第二十三話「アナーキー・イン・ザ……⑤」
単なるお遊びだったつもりの野球大会。しかし、俺たちのふ甲斐なさに腹を立てたハルヒは閉鎖空間を前代未聞のペースで拡大した。
このままだと、最悪世界が破滅する。何としても勝たなければ---
と、これがこれまでのあらすじ。続いて現状をおさらいしてみよう。
Q.点差は?
A.十一対二。九点差。
Q.次のバッターは?
A.俺。ジョニィ、虹村は打てるかもしれないが、その後は期待出来ない。
……無理だな。とりあえず努力はするが、勝つ要素がまるでない。
「キョンくーん!頑張ってくださーい!」
チアガール朝比奈さんが声援を送る。事情を聞いたらしく、真剣そのものだ。
背中でそれを聞きながら、俺は打席に立った。ここは何としても出塁しなくては。
言っておくが、俺にも使命感って奴はある。無気力に見られがちだが、世界の危機に立ち向かうくらいの気力は持ってる。やってやるさ。
断じて、朝比奈さんが応援してくれたからではない。世界のために頑張るのだ。
だが、俺がヒットを打つのは無理だ。断言するが、無理だ。
そこで、俺は一計を案じた。フォアボール狙いだ。プロ野球選手でもフォアボールは結構する。
まして、相手はアマチュアだ。ファールで粘る事だけなら俺にも出来るかもしれない。
「プレイ!」
審判が宣告する。俺はバットを思いっきり短く持った。当てに行く構え。
果たして、投じられたボールは低めの真ん中。
「ストライク!」
俺は振らなかった。今のは完全にストライクだ。だが、それは罠。下手に打ちに行って、打球がフェアグラウンドに転がったら目も当てられない。
俺は完全にヒットは諦めたのだ。 それなら、初球のストライクは見送りだ。
そして、第二球。……来た!ボール球だ!これを待っていた。
俺は悠然と見送る。これを後三回続ければ、この打席は俺の勝ちだ。
「ストライク!」
……入ってましたか。そうですか。
あっという間にツーストライクに追い込まれてしまった。
ここから、俺が空振る前に四球もボール球を投げてくれるだろうか?見込みは薄い。
「キョン!アンタやる気あるの!?」
ベンチから容赦ない罵声が飛ぶ。やめてくれよ。そもそも無茶な話だったんだ。
打てったって、もう一か八かバットを振って、それが偶然ボールに当たり、
なおかつボールが野手のいない場所に飛ぶっていう天文学的な確率をクリアしなきいけねーんだぞ。
そんなのが俺に出来るか?愚問じゃないか。
「タイム!」
絶叫に近い声を発したのは古泉だった。何だってんだ?今さら世界の危機を説かれても俺にはどうしようもないぞ。
そう思ってたらハルヒが来た。バットで俺を指すという、失礼にあたる行為をしながら怒鳴る。
「アンタ、何ビビってんの?ピッチャー全然大した事ないじゃない。適当に振ってれば当たるわよ」
どうやらアドバイスらしき物をしているらしい。相手バッテリーの前、ばっちり聞こえる声量で。
心なしか投球練習に力が入っている気がする。これで力んで、振り逃げチャンスでもできればいいんだが。
それにしても……この唐突なアドバイス、古泉の差し金か?あいつ、何考えてんだ。
良きプレイヤーは必ずしも良き指導者ならず、って感じの言葉があったと思うが、ハルヒはその典型だ。
だって、深く考えなくても出来るんだから。俺だって呼吸の仕方を教えろと言われても困る。
そして、ムカつく事にハルヒにとって速球を打ち砕く事は呼吸と同義なのだ。
とにかく、有効な助言なんぞ、ハルヒには到底期待できないのだ。古泉もそれは承知だと思うんだが。
ベンチに戻るハルヒを見送っていると、朝比奈さんが入れ代わりにベンチから歩き出していた。
バックネット側に行くようだ。何だかぎこちない歩き方だが……俺を近くで応援しろとでも命令されたんだろうか。そりゃ、大歓迎だ。
「プレイ!」
審判の声で俺は現実に引き戻された。状況は全く好転していない。
ピッチャーが振りかぶる。ゆっくりとした動作だ。下りに差し掛かろうとするジェットコースター。そんな感じ。
そして、うんざりするほどの長い溜めからピッチャーは三球目を投げた。
……お?外角に逸れたな?緩い球だ。すっぽ抜けのカーブか?
これは完全にストライクゾーンを外れてる。一球猶予ができたな……。
そう思って悠々と見送ろうとしていると、ボールが曲がり、急激に変化して……ば、馬鹿な!
ストライクゾーンに侵入してきた!?あの軌道でか?キレがいいなんてもんじゃねーぞ!ニュートン先生に謝れ!
当然、ストライクになるからには打たなきゃならないが、なんせ俺はボール球だと確信していたのだ。
もう完全にスイングを止めてしまってる。---手が出せん!
俺には無念を噛み締めながらボールを見送る事しか出来ない。
ボールは変化して、ボールからストライクへ、外角から内角へ……ってアレ?
これって……変化しすぎじゃないか?このままじゃ……。
ドグチアッ!
思った時には、ヘビー級ボクサーのストレートのような球が俺の腹にめり込んでいた。
「……デ、デッドボール!」
唖然とした様子で球審が告げる。バッテリーも同様。あり得ない変化をしたのだから。
痛みに悶絶して倒れ込みながら後ろを見ると、朝比奈さんがバックネット裏で何度も俺に頭を下げていた。
……球の延長戦上で。「マドンナ」かよ。アイツ、やりやがって。
……ああ、アイツってのは当然古泉の事だ。麗しの朝比奈さんがそんな事を進んでするはずもない。
古泉が半ば脅すみたいにして指示したんだろう。……言いがかりだって?あの満面の笑顔を見ても、そんな事を言えるのか?
爽やかさ当社比120%アップじゃねーか。ひょっとしたら初めて見た心からの笑顔かもしれん。
まあ、いいさ。世界の崩壊は俺だって歓迎してない。奴も奴なりに必死って事だろう。
昼飯くらいは奢らせてもいいかな……そう考えながら俺は一塁に走った。次の打者はジョニィだ。
相変わらずピッチャーは本気の球を投げている。しかし、ジョニィの運動神経は異常と言ってもいいぐらいだ。
またも綺麗に弾き返した。セカンドの頭上を越えて、ライト前へ。
巧く受け流したヒット……と思ったが、敵も流石だ。
スタートを切った瞬間に気付いたが、外野が異常な前進守備をしていたのだ。
ジョニィは腰から上が動かないから、長打力なんてあるわけはない。そこを見抜いていたのだ。
軽快にライトがワンバウンド捕球。打球の遅さが幸いし、走者の俺は助かる。しかし、ジョニィは……。
軽く滑り込みながら後方を窺うと、丁度ライトが投球のフォームに入っていた。
一方、ジョニィはまだ塁間半ば。貴重なアウトカウントを一つ失った……そう思った瞬間だった。
「飛んだ!?」
ハルヒの声が聞こえた。ジョニィが車椅子を捨て、体一つで塁に飛び付いたのだ。
駄目元でヘッドスライディングか?しかし、明らかに距離が足りていない。
あれじゃ、塁には着かねーぞ。必死のスライディングだが、無情にもボールは放たれた。
やはり、タイミングが早すぎた。ジョニィの体はベースの数m前で止ま……らない?
ジョニィは摩擦係数を無視するかのように滑り、そのままファーストベースを滑り抜けた。
「セ、セーフ!」
審判が大きく手を広げる。実際にボールより早くベースに着いたのだから当然だが……あいつ、使いやがったな。
「爪のローラー」を。勝たなきゃならないとはいえ、何て事しやがる。
「スタンド」がハルヒにバレたら、とんでもない事になるのは知ってるはずなのに、目の前で使うなんて。
「ナイススライディング!よくやったジョニィ!」
……お前が鈍くて良かった。いや、そりゃあ不自然な事が起こったからって、すぐ超能力に結び付ける事はないんだろうが……。
ともかく、これでノーアウト一二塁。しかも、次の打者には期待ができる。
「よおーしッ!チャンスは俺に任せとけ!」
前打席、ホームランを打った虹村だ。相変わらず不細工なスイングだが、力が凄い。
体格からして俺たちとは段違いだしな。パワーも当然あるんだろう。この打席は安心だな。
虹村が打席に立ち、投手が第一球を投げた。ボールは緩やかな軌道で高く浮いた。虹村はそれを悠々と見送る……が。
「ストライク!」
ボールは高めから沈み、ストライクゾーンに突き刺さった。変化球だ。球筋からするに、カーブか?
あれだけ大きく曲がるボールを投げられては仕方ない。一球目だし、切り替えて次だな。誰もがそう思った瞬間。
「まっまっまっ待て!何だ今の!?曲がったぞッ!ルール違反じゃあねーのかッ!」
虹村がわめき始めた。銃弾に蜂の巣にされた武田騎馬軍団のように動揺している。
「そうだ!聞いた事あんぞ!コルクを入れるってヤツ!」
「……タイムお願いします。億泰、それはバットにする反則だし、そもそもあれは変化球だよ。反則じゃあない」
すっかり虹村の教育係と化したジョニィが優しく教える。それでも虹村は納得せず、歯を噛みしめている。
「ぐぬぬ~~!ズルいじゃあねーかよ。あんなの認めてるなんておかしいんじゃあねーのか?」
世間的にはおかしいのはお前だ。思うと同時に嫌な予感が頭をよぎった。そして、その予感はすぐに的中する事となる。
続いて投手が投げたのはさっきと同じボールだった。球種が、という意味じゃない。そっくり同じなのだ。
リプレイを見てるようだった。さっきと同じ、高めのコースに緩いカーブ。
定石で考えれば、これはない。全く同じボールを連投するなんて、打ってくれと言うような物じゃないか。
まして、打者は前打席ホームランを打った虹村。こんな甘い球を投げるなんて、どういうつもりだ?
「……う、うおっ!……何だよ、またかよチクショオ!」
答えは簡単。相手は虹村。定石が通じる相手ではなかったのだ。
虹村はボールが来るよりもかなり早くバットを振り、そしてそのスイングはボールからたっぷり30cmは離れた場所を切り裂いていた。
まさかとは思ったが、やはり。虹村はストレートしか打てないタイプだ。
どうやらそれは、俺以外の人間にも明らかだったらしい。
「ちょっと億泰!ちゃんとボール見てんの!?」
「虹村君!?あなた、まさか!?」
ハルヒから怒号。古泉から悲鳴。朝比奈さんは青ざめている。長門に変化はないが。
「ウルセーなッ!野球は2アウトからだろッ!」
いや、この状況で言っても格好良くないから。肩を怒らせ、投手を睨む虹村。ヤケになってないか?
そして運命の第三球。またそっくり同じ球。そしてやっぱり釣られる虹村。これも同じ展開。
そしてリプレイのようにバットが空を切り……と思ったその時、鈍い金属音。当てた。
当てたが、しかし、カス当たりだ。ボテボテのピッチャーゴロ。
打球の遅さが幸いし、俺たち走者は生還出来そうだが、虹村は無理そうだ。進塁打になっただけマシって感じか。
「ウダラ間に合わねえー--ッ!」
三塁に走る俺には虹村の姿は見えないが、必死に走っているようだ。
しかし、ピッチャーゴロはイチローでもアウトになる。ワンアウトか……。そう思いながら三塁上で足を止める。
「コラーッ!キョン、回って!」
えっ?振り返ると、ボールがファールグラウンドを転々としていた。エラーか!?
既に虹村は一塁を蹴り、ジョニィは俺のすぐ後ろに迫っていた。俺も走らなければ。
それにしても、SOS団で歓声を上げているのはハルヒだけだ。他の皆ももっと喜んでくれてもいいのに。
相手のミスだから喜びにくいんだろうか。
「信じられない……こんな事……」
二人揃ってホームを踏んだ所でジョニィが言う。茫然自失といった表情。
大袈裟だな。相手はアマチュアなんだ。エラーくらいするだろう。ジョニィが首を振る。
「そうじゃない。……話を聞かなきゃ」
そして、一方的にタイムを宣言すると億泰に詰め寄った。おいおい、何だ何だ。
見ると、古泉に朝比奈さん、長門までもが虹村に歩み寄っている。何なんだ。
気になった俺も虹村に近づく。当の虹村は事態を理解出来ていないようで、酷く狼狽している。
「な、何だ。突然」
「億泰……君、今何をした?」
「な、何の事だよッ!ワケわかんねー事言うなッ!」
わかりやすい奴だ。思いっきり視線を逸らしている。続けて言おうとしたジョニィを遮り、古泉が口を開く。
「いいですか、虹村君。僕達がしたいのは質問ではなく、確認です。先程起こった事は既にわかっています。
……どうでしょう。もう一度、見せて貰えませんか?この石に同じ事をして貰えますか」
見ると、古泉の手の上に小石が載せられていた。状況が読めない。
虹村がモゴモゴと何か言っているが、やがてそれも止まった。
一体どういう事なのか。説明を求めようとした時だ。
「あっ!」
思わず叫んでいた。掌の小石が地面に落ちていっていた。
何だ?古泉、お前手を動かしてなかったよな?それを無視して古泉が呆然と呟く。
「何て事ですか……『スタンド』ですよ。これは……」
「それがスタンドの像?」
ぼくは億泰の隣に立つ黒色の亜人を指差した。億泰がアウトになりかけた瞬間に見た。ポカンと口を開けた姿。
「そのようですね……。その『手』の力ですか?とすれば、近距離パワー型……」
右手に凄まじいパワーがある。見ているだけでわかった。バチバチと火花が散っているような気さえした。
「待て待て待てッ!全然ついてけねーぞッ!スタンドって何だ!?近距離がどうのって!?」
「その力です。それを僕達はスタンドと呼んでいます。それより、それは瞬間移動させる能力ですか?」
まだ理解していない億泰に古泉が質問を畳み掛ける。
「あ?違げーよ。削り取る能力だ。コイツ……俺は『ザ・ハンド』って呼んでるが、コイツの右手は何でも削り取れんだぜ」
言いながら億泰が先程の小石を広い上げ、指で弾いた。小石が宙を舞う。同時に「ザ・ハンド」が右手を構える。
「こうやって、削り取るッ!するとお~~~ッ!」
右手を振るう。
「消えた!?」
キョンが驚きの声を上げる。小石が跡形もなく消えていたのだ。古泉が首を振りながら言う。
「削り取る……ですか。空間ごととは、強力すぎますね。味方で良かった」
「だろッ!?さっきの瞬間移動は空間自体を削り取ったんだ。
するとファーストだけ引っ張れるワケよ。スゲーだろ?思いつくのに2年かかったぜ」
みくるさんが眉を上げる。
「2年?ちょっと待って下さい。『ザ・ハンド』はいつ発現したんですか?」
「え?3年前っスけど、どーかしたんっスか?」
ぼくらは顔を見合わせた。3年前。情報爆発や古泉の発現時期と同じだ。
やはり、ハルヒの影響なのか。それにしても、億泰がスタンド使いだなんて。
「スタンド使いは引かれ合う……ここまでとは。色々と説明や聞きたい事はありますが、とはいえ、この能力は好都合ですね」
古泉がニヤリと笑う。好都合?皆が怪訝そうな顔をする。
「朝比奈さんの『マドンナ』では派手すぎましたが、『ザ・ハンド』は数十cm引き付けるだけです。それがこの状況では凄く良い」
……ああ、そういう事か。今の一言で完全に皆が意図を理解したようだった。
「え?何で?俺、わかんねーんだけど?」
億泰を除いては。
それから?端から見れば不可解な試合だっただろう。
これまでエラーなど全然なかった相手チームが突如として崩れだしたのだから。
「なぜか」不運なイレギュラーバウンドが頻発し、「なぜか」滅多にないような送球ミスが続発した。
みるみるうちにエラーカウントは積み重なっていった。
しかし、これで楽しいかと言われれば全く別の話で。種を知らず、最初は喜んでいたハルヒも徐々に退屈そうになっていき、
同点になった頃には試合そっちのけでキョンの妹と遊んでいた。
一方、鶴屋さんは飽きずに試合を眺めている。ぼくも飽き始めてはいたが、同じように眺めていた。
と、ついに逆転した時、鶴屋さんがぽつりと言った。
「……いいなあ。あたしも『スタンド』欲しいなあ」
そうだね……って、ちょっと待て。
「鶴屋さん、今……!?」
声をかけるまでぼくの存在に気付いていなかったのか、鶴屋さんはポカンとした表情で振り返った。
「えっ?あ、ジョニィくん……あちゃー、聞こえちゃったかっ」
頭をかきながら照れ笑いを浮かべる。深刻さはそこにない。
「どういう事なんだ?君も機関の人間か?それとも未来人?」
「うーんと。ちょっとだけ正解……かなっ?相互不可侵って感じ。あたしも知らない事多いし」
余りにもあっさりと言うのでぼくは面食らった。雑談のようにさらりと続ける。
「あんまり詳しく言うと怒られちゃうから言えないけど、あたしは一般人だよっ。……あれれ、信じてないにょろ?」
「今ので信じろっていうほうが無茶だと思うよ」
ぼくがはっきりと疑念を表すと、鶴屋さんは豪快に笑った。
「そりゃそうか!ま、ミステリアスな女って事で許してよっ!
……あー、にしてもスタンド欲しいなあ。めがっさスゴいビームとか出るヤツ」
ご丁寧にも身振り付きで欲しいスタンドの説明を始めた。……何か疑うのも馬鹿らしくなってきた。
「ちょっと、誤魔化さないでくれよ。怒られるって、誰に?」
「……おっと、ジョニィくん。ゲームセットだ。整列するみたいだよっ」
ゲームセット?まだ序盤も序盤だぞ。反論しようとしたが、前を見ると相手チームが生気のない表情で立ちすくんでいた。
……そう言えば、一日で全試合さばくために一定時間が経ったら即ゲームセットになるんだったっけ。
「ほらほら、行こっ!大丈夫大丈夫。必要ならいつかわかるにょろ」
……うーん。なかなかこの人も一筋縄じゃいかないみたいだ。
「もう十分だろ。ここらで止めにしないか」
「そうね。思ったより面白くなかったし」
試合が終わってすぐにキョンが言った。意外にもハルヒは素直に了承した。
多分、飽きてたからだろう。ぼくたちも当然反対はしなかった。もう世界の危機はたくさんだ。
億泰や鶴屋さんは最初は残念がっていたものの、この世の終わりと言わんばかりに泣き叫ぶ相手チームを見るとそれもなくなった。
というわけで、ぼくたちは二回戦進出を辞退し、今大会は幕を閉じる。
あっけないようだけど、元々ハルヒの気紛れで突然始まった物だ。終わりも突然で当たり前じゃあないか?
「……遅いな、ハルヒのヤツ。にしても、こないだは散々な目にあったよ」
月曜日。日常に戻ったぼくたちは部室で憩いの時を過ごしていた。
「全くだね。危うく世界が滅ぶ所だったんだから」
「違う違う。俺の財布だよ」
試合が終わった後にファミレスで打ち上げをしたのだが、
ハルヒが「辞退しようと言い出したから」とキョンに代金を奢らせたのだ。
「ぼくらは後で払っただろ?」
「虹村が食いすぎなんだよ……遠慮なく食いやがって」
億泰は両親いなくてお金に困ってるらしいからな……。
「試合の功労賞って事で許してあげてよ。どっちにしても、もう懲り懲りだ」
愚痴っぽくなってしまったぼくらを見かねたのか、古泉がなだめるように言った。
「まあまあ二人共。収穫もあったではありませんか」
「虹村の事か?……お前、まさか巻き込もうなんて考えてないよな?」
キョンが信じられないといった表情で言う。それは味方が増えるのは有難いけど……。
ぼくたちと一緒に戦うとなると、命の危険にまで晒される。そんな事をさせたくはない。
不穏な雰囲気に気付いたのか、古泉は慌てて訂正した。
「とんでもない。僕が言いたいのは彼の発現時期ですよ。涼宮さんの事も彼は知らなかった。実に興味深いではないですか」
億泰はハルヒの能力を知らなかった。古泉は発現した時期にそれを察したそうだが……。
ぼくにとってはどうでもいい話だ。もっとも、そのお陰でぼくらが偶然集まったスタンド使いだって信じてくれたんだけど。
「お前らにとっては重大事実かもしれないが、俺達には関係ないな」
安堵の溜め息を吐きながら、キョンも憎まれ口を叩く。
「それはそうかもしれませんが、収穫はそれだけではないでしょう?」
その他に収穫が?ぼくらは顔を見合わせた。古泉が肩を竦める。
「ご冗談を。二人共、結構楽しんでいたじゃないですか」
楽しんでいた!?ぼくらが!?悪い冗談だ。キョンが呆れた様子で反論する。
「おいおい、勘弁してくれよ。あんなワガママに付き合わされて楽しいって?」
「おや、そうですか?」
「そうだよ。喜ぶとしたらよほどのマゾヒストだね」
ぼくも同じように反論すると、古泉がわざとらしく首を傾げた。
「その割に随分真面目にプレーしていたようですがねえ。不思議です」
「……お前が世界が滅亡するなんて言ったからだろうが」
キョンが言い返すが、口調は弱々しい。古泉が爽やかに笑う。
「確かに言いましたが、そもそも当日サボらず、ちゃんと参加したのはなぜですか?」
「それは---」
言葉に窮した所で、くすりと笑い声が聞こえた。見ると、みくるさんがお盆で口元を隠していた。
……わかったわかった。ぼくの負けだ。キョンも敗北を認めたのか、軽く両手を上げていつものフレーズ。
「やれやれ。……ま、たまにはああいうのもいいかな」
と、その時。廊下から騒々しい足音が響き、嫌な予感を感じる暇もなくドアが開かれた。
「待たせたわねっ!で、みんな。どれがいい!?」
両手にたくさんのチラシ……何のかは考えたくない……を持ってハルヒが現れた。
「やっぱり六人ならバレーかしら?アメフトも一度やってみたいし、でもバスケもいいかな?どう思う?」
後ろから、からんと乾いた音が聞こえた。みくるさんがお盆を落としたらしい。
「……キョン、責任取ってよ」
「……俺は『たまには』って言ったんだ」
To Be Continued……
スタンド名「ザ・ハンド」
本体名「虹村億泰」
パワーA スピードB 精密性C 持続力C 成長性C
射程距離2m
能力
- 右手で引っ掻いた空間を削り取る。
- 削り取られた空間内にあるものは消滅し、(状況にもよるが)切断面は直ちに接合される。
- 空間そのものを削り取っての「瞬間移動」が可能。
備考
- 右手はあらゆる空間を削り取り、破壊力は限りなく高い。
- しかし、引っ掻く動作をしなくてはならない都合上、右手の攻撃はスピードで劣る。
- 本スタンドは三年前に発現したが、本体は涼宮ハルヒの能力について「現在も」知らない。
最終更新:2009年08月12日 16:53