第48話 「空条徐倫の消失 9」
あたしが家を抜け出せたのは夜11時をまわってからだった。ママが熱がひいてすぐに外に行くのは駄目だと言って譲らず、結局寝静まってから外に出た。
「病院は自転車で20分くらいだったな………」
病院に到着するとキョンの病室を目指す。病室は個室だった。……古泉が気をきかせたつもりだろうか?あんま嬉しくなさそうな様子のキョンが思い浮かぶ。
すると中から声がした。
「くそったれと伝えとけ」
キョンの声だ。一緒にいるのは……有希か?キョンは声が大きい事に気付いたのか、声を小さくし、聞こえた声はそれ一つだけで、後は聞こえてこなかった。
そろそろかなと見切りをつけ扉を開く。
「よう、話は終わった………か?」
あたしが固まったのは他でもない、キョンが有希の手を握り締め、熱く見つめあっていたからだ。
有希の口がありがとうと動いていた……ような気がする。なるほど、これが未来の有希が同期を拒んだ理由か。
「悪い……また明日来る………」
「い、いや違うぞ徐倫!これは多分お前が今思ってるような意味じゃあない!」
「………………そうか」
「信じてないだろ」
あたしは無視する事にした。
「ところで有希」
「何」
「今回の一件だが……一つだけ納得がいかない事がある」
「なんだよそれ?」
「あたしがアメリカのム所にいたことだ」
「どういう意味だ?」
キョンが聞いてくる。
「あたしが別に北校でみくるや有希みたいにトンデモプロフィールを無くして普通の生徒になっててもよかったわけだし……ハルヒや古泉みてーに転校しててもよかった」
「………そうだな」
「ところが実際はもっと違う状況にあたしは巻き込まれた」
はっきり言って理解不能の状況だったがな。帰ってきた今でもあの3日間が信じられない。
「有希……バグったあんたが望んだのは普通の日常って奴だった……あたしがスタンドを持ってるのが不都合で、それを消せなかったとしてもム所はつじつまが合わなさすぎる……どういう事だったんだ?」
有希はまるで言うべき言葉を慎重に選んでいるように長い間沈黙していた。
「………誤作動を起こした私もあなたを涼宮ハルヒや古泉一樹と同じく光陽院に転校させるつもりだった」
「………だった?」
「涼宮ハルヒから時空改変能力を奪い、使用しようとした瞬間、涼宮ハルヒの能力によって抑えられていた強力な“運命”があなた達に働いた」
「珍しいな……長門が運命なんて言うなんて」
確かに……有希らしくもない。
「運命という以外に表現できないような力だった………その運命によってあなた達はアメリカのグリーンドルフィンストリートに収容された」
「しかし……ハルヒのトンデモパワーを超える物があったとはな………」
「そうね………」
「ま……あの間違った世界から正しい世界に帰ってこれてよかったぜ」
全くもってその通りだな……と相槌をうとうとした瞬間、
「それは間違い」
有希の平坦な声が響いた。聞き慣れた声の筈だが、今は何故か背筋が凍るような冷たさを感じる。
「どういう意味だよ………」
「……あなたや私、涼宮ハルヒ等にとってはこの世界が正しい世界」
………何を言い出すんだ有希。
「しかし、あなた達スタンド使いにとっては………この世界は間違った世界」
「………まさか……有希はあの刑務所が正しい世界だっていうのか?」
「そう」
馬鹿な……なら何故あたしは間違った世界にいるんだ?それじゃ矛盾しているじゃないか。
「その通り。この二つの世界は本来絶対に交わらない筈の世界……涼宮ハルヒの能力をもってしても不可能」
「じゃあなんで現に交わってんだ」
そう、交わってしまっているのは事実なんだ。一体なんでこうなったのか、それを知るまで引き下がるわけにはいかない。
「先程言った強力な運命と涼宮ハルヒの能力が互いに反応し結び付いた結果……ただしバランスは極めて不安定。
少しでも刺激が加わると二つは離れるか侵食しあう」
それが真相ってわけか………。
「……………」
「……………」
「……………」
沈黙が場を支配する。そりゃそうだ、あんな衝撃的な事を聞いて平常心なんて無理に決っている
「有希……一つ聞きたい」
「何」
「あたし達がいるべきだった世界ってのは……どんなだったんだ」
有希はあたしを夜のような黒い瞳で暫く見つめてから口を開いた。
「苦難の道……しかし大きな意味がある苦難の道」
「………今のあたしとどっちが幸せなんだ?」
「………分からない」
「………そうか」
それだけ聞けたら十分だ。
「そろそろ帰るぜ」
「おう」
あたしはベッドで寝転ぶキョンを見て言った。
「クリスマスパーティーまでには退院しろよ」
「……………ああ」
クリスマスパーティーの単語を聞いてから随分と沈んでいる。……なんか嫌な事でもあんのか?……まあいいか。
あたしは帰り道で有希の言葉を思い出していた。
「間違った世界………か」
何が正しいか、それは人によって変わるという。確かに今のあたしは間違った世界にいるのかもしれない。
……けれど、嘘だって本気で信じてみたら一つぐらいは本当になるかもしれない。要するにあたしはこの間違った世界も好きなのだ。何が正しくて何が間違いか、それはその人が信じるか信じないかだ。
あたしはこの間違った世界が正しいと信じている。それだけだ。
「クリスマスパーティー……楽しみだな」
ちなみにクリスマスパーティー当日、キョンがトナカイの姿で放ったあまりにも笑えない一発ギャグをこの時真剣に考えていた事をあたしは知るよしもなかった………。
To Be Continued・・・
最終更新:2008年11月09日 19:03