――はじめ、僕には何のことだかわからなかった。
「こういち――っ、でんわよーっ!」
華の日曜日……って言うのはぼくが作った言葉なんだけど、
まぁとにかく、休日の朝っぱらからぼくは母さんの呼ぶ高い声で眼を覚ました。
ふぁーいと力なく返事をすると、ぼくはよれよれのパジャマを脱ぎ捨てる。
窓からさす朝日が、自由に空を飛ぶ鳥のさえずりが、今日一日が始まったことを改めて知らせてくれた。
ベッドから起き上がると、厚い雲に負けることなくさんさんと地上を照らす太陽に向かって
寝ぼけて動きづらい体を思いっきり伸ばした。
ああー、平和だな……
窓に切り取られた青空を見て、僕はつくづくそう思った。
……月日の経過は早いもので、『吉良吉影』が死に、杜王町に平和が戻ってもう四ヶ月たつ。
殺人鬼のいなくなった杜王町は表面上の大きな変化は無いとしても、
その実、あれから特に大した事件もおきずに平和で住みやすい町となっている。
――でも、まだ傷はある。
吉良吉影は深い【爪あと】を確かに残していった。
『しげちー』の両親や『川尻 工作』の家では、いまだに見つかるはずの無い
彼らを、遺族が懸命に探し回っているのだと言う……
ぼくはつい最近まで真実を伝えるべきかと悩みの種にしていたが、
仗助くんたちに「打ち明けねーほうがいい」と言われたのだった。
着替え終わったぼくは、のろのろと亀のようにリビングに向かうと受話器をとった。
そして、そこから聞こえて来た声に完全に眼を覚まさせられた。
「じ……承太郎さん?」
受話器の向こうから聞こえてくる声は、
つい四ヶ月前に『ジョースターさん』とともに杜王町を離れた
『承太郎』さんのものだった。
『康一くんか? こんな時間に済まない。急な話だが君に頼みがある…………』
そして、承太郎さんは相変わらず落ち着きのある声で淡々と言った。
『転校してくれ』
――――――えっ!?
な、なんだってぇ~!?
と、思わず叫びそうになった。というか最初の『な』だけ口から出た。
あうう、母さんから「どうかしたの?」って眼を向けられてる……
慌てて、ぼくは宙ぶらりんにしていた手で受話器を包み込む。会話がもれないよう、一応ね。
「い、いったいどうしたんですか? いくらなんでもいきなり過ぎますよ」
承太郎さんのことだ、冗談でこんなわけのわからないことを言い出すはずが無い。
なにか【理由】があるはずだ、なぜ転向しなくてはならないのか? なぜ……僕なのか?
「ジジイ……ジョセフ・ジョースターの『念写』に【あるもの】が写っていてな。
SPW財団も先月から調査を進めている。
康一くん、今きみの家にファックスが届いているはずだ
詳しいことは話すより見たほうが早いだろうからな……これは」
承太郎さんの言うとおり、電話の横に置いてあるファックスは
べーッ、と小刻みな音をたて、今まさに何かを吐き出しているところだった。
吐き出された紙を拾うと、三枚の写真を写したものだった。
―― 一枚目は、日本にならどこにでもあるであろう、いかにもふつーの高校が正面から写っていた。
坂道を登るのが大変そうだ、と思った。
―― 二枚目はこれまたカップルだろうか? どこにでもいる『ふつー』な男女の学生(たぶん高校生)が
後ろ向きで写っていた。……ケンカしているみたいだけど、なんだか『いい雰囲気』みたいなのが感じられる。
そして三枚目――――ッッ!!
僕は言葉を失った。いや、失わざるをえなかった。
全身から嫌な汗が吹き出ている気がした。
突然訪れた驚愕のせいで、目が見開いてしょうがない。
三枚目には、あの『吉良吉影』と『虹村形兆』(のちに『音石明』が奪ったけど……)が持っていた、
あの時、確かに回収して破壊したという――
――――【一本の矢】が、写っていた。
最終更新:2007年11月12日 15:05