パンナコッタ・フーゴの消失
第十話
~フーゴ視点~
ギャングになってから数年。教師を殴り倒さなかったら、一体どんな人生を送る事になっていたかと時々思う。
きっと、周りからちやほやされて、それなり見栄えのいい人生になったんだろうな。
それに魅力を感じるかどうかは別として、少なくとも命の危険と隣り合わせの仕事には就かなかったはずだ。
まあ、そんな仮定にはなんの意味もないのだが……
僕と古泉は市内を流れる川沿いに歩いていた。相変わらず言葉少なで、当たり障りのない会話をしている。
腕時計を見る。目的のない時間というのはこれほど苦痛なものだとは思わなかった。
ため息をつくのと同じタイミングで、古泉の携帯がなった。
「はい、もしもし……ええ、わかりました。すぐ向かいます」
古泉がこちらに顔を向けた。微苦笑、と言ったか、そんなかんじの表情だった。
「どうやら涼宮さんは図書館の近くで『うめく本』なるものの噂を聞いたらしくて、今すぐ現地集合という連絡が入りました」
「うめく本……?」
「今日は図書館は閉まっていたと思うんですけどね……まあ、探し物だけなら問題ないでしょう」
本当にわがままな団長閣下だ。将来どうするつもりなのだろう。仮に人の上に立てる素質があるとして、頭ごなしに命令して動くほど人間は単純な生き物じゃない。
……まあ、ギャングの僕が言っていいことでもないが。
それにしても、と古泉のほうに視線を向ける。
こいつもよくほいほい涼宮ハルヒの言う事を聞くものだ。考えられる可能性としては、この男もまた涼宮ハルヒを観察しているのか、または涼宮ハルヒに好意を持っているか……

ってそれはないな。少しでも会話したことがあってそれでも彼女が好きだと思うのはよほど特殊な性癖の持ち主ぐらいしかいないだろう。振り回されたい願望とか。
聞くと、その図書館というのはここからそう遠くないらしい。結構な事だ。このよく分からない男と会話が続かない事による気まずい空気を共有したくはない。

~視点・???~
「いいかセッコ、一番気をつけなくちゃならないのはバッテリー切れだ。後になって実は撮れてなかったっていうのが一番むかつく」
「うお……うぉっ、うぉっ」
私は日本へと向かう飛行機にいた。この密集した空間でグリーンデイを発動するとどうなるのかむずむずして仕方がないのだが、流石に墜落させてまで好奇心を満たそうとは思わない。
それはもちろん下らない倫理観うんぬんが理由ではなく、単純に自分の身が危険にさらされるからだ。
そこで退屈しのぎにセッコにビデオカメラの使い方を説明していた。セッコは角砂糖がからむと普段より記憶力が向上するらしい。なぜここまで甘いものに執着するのか、毎度のことながら気になる。
脳を解剖してみたい気もするが、まあ、相手がセッコであることもありその疑問は抑えている。これでも自分は身内を大切にするほうなのだ。
セッコは練習のつもりか、白と青で統一された窓の外を飽きもせず撮影していた。本当はバッテリーが無駄になるので控えさせたいところだが、いきなり使わせてどうすればいいのか分からずに癇癪を起こして泥にされるよりはましなので、黙っていた。
セッコの練習がひと段落ついたところで、私はずっと前から考えていた決意をセッコに言った。
「セッコ、話があるんだが……」
「うお?なんだあチョコラータ?」

「私はボスを越えるつもりでいる」
セッコは言葉を失ったように、驚いた表情のまま凍っていた。ショックでビデオを落とすという点以外は予想の範囲内である。高いのに、壊れたらどうするつもりなんだ。
「考えてもみろ。私の『グリーンデイ』とお前の『オアシス』のコンビネーションに勝てる人間がいると思うか?どんなスタンド使いであろうと、ボスがたった一人しかいない以上、オレ達のほうが強いに決まっている。
オレ達は無敵だ。ボスは任務の時以外は決して私やお前に能力を使わせようとしなかった。それどころか国外渡航も制限されていた。おかしいだろ。弱い人間に強い人間が支配されているなんていうのは。『逆』じゃあないか?
強い人間こそが弱い人間を支配できる資格があるんだ」
ビデオを拾いながら言った。
セッコはどうか分からないが、能力を使用できないというのは私にとって実に苦痛だった。もっともパッショーネに入らなければそもそもスタンドを身につけていなかったわけで、それでボスを恨むのは筋違いかもしれないが、
とにかくやりたいようにやれないというのは精神衛生上きわめてよくないことだ。
「だがチョコラータ……具体的にはどうするんだよ~」
ようやく言葉を取り戻したらしいセッコが私に問いかけた。
「ボスがオレ達の枷をはずすというのは信頼してのことじゃあない。危険なスタンド使いかもしれん『涼宮ハルヒ』と事実上任務放棄したパンナコッタ・フーゴをまとめて殺すにはそれしか手段が無かったからさ。
となればボスはオレ達が任務を完了したら必ず接触しに来るはずなんだ。親衛隊の誰かではなく、ボスが直接、な。いくら外国とはいえ無制限にカビが広がれば、いずれはパッショーネのことが公になるかもしれん。
止めに入るはずだ。それがオレ達に許された、唯一ボスを倒せるチャンスなんだ」
私は言葉を切る。セッコは微妙なうめき声を上げて考えている様子だった。ふむ、セッコには難しいかもしれん。だがとりあえず重要な点が伝わればいい。
「といっても、ボスが親衛隊の誰かをよこす可能性もなくはない。そしたら次の機会を狙おう。いいなセッコ、重ね重ね言うが、オレ達は無敵だ。必ずボスを倒せる」
「うお……うおっうおっ!」
「よし、その意気だ。甘いの二……いや三つやろう!」
バックから角砂糖のケースを取り出そうとして……手を止めた。
斜め前方、二席先に座っていた男がこちらを見ていたのだ。まあこの髪型やセッコの全身スーツが視界に入れば気になるのは仕方がないかもしれないが、それでも三秒以上ガン見されるのは変だ。
その男自身の容姿もまたかなり目立っていた。腹や首周りが無駄に肉付きがよく、頭にバンダナを巻いていた。そして極めつけはどことなく不吉さを感じる顔。白目の占める範囲が異様に広く、唇が不自然なほど赤い。
そして、そいつは私と目が合うと……にやりと、不気味に笑った。
途端に背筋にツララが突っ込まれたような感触が走る。私が言うのもなんだが、そいつの瞳は狂人特有の光が宿っていた。本能が危険信号を鳴らす。
なんなんだあいつは。
「どうしたんだよ~チョコラータ~」
セッコの急かす声で我に返る。もう男は席に戻っていた。
「いや……なんでもない」
セッコに角砂糖を渡しながら考える。
今回の任務は、今まで以上に気を引き締めていこう、と。

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最終更新:2008年07月29日 13:30