第十二話「恋のミクル伝説⑤」

「この中にいるんだな、旦那?」
「待て、慎重に行動しろ」
私は早速踏み込もうとするホル・ホースを抑えた。
「バブル犬」が反応したのは確かにこの店の中だ。残る血痕からも奴らがいる事は明白だ。
しかし・・・私は道路に目をやった。凄惨な事故現場にだ。
今、この場は生還者と救助隊と野次馬とで、さながら戦場だ。
この混乱に乗じて逃げる事も十分出来た。・・・なぜこんなレストランに逃げ込んだ?
「旦那ァ、気にする事ァねえぜ。この血痕、今たれましたって感じだ。
ロクに歩けなくなっての苦し紛れだろうよ」
ホル・ホースの意見はもっともだった。今入ったばかりなら、小細工をする時間はない。
潜入させておいた「チューブラー・ベルズ」にも異常はない。
客観的に見れば、すぐにでも突入すべきだ。奴らを買い被りすぎている。
私はゆっくりと深呼吸すると割れたガラス戸を睨みつけた。
「行くぞ、ホル・ホース。ジョニィは二階の世界だ。奴に懐柔の余地はない。
情報は連れの女から聞き出す。ジョニィを生かす世界の必要はない。確実に始末しろ」
ホル・ホースは小さく頷くと、次の瞬間には暗殺者へと表情を変えてレストランに踏み込んだ。
続いて私も侵入する。薄暗い。厨房の辺りに少し光る物があるが、心許ないものだ。
明かりがほしいとも思ったが、すぐにそれは出来ないと悟った。
万が一、奴らが物影に息を潜めていたら?無論、奴らの居場所は把握している。
しかし、念のためという言葉もある。私たちは最大限の注意を払い階段へ進んだ。
手で指示し、ホル・ホースを二階へ先行させる。
ホル・ホースは二階を覗き込むとすぐに頷いた。危険はない。
階段へ上ぼり、廊下に侵入する。反応があるのは奥の部屋だ。
私はドアノブに手をかけるとホル・ホースに目配せした。
ドアを開けると同時にホル・ホースが部屋に突入し、私もそれに続いた。
窓からの光に一瞬顔をしかめる。光の中心に奴らはいた。
ぐったりと寄り掛かるジョニィを支える少女が風船の白鳥に囲まれている。
幻想的な光景は絵本の挿絵のようだったが、その鳥は白鳥ではない。
不穏な動きがあれば、直ちに奴らを始末する鷹だ。
鷹は完全に奴らを包囲し、逃げ場はない。童話は残酷な一面も持っているものだ。


私はホル・ホースに指示した。
「ホル・ホース。お前が望んだ通りの世界だ。我が『チューブラー・ベルズ』は奴らを完全に封じ込めた・・・。
やれ。ジョニィのみを始末しろ」
ホル・ホースが「拳銃」のスタンド、「皇帝」をジョニィに向ける。
今のジョニィは籠の中の鳥だ。素人でも狙撃は出来る。
私はこの任務の完了を確信した。その時だった。
「あの!」
震えているだけだった少女の、突然の声に私はたじろいだ。ホル・ホースも同様である。
「嬢ちゃん、悪いが仕事なんだ。少し、目ェつぶってな。オメーは悪いようにはしねえ」
ホル・ホースはプロの暗殺者だ。小娘に揺さぶられる事はない。
命乞いなど聞く耳を持たないだろう。が、次の少女の言葉は私の予想とは違った。
「あの、・・・今、何時ですか?」
・・・?パニックを起こしているのだろうか。あるいは危機から目を反らそうというのか。
恐怖に囚われた人間はよくわからない事を言う。
ホル・ホースは拍子抜けしたようにちらりと腕時計を見た。
「六時・・・十五秒前だ」
「・・・ありがとう」
返事をしたのはジョニィだった。顔を上げ、ジョニィがこちらを見る。
心臓がドクンと鳴るのを感じた。奴の表情!私はそれに言いようのない不安を覚えた。
「ホル・ホースッ!撃てッ!」
気がつけば叫んでいた。ホル・ホースも同じ事を感じていたのだろう。言うが早いか、発砲していた。
ジョニィたちが階下へと落下したのはそれとほぼ同時だった。


「畜生ッ!」
俺は毒づくとぽっかりと開いた穴へと走り出した。
あの野郎、床を形抜きみてーに切ってやがった!
多分、俺たちが殴り込んだ時にはもう崩れる一歩手前まで・・・舐めやがって!
視界外に逃げられては当たらない。俺はジョニィに撃った「皇帝」の進路を曲げ、
穴への進路を塞ぐ「チューブラー・ベルズ」を撃ち抜いた。
「待てッ!待ち伏せしているかもしれないッ!」
マイク・Oが制止したが、従っていられない。あんな瀕死の奴にそこまでビビってどうする?

今仕留めなきゃあ今度こそ味方を呼ばれる。本来、俺が一度始末するのを止めたのもあってはならない事だ。
破裂して戻ったシャッターをかわし、俺はジョニィが開けた穴に飛び込んだ。
一階へと着地する。予想よりも高く、足の痺れを感じながら俺は立ち上がった。
部屋全体が明るい。ここは厨房か?コンロや洗い場がある。
光の先を見る。小さな窓が割られていた。逃げやがったか!?
「ホル・ホース!無事か!?返事をしろッ!」
上からマイク・Oの上ずった声が聞こえた。
「旦那、逃げられたぜ!だが多分遠くには行ってねえ!追い掛け・・・!」
言葉が騒々しい鐘の音に遮られた。この音は時計か?無意識のうちに音のするほうを見る。
部屋に入った時から、違和感があった。事前に確認していた。この店の厨房には窓が一つしかない。
だが、この厨房は隅々まで明るかった。小さな窓一つだけで。「もう一つ」、光源があるからだ。
「どうした!?追い掛けるのか!?」
時計の下では煌々と炎が踊っていた。頭が凍りついていた。
奴らが?いや、奴らにはそんな能力も時間もない。
それに・・・!炎は小規模だった。それだけでこのレストランを焼くには一時間はかかるだろう。「それだけ」なら。
炎が、今にも手を伸ばそうとしている、その先には・・・!
偶然?タイミングが良すぎる。まるで事前に分かってたみてーに・・・!
時計は、六時を指していた。
「旦那ァ!逃げろォォォォォ!」
叫びながら窓に飛び付いた瞬間、背後の炎がガスボンベに引火し、炸裂した。
生きている。とりあえずわかる事はそれだけだった。
全身が電気でも走っているように痛む。爆発の火傷が酷い。
首だけ動かしてさっきまで中にいたレストランを見る。
無惨なもんだ。爆発と炎で見る影もない。巨人が踏み付けたようだ。
マイク・Oは・・・直接爆発を食らわなかった俺でさえこれだ。生きてるわけねえか。
くそ、野次馬が集まってきやがった。静かにしろ。頭に響く。
混沌とした雑音の中に女が啜り泣く音が聞こえた。近くからだ。
「本当に・・・未来人だったのか」
この声はジョニィか?しゃくり上げるような声が続いた。
「はい・・・この爆発事故は明日の地方紙の一面を飾ります。
あの時点では未来の事・・・ですから、言えなかった・・・」
未来人。マイク・Oからそんな情報を聞いた気がする。しかし、戦闘能力はなく警戒の必要はないとも言っていた。
「今では『過去』になったから言えるってわけか・・・。
でも、助かるってわかってたならどうしてあんなに不安そうに?」
「・・・いえ・・・。未来に保存されてる新聞には、身元不明の死体が一つ、としか・・・。
爆発で・・・その、遺体が・・・。ですから、誰が・・・亡くなる、か、わからなかったんです」
傑作だ。俺たちはくじ引きに負けたってわけだ。
笑おうとして口からだらしなく息が漏れる。
「こいつ、起きてるッ!?」
尖った声と共に乱暴に頭を掴まれ、首の方向を変えられた。
視界に現れたのは神妙な面持ちのジョニィと、涙で顔をぐしゃぐしゃにした女だった。
ドリルのような金属音が耳を割く。空いた手の爪が回転していた。
やめてくれ、歯医者は嫌いなんだ。そう軽口を言う体力もなかった。
俺は目を閉じた。こんなガキにやられるなんてな・・・。抵抗など、する気さえ起こらなかった。


直前に迫る死にこれまでの記憶が頭をよぎる。走馬灯ってやつか?
・・・死んだ相棒・・・引っかけた女・・・ギリギリの戦い・・・夜通し火遊びした時・・・引っかけた女・・・。
・・・何か自分の人生に疑問を抱いてきた。まー割と楽しかったしいいか。もう助からないしな。そう思った。
が、回転音は近づいてこない。何だ何だ。死刑判決が出たんならさっさとやれ。
目を開ける。女がジョニィの腕を掴んでいた。戸惑いの目を向ける。
「みくるさん・・・こいつは、ぼくたちを殺しに来たんだ。危険なんだよ・・・!」
女は涙も拭かずに首を振った。
「やめて・・・やめて下さい。命を取るなんて、もう・・・」
ジョニィは息遣い荒く俺と女とを交互に見た。そして震えた指先の爪は、やがて回転を止めた。
「くそっ!・・・次に会ったら容赦しない・・・!」
言葉とは裏腹に表情には安堵の色が浮かんでいた。
甘ちゃんどもが・・・。まだこいつらは覚悟ができてねえ。
「機関」は本気でこいつらを仕留めにかかっている。外部の殺し屋の俺に依頼するほどに。
こんな甘い奴らが、生き残れるんだろうか。見ると、二人は俺に背を向けて歩き出していた。
隙だらけだ。「撃って下さい」と言わんばかり。俺は手をジョニィに向けた。
「皇帝」を発現・・・やめた。この傷じゃあ、ジョニィを始末しても他の奴らにやられるからな。
始末するのは後のほうがいい。傷が癒えるまで・・・一ヶ月ほど・・・いや、当分奴らに手を出すのは止めよう。
それまで生き残れよな、甘ちゃんども。消防車のサイレンがファンファーレのように鳴り響く中、
俺はそれだけを願った。

スタンド名「チューブラー・ベルズ」
本体名 マイク・O・・・死亡
スタンド名「皇帝」
本体名 ホル・ホース・・・再起可能
To Be Continued・・・

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最終更新:2008年07月29日 13:21