばし鍛えてあげてね」
「了解しました」
軽く頭を下げる古泉。フーゴと並ぶと偽善者二人組み、って感じである。フーゴの服装も相まって怪しさ全開だ。
「それじゃ行くわよ!いい?探し出すっていうのは、見るんじゃあなくて観ることよ!聞くんじゃあなく聴くことよ!でないとこれからの活動は全部無意味になっちゃうわ!」
長門とずんずん歩いていくハルヒを見送りながら、ちらちら怖そうにフーゴを見る朝比奈さんとどこで時間をつぶそうか考えを巡らせた。
最終更新:2008年06月17日 11:10