これまでの人生で、最も『奇妙』だった六月が終わり……西宮市に、七月が、やってきていた。
あれからのことを。少しだけ―――話そうと思う。




キョンの憂鬱な冒険 -アフターロック-
第28話『エピローグ - やがて着替えた季節が、僕たちを包んだら』





この街を―――俺たちを襲った、長かったようで、短かった戦いは、『小野大輔』の死―――自滅によって、終止符を打たれた。
小野の正体は……結局、最後まで、判明することは無かった。
『事務所』にて麻薬を売っていた、その男が。どのような経歴を経て、その道へとたどり着いたのか。
奴のスタンド―――『ジャスト・ア・スペクタクル』が、一体、どのようにして、いつ『発現』したのか。
日本中のあらゆる記録の上に、『小野大輔』は存在しなかった―――まるで。本当に、始めから、『小野大輔』などは存在していなかったかのように。

「『ヘブンズ・ドアー』は、『死人』を読むことは出来ない……そいつはもう、『抜け殻』なんだからな」

俺たちの元に残されたのは、『記憶』だけ。
ただ、『小野大輔』がかつて『存在』したという、俺たちの『記憶』だけ―――

そして、もう一つ―――奴が残したのは、『傷』。
小野の死後、警察の捜査によって、橘の変死体が発見された。
体の数箇所に、銃創と似た傷。首には、鈍い刃物で切られたような傷。
そして、肋骨の上から、胸部を貫通する、『奇妙』な傷を負っていたという。
凶器は『不明』。事件は、謎の怪事件として、一時世間を賑わせたが……それから今日に至るまで、解決の報はない。
おそらく、それは今後も、永久に―――『奇妙』な事件のまま、迷宮入りとなることだろう。

もう一つ。先の事件で、橘の家が捜査された際、寝室から、一人の少女が発見された。
それが、行方不明中の『妹』であると判明するのに、時間はかからなかった。
数日後、両親に連れられて、俺の前に帰ってきた妹は。
あの、『成長』した姿でなく……俺のよく知っている。うっとうしいぐらいに眩しい『妹』だった。

「妹さんの『スタンド』は、一時的な『暴走』状態にあった……と、考えるのが妥当と思われます」

古泉は、言った。

「『成長』や『変化』を阻止する『スタンド』に、『変化』が起きてしまった……
 その矛盾によって、能力を制御することが出来なくなったのでしょう。
 彼女の『成長』を操作する能力は、決して失われたわけではなかった」

じゃあ、何か。今後も妹は、『スタンド』で、自らの『成長』を拒み続けるってのか。

「それは……どうでしょうね? ただ、一つだけ言える事は。
 『成長しない』スタンドが、『成長』を経験した……それは、とても大きなことです。
 『スタンド』とは、『精神』そのもの……彼女の精神は、あの日、拒み続けていた『成長』に、たとえほんの一日の間だけでも『触れた』のです。
 種は撒かれたのです。少しづつかもしれませんが、彼女の精神の中で、それは芽吹いてゆくでしょう。
 少しづつ、少しづつ。彼女は『成長』というものを知り……いつかは。『成長』を受け入れられるようになるのではないでしょうか」

……聊か、発想がポジティヴ過ぎる気もするが。

「『成長』しない人間なんて、この世に存在しません。……『生きる』ことは、『知っ』てゆくことです。
 『知っ』て、『変わっ』てゆく……それが『人』です。
 彼女の時は、確かに『動き』出した……あなたは。それを、見守っていてあげてください。
 形はどうあれ、彼女が『止まっ』た時から解放されたのは、あなたのおかげなのですから」

『解放』、か。
―――そう思っておく事にする。
だって、そうでなきゃ―――…… 俺は、なあ?

――――


次に―――『矢』。

かつて、何らかの形で『事務所』が手に入れ―――『小野』の手に渡った、あの『矢』は。
結局、発見されることは無かった。最後の目撃証言は、あの、小野と俺たちが初めて遭遇した、金曜日の深夜。
小野が『矢』を使い、『中西』さんを初めとする、三人の人物から『スタンド』を引き出した。
それを最後に、行方不明。翌日に倒された小野の体からは発見されず、橘の部屋からも発見されず……
『ミスタ』達の任務であったという、『矢』の回収は、成就されぬまま。

「ま、短い間だったけどよ。わりと、なんだ……悪くなかったぜ、この三週間。
 結局、矢は見つからなかったが……まあ、『事務所』を潰すって任務は完了したんだしな」

えらく高そうな大吟醸の瓶を、数本詰め込んだ、アタッシュケースを担いで。二人の『スタンド使い』は、イタリアへと帰って行った。
問題の、『矢』については、今後、SPW財団が捜索を続けてゆくという。

『矢』は、それがこの世に存在し続ける限り。
かならず、どこかで。『スタンド使い』を生み出し続ける。
そして、『スタンド使い』は、必ず『惹かれ』合い……どこかで、『奇妙』な事件を巻き起こす。
……ああ、『矢』様。できれば、もう、俺の近くに来ないで貰いたい。
『奇妙』な事件なんざ、俺たちには、十分すぎるくらい間に合ってるのだから。

しかし、まあ。
その原因が、他ならぬ俺なのだという事を知ってしまった今……
何と言うか。一言では表せない、複雑な気分だ。


とりあえず―――一番近いのは、そうだな。
『憂鬱』とでも、表現しておこう。

――――


ああ、それと。あの仏頂面の人気漫画家は。

「面白いモンに出会えた! ……と、思ったんだがな。最初は。
 結局、僕のネタになりそうなもんとは出会えなかったよ、この街じゃあ。
 ただ、わけがわからん、なにやら厄介な気分にさせられただけだったぜ」

事件が解決してまもなく。一応の戦友であった俺たちの見送りに、不機嫌そうに振舞いながら。『岸辺露伴』は、西宮市を去って行った。

「まあ……何も得られないよりは、マシだったさ。
 悔しいが、僕はこの街を―――お前らのことを、一生忘れられそうに無いな」

最後の言葉は、奴なりの愛想だったのだろうか?



そして、もう一人。
共に戦った時間こそ最も少ないものの、この人の助けが無ければ、今の俺は無い。

「しかしまあ、飛ばされた先で、こうも都合よく『スタンド使い』と会うっつーのは、やっぱ運命ってヤツなんだろーな」

警察官、東方仗助。
四年前。ある町で発生した、『奇妙』な事件を、解決へと導いたという、その人だ。

「ま、でもよ。安心したぜ……この町に、お前らみてーなヤツがいてくれてよ。
 しばらくこの町でお巡りさんやってるからよ。困ったことがあったら、この仗助サンに言ってくださいッス」

そう語る表情。その目を見ていると―――なんとなく。この人は、タダモノではないという事が、俺にもわかる気がした。

――――


兎にも角にも―――数々の闖入者に見舞われた、この街は。
少しの失われたものを含みながらも―――やがて。
いつもどおりの、見た目だけは平穏な田舎町の姿を、取り戻していった。











そして―――七月。

迫り来るテストへの恐怖に、校内中がざわめく頃。
一人―――その『先』に心を躍らせているヤツがいた。


「島、雪山と、去年はハデにやったじゃない?
 今年のSOS団の合宿は、なんかこう……もっと、何気ないところから、とんでもないものを見つけるようなヤツにしましょう」

爛々と輝く瞳。
我らSOS団が、死力を尽くして守りきったものが、俺の目の前にある。

「もう少し具体的に言ってくれ、つまるところ、何処に行こうというんだ、お前は?」

「そうねえ。なんか、こう……平凡だけど、イイ感じのところ。
 あからさまな観光地やリゾートじゃなくって、なんかこう……生きてる場所よ!
 人が生きてるーっ! っていう、場所! それでいて、何かこう、『奇妙』! そんな『町』ね」

いい加減、この町に不思議を見出そうとすることに飽きたのだろうか。
そう豪語するハルヒの手に、なにやらパンフレットが握られている。

「なんかこう、穴場! ってところが無いか、団長自ら調べてきたのよ。
 そしたらね、なんか、ビビッと来る町があったのよ!
 なんていうのかしら……そう、オーラを感じるの! この町には、何かある! みたいなやつが!
 ちょっと遠いけど、新幹線でも使えば問題ないわ。そう言うわけで、今年の夏はガンガン行くわよ!」

オーラねえ。一時期流行った怪しげな文句の如き台詞を吐きながら、ハルヒはぐいと背伸びをする。

「遅いわねえ、みんな。みくるちゃんも、古泉くんも、美夕紀さんも。
 今日は合宿先を発表するから、絶対集合って言ってあったのに。
 あ、そうそう。今回もとーぜん、鶴屋さんも一緒だからね!」

去年の雪山に引き続き、か。となると、やっぱり、うちの妹の同伴も規定事項か。
……ふと。窓際の椅子に座る長門が、普段とは異なる、うすっぺらい冊子に目を通している事に気づく。

「ああ、有希には先に渡しといたの。あんたも、目を通しといて。
 今年の合宿先は、ここ。ま、あんたには、この町並みや風景から感じる、このオーラは理解出来ないでしょうけどね」

お前のブッ飛んだ感受性を基準に物を言うな。
そのうち、霊視に目覚めたとか言い出すんじゃないかと、懸念しつつ。
俺は、手渡されたパンフレットに目を落とす。

上空から撮影された、港町の写真。
その上に、でかでかと。町の名前が印刷されている。
……もし、ハルヒさん。

「何よ?」

ここは、何だ。やめにしないか?
なんか、こう。なんとなくなんだが、な?

「はぁ? ワケわかんないわ、意見があるなら、ちゃんと理由を言いなさいよ。
 まあ、どっちにしろ、その申し出は『許可』されないけどね」

……理由。ハルヒには、口が裂けても言えんが。
要するに―――俺も、感じたからである。この町から、何かある! ……という、オーラを。
と、言うか―――この『町』は!

「……なあ、夏の港町は暑いぞ? やめにしないか、マジで」

「夏が暑くなくてどーするってのよ? なんか、ここの名所って、どれもアヤシーのよね。
 この岬とか! あとほら、この変な岩! この岩から何か感じるわ……なんか、エネルギーみたいなものを!」

……聞く耳持たず。
こうなったこいつに、俺の意見など通りはしない……しかし。
このまま、俺たちがこの『町』へ向かうことになってしまったら。
絶対に。200%。必ず。……『何』かが、起きる気がする……

「やっほーっ、遅れてごめんよっ……あれ、まだ三人だけかい?」

ハルヒほどではないものの、警戒にドアをかっ開きながら登場なさったのは、我らが名誉顧問・鶴屋さんだ。
鶴屋さん。あなたもこいつに何か言ってやってください。

「うん、次の合宿先? ……なんだか地味だねぇー……
 でもっ! 何か感じるなあっ、これ! 何か……この町は、タダモノじゃない! って気がするよっ!」

「ほら、見なさい! 鶴屋さんにはわかるのよ、このカンジが!」

……お手上げです。
おそらく、古泉は例によってイエスマン。榎本さんはハルヒにゾッコン。朝比奈さんにハルヒを抑制するパワーがあるはずも無く……

「ふふふふふーんふふーふふふふふふーん……♪」

イヤホンを片耳に宛がいながら、ご機嫌そうにパンフレットを眺める鶴屋さん。

「キョン君も聴くかい?」

ふと、もう一方のイヤホンが、俺へと差し出される。
断る理由も特に思い当たらず、受け取り、片耳に当てると。聞き覚えのある、古い洋楽が、俺の耳へと流れ込んでくる。
……もう一方の耳が聞きつける、足音。どうやら、残りのメンバーも、まもなく到着するようで………

「やあ、遅れてすみません」

「やっほー、ハルちゃーん」

「こんにちはぁ、キョン君」


……『世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団』、全員集合。

「みんな、集まったわね! これ、今年の合宿先に決めたから!」

振り分けられるパンフレット。

「ふむ……?」

「ほぇー……あっ」

「ふーん」

……三者三様。心中に、どんな思いを浮かべたのやら。

「去年は後半、焦ってマキが入っちゃったからね。今年は最初から、フルパワーで行くわよ!
 スットロいヤツは置いてっちゃうからね! ちゃんと着いて来るのよ、特に、キョン!」

……絶好調の極みにいらっしゃる、我が団長のご尊顔を眺めながら。

俺は、この、始まったばかりの夏が。
どうか、できるだけ。平穏な思い出となりますようにと―――窓の外に広がる青い空へと、柄にも無く、願ってみた。



――――いろんな事があったけど―――みんな、元に戻ってゆく。




"Go home..."
"Get back, get back..."
"Back to where you once belonged..."













『ジョジョの奇妙な冒険』 外伝

キョンの憂鬱な冒険 -アフターロック-

 - 完 -

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最終更新:2009年11月10日 10:41