第45話 「空条徐倫の消失 6」

キョンが過去のハルヒに言うべき捨て台詞を言った後、あたし達は有希の家に向かった。有希の家は登下校の時毎日見ている、閑静な高級マンションだった。……そういや有希の家にはあがった事なかったな。
「あ……あの、キョン君……よろしく頼めますか?わたし、今でも長門さん苦手で………」
みくるはあたしの後ろに隠れている。背が伸びたとはいえ小さいのに変わりはなく、完全にあたしに隠れてしまっている。
「分かりました」
キョンがインターホンで有希の部屋を押すとイヤホンを取る音と共に沈黙が聞こえてきた。
「あー……長門、俺だ。実はだ………」
キョンが二言三言説明すると有希はオートロックを開ける。エレベーターを使って有希の部屋708号室がある、7階に行き、部屋に着くまで5分程かかった。
ノックをすると見慣れた無表情顔が出迎えた。
「……………」
有希だ。心なしかあたしが知っている有希より遥かに無表情な気がする。
「気のせいじゃないと思うぜ……俺もそう思う」
そうか。
「入っていいか?」
有希は奥へ入っていった。イエスって事なんだろうな。
リビングにはコタツ机だけであとは何も無い。カーテンも無い。いやに殺風景で生活感が無い。有希には悪いが、これならム所の独房の方がまだマシだ。
「なあ長門……このふすま開けていいか?」
「そこに何かあんのか?」
「いや……さっきの俺と朝比奈さんがいるんだが………」
「開かない。その部屋の構造体ごと時間を凍結してある」
………少し残念だ。

キョンは長門に今迄起こった出来事をダイジェストにして説明し始めた。所々であたしやみくるが補足をいれてやる。
「で……だ……俺の説明はここまでなんだが………」
「次はあたしが説明するよ」
そしてあたしは刑務所で起こった出来事をキョンと同じくダイジェストで話した。有希だけでなく、キョンやみくるも初耳のせいか、興味津々といった様子だ。
「……という訳だ」
「……直せるのか?長門?」
有希はそこでみくるを見つめる。意見を催促しているみたいだ。
「わ…わたしは……異常な時空間をノーマライズしたいと思っています………」
有希は少し考える(ように見える)素振りをした。
「長門さん……あなたに協力して欲しいんです。改変された時間平面を元通りにできるのはあなただけなんです……どうか………」
「……………」
有希はしばしの沈黙の後、
「確認する」
と言い、目を閉じた。暫くして再び開け、
「同期不能」
「お……おい、それってまさか………」
「その時代の時空連続体そのものにアクセスできない。私のリクエストを選択的に排除するためのシステムプロテクトがかけられている」
そう語る有希はあたしの知る有希に少し近かった。……なるほど、有希も少しずつだが変わってたのか……でも、だとしたら………
「だ……大丈夫なのか?」
考え込んだあたしを余所にキョンが話しを続ける。

「だが事情は把握した。再修正可能」
3人一緒に胸をなで下ろす。
「その時空改変者は涼宮ハルヒの情報創造能力を最大利用し、世界を構成する情報を部分的に変化させた」
そしてその結果がこれか。
「ゆえに改変後の涼宮ハルヒには何の力も残っていない。その時空には情報統合思念体も存在しない」
「無茶苦茶だな………」
「涼宮ハルヒから盗み出した能力によって、時空改変者が修正した過去記憶情報は、365日の範囲」
「この七夕まで手が周らなくてよかったぜ………」
キョンが心からの安堵を顔にうかべる。
「世界を元の状態に戻すには、ここから3年後の12月18日へと行き、時空改変者が当該行為をした直後に、再修正プログラムを起動すればよい」
有希、お前は来るのか?
「わたしは行けない……彼らを放置できない」
解説によると時間を凍結し続けるにはこの時空を離れるわけにはいかないらしい。
「じゃ、どうしろってんだ」
「調合する」
有希は眼鏡を外すとその眼鏡を別の物に変えた。
「拳銃かよ………」
「時空改変者に再修正プログラムを注入」
「弾は実弾か?……見たとこアルミかプラスチックに見えるが」
「徐倫、それでなんか違いがあんのか?」
「実弾なら服を気にしなくていいからな」
「短針銃。針の先端にプログラムを塗布してある。着衣の上からでも成功率は高いが、できれば直接皮下が望ましい」
有希が銃をキョンに渡す。
「なあ……ところでこの馬鹿騒ぎを起こしたのは誰なんだ?」
あたしも一番聞きたかった事だ。……有希なら知ってんだろ?
「………それは」
そして有希はある名前をまるでニュースの原稿を読むようにいつもと同じ調子で告げた。
「……………」
「……………」
有希の告げた名前は薄々感づいていた名前だった……が、こうして告げられると重みが違う。
暫く重い空気が流れていたが、それを振り払うようにみくるが明るい声で切り出した。
「それじゃ時空間座標を………」
有希はみくるの手の甲に触れた……が、その後は何もなかった。様子を見るにそれで伝わったようだが………。
「そのままでは、あなた達も時空改変に巻き込まれる。対抗処置を施す。手を」
何をするのかと思っていると有希が差し出されたキョンの手首を噛んだ。……映画撮影の時やってた長門印のナノマシン注入作業だろう。
キョンが驚いたやら気恥ずかしいやら分からない表情をしている間に有希は手早くおどおどしっぱなしのみくるにも噛み付いた。……後はあたしだけか。
「いつでもいいぜ、有希」
が、有希は何を思ったのか噛み付こうとせず、手を握りしめ、小指だけを立て突然座る。
………待て待て、何するんだ有希……と言おうとした瞬間、有希が座ったままの姿勢から膝だけで跳躍した。

「パウッ!」
奇声をあげ有希があたしのみぞおちに拳を突き立てた。
「くうっ……うふ!……がはっ………」
「……………」
随分とシュールな光景だな………冷静なあたしもどうかと思うが。有希はあたしから離れ、何事もなかったかのように話を続ける。
「対情報操作用遮蔽スクリーンと防護フィールドをあなた達の体表面に展開させた」
「待てェェェェェェェェッ!」
「何?」
「さっきのパンチは何だったんだ?」
「波紋。あなたの横隔膜を刺激した。軽い波紋なら作れるはず」
「ハ?……いや、波紋のやり方は昔ジョセフひいじいちゃんから聞いた事あるから分かるけど………」
「あなたにも遮蔽スクリーンと防護フィールドは展開しておいた」
「いや……だからなんで波紋を今………」
が、有希は無視する。
「あ……その……行きましょうか」
「あ……はい」
みくるが場の雰囲気を変えようと出発を提案した。……まあ断る理由もないか。
「わたしの手をとってください。目を開けていると酔いますから閉じていて下さいね」
キョンが鼻の下を伸ばしながら差し出された手を取る。……なあ、ぶん殴っていいか?
「……やめてくれ」
「あ、早く手を………」
みくるの手を取る。端からみると円陣を組んでいるみたいだな。そう思った瞬間、本日2度目の暗転が訪れた。……2回目とはいえ慣れないな。

「もういいですよ」
目を開けると見慣れた北校の校門近くにいた。
「いよいよだな………」
「キョン、最後でしくじんじゃねーぞ」
「ああ」
「行くぜ」

To Be Continued・・・

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最終更新:2008年11月09日 18:57