「以上が、前回『矢』で新たにスタンド使いとなった男の結末。何か質問は?」
いつも通りパリッとしたスーツを着込んだ薫が紙に打ち出された文章を読み、俺達に現状を報告する。
成程、星の男は再起不能か。
「ちなみに能力者だったっていう記憶がすっぽり抜け落ちてたわ」
「案外、戦った奴がそういう能力とかだったりしてな。記憶ごと能力を持ってっちまうみたいな」
タオルを頭に巻き、アイスを齧りながらマサが放った言葉に、俺は正直驚きを隠せなかった。
まさかこいつが正論を言うなんて。
実のところ、薫の用意した資料を覗いたときの俺の率直な感想がそれだった。
なんせスタンドとそれに関する記憶だけがすっぽり抜け落ちているのだ。
七海に聞いてみたが、記憶喪失の類ではないらしい。
ならば『記憶を操る能力者の登場』を考えた方がもっともだろう。
「どうした、秀一。そんな変な顔してよ」
マサは褒めると調子に乗るし茶化すと掴みかかって来る奴だ。
ここはぼかすのが一番。テキトーに相槌を打っておく。
しかし、そうなると結構厄介だな。
新入り、健吾の話によるとこの街にはすでに目標以外に二人のスタンド使いが居る。
一人は地中を移動する男。リーダーの知り合いにもいるらしいがその人は今イタリアらしいから別の人なんだろう。
もう一人はなんかごつい黒人。能力は不明らしい。
さらにそこに記憶を操る能力者+目標の四人を始末するとなると流石に一筋縄ではいかないはずだ。
特に地中の男、記憶を操る能力者は注意が必要か。
地中の男は聞いた話によると数十キロを数分で移動でき、その上敵を眠らせる秘策を持っているらしい。
記憶の奴は、あれだけの能力者をほぼ封殺している点から用心しなければならないのがまる分かりだし。
「んー、面倒だな」
頭を掻きつつ愚痴を漏らす。ギャングといえど被害は最小限に押さえておきたいもんだ。
この二人との戦闘の可能性は否めない。だったら結構な人員を割かなきゃいけない。
「さて、どうするかな」
「どうするもこうするもない。邪魔になるなら始末しろ、引き込めるようなら引き込め」
不意に後ろからドスの利いた声がかけられる。
振り向くまでもない。あの人だ。
俺は手元の資料を後ろに立っているあの人に渡す。
「しかし、色々と想定外ですから。流石に今回はやばいですよ」
右手から資料を掴んでいる感覚が無くなる。
「成程。地中の男、黒人、記憶を操るかもしれない能力者。どいつもこいつも厄介だ」
「でもよぉ、リーダー?意外となんとかなんじゃねーのか?」
マサが背もたれに大きく身を投げ、図々しくそういう。
少し見なおすとすぐコレだ。
「だろ、秀一?」
いや、まったくそう思わない。
そう言おうとしたがすぐ次に続いた言葉に俺の言葉は掻き消された。
「確かに。記憶を操る奴が居ようと万能じゃないはずだ。戦闘痕、血痕が残っているのが何よりの証。
それならカオルでも勝ち目はある。遠距離戦の得意なシュウも大丈夫さ。
地中の男くらいならマサでも倒せるだろう」
でも、の所にマサが大げさに突っかかり、リーダーにガン付ける。
リーダーの方を見ると、リーダーは不器用に笑っていた。
無理しなきゃいいのに、とこのごろよく思う。
だってリーダーは生まれつきの人相が悪いから笑ったりすると結構怖い顔になるし。
リーダーはマサの頭を撫で、俺の肩を掴んだ。
「シュウ、今から少し手伝ってもらってもいいか?」
先ほどとは打って変わった男の顔。
そうだ、この顔だ。
不器用に笑うよりも真剣にこちらを見据える顔。
俺はこの顔を見た瞬間から、この人についていこうと思ったんだ。
「なんでしょう?」
「話がある。目標について」
ええ、聞かせていただきますよ。
それが俺の生き方ですからね。
なんてことは言葉にしない。男は黙ってついていくだけだ。
アジトのドアを開け、俺とリーダーはその奥のリーダーの書斎へと足を進めた。
革靴がリノリウムの床を踏みしめる音が耳障りなノイズとなって鼓膜を刺激する。
「他でもない。目標の捕獲を急いで欲しい」
リーダーは書斎と呼んでいるが、そこはそう呼ぶにはあまりにも質素。
そこで切りだされるのはまともを超越した会話。
「何か本家の方で?」
「どうも裏切りを企んでる奴らが居るらしい」
本家というのはリーダー率いる『パッショーネ日本支部』の大元、イタリア本部の事だ。
聞くところによるとイタリア最大のギャングチームだとか。
「でも裏切りくらいなんとかなるんじゃないんですか?だって……」
だってそう。本部には戦闘員、スタンド使いともに豊富に居るらしい。
だったら裏切りくらいどうってことないだろう。
「『ところがどっこい』というのだったかな。ジャッポーネではこういう時に」
リーダーは俺の言葉を遮る。
「そういう時のためのスタンドおよび戦闘特化の通称『暗殺チーム』が裏切りの根源でな」
そういうことか。だったら大問題じゃないか。
本部のボスは今ほぼ丸裸って事だ。
「それじゃあ、健吾と……アイツが負けた時のために薫を、近日中に送り出しておきます」
「ああ、頼む」
奥を見つめていたリーダーが、こちらを向いて、寂しそうに笑う。
「俺が直接ボスを助けに行けるんなら、どれだけ良かった事か」
リーダーはスタンドが使えない。見えるけど使えない。
リーダーはそれを凄く気にしている。だからリーダーはボスへの忠誠を示すためにこんな辺境まで来たんだ。
「気にしないでください」
リーダーにスタンドが使えないからって、俺のリーダーへの信頼は砕けない。
スタンドが使えないんなら俺がずっと傍に居て、リーダーの代わりに敵を駆逐しよう。
それが俺の出来る、忠誠心の証明だ。
「全ては」 全ては
「パッショーネのために」 あなたのために
「涼宮ハルヒを、この手に」
anotherside of act15-I will stand by you ―― B ver
最終更新:2009年07月09日 01:26