番外編 「文芸部機関誌より抜粋 1」

作品名 ギルティ アズ シン
作者 空条徐倫

ある所に、一人の男がいた。名も居場所も分からない。これはそんなある男の物語だ。
男は平凡ながらも充実した日々を送っていた。そんなある日の事、男は町に出かけた。特に理由も用事も無い。ようは気紛れだった。
男は町の大きな建物や高級な品々、美味しそうな料理を眺めてふとこう呟いた。
「やっぱり俺もこういう物が欲しいなあー……俺の安い給料じゃ無理だろうけど」
「もし……そこのあなた………」
声をかけられた男は振り返った。そこにいたのは奇妙な老人だった。奇妙だったのは、その老人がみすぼらしい格好をしているにも関わらず、顔色が良く、すこぶる健康そうであり、自信に満ち、そして威厳が溢れていたからだった。
「何ですか?」
「そんなにこういった物が欲しいのですか?」
「そりゃあ誰だって良い物は欲しいですよ」
老人は少し考える素振りを見せ、こう言った。
「よろしければ私が差し上げましょうか?」
「ハァ?何言ってんですか?そんなに金があるようには思えませんが」
「何、こう見えて生活には困っていないんですよ。それで、欲しくないんですか?」
「信用できませんね。何か証拠を見せて下さい」
老人は再び考えこんだ。

「ならば……ここで5分程待っていて下さい……そうすれば高級車が手に入ります」
「何訳分かんない事言ってんだ?」
しかし、男は待つ事にした。特に用事も無く、せっかくだからこの老人をせせら笑ってやろうと考えたのだ。
男がどのようにこの老人を馬鹿にしようかと考えているうちに5分が立とうとしていた。
「後30秒だぜ……高級車どころか車一つ来ないじゃあないか」
「いえ、来ますよ」
老人が自信満々でそう言った時だった。一人の少年が横断歩道を渡り始めた。
「ほら、彼を見て下さい」
「なんだ?」
すると次の瞬間、その少年は猛スピードの車に跳ねられた。少年は吹き飛び、地面に叩き付けられピクリとも動かない。
「お、おいッ!どこが高級車だッ!早く助けねーとッ!」
「いえ、違いますよ?ほら、あちらを見て下さい」
反対車線には交通事故に驚いて止まった車が沢山あった。その中に誰も乗っておらず、鍵をかけっ放しの一台の高級車があったのだ。
「……おい、なんで中に誰も乗ってないんだ?」
「簡単ですよ……跳ねられた少年の親の車だからです」
「なッ!」
老人は穏やかな表情を変えずに続ける。
「あれを盗ればあなたは高級車が手に入ります」

男は恐怖と怒りから叫んだ。
「犯罪じゃねーかッ!お前が言ったのはそういう事かッ!それに仮に盗めたとしても俺は犯罪者だぞッ!」
「捕まる心配ですか?ならいりませんよ……盗んでもあなたは捕まりません」
老人の表情はあくまで穏やかだった。だが、男にとってはその穏やかさが、凄まじく不気味で恐ろしい物と感じられた。
「……………」
「もっと言うとあれは新車で、しかも製造台数が少ない希少な物です……売りさばけばより良き物が手に入りますよ」
「お前は……一体………」
すると老人は初めて穏やかな表情を崩し、笑みを浮かべた。
「おや?これはあなたが望んだのでは?確か高級な物が欲しかったのでは?」
「うるせぇッ!俺は頼んでなんかいねーッ!てめえが勝手に言い出したんだろうがッ!」
老人は困ったような、しかしそれでいて面白がるような表情を浮かべた。
「困りましたね……受け取ってもらえないとなると……あなたに代償を支払ってもらえないのですが」
「代償だと?」
男は怒りで目を血走らせながら続けた。
「てめえッ!タダでくれるとかぬかしておいて、後で何か取るつもりだったのかよッ!」
老人は片手を上げて男を静止しながら続けた。
「いえいえ……あの車を手に入れるというだけで代償の支払いは済むのですよ………」

「どういう意味だ?」
「私はお金が欲しいのでは無いのです……生活には困っていないと言いましたよね?」
「じゃあ何が欲しいんだ」
「罪ですよ」
「………ふざけてんのか?」
老人はゆっくりと首を横に振った。
「私は真面目です。あなたが車を盗めばあなたは罪を犯します……私はそれをもらうのです」
男はその言葉を聞いて、車を盗もうかと思い始めた。彼はこの老人が罪をもらうと言っている意味を罪を被ると言っていると解釈したのだ。
「いいんだな?本当にてめえが罪をもらってくれるんだな?」
「もちろんですとも」
老人の言葉を聞いた男は、車のドアを開け、鍵を回した。
「………遂にあなたは車を盗みましたね?」
「……急に何を言ってんだ?てめえ」
老人は男の言葉を聞くと、無表情になって呟いた。
「残念です。あなたは車を盗んでしまいました……それは永遠にあなたの物です」
「どういう意味だ?」
「乗れば分かりますよ」
老人はそう言うと足早に去ってしまった。
「ケッ!意味分かんねー奴だったな……まあ車が手に入ったからそれでいいか……そういや腹が減ったな」
男は車から降りようとした。が、
「ドアが開かない?」
ロックを外そうとしても、どれだけ叩いてもドアは何ともならなかった。

To Be Continued・・・

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年10月21日 12:08