第十九話「アナーキー・イン・ザ……」

爽やかな春の日射しが少しずつ強くなり、季節は変わり目を迎える。六月の到来だ。
早いものでSOS団に入ってから半月ほどが経った。半月。改めて考えると、とても信じられない。
まだハルヒたちに出会ってそれだけしか経っていないなんて。もう何ヵ月も一緒に過ごしたように思っていた。
そう思っていたから、ぼくはすっかりSOS団に馴染んだと思っていたのだ。……甘かった。ぼくは全然わかっていなかった。
破壊的、魔王的、やりたい放題的、空前絶後的、唯我独尊的、迷惑千万的、言語道断的少女、涼宮ハルヒを。

「つまり、こういう事?」
グェスの件から二日後、ぼくたちはいつもの部室でちょっとした報告会を行っていた。
ちなみに昨日はみくるさんの無断欠席の「お仕置き」とやらでそれどころではなかった。
「グェスは『強硬派』とは何の繋がりもない。スタンドが発現したのはつい最近」
ぼくの要約に古泉が頷く。
「はい。尋問の結果、それは確かです」
「随分自信満々だな」
黙って聞いていたキョンが横槍を入れる。古泉は一段と胡散臭い笑顔を浮かべた。
「ええ。彼女は喜んで話してくれましたよ。何もかもね」
……詮索しないほうが良さそうだ。それにしても、やはりグェスは強硬派とは無関係か。
予感はしていたが、改めてわかると不気味だ。そもそも、これは単なる偶然か?
スタンド使いが偶然スタンド使いを襲うなんて、出来すぎている。何かの作為があるのではないか?
ぼくはぽつりぽつりとそんな事を言った。と、古泉は真面目な顔になり、
「スタンド使いは、引かれ合う」と、芝居がかった口調で言った。すぐに表情を崩して続ける。
「ジンクスというほどの事でもないですが、『機関』で言われている言葉でしてね。
まあ、考えてみれば当たり前の話なんです」
古泉は白紙のノートを開くと両端に消しゴムを置いた。
「消しゴムがスタンド使いでノートの中心にいるのが涼宮さんです。涼宮さんは超能力者に会いたい。吸い寄せます」
ノートの端を持ち、閉じかけた形にする。当然ながら消しゴムは斜面を滑り、ノートの中心でぶつかった。
「さあ、涼宮さんが引き寄せました。すると、スタンド使いも互いに近づいた。涼宮さんを介して引かれ合うというわけです」
古泉特有の回りくどい説明である。みくるさんが控え目に手を上げる。
「あの……という事は、これからもああいう人に狙われるかも、という事ですか?」
「そういう事になりますね」
即答する古泉に、みくるさんは明らかに沈んだ様子だった。
当然だ。グェスみたいな奴に会ってたら命がいくつあっても足りない。

「なあ、俺も質問があるんだが……」
次に尋ねたのはキョンだ。
「『スタンドの発現はつい最近』って言ってたよな。だが、古泉。お前は三年前に発現したんだろ?
何で最近になってこんなにスタンド使いが増えたんだ?」
「そうだ、ぼくも知りたい」
思わずぼくも言った。古泉は顎に手をあてながら口を開いた。
「正式に言えば僕の発現も最近なんですがね……。これは僕の推測で、正しいかどうか、全く確証はないですが」
ここで言葉を切るとぼくをじっと見る。
「あなたのせいじゃないかと思うんです」
え、ぼく?皆の視線が一斉にぼくに注がれる。ちょっと、そんな言い方は止めてほしい。
まるで名探偵に犯人扱いされた気分だ。反論しようとするぼくを遮り、古泉は話を続けた。
「ご存知ないでしょうが、涼宮さんの中学生時代の精神状態は最悪でして。
それが高校生になりSOS団を作った事で改善されつつあったんですよ。彼女の満足する世界に一歩近づいたわけですからね。
しかし、すぐに戻ってしまった。いや、むしろ以前以下と言ってもいいかもしれない。
クラブを立ち上げたまではよかったんですが、彼女の言う面白い事なんて、そうそう見つかる物でもない。
焦っていたんでしょうね。ストレスが相当溜まっていましたよ。一度は本当に世界が終わりかけた」
思わせ振りにキョンに視線を移す。長門も静かに頷いている。目を反らすキョンに構わず古泉は続けた。
「そんな時、あなたが現れたんです。どれほど涼宮さんが喜んだかは想像に難くありません。
事件もない、相談者も来ない。上手くいかないと悩んでいた時に、
留学生なんていう特徴的な人物が入部したいとやって来たんですから。
きっと、手応え……はっきり言うなら『これなら超能力者たちにも会えるかもしれない』と感じたんじゃないでしょうか」
だから、スタンド使いが量産された?馬鹿げている。馬鹿げているが……それがハルヒだ。

一笑に付したい一方で納得しかけているぼくがいた。あり得るんだ。こんな話でも、ハルヒなら。
しかし、「中学時代の精神状態は最悪」か……。ハルヒなら中学校でも好き放題してそうだが。
中学生ハルヒを想像してげんなりしていると、古泉は咳払いして「とはいえ」と前置きした。
「ジョニィくんには感謝していますよ。おかげで涼宮さんの精神は安定していますから。
つい最近までは、また以前のような事が起こるのではと戦々恐々としていましたよ」
どうやら、心からの笑顔のようだ。ぼくも苦笑しながら言った。
「安定か。まあ、あれだけしたい放題してたら当然だね」
ぴくり、と古泉の眉が動く。長門が微かに目を見開いた気がした。
残りの二人は目を伏せている。……どういうわけだ。
「……何か、変な事言ったかな」
白々しい古泉の笑い声が響いた。
「……はは……最近は落ち着いている方ですよ」
目が泳いでいる。長門も目を合わせない。少し大げさじゃあないか?
「おいおい、脅かさないでくれよ。今より酷いなんて、そうそう……」
「みんなああああ!!」
うららかな昼下がりの空気を破壊する大声が部室棟に響いた。
発生源?考えるまでもない。ただ今の話題の中心だ。ノックなしにドアが開く。
晴れやかな笑顔のハルヒが立っていた。どうしたと聞く間もなく舞台女優のような声を張り上げた。
「野球大会に出るわよ!」
……………………。
沈黙。
「……みんな」
無反応のなか、辛うじてぼくが口を開く。目線だけがぼくに集まった。
「……さっきの発言、撤回していいかな」
みんなが同時に頷いた。

To Be Continued……

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最終更新:2008年12月25日 17:39