x「オイ、『フーゴ』君よォ。大方テメーは、俺の『スタンド攻撃』を、ちっぽけな魚を操る程度の能力だと思ってたんだろォ?」
……僕の襟首を掴み上げた、その男は。燃え盛る炎の中から、上半身だけを出し、僕の耳元で、ベタベタと生臭い声を吐き出す。
「しかしなぁ、フーゴ。こいつらはお前が思ってるより、ずっと頭がいいんだぜェ?
俺が操らなくたって、こいつらはちゃーんと、『ターゲット』を追跡して、そいつの喉に喰らいつくんだよ。
今だって、この可愛い『エンドリケリ・エンドリケリ』の小魚たちが、あの『みくるちゃん』を追いかけているんだぜェ―――!!
もしかすると、もうみくるちゃんの喉に噛み付いてるかもなァ? テメーがさっき、アイスにかぶりついていた見てーによぉ。
ヒヒ、『イチゴアイス』が好きなんかい、お前?
……ちっとも可愛くねェ――んだよ、このドグソが!」
「ぐぅっ!?」
男の腕が振るわれると同時に、僕の体は空を切りながら、燃え盛る炎の中へと放り投げられる。
瞬時に、全身にほとばしる熱。コイツは……やばい!
「クソォォ―――!! 『パープル・ヘイズゥ―――』!!」
「おっとォ! おっかねェ―――ぜ!」
僕の声を合図に。炎の淵に浮かぶ、男の体をめがけて、『パープル・ヘイズ』が掴みかかる。
しかし、紫色の両手が、男の体を捕らえるよりも、一瞬早く。男の体は、周囲を満たす炎の海の中へと、吸い込まれていってしまった。
炎の『明かり』中に『潜伏』したのだ。
「畜生が……この『炎の海』は、奴にとっては『光の海』ってことかよォ―――!!」
炎は見る見るうちに、僕の体を包み込む。まずい、この炎の中から、脱出しなくては――――!!
「お前はそこで、じっくりと『焼きプリン』になってろよ、『イチゴアイス君』!
テメーがくたばってる間に、オレはじっくり、『みくるちゃん』と遊んでくるからよォ―――!!
そんでもって、こいつは大サービスだぜェ―――!!!!」
男の声と同時に。僕の頭に、何か硬いものがぶつかり、砕ける。
鈍痛とともに、頭に被さる液体―――これは、『ウィスキー』だァ――っ!!?
「うおおおおおお!!!」
「ヒハハハァァァ!!! あばよ、『パンナコッタ・フーゴ』!
テメーの燃えカスは、『エンドリケリ・エンドリケリ』の餌にでもしてやるぜェー!!」
燃える! オレの頭が、体が、服が! 見る見るうちに、炎を吸い込み、焦がされる!
このドグサレが……ヤツの縄張りは『光』! それを潰すために作り出した『闇』! しかし、オレの『ウィルス』は、『光』がなければ制御できない!
何から何までが、『最悪』だ!
「ちくしょォォォォ――――!!! このオレを『燃やす』んじゃねェェェェェッ―――――ッ!!!」
……終わった。オレはこのまま、ウィスキーフレーバーの利いたパンナコッタになるしかねえ。
何で、よりによって、あいつとオレがぶつかっちまったんだ? あんな、オレを殺すためにあるようなスタンドが―――
そう言や、18ってのは前厄だったか? じゃあ、こりゃあその所為か―――ああ、18は女の場合だった。なら、みくるがまさに、前厄かよ。
みくる。奴は今、あの娘のところに向かっているのか―――あの娘は、未だ無事だろうか?
いや、たとえ未だ無事だとしても。あの変態野郎と戦って、勝つことができるだろうか……
どっちにしたって、オレには関係ねえか。火の海の中、オレはたった一人。火達磨になって、動けもしない―――
……走馬灯の如き思考の渦の中。オレは、あることに気づく。
……何故、俺の体が、浮いているんだ?
一瞬、ついに魂ってやつが抜け始めたのかと思った―――でも、違う。
誰かが……丁度、さっき、あのイカレヤローが、オレにしたように。
オレの首根っこを掴み上げて―――どこかへと運んでいる、『誰か』が居る!
ウソだろう? いったい誰が―――まさか、みくるか? いや、考えられない―――こいつは。この、異様に大きな『手』は!?
「ガシャァァァァァ―――!!」
―――どこかで聞いたことのある声がする。とても身近なのに、何故か耳になじまない声。
僕の体を掴み上げた誰か―――暗闇で、よく見えない―――が、僕の体を、何かに向かって叩きつけた。
「うがぼっ!!」
ジュン。そんな音が、耳元で聞こえた気がした。
これは―――何だ? 僕の体を、何かが包み込んでいる―――冷たい。『炎』が、消えてゆく。
――――水だ。僕は、水の中に居る!
「ぶぁっ!!?」
『水』は、とても浅かった。すこしもがけば、水中に顔を出すことができる。
とても浅く、小さな、浴槽のようなものの中に。僕は押し込まれたのだ―――『誰か』の手によって。
生魚の表皮のような青臭さを鼻腔に感じる……『水』の中の手が、何かに触れる。……なんだ、こりゃ? ……『魚』か?
まさか、さっきの『スタンド』が、また……
ぐらり。その瞬間、僕の眼前がゆがみ、脳味噌が揺さぶられるような感覚に襲われる。―――ダメージを食らいすぎたらしい。
それ以上、何かを考えることはできなく、僕はそのまま、浅い『水』の上に、仰向けに倒れこんだ。
その際……背を折り曲げながら、歩き去ってゆく。『誰か』の影が見えたが、それがいったい何者だったかは、僕にはわからなかった。
「『サカナ』……『ミクル』……『マモル』……」
意識が途切れる、その直前に。そんな声が聞こえた気がした。
いったい、何がおきているんでしょうか。私には、さっぱりわかりません。
以前にも、こんなことを思ったことがありましたね。ですが、そのときと比べれば。今、この状況は、もう少しわかりやすいものです。
つまり。私はあの男の人の『スタンド攻撃』に追いつかれてしまった。そういうことなのでしょう。
私が『メリミー』で涼宮さんの下へとワープして、即座に、姿を見られないうちに姿をかくして……
彼女と同じフロアに居るのはまずいと、停止したエスカレーターで、三階に下りた、その瞬間でした。
「RRRRYYYY!!!」
突然。『メリー・ミー』が、私の背後で、声を上げたんです。
それはもう、びっくりしました。何しろ、できるだけ音を立てないようにと、気をつけながら歩いていた矢先のことでしたから。
跳ね回る心臓を押さえながら振り返るも、そこには『メリミー』の背中と、暗闇があるだけで、何も見えはしません。
でも……『メリー・ミー』が反応したということは。きっと―――そこに、『敵』が居たんです!
ですが、今の『メリー・ミー』の攻撃が、何かを捕らえた様子はありません……
「か、『かわされた』の? メリー・ミー……」
「RYY……」
しんとした暗闇の中で、メリミーは、ただ一点のみを見つめて、息を潜めています。
まるで、獲物が動く瞬間を待つ、猛獣のように……
……その瞬間。それは、私にも『聞こえ』ました。
私のすぐ後ろに……何かが、空気を切り裂きながら迫ってくる、ヒュン。という、音が聞こえたんです。
「『メリー・ミー』!!!」
「MMMMAAAARRYYY!!」
私の声と、『メリー・ミー』の鳴き声(なんでしょうか?)が、同時に、響き渡ります。
『メリー・ミー』は私を振り返りながら、私の顔面のすぐ右の空間に向けて、白いこぶしを突き出します。
「GYHAAAA!!」
当たりました! 今度こそ、メリミーのこぶしが、『敵』を捕らえました。
ですが、それは、さっきの男の人ではありません。人間じゃない……鳥のような? 小さな生き物だったようです。
……そして、次の瞬間。私は、気づいてしまいました。
私の周囲を埋め尽くす闇の中で、爛々と輝いている……いくつもの、『眼』の存在に。
「こっ……これ、何ですか……なんで、こんなに居るんですかぁ……ッ!!?」
間違いないです。これは、あの男……あの、私の髪を触った、あの男の『スタンド』です!
ええっと……フーゴさんや、露伴先生から聞いた、スタンドの『タイプ』。
たしか、たくさんの数のスタンドを出せて、スタンドを倒しても、『スタンド使い』にはダメージが無い、とか……たしか、そんなのです。
この『スタンド』たちは、私を狙ってる……あの男のように!
「……シャアアアア!!!」
一瞬の呼吸の後に。私の周囲で、『スタンド』たちが啼きます。
其れと同時に、いくつもの『眼』が、私に迫って来る……!!
「『メリー・ミ―――――――――』!!!!」
「メリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリィィィ!!」
迫り来る『スタンド』の群れに向けて、『メリー・ミー』はこぶしを連打する。
手ごたえはあります……ですが、こぶしの雨を抜けて、私に向かってきたスタンドが、数体だけ居ました!
「きゃああああっ!?」
咄嗟に、私はその場にしゃがみこみ、頭を抱えました。
一瞬前まで、私の頭部が存在した空間を、『スタンド』が突き抜けていきます……私の髪の毛を数本奪っていきながら。
「MARRYMEEEEEEE!!!」
ドカン。という音とともに、『メリー・ミー』は、前方のスタンドたちを薙ぎ払い、道を作りました。
どこに『スタンド』が潜んでいるかわかりません。でも、少なくとも……涼宮さんのいる四階に近い、このエスカレーター付近に居るのは、あまりにも危険です!
ぐっと息を呑み、私は、開かれた暗闇の中に駆け込みました。
敵の『スタンド』が狙っているのが、私なら……こうすれば、涼宮さんから、スタンドを遠ざけることができます!
私は、エスカレーターから遠い壁にたどり着き、壁を背に、前方を見据えました。
……今のところ、スタンド』が周囲に潜んでいる様子はありません。
一階では、今でも、フーゴさんが、あの男と戦っているのでしょうか……それとも、彼がやられてしまったから、このスタンドたちは、私の元へ来たのでしょうか?
いえ、違います……あの人は、私を、なんていうか……その、狙っていました。
あの人がフーゴさんをやっつけてしまったなら、あの男は、絶対に、自ら私の元にやってくるはずです。
つまり……男の『スタンド』には、近距離用のスタンド能力と、遠隔操作型のスタンドとの、二つの能力がある……丁度、鶴屋さんの『スタンド』みたいに。
えっと、私の言うこと、間違ってませんよね? 自信は、正直、あんまりないんですけど……
でも……鶴屋さんの『ファンク・ザ・ピーナッツ』にしろ、以前に露伴先生から聞いた……ええっと、ナントカクイーンにしろ。
遠くまで動かせるスタンドは、一体が普通じゃないんですか!? ずるいです、こんなにいっぱい、同時に動かせるなんて……
「シャアアアア……」
私が頭の中で、スタンドの神様に文句を言っているうちに。また、あの鳴き声が近づいてきました。
じっと、闇の中に眼を凝らします……ぎらりと光る眼が、ええっと、十個。つまり、五体来たって言うことでしょうか。
「『メリー・ミー』!」
私は『メリー・ミー』に、構えを取らせます。さっきの戦いで、『メリー・ミー』の力では適わない相手ではないということは、わかっています。
……そのとき。私は、何か。頭の中に引っかかるものを感じました。
今。私は『メリー・ミー』の体を、私の意志で、構えを取らせることができました。
……でも、たとえば。『メリー・ミー』が、一度に五人もいるとしたら。私は、それぞれを自由に動かすことができるでしょうか?
無理、ですよね? 普通に考えたら……特に、自分では見えない場所で動かすことなんて、絶対できません。
……つまり、この『スタンド』たちは、あの男の人の意思によって動いているのでなく。『スタンド』自身が、何かを『目印』に、私を攻撃してきている―――!
「ギャアアアア!!」
「メリメリメリメリィィ!!」
先ほどと良く似た光景。迫り来る気配に向かって、メリー・ミーがこぶしを突き出す。何度も、何度も。
何度やっても、奇妙です。それは、私がそうさせてるような、または、私自身がそうしている様な……はたまた、メリー・ミーが勝手にそうしているような?
数がわかっているだけ、先ほどよりも、確実に攻撃を当てることができます。五体のスタンド全ての体に、メリー・ミーの拳が叩き込まれます!
やった、やりました―――そんなことを考えた、直後です。
―――ぶちん。
右耳のすぐ傍で、そんな音がしました。
すぐ傍、というよりも―――なんでしょう。耳掃除をしているときに、中でする音のような―
べたり。と、私の肩に、何か熱いものが垂れます。
真っ暗でわかりません、私に、何があったんですか? どうして、私、耳が『痛い』んですかッ!?
「きゃああっ!! 耳……耳があ―――っ!!」
右耳に手を伸ばすと、どろりとした液体が、私の手のひらを汚しました。
痛い。頭の中にまで染み渡るような、痛み。
「キシャアアアア」
肩の後ろで、声がする……『スタンド』の鳴き声がッ!!
「RRRYYYY!!」
振り返ったメリミーが、私の肩越しに、私と、背後の壁との間にこぶしを放つ……でも、こぶしは、『スタンド』を討つことなく、壁にたたきつけられました。
私が振り返ると……空中をぐるぐると、渦を巻くように泳ぐ、『魚』の姿がありました。これが、今まで戦ってきた『スタンド』の正体なんでしょうか。
その『スタンド』の口に、何かがくわえられています……長い糸の束と、何か、ちぎれたハート型のようなもの……
ちぎれたハートからは、黒い液体が流れ、それが、一緒くたに咥えられた糸の束を伝って、地面に垂れています……
……自分の右耳を抑えた私の手。そこにあるものが、普段、そうであるはずの無い形をしています。
耳が、無いんです。上半分が、どこかに行ってしまっているんです。
「いっ、いや……痛い、痛いよぉぉぉ!!!」
「URHYAA!!」
だって、耳が食いちぎられてしまったんですよ? 怖いし、痛いし、もう、ワケがわかりません。
この痛みは、メリミーにも伝わっているはずなんですけど……スタンドって、すごいです。痛みにもだえる私を他所に、宙を舞う『スタンド』を殴り潰してしまうんですから。
体をへし折られた『魚』の口から、私の髪と、耳の一部が落ちます……私の耳です。カガミ越しじゃなくて見るのは、初めてですよ?
耳……私の耳。でも、それって……おかしくないですか? どうして、わざわざ、私の『耳』なんですか?
多分で。この『スタンド』は、私たちの前方でなく、横から迫ってきていたんだと思います。
でも、私の真横から、頭をめがけて奇襲するなら……もっと、ダメージの大きい場所を狙うんじゃないでしょうか?
たとえば、腕をかじられたら、私とメリミーの右腕は使えなくなって、攻撃もできなくなってしまいます。どうして、『耳』……
「……もしか、して……!!」
――私が、その答えに思い当たると同時に。クルル。と、獣が喉を鳴らすような音が、エスカレーターがわの暗闇から聞こえました。
振り向くと……います。今度は……九体も。一体、どこからやってきているんでしょう? あの男の人のところから、生まれてくるんでしょうか?
私と、メリー・ミーを取り囲む『魚』たち……きっと、この魚たちは。数秒後に、一度に私に襲い掛かるんでしょう。
いいえ、違います―――あの男が、耳元で囁いた言葉が、私の頭をよぎります―――この魚たちが、狙っているのは!!
「『メリー・ミー』!! 切って!!」
私は、右耳の痛みを堪えながら、叫びます。両手でつかめるだけの髪の毛を、頭の後ろに束ね、掴みながら。
「MARRY―ッ!!」
『メリー・ミー』が、すばやく私の真横に回りこむ。同時に、ばちん。と、重たい音が、私の頭を揺らしました。
そして、そのまま……目の前の『スタンド』たちに向かって! 両手に掴んだ髪の毛の束を、投げつける!
「キシャアアアアアッ!!」
スタンドたちの奇声。『魚』は、まるで、猛獣に群がるピラニアのように――私の『髪』をめがけて、飛び掛っていきました!!
「MMAAARRRYYYYYYMEEEEEE!!!!!」
九体のスタンドが群がった、その一点に向かって! 『メリー・ミー』はラッシュを繰り出す―――!
魚たちは、鋭い牙を携えた口に、私の『髪の毛』を絡ませながら、空中をきりもみになり、暗闇の向こうへと吹き飛ばされてゆく!
鳴き声は―もう、聞こえません。九つの小さなスタンド像は、全て、暗闇の中へと融けて行きました。
やった……今度こそ、倒せました……っ!
でも。もし、次にまた、魚のスタンドが現れたら……敵が一体、何体までいるのかは計り知れません。もしかしたら、それこそ、無尽蔵に出てくるのかも……
これじゃあ、ラチが開きません―――だったら!
「あの男』……倒すしか、ない、ですよね」
もとより。フーゴさんが、私を男から遠ざけてくれたのは、男から私を守ってくれるためです。
でも、男の『スタンド』は、こうして、私を追跡してきてしまいました。
これでは、私とフーゴさんが別々行動している意味なんて無い……むしろ、戦力が散漫してしまいます。また『魚』がこないうちに、一階に―――
「……おい」
たぶん、今、一瞬。私の心臓は、止まっていたんじゃないでしょうか。一秒ぐらいの間。
べた、べた。闇の向こうから……足音が、近づいてきます。
そして、私に投げかけられた声。ついさっき―――ついさっきのことなのに、とても昔のことのように思えます―――私の耳元で聞こえたのと、同じ。
「お前は……何、してんだよ……おい、『みくる』」
まるで、とても親密な人を呼ぶかのように。その人が、私の名前を呼ぶ。禍々しい怒気を孕んだ、地響きのような声で。
うそ……フーゴさんは……フーゴさんは、どうしちゃったんですかっ!? まさか―!!
「何で……なんで『切っちまって』んだよォォ!!! あんなに綺麗だった『髪』をよォォォ―!!!」
……信じられません。この人は―――本気です。本気で怒って、悲しんでる―――自分で私の髪を狙っておきながら、その髪を切った私の事を。
「畜生……チクショウチクショウチクショウォォォォ!! 二年ぶりの、キレーな『髪』に出逢えたってのによォォォオォ!!
あんまりだァァウアァァァア!! オレの『みくるちゃん』を、なんでテメーが『切って』んだよォォォオウオオオゥ!!!」
……狂ってる―――――この人!!
「アァァァウアァアアウアアア……『みくるちゃん』、こんなズタズタんなっちまってェェェ……
せっかく君と逢えたのにイィィアアアアウウウウウ……」
信じられますか?
今、私の目の前で。この人は、地面に散らばった私の髪を拾い上げて……泣いているんですよ?
「みくるちゃん……悪かった、俺が悪かったんだぁ……君を守れなかったんだァァァァ……
あのクソ野郎をブチ殺すのに、時間をかけちまった、がらっ……グゥ
ごめんよ、許してくれ……グッ、オレと、一緒に゛なっ、はぐっ、んぐっ」
どすん。
……胃の中身が、丸ごと逆流しそうになるのを、私は寸でのところで、耐えました。
体中に、虫が這う様な、おぞましい感覚……全身の毛穴から、冷たい汗が滲み出てきました。
……だって、この人。私の髪の毛、地面にちらばった、それを、集めて、たっ……『食べてる』―――
「『メリー・ミーぃぃぃぃぃ』!!!」
……生まれて、初めてです。こんなに、誰かを――――否定したくなったのはッ!!
『メリー・ミー』が右腕を、限界まで振りかぶって―――目の前の男に、振り下ろすッ!!
―――その、右手が、弾かれました。男の体から飛び出した――――巨大な『魚』によって!!
「……『みくるちゃん』をこんなにしちまったのは……テメーだな、クソガキがァァァァァァァァ―――ッ!!」
「ヴォオオオオオオ!!!」
男の声と、現れた『巨魚』……『スタンド』の咆哮とが、重なり合い、空間を揺るがしました。
深海魚のような、忌々しい姿をしたその像が、空中に巨大な弧を描きながら、私に向かって、突撃してくる!
「『受け止め』てェ――――!!!」
人の体ほどの体長を持つ、迫り来る巨体に向けて! メリー・ミーが、腕を突き出し、防御の構えを取る!
「ONNNNNNRRRRRYYYYYYYY!!!!」
びっしりと、細かい牙が敷き詰められた口が、ひし形に大きく開き、『メリー・ミー』の体に襲い掛かる!
『メリミー』の両手が、巨魚の上あごと下あごを押さえ込み、押し合いが始まる―――全身に鉄砲水を浴びているかのような、強烈な圧力が、私と『メリー・ミー』を襲います……!
「KUAHHHHHH!!!」
「『エンドリケリィ―――』!! 『みくるちゃん』の敵を討てェェェ―――」
男が、叫ぶ―――私の『名前』を。ボロクズみたいになった、私の髪を、口の端から垂らしながら―――!!!
「その『名前』をォォォ―――……呼ばないでェェエ――――!!」
「MMMAAAARRRRYYYYYYY!!!」
私――――『メリー・ミー』は、巨魚の下あごに、右足を叩き込み―――開いた手で、眼前の口内でうごめいている、薄い『舌』を掴み、引きずり出す!
そして、もう一方の手と、下あごを踏みつけた足を、離した!
『ホッチキス』が歯を立てて半紙を留める音を、もう数十倍に大仰になったような音を立てながら、巨魚の口が閉じられる―――
自らの牙を、自らの舌に突きたてながら!!
「グエァァアアッ――――ッ!!!?」
口の端に血の泡を立てながら、魚と男が、同時に痛み喘ぐ―――!!
「ごおおおおォ……ノォォォォ……クソアマがァァァァァ!!!」
体を震わせながら、再び、巨魚が口を開け、私に向かって、がむしゃらに体を叩き込んでくる!
その威力は、さっきの非じゃない―――『メリー・ミー』は、防御を行う。
けれど、猛烈な勢いを孕んで叩き込まれた体当たりを前に、私の体は、容易く後方に吹き飛んでしまう。
「あぐっ!!」
私の背中が、硬く冷たい壁にたたきつけられる……
横隔膜がせり上がり、息が詰まる。後頭部に鈍痛が走る……
「『メリー・ミ』……ッ!!」
頭が洗濯機の中に放り込まれてしまったかのように、意識が揺らぐ。
だけど、防御を、攻撃をやめるわけにはいかない。今やめてしまったら――!
「殺してやる……殺してやるぜぇ、クソカスが……オレから『みくるちゃん』を奪った報いだァ……」
私の目の前に―――男が立っている! 巨魚のスタンドの姿はない……その代わりに。
男は、口から血を流しながら……帽子掛けを掴んだ右手を、天高く振り上げている! それが、振り下ろされる―――私の、肩に!!
「あぐぅぁ――――ッ!!」
「死ね! 死ねェ――――ッ!」
もう一度。今度は、左腕に……痛い。帽子掛けの『ひっかかり』の一つ一つが、私の体に深く食い込み、筋肉を押しのけ、骨を打つ!
右耳の痛みと、全身を襲う痛みに気を乱されて、『メリー・ミー』を出せない……もう、私に、打つ手は、ないんでしょうか――――?
「死にやがれッ、その汚ねェ―――アタマから、脳ミソぶちまけてよォ―――――!!!」
最後に、男が両手で帽子掛けを握り、振り上げた―――ああ、きっと。それで、私の頭を殴り潰すつもりなんでしょう。
もう、だめ――絶望とともに、私が眼前の男を見た、その瞬間。……男の背後に。男よりも一回りほど大きな―――誰かが、立っているのが、見えたんです。
「なっ―――テメェはァ―――ッ!?」
その『誰か』の手が、今まさに、私のアタマに振り下ろされようとしていた帽子掛けを掴み、男からひったくる。それは――――『人』じゃ、ありませんでした。
バイザーの向こうで光る、一対の瞳。暗闇に浮かび上がる、紫色の体―――
「クシュルゥゥ……『ミクル』……『マモル』……―――ッ!!」
「ばっ、バカなァ―――テメェは! テメェの本体は―――『パンナコッタ・フーゴ』は、焼け死んだハズゥ――――!!?」
それは―――そう。フーゴさんの、『スタンド』……『パープル・ヘイズ』!
「テメエは……ウソだろォ―――!? テメェは、『フーゴ』のところから、ここまで離れられるスタンドじゃァねぇハズだァ―――!!」
男は既に、私に注意を払う余裕はなく。自分の体に掴みかかる、『パープル・ヘイズ』を前に、有りっ丈の狼狽を晒しています。
『パープル・ヘイズ』は、帽子掛けを床に放り出すと、男の首と、右腕を掴み、今にも殴りかかるような剣幕で、男の顔面をにらみつけています。
ああ、でも―――この距離じゃあ。
「そうだ―――!! テメェの『ウィルス』は、光がなけりゃァ―――どこまでも繁殖し続けるんだぜェ―――!?
このオレだけじゃねェ、このクソカスオンナまで、ドロドロになっちまうってことだァ―――! テメェに、それが出来るのかよォ!? えェ、『パープルなんとか』よォ!!?」
「……ガァァァァァァァァァ――――!!!!」
男の言葉を遮るように、『パープル・ヘイズ』が、声を上げました。 天を仰ぎながら、大きく口を開け―そう。自らの口を荒く縫い付ける『糸』が、引きちぎれるほどに、大きく―――!!
そして、首を振り下ろすと同時に! 男の首筋に―――『噛み付き』ました!!
「グァァァァッ!!? なっ何だとォォォォォ―――!!!?」
……暗闇の中でも、わかります。パープル・ヘイズに噛み付かれた男の首が……見る見るうちに、ボコボコと泡立ち、変形してゆく様が――――
「フッ……フザケるんじゃねェェェ――――!! 聞いてねェぞォォォ、そんな『攻撃』はァァァァ――……ガッ……バァァァァァ!!!」
……それは、先ほど眼にした、男の行為とは、また別の意味合いで。この世のものと思えない、信じたくない……おぞましい光景でした。
男は―――融けた腐肉へと変わりながら。最後まで、その名前を……
私の名前を、呼んでいました。 私の、『髪』の名前を……
数十秒ほどが経って。男は、完全に、『融けて』しまいました。
後に残ったのは、科学室でしか見たことの無いような、骨と、臓物と筋肉とが溶け合った残骸だけ。
「クルルルゥゥ……『ミクル』……」
『パープル・ヘイズ』は、しばらく、男が融けて行く様を見た後で。私の方を向き……先ほども、聞いたように。私の『名前』を呼びました。
「『ナガト』……クル……『フーゴ』……イル……シタニ……」
そう言いながら……『パープル・ヘイズ』は、壁を背に座り込んだ私に、手を差し伸べてきました。
「テノ『ヒラ』……サワレ……キヲツケロ…………『コウ』ハ……」
私が、恐る恐る、その手のひらに触れると。『パープル・ヘイズ』は、意外なほどに優しく。私の体を支え、立たせてくれました。
……フーゴさんのスタンドって、こんな性格でしたっけ? たしか、ミスタさんの話だと、知能は低くて、フーゴさんから離れられないって、聞いたような……
それに、さっきの攻撃。ウィルスのカプセルを使うことなく、『噛み付く』ことでウィルスに感染させる攻撃……
もしかして、それは。私の憶測ですが――――『成長』という、やつなのでしょうか?
――――
私と、『パープル・ヘイズ』が、一階へたどり着くと同時に。店内に、明かりが点りました。闇に慣れた瞳に、室内灯の光が突き刺さる……
一階の状況は、其れはもう、散々たるものでした。既に消火作業は済んでいるものの、店内の一部は酷く焼け焦げ、商品は散らばり……
そして、その空間を、警察の人々が、忙しなく動き回っていました。
一瞬―――もし、さっきまで。三階にある『死体』のそばに、私がいたことが知れたら―――そんな不安が、脳裏をよぎります。ですが、その不安は、すぐに解消されました。
「朝比奈さんですね。ご安心を、『機関』から、話は通っています。外の救急車に、『フーゴ』さんもいらっしゃいます……『長門さん』の治療を受けてください」
私に声をかけてきた、刑事さんらしき姿をした、その人には、見覚えがあります。新川さん。去年の夏の合宿で、私たちを迎えてくれた、機関の人。
「お一人で、歩けますか?」
「あ、大丈夫です……あれ?」
ふと、気がつくと。私の隣にいたはずの、『パープル・ヘイズ』の像が、忽然とどこかへ消えてしまっていました。
多分、フーゴさんの元へと返ったのでしょう……私は、新川さんに連れられ、ビルの外に出て、救急車へと乗り込みました。
車内には、別途に横たわる、ボロボロの衣服を纏ったフーゴさん。それと、長門さんの姿があります。
「治療を行う。ベッドに横になって……しかし、衣服と、頭髪の再構成は難しい」
「はい……構いません、お願いします。ごめんなさい」
いい。長門さんは、そう一言だけ呟くと。私の胸の辺りに手を当てて、あの、早口の呪文を唱え始めました。
体中の痛みが、少しづつ和らいでゆく……私はその、ゆったりとした感覚に包まれながら、眠りの世界へと旅立っていきました……―
本体名 - 鞍馬一
スタンド名 - エンドリケリ・エンドリケリ 死亡
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―――――――――――――――――――――――――
スタンド名 - 「エンドリケリ・エンドリケリ」
本体 - 鞍馬一(29歳)
破壊力 - B スピード - C(~A) 射程距離 - A(親 - E)
持続力 - A 精密動作性 - D 成長性 - E
能力 - 全長150cmの親と、50cmほどの子によって形成される、魚の姿をしたスタンド。
親…近距離型。本体とともに光源(電灯・炎など)へと潜伏し
その中を自由に移動・または、付近の別の光源へと瞬間移動する。
子…遠隔自動操作型。親の腹部・口内から産み出される。
同時に十体まで発生させることができる。
本体が視認している相手・もしくは、本体が覚えた
生物の体毛の匂いを追跡し、攻撃する。
空中を自由に泳ぐことができ、その空間が暗ければ暗いほど
その移動速度は上昇する。
本体は、女性の毛髪に性的興奮を覚える猟奇殺人者であり
連続殺人罪で、刑務所に収監されていた。
みくるとフーゴを襲う事件を起す前日の深夜に
小野、もしくはその仲間によって矢で刺されて発現した。
――――――――――――――――――――――――
スタンド名 - 「パープル・ヘイズ」
本体 - パンナコッタ・フーゴ(18歳)
破壊力 - A スピード - B 射程距離 - A
持続力 - A 精密動作性 - C 成長性 - E
能力 - 人型の、近距離パワースタンド。
全身に、生物の肉体の代謝能力を阻害し、細胞を壊死させ
三十秒ほどで死に至らしめる殺人ウィルスを持っている。
以前も多少の自意識を持っていたが知能は際めて低かったが
成長により、多少の知能を得て、人語を覚え、行動範囲が大幅に上昇した。
手の甲に、ウィルスを内包したカプセルを、片手に三つづつ持っている。
ウィルスは、室内灯程度の明かりで、数十秒で死滅する。
が、その爪・牙などの、体のほかの部分から直接
相手にウィルスを送り込むことも可能となった。
また、危機的状況下にある本体を自律的に救助する
本体が守りたいと強く願った対象を守るなど
本体の思考と意識を共有している面も見られる。
しかしそれらの能力は、本体の意識が消失した状況下での行動であり
本体の制御化で、それらの行動を実行できるかは、未だ不明。
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最終更新:2014年06月05日 01:22