第十三話「マドンナ」

みくるさんの肩を借り、大分歩いた。相変わらず頭はぼんやりしている。
未来人であるみくるさんの知識により、ホル・ホースたちを退けた後、
みくるさんは治療が出来る場所まで歩いて行こうと提案した。
歩くのは辛いが、交通事故のせいでバスやタクシーは麻痺している。
病院に行く方法は歩く以外にないようだった。
それにしても・・・ぼくは苦笑した。未来人、か。懸命にぼくを運ぶ少女が。
結局、ハルヒの願いは叶ったって事か。悪い冗談だ。
と、みくるさんの足が止まった。「着きましたよ」と言う。
しかし、目の前の建物は明らかに病院ではない。ぼくにはマンションにしか見えないのだが。
訝し気な視線を向けたが、みくるさんは意に介さない。中へと入って行く。
やっぱり、ただのマンションだ。病院独特の無機質な空気や神経質なほどの消毒液の匂いは感じない。
首を捻るぼくをよそに、みくるさんは一室の前で足を止めた。
みくるさんの部屋だろうか?でも、絆創膏か何かで手当て出来るような傷とは思えないが。
みくるさんはそのままドアを見つめていた。
やがて決意したようにゆっくりと手を伸ばした先はインターホンだった。
どこか間の抜けた呼び出し音が響く。みくるさんの部屋じゃあないのか?
ぼんやりした頭で考えていると、ぼくたちが来るのを待っていたようにドアが開けられた。
「遅い」
血まみれのぼくを見たショートカットの少女、長門の感想はそれだけだった。

「長門?」
意外な人物に思わず声をあげる。
「涼宮さんに聞いたんです。・・・住所と、連絡先」
みくるさんが微苦笑を浮かべて説明した。・・・早く気付いてほしかったな。
「入って」
長門はそれだけ言うと奥へ入っていった。慌てた様子でみくるさんが続く。
広い部屋だ。ざっと三部屋はある。本来学生が借りられる部屋じゃあないだろう。
玄関にいつもの革靴一つきりしかない所を見ると一人暮らしのようだが、
宇宙人の長門も広い部屋に住みたいんだろうか。そのわりには使いこなせてないようだが。
部屋の様子は殺風景の一語に尽きる。だだっ広い部屋にはテレビすらなかった。
人の気配がしないという点では、まるでモデルルーム・・・と、感想を述べてる場合じゃあない。
「ちょっと待ってくれ。なぜ長門が出て来る?」
どうも展開がよくわからない。みくるさんが耳打ちした。
「『情報操作』です。ある程度までなら治療出来るそうなんです」
「情報操作」・・・。長門の能力だ。確かに以前襲われた時はすぐに傷を治していた。
他人にも使えるのか。生活感のないリビングに入ると長門はぼくを見た。
「脱いで。治療する」
心配する言葉の一つもないのだろうか。余りの冷静さに辟易する。
やれやれという心境でいると、みくるさんがぎこちなく口を開いた。
「あ、あの。あたし、お茶でもいれてきますね」
慌ただしく台所へ走るのを見送ると、肩に異物感を覚えた。
見ると、肩に刺さった杭を長門が掴んでいた。ま、待て。まさか。
「我慢して」
無駄に広い部屋にぼくの悲鳴がよく響いた。

長門の能力は確かだった。紙粘土でも埋めていくように傷が塞がっていく。
「・・・これでいい」
どうやら終わったようだが、痛みはまだ残っている。
肩をさするぼくに長門が鋭い視線を投げる。
「いじらないで。情報操作での治療には限界がある。今の技術では治癒の手助けしかできない」
人工皮膚みたいなものを埋め込んだだけって事か。
「皮膚組織、筋肉組織も共に再生できた。でも数日は安静が必要。わかった?」
わずかに語尾を上げていた。ぼくは呻きながらそれに答えた。
「宇宙に麻酔がないって事はわかったよ」
「・・・・・・」
無表情の癖にやたら冷たい視線が突き刺さる。・・・まだ見てる。
「わかった、わかったよ。大人しくする」
長門は小さく息をつくとぼくから視線を外した。
「酷い負傷だった。二人のスタンド使い相手に生き残れたのは殆ど幸運」
長門の言う事はもっともだ。今回の勝利は驚くほど幸運に支えられている。
みくるさんが未来人でなければ?爆発現場にいなかったら?みくるさんが過去の爆発事件を覚えていなかったら?
どの場合もぼくの命はなかっただろう。改めてぞっとする。
偶然運がよかっただけだ。それには反論の余地もない。しかし、明るい材料もある。
「でも、みんな何かしら『力』を持ってる。全員が力を合わせれば、
奴ら・・・『強硬派』の襲撃も凌げるよ」
古泉とぼくの『スタンド』、長門の『情報操作』、みくるさんの未来の知識。
それらを組み合わせれば、きっと簡単には負けない。純粋な思いだった。
長門も小さく頷いて同意を示すだろうと思っていた。だが、ぼくの予想はまるでずれていた。
ぼくの言葉を聞いた長門は目を見開いた。もっとも、注視しなければわからないほどだったが。
「それは・・・甘すぎる」
珍しく、口ごもるようにそれだけ言った

「甘い?戦力の事か?」
確かにぼくは「強硬派」の戦力など知らない。さっきの発言は半ば自分たちを鼓舞する狙いでしたものだったが、
戦いではそんな楽観的すぎる姿勢は油断を招く。その点を窘められたのならぐうの音も出ない。
しかし。長門は首を横に振った。
「違う。それではなく・・・私の目的は涼宮ハルヒの観察により進化の可能性を測る事」
急に話があらぬ方向に飛び、ぼくは面くらった。
「・・・それなら前に聞いた」
「古泉一樹、及びその機関の目的は世界の安定。そのために涼宮ハルヒを保護、観察する事」
長門はいつものように、息苦しいほど真っすぐにぼくを見つめた。
「・・・それも本人に聞いて知ってる」
「朝比奈みくる・・・未来人の目的は彼らが三年前以前に遡れなくなった原因と思しき、
涼宮ハルヒと接触。謎を解明する事」
「それは初めて聞いたけど・・・」
一向に話が見えない。長門の表情からは何も伺い知る事は出来なかった。
見つめ返していると、長門はふっと目を反らした。
「わからないなら、いい」
一拍間を置いて、ぼくに目を戻す。
「すぐにわかる」
それだけ言うと、長門は口を閉ざした。ますますわからない。
長門の様子は一体?「すぐにわかる」とは?問いただそうとした時、みくるさんが入って来た。
「あの、お茶ができました」
緊張した雰囲気を感じたのか、落ち着かない様子だった。
ぎこちなくお茶をテーブルに置き、ぼくたちをチラチラと見ながら座った。
それからはみくるさんが未来に来た理由を聞いた。だが、話の内容はまるで耳に入らなかった。
控え目に話しながらも、どこか嬉しそうなみくるさんだけが印象的だった。
過去という孤立せざるをえない環境にいる彼女には、理解者ができる事は喜ばしい事なのだろう。
長門の話の意図は、結局聞く事は出来なかった。
触れてはいけない、と思った。口を利かない長門には、そう感じさせる威圧感があった
この時、ぼくには全く長門の発言や態度の意味が理解出来なかった。
それを知る時はそう遠くない。自分の甘さを知る日は。

To Be Continued・・・

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最終更新:2008年07月29日 13:22