第二十話「アナーキー・イン・ザ……②」

「何に出るって?」
キョンがようやく反応した。待ってましたと言わんばかりにハルヒが「これ」と紙を差し出す。
……なかなか、大きい文字で書かれている……。
「キョン、悪いけど読んでくれ。まだ漢字に不慣れだから読み間違えたのかもしれない」
「多分合ってると思うぞ……。えーっと、第九回市内アマチュア野球大会参加募集のお知らせ」
キョンが読み上げるとハルヒは得意気に言った。
「由緒ある大会よ。これに優勝して、SOS団の名を世に知らしめるのよ!」
草野球に由緒も何も無いと思うが。そもそも、そんな事で名前を広めてどうする。
頭を抱えながらキョンが口を開く。
「ちょっと待て。SOS団って、俺たちの意思はどうなる?」
「メンツが必要ね。あと三人」
聞いちゃいない。……あれ?待て。
「ハルヒ、野球は九人でやるスポーツだぞ」
ぼくが言うと、ハルヒは何を当たり前の事をと言わんばかに目をぱちくりさせた。
「知ってるわよ。そのくらい。あたし野球部に仮入部してた事もあるんだから」
「じゃあ、数え間違ってるぞ。ハルヒ、キョン、古泉、長門、みくるさんで五人だ。あと四人要る」
目を見開く。今度は何を馬鹿な事をという顔だ。
「五人って、アンタ。自分を入れてないじゃないの」
自分?…………え、ぼくの事か!?ぼくに出ろって、正気か!?
言いかけたが、ハルヒが正気でない事はぼく自身よく知っている。ぼくは子供を諭すように優しく言った。
「ハルヒ、ぼくは下半身不随なんだよ」
「知ってるわよ。ほら、これ見なさい」
口を尖らせながらハルヒが紙を見せる。どこからか印刷してきた記事のようだ。
「車椅子野球」と見出しがついている。確かに、車椅子に乗った人がバットでボールを打っている。
バスケやテニスは知っていたが、車椅子野球もあったのか。
「俺にはゴムボールを打ってるように見えるんだが」
「変わんないわよ。同じボールなんだから」
違うボールだ。心の中で突っ込みをいれる。もっともらしく相槌を打つ古泉と、
いつもと同じく固まっている長門を除き、困惑が広がる。

渋面のぼくたちにハルヒが声を張り上げた。
「言っとくけど、これは決定よ!団長命令なんだから。ねえ、みくるちゃん」
「え、あたしですか!?えーっと……その大会はいつなんですか?」
逃げたな。みくるさん。機嫌を取り直してハルヒが告げる。
「ああ。今週の日曜よ」
「日曜!?明後日じゃねえか!メンツはどうするんだ!?」
キョンが叫ぶが、ハルヒは面倒臭そうに一言言っただけだった。
「いいじゃない。適当なのそこらで見つければ」
冗談じゃない。また超能力者やら宇宙人やら拾ってこられたらたまった物じゃない。
まして、そいつがグェスみたいな奴だったら、大変なんて物じゃあないぞ。キョンも同じ事を思ったらしい。
「お前は野球に集中しろ。とりあえず俺が一人見つける」
あと二人。どうしようか。「では僕が」
「ぼくが一人呼ぶよ」
手を上げる古泉を遮りぼくが言った。
「あの、でしたらあたしも一人……あ、クラスのお友達です」
みくるさんが付け加えて我がSOSナインは決定した。
「決まりっ!じゃあ、早速特訓ね。グラウンドに行くわよ!」
今からかよ。

「やれやれ。また面倒な事になっちまったな」
ため息を吐くキョン。古泉が肩をすくめながらそれをなだめる。
「おとなしい事でよかったじゃないですか。宇宙人捕獲作戦やUMA探索合宿旅行とかじゃなくて。
野球でしたら我々の恐れている非現実的な現象は起こらないでしょう」
「まあ、そうだろうが……変な奴がメンツに入る事も無くなったしな」
「まったくだね。異世界人でも来たらどうしようかと思ったよ」
口を挟んだぼくをキョンがじっと見る。
「なに?」
「何だろう。『お前が言うな』って今思った」
「…………?」
「こら、そこ!」
のんびり話をするぼくたちにハルヒの怒鳴り声が飛ぶ。特訓をすると言ってからのハルヒの行動は早かった。
野球部にドイツ軍も驚きの電撃戦を仕掛け、あっという間にグラウンドを占領。
野球部員を球拾い及びボールトス係にしてしまった。恨みのこもった部員たちの視線が痛い。
「特訓するわよ!まず千本ノックから!」
「ハルヒ、その事なんだけど」
バットを振り回すハルヒにぼくは口を挟んだ。
「ん、なに」
「さっき言ってたメンバーなんだけど、電話したらすぐ来れるって。……あ、ほら。おーい、こっちだよ」
野球部員が殺気立った雰囲気を放つ中、悠々と大男が歩いて来ていた。
「よお~っ、ジョニィ。野球やるんだって?」
ぼくのクラスの友達であり、今回の助っ人、虹村億泰である。

草野球の助っ人を頼んだところ、億泰は二つ返事で快諾してくれた。
元々億泰はこういったイベント事は好きなほうだし、大柄な体躯に見合った体力もある。
まさに適任と思ったのだが、少しばかり不安要素もある。
「一体誰と……ってこいつらとかよ」
不安的中だ。億泰はグラウンドに制服姿で立つ、場違いな集団がSOS団だと認めると、露骨に嫌そうな顔をした。
まあ、これは予想できた。一員であるぼくとしては耳の痛い話だが、SOS団に近付きたがる人なんて皆無だ。
億泰も例外ではなく、ぼくがSOS団にいる事を快く思っていないふしがあった。
とはいうものの、この事は話せば何とかなると思っている。問題は不安要素がそれだけではない事だ。
早速説得しようとしたぼくを澄んだ声が遮った。
「ジョニィ、何この頭悪そうな奴」
第二の不安要素も的中した。しかし、一目で見破るあたり、ハルヒの観察力も中々だ。
「ンだとコラッ!おいジョニィ!オメーの頼みでも、俺ぁこんなプッツンとはやりたくねーかんな!」
「はぁ!?プッツン!?誰の事よ!」
たちまち睨み合いが始まってしまった。このままじゃ助っ人になってくれるわけがない。
ぼくはなだめようと二人に割って入った。
「ハルヒ。そんな、馬鹿だなんて……。億泰、ハルヒはちょっとアレなだけで悪気はないんだよ」
「否定しろッ!」
「アレって何よ!」
しまった。火に油を注いでしまったぞ。

億泰は肩を怒らせながら背を向けると、首だけでぼくを見た。
「ジョニィ、悪いけど俺は帰るぜ。こんな奴に付き合ってらんねー」
「同っ感だわ。さっさと帰りなさいよ」
完全に気分を害したようだ。このまま帰すわけにはいかない。ぼくが慌てて引き止めようとした時である。
「あの~」
能天気な声が緊迫した空気に割り込んだ。億泰もこちらに振り向く。
「ボールを借りて来たんですけど……お取り込み中ですか?」
みくるさんだ。部室からノック用のボールを取りに行くように言われていたのだ。
こんな雰囲気のハルヒに首を突っ込もうなんて勇気があるというか……。
と、今はそっちに気を取られている場合ではない。気を取り直して億泰の方に向き直る。……いない。
今の今までいた場所に億泰がいない。どこに行ってしまったんだろうか。
首を捻りながら視線を戻すと、すぐ横に億泰がいた。
「お、俺、虹村億泰っていってジョニィのダチです!野球の助っ人やるんでよろしくッス!」
もの凄い勢いでみくるさんに挨拶をしている。後退りながらみくるさんも自己紹介を返す。
「は、はい。ジョニィくんのお友達なんですか。朝比奈みくるです。虹村くん、よろしくお願いします」
あまりにも突然な態度の変化にさすがのハルヒも目を丸くしている。
「何よアンタ……帰るんじゃなかったの?」
「んなわけねーだろッ!水臭え事言うなって。ジョニィのダチは俺のダチだぜッ!」
「……まあ、人数合わせに入れてあげてもいいけど」
……ハルヒが押されてる。億泰ってぼくが思っていたより凄い人なのかもしれない。

何はともあれ、晴れて億泰がSOSナインの一員になった。ハルヒが声を張り上げる。
「じゃーみんなっ!ボールも来たし、ノック始めるわよっ!」
そしてボールをトスする。今、ここで始める気か!?今ぼくらは何となくマウンドの辺りにいて、守備位置も何もあったものじゃない。
「ちょっと待った。こういうのは守備位置につかないと……」
そこまで言った後が続かない。だって、それ以前にまだ守備位置を決めてないから。
「まず守備位置を……」
言い掛けたところで打球が飛んできた。殺人的に鋭い打球だ。
しかもそれが切れ目なく飛んでくる。とてもじゃないが、ボールに食らい付く気概は持てない。
自分の身を守るので精一杯だ。そんなぼくを尻目に古泉は軽快なグラブ捌きを見せていた。
普段より妙に楽しそうだ。長門は長門で自分の体に直撃しそうなボールのみを捕っている。
少しぐらいやる気を見せてくれ。そう思っていると、「わきゃあ!」と悲鳴が聞こえた。
見ると、うずくまったみくるさんが泣きじゃくっている。赤い膝小僧から見るに、ボールが膝に直撃したようだ。
キョンがみくるさんの腕を取る。「後を頼む」とぼくらに言うと白線の外を出た。気付いたハルヒが怒鳴る。
「こら!キョン!みくるちゃん!戻りなさぁい!」
「負傷退場だ!」
ハルヒの制止を振り切って保健室に行こうとするキョンに割って入る人がいた。
「待て待て待て!おいキョンとかいうヤツ!俺が保健室まで連れてく!」
億泰だ。キョンを押し退けてみくるさんを連れて行こうとしている。キョンも負けてはいない。
「何言ってんだお前。俺が先に行くって言ったんだぞ」
「こーゆーのは新入りの仕事なんだよッ!」
「お前いつの間に入ったんだ!?いいから手を離」
言い争う二人に打球が直撃した。打球の鋭さだけでなく、ハルヒはバットコントロールも一級品のようで、
急所にピンポイントで命中している。キョンは悶絶しているし、億泰に至っては白目を剥いて倒れている。
「……有希、連れてってあげて」
長門は小さく頷くとみくるさんの腕を取る。ぼくは長門に声を掛けた。
「長門。悪いけど億泰も頼むよ。……このままじゃ、不能になるかもしれない」
やはり小さく頷くと、長門は泡を吹いている億泰の襟を引っ掴み、引きずりながら校舎へと歩いていった。

キョンがようやく立ち上がれるようになった時には、ハルヒは野球部員相手にシートノックを始めていた。
どうやらぼくらを相手にするのに飽きたらしい。突然、雑用ばかりでは野球部員に悪いと言いだし、
あたしがじきじきに特訓してあげると言い出したのだ。自分勝手な理屈である。
「何やってんだ、あいつは」
キョンが呆れ声を出す。
「見ての通りだよ。全く、何を考えているんだか……」
吐き捨てるぼくに古泉が笑いかける。
「まあまあ、そう言わずに。彼女は彼女なりに考えていると思いますよ」
「どうだか」
ぼやくキョン。
「例えば、あの記事。覚えていますか」
記事?……「車椅子野球」の記事の事か。
「あなたも参加出来るよう、考えてくれているんですよ。飽くまで彼女なりに、ですが」
「…………」
無茶ばかり言うとしか思っていなかったが、考えてくれてるんだろうか。ぼくは咳払いをすると話をそらした。
「それにしても、ハルヒは凄いな。見てよ、あの打球」
さっきからのハルヒのナイスバッティングときたら、プロ級なんじゃないかと思う。
「……ひょっとしたら、勝っちまわないだろうな?俺は一回戦で終わらせて直帰といきたいんだが」
「それはないよ」
ぼくは首を振った。
「スポーツ……いや、何でもそうだけど、やってる人間には勝てない。
才能は……まあ、あるだろうけど、それだけで勝てるほど甘くない」
ふーん、と納得したんだかしてないんだかよくわからない相槌を打つと、キョンは帰ろうかと言った。
帰り際、ふと気になって振り替えると、ハルヒがマウンドで投げ込みをしていた。
豪速球に野球部員が空振りを喫している。……まあ、例外もあるという事で。

To Be Continued……

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最終更新:2009年01月28日 20:31