~視点・キョン~
「ラ・ブリュイエールは言ったわ。『ゆうゆうと焦らずに歩むものにとって長すぎる道はない。辛抱強く準備するものにとって遠すぎる利益はない』ってね。
つまり!どんな目標でも達成するためには地道な努力が肝要なの。そういうわけでがんばるわよ!」
ギリシャの政治制度の例といい、まったくもってハルヒは自分の生き方に都合がいい歴史や格言をどこから仕入れてくるのだろう。そんなもんを頭の中に溜めておくよりも一般常識および他人への気配りなどなど
人間として必要最低限のスキルを身につけるべきだと、これまた毎度毎度思うわけである。
今、俺達SOS団一行は図書館の敷地内。正面玄関に集合していた。「うめく本」なんていうファンタジーチックな代物を探すためである。
「ハルヒ、一つ聞いていいか。一体誰からその噂を聞いた?」
情報源が小学生やボケた老人とかいうんだったら俺は本気で仮病を使ってエスケープするぞ。
するとハルヒは俺の予想をはるかに悪い方向へ超えた返答をしてきた。
「リーゼントのがたいのいい高校生が歩いていたから、それらしい噂を知らないって聞いたら二つも教えてくれたわ!なんでも貸し出し禁止になってる本ってことでどこかの図書館の奥のほうに隠されてるんだって。
後もう一つ、昔凶悪殺人犯だった男が天罰を受けてしゃべる岩になったって話しがあるみたいなんだけど、それは宮城県にあるみたいだから今度の休みに行くとして、今日はその本を探そうと考えたわけ」
なるほど、それは、あれだな。からかわれたってことなんだろうな。
……というか、そもそも何でそんなやつに聞こうと思ったんだ?人は見た目に寄らないとは言ったって、そんな外見の人間が信用に値すると思うか?
まあ、だったらどんなやつが話すオカルト話なら信用できるのかということにもなるのだが、まだ他にいるだろ。図書館員とか。
「キョンったらまーったくなんにも分かってないのね。こういう話はね、中高生の間で密かにささやかれているって相場が決まってるじゃない!」
俺は漏れ出そうになるため息を口腔内で押しとどめて、集まっている他の面子の反応を見た。
長門と古泉は……まあ予想通り目だった変化はない。
朝比奈さんは「こ、ここ全部探すんですかぁ~」と目を丸くして建物を見回している。俺も同感ですよ。正気の沙汰じゃありませんよね。
フーゴは……静かにハルヒのことを見つめている。なんだか落ち着かなくなる視線だ。
そういえば、こいつは一体この後どうするんだろう。ハルヒ暗殺が長門の脅しで不可能になったってことは組織には戻れないはずだし、まさか亡命するつもりなのだろうか?
なんとも気になるところである。任務失敗の責任を取らされて殺される……なんてことになったら、ちょっと寝覚めが悪い。関係ないと言っちゃ関係ないのだが、さすがにそこまで綺麗さっぱり切り捨てることは俺にはできない。
そんな感じでもやもや考えていると、
「それじゃあ私とみくるちゃんは三階、キョンと有希は二階、フーゴ君と古泉君は一階ね。さあみんな散って散って!一時間後に集合ね!」
両手を振り回すハルヒに追い立てられる形で、俺と長門は二階へと続く階段を上った。
二階フロアについて、さて無益な時間をうだうだ過ごしますか、と思っていたら……
「図書館内に新たに知的生命体反応が三つ」
淡い声が隣から聞こえてきた。マジかよ。ついてないな。
「図書館員か?だとしたら早いとこ他の面子に知らせて……」
ところが長門は一回、二ミリほど首を横に振りその考えを否定した。
そして想像もしていなかった最悪の事態を話し出した。
「三名はスタンド使い。パッショーネに所属し涼宮ハルヒ及び任務に積極的でないパンナコッタ・フーゴの命を狙っているものと推測できる」
俺は息を呑み、吐き出そうとしたが、喉仏のあたりでつかえてしゃがれた声が出てきた。
イカれたギャング集団はハルヒを何が何でも殺すつもりなのか……!!
「……向こうには居場所がばれているのか?」
「我々の詳細な位置までは特定できていないものと思われる。しかし時間の問題」
長門はそこで言葉を切り、早口で何か呪文のようなものを呟いた。
「……古泉一樹と朝比奈みくる、パンナコッタ・フーゴの三名の携帯電話に現在の状況を記したメールを送信した。また情報障壁を図書館全体に張り巡らし、外部への影響を遮断した。戦闘による近隣住民への被害はない」
俺がショックから立ち直る間にそれだけの仕事をやってしまったらしい長門。
……ってちょっと待て
「フーゴのやつにも送ったのか?いやもちろん、自分が殺されかけてるんだって知れば味方になるかもしれないが……」
それよりなにより真っ先にハルヒを殺して許してもらおうとするんじゃないのか?
普通に考えればそれが自然な気がする。
「大丈夫」
長門の返答は……それだけだった。まあ、こいつがそういうのなら本当に大丈夫なんだろう。少なくとも、フーゴが仲間になるという点では。
「俺には、何かできることはないか?」
「広範囲にわたって構築しているため、情報障壁を増築して涼宮ハルヒ個人を保護する事は不可。よって古泉一樹、朝比奈みくると共に涼宮ハルヒを図書館外に連れ出し安全な……」
そこで長門の言葉が止まった。表情もわずかに面食らっているように見える。
すし屋でスパゲティが出てきても眉毛一本動かさないだろう長門が驚いてるというのは、あまり喜ばしい状況ではない。特にこんな場合は。
「敵スタンド使いの能力の解析を終了。階下への移動は不可能と判明」
それがどういう意味か尋ねようとする前に、突然長門が腕を伸ばして胸倉を掴み、思いっきりこちらへ引き寄せる。
直後、ひどく鈍い音がした。
振り向くと、俺がたった今立っていた場所が何か重いものがめり込んだようにへこんでいて、その穴を挟んで不気味な男が立っていた。
~フーゴ視点~
僕はもう何度目になるかわからないメールの確認作業を行っていた。
「どうやら、あなたや我々にとってあまり喜ばしくない事態に陥ってしまったようですね」
隣では既に携帯をしまった古泉が苦笑と共に肩をすくめていた。仕草ほど心に余裕がないのは、額に汗が浮かんでいることから分かる。
「ああ……そうだな」
そういいながら、僕はこれからの行動を考えた。これからどうするべき、か。
組織に裏切られた……というのは驚きではあるが、実のところ意外と言うほどでもない。
だから、キレないで落ち着いていられた。
これまで仕事をしてきた中で、幹部連中がパープルヘイズを疎ましく思っているとは薄々感づいていた。もちろんブチャラティ達はそんなこと考えてなかったろうが、一人だけの任務で他のチームと接触するときは常に抱いていた印象だ。
当然と言えば当然だ。感染すれば絶対に死ぬこのスタンドを好ましく思うわけもない。
だからこの機会に乗じて殺そうと考えているのか。
ポケットの中で携帯をいじりながら諦念まじりの思考をまとめた。
そんな事態を避けるためにあまりパープルへイズを使わないよう心がけていたのだが、失敗したようだ。ボスにつけこまれる口実、すなわち任務がうまくいっておらず調査を続行すると報告してしまったのが失態だったか。
いや、それがなくても事故に見せかけて殺そうとした、か。
「……僕は、向こうが僕を攻撃した瞬間から戦闘に加わります」
パッショーネの内部情報がここまで詳しく書かれているメールは充分な説得力を持っていたが、それでも長門の罠という可能性を捨て切れなかった。よって妥協案。
「分かりました。……あなたも大変ですね」
そんな微笑と共に言われても白々しく聞こえるだけなのだが、なぜだかその古泉の雰囲気はそんな印象を抱かせず、それを本気で言っているのだと感じさせた。
その言葉を受けて、僕は考えてみる。
大変には違いない。そりゃ、大変だろうな。
だがどういうわけか、自分の居場所がなくなったことに対する絶望は沸いてこなかった。
少し思考を巡らせて、理由に思い当たる。
かつての自分は、組織無しには生きられない、組織がなくなれば僕の世界は終わる。そう思っていた。
だがここにはリアルに世界を終わらせることのできる人間が、少なくとも二人はいる。
長門有希に涼宮ハルヒ。
それと比べて、僕の悩みがどれほどちっぽけなものか。居場所がなくったって、命ある限りどうにでもなる。それが人間というものだ。
僕は、そんな楽観的な考え方をこの任務の途中で知ったのだった。
「なんとかなりますよ。なんとかね」
僕がそう返答した瞬間、足元の床が突然溶け出した。
最終更新:2008年07月29日 13:29