第十話「恋のミクル伝説③」
「なんなんですかー!?ジョニィくん、その傷は!?」
遠くまで来ると肩の弾丸は消えた。射程の外まで来たようだ。
隣ではみくるさんが青ざめている。無理もない。前触れなく吹き出した鮮血はまだ止まっていない。
「みくるさん、今のは『スタンド』・・・超能力だ。古泉が使うような」
古泉の事情を知っていたらしく、みくるさんが息を飲む。
「二人だけじゃ危険だ。古泉と長門を呼ぼう」
悔しいが、ぼくだけでは勝ち目がない。爪の刃と銃ではこちらが不利だ。
しかも、ぼくは既に手負い。右肩が満足に上がらなくなっている。
ここは二人に助けを求めるのが一番だ。・・・あれ?
「どうしたんですか?」
みるみる青くなるぼくにみくるさんが不安げに声をかけた。
「・・・携帯電話がない」
「え!大変ですね。いつまでならありましたか?」
・・・みくるさんは事の深刻さがわかっているのか?脳天気な質問に頭痛を覚えながらもぼくは話を進めた。
「しょうがない。みくるさん、古泉と長門に助けを呼んでくれ」
ぼくがそう言うとみくるさんは目を丸くし、しばらくしてもじもじしだした。
ぼくはそれを呆けて見ていたが、すぐにその反応の理由を思いついた。・・・最悪の予想だった。
「まさか、電話番号を知らないのか?」
外れていてくれ。懸命に願ったが、それも空しくみくるさんは首を縦に振った。
「知らない!?だって、もう知り合って一ヶ月くらい経っただろ!?」
「は、はい。でも・・・」
みくるさんは涙目だ。もっとも、泣きたいのは僕も同じだ。しかし、のんびりしている暇はない。
こうしている間もさっきの「銃のスタンド使い」が追いかけて来ているのかもしれないのだ。
「みくるさん、泣かないで。とにかく奴から逃げよう」
「は、はい・・・ひいっ!」
みくるさんは跳び上がった。といっても「奴」が来たわけではない。
彼女を驚かせたのはただのちっぽけな犬の吠え声だった。だがぼくはそれを臆病だと笑えなかった。
みくるさんの背後の「それ」は正しく犬だった。足があり、尻尾、耳がある。
ただ、それは無機質でつやつやとした体表を持ち、その体表は透き通っていた。
透けて見える体の中に内臓はない。当然だ。その犬は風船でできているのだから。
バルーンアートの犬。それが、吠えた・・・?振り向いたみくるさんもすぐに異常に気付いた。
「え、ふ、風船・・・!?」
何か危険だ。本能的にそう感じた。だが、先に駆け出したのは犬のほうだった。
「みくるさん、危ない!」
犬に近いのはみくるさんだ。みくるさんが危ない!かばおうとしたが、その必要はまるでなかった。
犬はすぐ近くのみくるさんを素通りしてぼくに突進して来たのだ。
咄嗟に反応し指を突き出す。「爪の回転」・・・カッターだ。風船状の犬なら簡単に切断出来る。
予想通り犬は爪に触れると破裂した。後には風船の残骸が残る・・・そう思った。
が、残った物を見て動きが固まる。完全に予想外の物だった。
「あ、あの・・・それってジョニィくんの・・・」
「携帯」だった。「携帯」がバルーンアートの犬・・・?
あの「ガンマン」のスタンド?いや、それはありえない。こんな手を使えるなら姿を晒すメリットがない。
「ガンマン」ではない・・・?・・・敵は、二人?答えはすぐに判明した。
「案外・・・近くの世界にいたようだな」
「俺の睨んだ通りだろ?マイク・Oの旦那」
ニヤリと笑うあの男の隣に屈強な黒人の男が立っていた。
「マイク・O」と呼ばれたその男は、深い眼差しをこちらに向けた。
・・・違う。この男は「黄の節制」や「車のスタンド使い」、あるいはそこの「ガンマン」とは違う。
強い覚悟・・・「殉教者」のそれを感じる。
「ジョニィ・ジョースター」
マイク・Oが重々しく口を開いた。
「単刀直入に言う。『涼宮ハルヒ』を差し出せ。悪い世界にはしない」
「断る」
ぼくは即座に答えた。やれやれといった様子でマイク・Oが首を振る。
「・・・お前の望みは何だ?その『脚』か?確かに、それも可能な世界かもしれないな。
だが、彼女の力はそんな軽々しい世界ではない。間違えれば世界の破滅・・・。
渡せ!お前らの手には負えない世界だ」
頷けないわけではなかった。ハルヒの力が危険なほど大きいという事はわかっている。
古泉の「機関」、あるいは長門の「情報思念体」の狙いも、ぼくは知らない。
彼らに渡したほうが良いという事も有りえる。だが、渡す気はなかった。
脚を治したい。それもある。だが、それ以上にハルヒを放っておけなかった。
なぜかは自分でもわからなかったが。
「ハルヒは渡さない」
そう宣言すると爪を回転させた。「風船の犬」を一度は破った。
「ガンマン」は厄介だが、戦えないわけではない。
臨戦態勢をとるぼくにマイク・Oは首を振った。
「お前は何もわかっていない。もう勝負の世界はついた」
みくるさんが小さく悲鳴をあげた。遅ればせながらその原因に気付く。
しまった。この発見の遅れは致命的かもしれない。
「『チューブラー・ベルズ』。既に『バブル犬』を待機させていた世界・・・」
十匹ほどの「風船犬」がぼくたちを取り囲んでいた。
「みくるさん、逃げろ!」
「風船犬」が襲い掛かるのはぼくが叫ぶのと同時だった。
ぼくは爪の刃で迎え撃った。飛び掛かる「風船犬」をギリギリかわしながら切り裂く。
幸い、「風船犬」一つ一つの動きは早くなかった。ほとんどを撃退するのに時間はかからなかった。
しかし、その時。銃声が辺りに鳴り響いた。マズい。奴らは殺しにかかっている。
銃弾を喰らえば、奴は今度こそ躊躇なく心臓や脳へと弾を移動させるだろう。
銃弾を回避しなければ。渾身の力を出して飛びのく。
さすがに急な動きには対応できず、弾丸はぼくを外れた。ほんの一瞬、安堵する。
だが。相手は「二人」だったのだ。跳びのいた先で左腕に鋭い痛みが走った。
こ、これは・・・!?「風船犬」が腕にめり込んでいた。食いつかれた!?
何かマズい!引き抜こうとしたが、まるで手応えは感じない。
伸びるだけ。「ゴム風船」のような感触。と、痛みに変化が生まれた。
こいつ、「上っている」・・・!?上腕から肩へと、「風船犬」が筋肉を上るのを感じる!?
こいつ、何をする気だ!ぼくはパニックに陥った。が、もうぼくはその答えを知っていた。
「風船犬」は、ぼくが潰してきたそれと同じように、肩に到達すると破裂した。
ぼくはようやくマイク・Oの能力を理解した。「金属」を「風船」、「バルーンアート」化して、操る能力・・・。
そして、破裂した「風船」は、最初の「携帯」のように元の形を取り戻す。
「ぐあああああああ!」
破裂して元の形を取り戻した「杭」がぼくの左肩を貫いていた。
潰された。両肩が。もはやぼくは戦える状況ではなかった。
痛みに気が遠くなっていく。ぼやけた視界に中を浮く物が現れた。
あれは・・・白鳥?風船でできていた。
「その『バブル鳥』は鉄のシャッターだ。
我が『チューブラー・ベルズ』は防御シールドにしてお前の断頭台の世界を兼ねた!」
シャッター?断頭台?別世界の出来事に聞こえる。
ふわふわと近寄る白鳥は、ぼくの命の刻限を示していた。
駄目だ。とても体が動かない。いっそ気絶でもしたほうが楽かもしれない。
そう思って意識を手放しかけた時、手に暖かい感覚が宿った。
・・・ああ、馬鹿な事を。みくるさんがぼくの手を引いていた。
みくるさん、小柄で非力な君が、ぼくを引きずって逃げられるわけがないじゃあないか。
逃げろと言ったのに・・・。他人事のような思考とは裏腹に、空いた手は地面を探っていた。
爪・・・!もう一度、回転させれば・・・タイヤのようにして逃げられる・・・!
ゆっくりと爪が回転を始める。が、それを見逃す敵ではなかった。
「・・・そこまでだ。無駄な世界の抵抗は止めて、楽に逝け。
・・・『チューブラー・ベルズ』、破裂しろ!」
「風船の白鳥」が弾け、元の形のシャッターがギロチンのように落下した。
一瞬、何が起きたかわからなかった。
落下したシャッターはぼくの鼻先をかすめ、地面を削っただけだった。
シャッターが倒れ、開けた視界の中心には銃を構えた「ガンマン」がいた。
外した・・・?いや、「撃った」のだ。「風船鳥」がぼくの頭上に到達する前に。
なぜ?疑問が沸くと同時に体が走り出した。
マイク・Oは信じられないという様子で逃げるジョニィ達を見ていた。
そして、我に帰るとホル・ホースに掴みかかった。
「何を考えているッ!?なぜ、なぜ『バブル鳥』を撃った!?」
ホル・ホースが狙ったのは「バブル鳥」だとマイク・Oは確信していた。
つまり、ホル・ホースは奴らを助けたのだ。明確な裏切りだった。
今すぐ処刑してやろうか。思いながらホル・ホースを睨みつける。
と、すぐに感じたのは違和感。以前の不愉快なニヤケ面はもうなかった。
ミスを犯した人間の顔ではなく、強い意思が浮かんでいた。
やはり、「裏切り者」!?バブル犬に襲わせようとした時、ホル・ホースが静かに口を開いた。
「・・・暗殺対象はジョニィだけのはずだぜ」
言葉の意図がわからず、マイク・Oは混乱した。今度はホル・ホースが声を荒げる。
「あの女の暗殺を受けた覚えはねえ!」
マイク・Oははっとした。ジョニィを助けようとしていた少女、朝比奈みくる・・・。
確かにあのまま「バブル鳥」を破裂させたら、あの少女も巻き込まれて命はなかっただろう。
まっすぐにマイク・Oを睨みつけたままホル・ホースは続けた。
「いいか、俺は女を傷つけた事はねえ!女を尊敬してるからだ!
依頼は受けたが、あんたらに魂まで売る気はねえッ!
旦那、あんたはどうだ?罪のねえ女を殺す外道か!?」
マイク・Oには「涼宮ハルヒ」の奪取への確固たる信念があった。
しかし、それは世界をあるべき姿へ創世するため。理想のためだ。無害な人間を巻き込む事には抵抗があった。
「・・・今、我々が優先すべき世界はジョニィの速やかな暗殺だ。
・・・だが、下種の世界に落ちる気はない」
強張ったホル・ホースの顔が弛緩する。
「私が『チューブラー・ベルズ』で動きを止める。その間に奴だけを撃て」
完全に元のニヤケ面に戻ると、ホル・ホースはマイク・Oの肩を叩いた。
「旦那、やっぱり俺達は最強のコンビだぜ」マイク・Oは無視するように歩き出したが、以前のような不快感はなかった。
「最強のコンビ」か・・・悪くない。そう思い始めていた。
To Be Continued・・・
最終更新:2008年07月29日 13:19