第八話「恋のミクル伝説」

ハルヒの能力は本物のようだ。改めて実感せざるをえない。
「この中に超能力者、未来人、宇宙人、異世界人がいたら・・・」もはやお馴染みのこのフレーズ。
超能力者、宇宙人が揃ってしまった。しかも超能力者の一人はぼくだ。何てこった。
バイクでの大立ち回りから一夜明けた翌日、長門はいつものように座って本を読んでいた。
部室に入ってもぼくをちらりと見たきり、何事もなかったように素っ気ない。
少し変わった子だとは思ったが、宇宙人とは・・・。
ぼんやりと彼女を見ていると、ハルヒが用があると言って帰り支度を始めた。
もともと、ハルヒの思いつきで活動するクラブだ。ぼくらも帰る事にした。
「ジョニィ、行こうぜ」
声をかけるキョンにぼくは答えた。
「先に行っててくれ。教科書を教室に置いてきたみたいだ」
置き勉すりゃいいだろうとキョンは言ったが、仮にも留学生の身だ。
真面目に勉強しなくちゃいけないだろう。教室に戻ると、億泰がいた。

「よォ、ジョニィ〜。部活終わったのか?」
「億泰?どうして残ってるんだ?」
そう聞くと億泰はなぜか誇らしげに言った。
「いやぁ、センコーに残されてよォ〜」
またか。友達のぼくが言うのも何だが、億泰は問題児だ。
だいたい、この学校の制服はブレザーなのに、なんで学生服を着てるんだ。
「これは譲れねーぜ。それよかよ、久しぶりに一緒に帰ろうぜ」
億泰の申し出を、ぼくは二つ返事で受けた。
このところSOS団が忙しく、一緒に帰るのは久しぶりだ。
「帰りになんか食おーぜ。便所行ってくっから校門で待っててくれよ」
「ああ、わかったよ」
一人で外に出る。放課後の学校には人もまばらで、遠くから部活の掛け声が聞こえるだけだ。
夏が近いらしい。まもなく五時だがまだ日が照っている。
「ジョニィくん」
一息ついていると、小鳥のような声がぼくを呼んだ。
振り返ると、みくるさんが小さく手を振りながらこちらに来ていた。しかし、どういうわけだろう。
「みくるさん、どうしてまだここに?着替えたにしても、ずいぶんかかったんじゃあないか?」
ぼくが尋ねるとみくるさんは視線を宙にさ迷わせた。俯いてその、あの、と呟く。
再び問い掛けようとした時、みくるさんが顔を上げた。顔を赤く染めている。
そして、ぼくを数秒間、倒れそうな顔で見つめると口を開いた。
「あたしと・・・あたしと一緒に帰りませんか?」
時が、止まった。

みくるさんの家は学校から近かった。なかなか立派なマンションだ。
「じゃあ、ぼくはこれで。また明日」
そう言って別れようとすると、みくるさんが手を引っ張った。
「あの・・・!せっかくですから、あがっていってください」
口調は優しいものだったが、どこか懇願するような印象を受け、ぼくは断れなかった。
家に入ると一室に通された。ぬいぐるみが置かれ、可愛い装飾がなされた部屋だ。
みくるさんの部屋だろうか。一通り辺りを眺めてみくるさんに視線を戻す。
−−−何も言ってないのに服を脱いでいた。顔はもう爆発しそうに赤い。
「・・・今日は両親がいないんです」
あなたならどうする?最高だった・・・。
「・・・あの、ジョニィくん?」
みくるさんの声で現実に戻された。スタンドも月までブッ飛ぶ衝撃で、思考がどこかへ行ってたらしい。
潤んだ目で見つめるみくるさんにぼくはたじろいだ。
何というか・・・チャンスというか、普通なら圧倒的に答えはイエスだ。
しかし、しかし・・・億泰と帰る約束をしてたじゃあないか。それをすっぽかすのは・・・。
「・・・ごめん。今日は友達と帰る約束をしてるんだ。また今度にしよう」
断腸の思いでそう絞り出した。何もこんな間の悪い時にと後ろ髪を引かれる思いだったが、
ぼくはそれを振り払うようにみくるさんに背を向けようとした。
と、みくるさんが車椅子を操る手を握った。
「あの・・・!今日じゃどうしてもダメですか・・・!?」
泣きそうな顔だった。頭がぐらぐらする。
約束している・・・しかし、しかし・・・!ぼくの中で天使と悪魔が終末戦争をしている。
ばたり。みくるさんの背後で物音がした。ぼやけた目のピントを合わせる。
鞄を落とした億泰が呆然と立ちすくんでいた。蝋人形のように固まっている。
視線は一点、みくるさんが握るぼくの手だ。
「あ、億泰。これは・・・」
最後まで言い終わらないうちに億泰はカール・ルイスに迫る早さで走り去った。何も泣く事はないだろう。
「お友達、ですか・・・?」
面食らった様子でみくるさんが言う。
「ああ・・・。・・・やっぱり一緒に帰ろうか」
・・・約束は果たせなくなったわけだし、いいよね?

億泰には後で顛末を話すとして、とにかくみくるさんと帰る事にした。
みくるさんの様子が気になっていたが、帰り道に話す内容は他愛もないものだった。
日本には慣れたか、学校には、SOS団には・・・。わざわざ引き止めてする話でもない。
踏ん切りがつかないのか、それともぼくの勘違いだったのか・・・。
結局、そんな軽い話題だけでゴールについてしまった。
バス停の前に差し掛かるとぼくは口を開いた。
「みくるさん、ぼくはバスに乗るから。また明日」
「え、あ・・・そうですか・・・」
みくるさんは何回かちらちらと前を見た後、ぼくに視線を戻した。
「あの、一緒にバスを待たせてもらっていいですか?」
え・・・?心がざわついた。やはり勘違いじゃないのか?
静かに期待を膨らませたその時、無情にもバスが走ってきた。
馬鹿に早い。まだ予定時刻より少しあるはずなのに。時計を見る。
「五分も早いじゃあないか」
思わず声が出た。よりによってこんな時に・・・。
「あ・・・引き止めてすみません。ジョニィくん。また明日」
ついにみくるさんも諦めたみたいだ。ぼくはがっかりした内心を隠しながらバスに乗り込もうとした。
と、みくるさんが「あ」と悲鳴のような声をあげ、車椅子を抑えた。
「あ、あの・・・!申し訳ないんですけど、乗らないでくださいっ!」
何を言っているのかと思った。この辺りは坂が多くて車椅子のぼくでは交通がきつい。
みくるさんだってそれを知らないわけじゃあないだろう。
だが、普段はむしろ押しが弱い彼女が見せた、有無を言わせないような様子にぼくは返事が出来なかった。
バスは少しだけ待ってくれたが、動かないぼくに痺れを切らしたのかやがて出発した。
「どうして・・・?」
次のバスはしばらく来ない。ため息混じりにそう漏らした。
「すみません、すみませんっ!あの、どうしても・・・」
みくるさんは平謝りに謝った。何だかこっちが悪者みたいだ。
「いいよ。ぼくは次のバスを待つから」
そう言うと、みくるさんは涙をいっぱいに溜めた目でぼくを見た。
「いえ、あの。お送りします。・・・大事なお話がありますから」
・・・「大事なお話」!?断るわけがなかった。

ぼくが承諾するとみくるさんは車椅子を押し始めた。
口元が微かに動くのが見えた。何かを呟いているようだ。
しばらくの間沈黙に包まれながら歩いた。そして、みくるさんが歩みを止める。
「あの・・・信じてもらえないかもしれません。あたし、話すの下手だし」
・・・!ついに「来た」!
視線を下げてみくるさんが続ける。
「あの、あたし・・・あたし・・・」
言い淀むその様子が内容の深刻さ、そして真剣さを表しているようだった。
そうなると、もう一つしかないじゃあないか!あなたならどうする?最高だ・・・。
「未来人なんです」
・・・・・・・・・・・・・・・・は?
「いつの時代かは言えません。でも、あたしは未来から来たんです」
・・・・・・告白じゃあないのか?
「あたしたちにちょっとした異変が起こったんです。
その原因は恐らく涼宮さんで、あたしはその調査に未来から派遣されたんです。
・・・あの、ジョニィくん、聞いてますか?」
「あはははは!そういう事か!」
突然笑い出したぼくにみくるさんはびくっとした。
「ジョニィくん?」
「いや、すっかり騙されたよ。でもエイプリルフールはとっくに過ぎてる」
笑いを抑えながらハルヒが言った演説を思い出していた。
古泉、長門と、「超能力者」と「宇宙人」がそろった。
そして、残るのは未来人と異世界人。みくるさんは自分が残るそれだとからかったのだ。
なかなか面白かった・・・ま、告白と勘違いしたのは置いといて。
笑うぼくとは対照的にみくるさんは真剣な顔をした。
「あの、冗談じゃないんです。あたしは本当に未来から来たんです!」
まだ続けたいみたいだ。少ししつこいとも思ったが、不愉快ではない。
ぼくはこの遊びに乗る事にした。

そうだな・・・。返事は予想できるが、聞いてみようか。
「じゃあ、今年のワールドシリーズはどこが勝つんだ?」
とりあえず適当なところを言うのだろうか、それとも未来が変わるとかもっともらしい事を言うのか?
そう考えたがみくるさんは口ごもっていた。反撃を予想していなかったのだろうか。
腹は立っていないが、一応はからかわれたのだ。からかい返してもバチは当たらないだろう。
「ホワイトソックス?それともヤンキース?まさか、マリナーズ?」
それを聞いてみくるさんがふっと顔をあげる。その表情に迷いはない。
「禁則事項です」
風鈴のような声だった。
「スポーツなんですよね?でしたら禁則事項です。あたしが知らせて、
例えばジョニィくんがスポーツ賭博に大金を賭けたりすると未来が変わってしまいます」
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」みたいにか?SFではよくある話だ。
でも、それくらいじゃごまかされないぞ。
「未来を変えたくないならぼくたちに接触する必要はないじゃあないか。
そもそも、この時代に来なければいい」
みくるさんは少し不安な顔をしながらも口を開いた。
「例えば、パラパラマンガがありますよね?時間はあのように連続してはいますが独立しているんです」
多分ぼくは今、痴呆的にぽかんとした顔をしてるんだろう。みくるさんがさらに表情を暗くする。
「あたしはその一コマに書き加えられた落書きみたいな存在なんです。
ただの落書きですから、ストーリーに影響は与えませんし、そうするような事はしません」
ここまで言うと、脳ミソが流れ落ちたように黙るぼくを見て眉をひそめた。
「えと、信じてもらえましたか?」
ぼくは獅子舞のように首を数回縦に振った。驚きが隠せない。
みくるさんは花が咲いたみたいに顔を明るくした。
「よかった!あたし、信じてもらえるか不安だったんです」
「いや、驚いたよ」
無理もないと言わんばかりに、みくるさんがぶんぶんと頷く。
「みくるさんにこんな事を考える才能があったなんて。
小説家に向いてるかもしれないな」
みくるさんは一時停止し、言葉の意味を理解すると気球のように頬を膨らませた。

To Be Continued・・・

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最終更新:2008年06月17日 11:12