兵庫県・西宮市・光陽園。
俺が生まれ育った地であり
ご存知、涼宮ハルヒの生まれ育った地でもある、この街に。
今年の初夏、まるで冗長すぎる台風の如く、終わってみれば短く……
激動たる『事件』起きていたことを知っている人間が、はたしてどれほど存在するだろうか。

大通りでの突然の銃撃事件や、中央街のデパートの謎の停電。
犯人不明の怪殺人事件など、その片鱗をまばらに見知っているものは多くいるだろう。
しかし、それらが全て、ある大きな事件から派生して発生したものである。という事を知っているのは、おそらく、数えるほどしかいない。
そして、俺もまた。その、数えるほどしかいない、あの事件の全容を知っているものの一人……というか、その事件の中心人物である。

で。おそらく、今、この俺の独白を眼にしている方々は。
その『事件』の概要を把握しているだろうと思う。
そして、それはつまり、その人々は、『涼宮ハルヒ』がどういう存在であるかもわかっている。
それを前提として、あなた方に一つ、話したいことがある。


涼宮ハルヒが、やつの知らぬ間に起き、去っていった、あの事件の期間中。
『おとなしく』していたと、あなたは思うだろうか?


自分で質問しておきながら、答えをさっさとばらさせてもらう。
イコール、『NO』である。


やつは。あの怒涛の『スタンド事件』の傍らで。
ちゃーんと、俺たちを困らせるという責務をこなしていたのだ。

今だから、他愛のない回想で済ませられる、そのいざこざを、これから、語りたいと思う。


キョンの憂鬱な冒険 -アフターロック-
外伝② 『キャット・ア・スペクタクル その1』


時に。あなた方は、『スパイダー』の『菅原正宗』を覚えているだろうか。
小野によって矢の洗礼を受けた、『毒』を操る『スタンド使い』。
やつはおれたちの不思議探索の隙を狙い、学校に現れ
たまたまその場に居合わせた鶴屋さんと会長を退けた。
しかし、最終的には、なんやかやで
偶然遭遇した朝比奈さんのスタンドによってフルボッコにされた、北高の体育教師である。
奴が現れた週。俺たちはやつの他に、二人の『スタンド使い』の攻撃を受けていた。
一人目は、火曜日の放課後。
俺と会長の前に、『矢』の力に支配された『榎本美夕紀』さんが立ちはだかった。
二人目は、その翌日。
『観音崎スミレ』のスタンドにより、俺たちの仲間が数人、『夢の世界』へ引きずり込まれる事態となった。

そして、これから語る物語は、その、二日後。金曜日の放課後。
今思えば、その日の昼休みの時点から、『事件』は首をもたげはじめていたのだ。



――――



「ねえ、あんたんとこにさ、『シャミセン』預けてあったわよね。今でもちゃんといる?」

弁当箱を鞄から取り出し、席を立とうとした俺の背に。不意に、ハルヒの言葉が飛び掛ってきた。

「急に何だ? そりゃいるさ、病気もせん、元気だぜ。
 相変わらず、触らんと枕と間違えそうなほど寝てばっかだがな」

「学校につれてくるのは難しいわよね」

藪から棒に突拍子もないことを言い出すのは、こいつの得意技だ。驚くほどのことじゃあない。
しかし、今日に限っては、ハルヒのその発言に、俺は完全に意表を突かれた。
何故なら、ハルヒは。昨日、木曜日の朝から、日ごろ惜しみなく振り撒いている覇気は成りを潜め
なにやら夢うつつに虚空を見つめたり、憂い気にため息などを漏らしてみたりと、本調子でない様子を見せ続けていたからだ。
本来なら、いったい、ハルヒに何が有ったのかと、奇妙がるべき事態である。
しかし、何を隠そう、俺はハルヒがセーフモードとなった、その原因が何であるかを知っているのだ。
それは、一昨日……つまり、水曜日の放課後。
ハルヒの中では『夢』として処理された、『別世界での冒険』の記憶に起因すると考えて、まず間違いない。


七年前、狂った実父から受けた暴行により、姉を失い。
自らもまた、幼い精神と肉体に、根深い傷を負った少女、『観音崎スミレ』。
その少女が『矢』を受けた事によって、発現したスタンド、『ラ・ドゥ・ダ・ディ』。
スミレの夢へと、周囲の『スタンド使い』を引き込むスタンド……だったか。
そして、夢の世界に巻き込まれたものは、本体であるスミレが目覚めるまで、決して現実世界で目覚めることはできない。
一昨日。ハルヒはその世界へと迷い込んでしまった。
そして、どのような手段でかはわからないが、夢の中のスミレと出会い、彼女を七年間の眠りから目覚めさせたのだ。

「別に部室にこっそりつれてくるくらいなら
 無理ってほどでも無い気もするが……ありゃあ暴れまわるようなタイプじゃねーしな。
 しかしいきなりどうしたってんだ? ネコが恋しくでもなったのか?」

「フゥー……んー、昨日、なーんか気分がパッとしなくて
 寝る前にネット見てたらねぇ。ネコがすごいいっぱいいる動画? みたいのみっけてね……」

低血圧の成人女性のような口調で、くたくたと言葉をつむぐハルヒ。

「なんかさー、いいなーと思ったのよ……ネコいっぱいに囲まれるのとか」

「うっとうしいぞ、んなの。テンションについていけんだろ」

「うん。そうなのよね……ノラとかって、結構気ままだし。
 なんていうか、人になれてるネコ。あたしに慣れてるネコね。
 そういうのと、だらーっとしたいなーとか思って」

物憂い気な仮面の下で、んなどうでもいいことを考えていたのか、こいつは。
いや、それより。だらーっと、ぐだぐだ……なんてのは、普段のハルヒが最も鼻をつまみたがる類の物事ではないか。

「有希のマンションとこのノラの溜まり場って、今でもあるのかしら……行ってみよっかなあ」

「……ま、シャミセンに触りたけりゃ、いつでも触らせてやるよ」

「ん」

自分に慣れてるネコと、だらーっとすごしたい。
……いったい、あの夢の世界で何があったのかは知らんが。
やはり、あの日以降、ハルヒは……そう。言ってみれば、かなり参っているようだ。
何、大げさすぎるって? しかしよ。あの『涼宮ハルヒ』が。
あろうことか、ありきたりな『癒し』なんてのを求めているんだぜ?
涼宮ハルヒの生態について、他人よりも数ページ分ほど詳しい者であると自負する俺に言わせるなら
それは十分過ぎるほどに異常なことである。

自らの机から動かず、ぼんやりと窓の外を見つめるハルヒを残し。
俺は、昼食を共にする予定であった友人二人に断りをいれて、ある場所へ向かった。
それが『どこ』であるかの説明は、必要ないだろう?
当然、『部室』だ。元文芸部室、現在、SOS団の本拠地である、その部屋へ。
何のためか? 当然、この異常を、古泉や長門の耳に入れておくためだ。

――――

「あれ」

数分後。俺が部室のドアを開いた時、室内には誰の姿も存在しなかった。
妙だ。昼食時の休み時間には、大体の場合、長門か古泉あたりが、この部室に居るはずなのだ。
特に、この『スタンド事件』が勃発してからというもの
俺たち『スタンド使いの団』が、校内に居る間の『基地』になりつつある。
もしも『敵スタンド使い』なんかが現れた時、対応できる面子が、一箇所に集っているのは、色々と都合がいい。
そんなわけで、近頃は朝比奈さんも、更には鶴屋さんまでもが、特別大事な用でもない限りは、この時間をここで過ごしてくれているのだ。
携帯電話を取り出し、時間を見る。
既に、午前の授業が終わってから十分ほどが経過している。来るのが早すぎた、というわけでもないだろう。
まさか、古泉や長門に、何かがあった……とでもいうのだろうか。

「……電話してみるか。まあ、ハルヒが妙だ。ぐらいの短い話、電話でだってできるだろうしな」

俺は、時刻確認のために取り出した携帯電話の文字盤を弄くり
古泉の連絡先へ電波を繋ぎながら、何とはなしに、いつもの自分の席に座ろうとした。
その、瞬間だった。

「ミャァオウ!」

「うおっ!?」

……一瞬。何がおきたのか分からなかった。
席に着き、電話を耳に押し当てようとした、俺の右腕に。灰色の何かが、飛び掛ってきたのだ。
同時に聞こえた鳴き声―――俺の常識観念に基づいて判断するなら。
それは―――『ネコ』の鳴き声だった!

「なんだっ、『ネコ』ぉッ!?」

下ろしかけた腰を上げながら、俺は周囲を見回す―――すると。
長門の蔵書が所狭しと押し込まれた、本棚の足元に。
一匹の、上品な立ち振る舞いの、グレーの毛並みの『ネコ』が立っていた。
体はそれなりにでかいが、筋肉質で、うちのシャミセンとは正反対の体付きをした、グリーンの目のネコだ。

「な、何で部室にネコがいるんだッ? まさか、ハルヒのやつがどっかから捕まえてきたんじゃぁねーだろうな……」

「ニヤァオウ」

ネコは、どうやら、俺の向かいの席から飛び出して、俺の腕を掠めていったらしい。
上半身をこちらに向け、俺をまっすぐに見つめるそのネコは。
何かを『咥えている』―――!

「! てめえ、おれの携帯をいつの間に……こら、返せ!」

「ニギャア!」

俺がそのネコに向かって、手を伸ばそうとした瞬間―――ふと。
俺の視界に、異変が現れた。

「なっ……」

『視点』が落ちていくのだ。
一瞬、俺は、ネコに飛びかかろうとしてバランスを崩し、転んでしまったのかと思う。
しかし、違う。足が地面から離れた漢字はしない―――ただ、目の前がどんどん『低く』なってゆく!

「な、何だ!? まさか、『スタンド攻撃』―――」

「落ち着いてください!」

みるみる内に低くなってゆく視界に、奇妙さを憶え、俺がそう呟いた瞬間。
俺の目の前で、よく聴きなれた男の声がした。
これは……『古泉』の声だ。
なぜ古泉の声がするんだ? 俺は、声が聞こえた方向へ眼を逸らす……
しかし、そこにあるのは。先ほどの『ネコ』の姿だけだった。
ネコの顔が、俺の視点と同じ高さに在る―――妙だ。
なぜ、地面から数センチの位置にあるこいつの顔が、俺の『目の前』にあるんだ?
俺は転んでいない。ちゃんと、四足で地面に立って……

「……よかった、間に合いました。しかし、やはりあなたも『なって』しまいましたか……」

! ―――ネコの口が開閉すると同時に、先ほどと同じ、『古泉の声』が発せられる。
なぜ、ネコが古泉の声で、しかも『人間の言葉』を話している? ―――まさか!

「お前……お前が『古泉』なのか!? 今、俺の眼に前にいる、お前が! この、『ネコ』がッ!?」

「……分かっていただけましたか。ええ、その通りです。
 ぼくが『古泉』なんです」

ネコが言う。間違いない……その口ぶりも、声も。
間違いなく、古泉のものだ。
なぜ、古泉がネコになっているんだ?
まさか、こいつも『スタンド攻撃』か?
と、言うことは―――

「げっ……なんっだこりゃぁ――ッ!?
 おれが、『四足』で立ってる! 毛むくじゃらの手足で!
 まさか、おれも『ネコ』になっちまったのかッ!?」

「そのようですね。
 おそらく、この部室に入ったものがこう『なって』しまうのでしょう。
 十中八九、『スタンド攻撃』だと思います。
 貴方がここに来たことで、その予測に裏付けもできた。
 『スタンド』を感知したんでしょう?」

……なんだって?
ちょっと待て。俺は『スタンド』を感知なんかしていない。
念のためにと、ここまで来る道中で、『ゴッド・ロック』を出して調べたが、そんなものは一つも感じなかったのだ。

「まさか、そんなはずがない!
 敵はおそらく、この部室に『罠』を仕掛けたんだと思っています。
 『侵入したものをネコにする罠』です。そうでもなければ、この状況に説明がつきません!」

「いや、間違いないんだ!
 おれは『渡り廊下』の時点で、周りに『スタンド』の気配がないか、確かに調べたんだ!
 この部屋に『スタンド』の罠があったとしたら、間違いなく気づいてるはずだ、だがそんなのは感じなかったぜ。
 この部屋だけじゃない、学校中のどこにも
 『スタンド』の気配なんざ、これっぽっちも感じなかった!
 ほんの一分かそこら前の話だ、そのときにはもう、お前はここで、今の姿になってたんだろ?
 それに、今だって、この部室から『スタンド』の気配なんて感じやしないぜ……」

と、言った後で。俺は一つ、よくない『もしや』を思いつく。

「まさか、『ネコ』になっちまった今のおれたちは
 『スタンド』が使えないなんてことはないだろうな」

俺の質問に対して返ってきたのは、『言葉』ではなかった。
古泉ネコが、僅かに眼を細めると同時に。俺の背筋に、『スタンド』の反応が走る。
そして、直後。

「ギャッハァー!」

「……この通りです。
 自分が『ネコ』になったと気づくよりは前ですが
 体が小さくなってしまったと気づいたとき、最初に試しましたが、問題なく『出せ』ます。
 ただ、今のぼくには、こいつを『持つ』ことは難しいのですが」

古泉ネコの背から飛び出した『セックス・マシンガンズ』。
それがいつもよりも遥かに巨大に見えるのは、俺が小さくなってしまっているからだろう。
空中に飛び出した銃器型のスタンドが、ゴトリ。と、重い音を立てながら、部室の床の上に落ちる。

「アギャ! イッテェーナ!!
 『ネコ』がナオッテネエナラヨブンジャネェーヨ、コイズミ!」

「こいつの反応は、問題なく感じられますか? あなたの『スタンド能力』で」

「あ、ああ。感じたぜ、おれが意識する前に。
 お前が『マシンガンズ』を出そうとした瞬間から、問題なく感知できた。
 しかしよ、やっぱりこの『部室』からは何も感じないぜ……その『マシンガンズ』の反応以外にはよ」

「そうですか……しかし、『スタンド攻撃』でないのなら、いったい、この状況は……」

……それについては。
この異常事態の原因が『誰』であるか、俺は今の時点で、なんとなく想像はついている。
近頃ご無沙汰だったもんで、すっかり忘れていたし、其れは古泉も同じのようだが……
いるじゃあねえか。俺たちの傍には、『スタンド』以前の問題で
とんでもない『異常事態』を量産する、核兵器級の問題児が。


――――

「涼宮さんが、そんなことを……なるほど、それなら話のつじつまは合うかもしれません。
 つまり。彼女に対して従順な『ネコ』を、涼宮さんが望んだことで。
 『彼女に従順である』という条件を満たすぼくたちが、『ネコ』になってしまった」

床に腹を預け、足を折りたたんだ体制で、古泉ネコは言う。

「いえ、もう少し言えば。彼女が求めている
 最も理想的な『自分に慣れている存在』という感覚が、ぼくらが彼女に接するあり方に直結したのでしょう。
 ただ従順なネコを求めただけならば。
 そこらのノラネコが、彼女に対して好意をぶら下げて、彼女の元に集うだけでいい。
 しかし、今、涼宮さんが求めている『ネコ』というのは、外見のみの感覚なんでしょうね。
 いくら人間に慣れたって、所詮ネコはネコだ。
 ネコは涼宮さんの都合に合わせてくれやしません。
 どれだけ人に『慣れて』いようと、彼らは自分にとって居心地がいい人間に『慣れて』いるだけです。
 彼女が求めているのはそれではない。
 『ネコの姿をした、自分を理解し、心地よい距離から移ろう事無く居てくれる存在』なんでしょう」

なるほど。その結果、あいつの事を『理解している』と、あいつが思っている対象が……

「このように、人間の精神を持ったまま、『ネコ』になってしまったということでしょうね」

「……この部室に入った途端に、そいつが発動したのは、どういうことなんだ?」

「涼宮さんは、『この部屋』で、そういった『ネコ』らと戯れることを望んでいるのでしょう。
 彼女にとって、もっともリラックスできるスポットといえば、この『部室』なのではないでしょうか」

……色々と言いたい事はあるが、とりあえず、もう一つ。

「あいつの『能力』は、『スタンド能力』のはずじゃなかったのかよ。
 それなら、おれが感知出来ないはずがねえと思うんだが」

「ふむ……たとえば。ぼくは彼女の『スタンド』によって、『超能力』を授かりました。しかし、それは『スタンド能力』ではない。
 この事態も、彼女の『スタンド能力』そのものによるものでなく
 そこから派生した、別の概念の元に発生しているのではないでしょうか。
 おそらく、この『学校』自体が。彼女の願望に反応し、この事態を引き起こしたと」

「すまん、何だって?」

「つまり、ぼくが彼女のスタンドによって、スタンドとは別の能力を身に着けたように。
 この北高そのものが、彼女の願望に反応し、それを実現させる
 『スタンドではない力』を持った、自意識を持つパワースポットとなっているんです」

「……あいつには『しもべ』が多いんだな」

「そのようですね。……しかし、これは少し困りましたね。
 『敵スタンド』が現れたわけでないのは安心しましたが
 状況は依然、変わる事無く、非常事態であることはたしかです」

ふと、時計を見上げる。……昼休みは、あと十分で終わっちまう。
しかし、この姿のまま授業になど出られるはずもない。

「どうすりゃあ元に戻るんだ。あいつの望み通り、放課後、あいつを囲ってやりゃいいのか」

「それが手っ取り早いのでしょうが、さすがに彼女も奇妙に思うでしょう。
 午後の授業にあなたが出ていない事にも気づくはずです。
 そのうえ、ぼくと長門さんまで団活に現れず、代わりに僕たち……『ネコ』が居るという状況は」

そりゃ、奇妙どころの騒ぎじゃないな、確かに。
って、ちょっと待った。

「長門がどうしたって?」

「ああ、そうだ……長門さんは、別件で用事があるそうで、今日は欠席しているんです。
 どうも、先日の涼宮さんの『スタンド発動』以来、この街に奇妙なゆがみが発生しているとか、そのように聴いています」

長門がいない。……こいつは、かなり痛いんじゃあないか?
これまで。『スタンド』がらみではない
ハルヒによるごたごたを治めるのに、最も活躍してくれたのは長門の能力だ。
原因を『スタンド』でブチのめせばいいという問題でないこの状況を、長門落ちの俺たちで、解決することができるだろうか?

「……で、まずどうするべきか、予定はあるのかよ」

「……『正午以降、ぼくらに、偶然別々の急用ができてしまい、今日は涼宮さん以外、全員欠席』。
 少々強引ですが、とりあえず、涼宮さんと接触することは避けるべきです。
 しかし、全員、無断で、突然欠席。というのはまずい。人づてでもいいから、断りを入れておきたい」

「しかし、今のおれたちには、書置きだってまともに残せそうにないぜ……
 『ゴッド・ロック』なら、書置きの一枚くらい、なんとか書けるかもしれんが」

「ええ、ですが、やはり人づてのほうがいい。
 ですから、ぼくは誰かに連絡をしようと思ったんです。
 ですが……ぼくの『携帯電話』は、ネコになる際に
 手元から消えてしまって、その連絡が出来なかったんです。
 だから、仕方なく、誰かが来るのを待っていました」

電話が消えた、だって?

「……なるほどな、そういや、おれたちがネコになっちまっても、『服』が残ったりしてないな」

「身に着けているものごと、ネコの姿に変えられてしまったようですからね。
 だから、あなたが『ネコ』になる前に、携帯電話を奪ったのです。
 そして、なんとか『携帯電話』を確保できました。
 これがあれば、外の人に連絡ができます。
 しかし、まずい、昼休みが終わってしまう……早く連絡しなければ」

「おい、ちょっと待て。
 おれたちの声は、ネコでない人間には、ただの鳴き声にしか聴こえないんだと思うぜ。
 さっき、ネコになっちまう前、お前が何か言ってたけどよ。
 おれにはネコがニャーニャー鳴いているようにしか聴こえなかったんだ」

「ええ。ですから、『スタンド』で会話します。
 連絡する相手は……スタンド使い、それも、ぼくの『マシンガンズ』の声を知っている相手だ。
 ぼくのスタンド……こいつは大概頭はいかれていますが
 『スタンドを出して、電話の向こうのスタンドの声を聴け』と、電話口で喋らせるくらいは出来るでしょう」

「オイ、ンナコターイイカラヨ!
 サッサトオレヲモドセヨ、コイズミ! ユカノウエニコロガシテンジャネーヨ!」

……出来るか? こいつには、少しばかり文章が長すぎる気がするが。

「涼宮さんにぼくらの伝言を伝えてもらい
 同時に、朝比奈さんに、部室へ来ないように伝えられる相手……
 それなら、『鶴屋さん』がいい。彼女なら、どちらも自然ですからね……
 くそ、ネコの足じゃあ、うまく携帯を操作出来ない!
 あなたの『ゴッド・ロック』で、携帯を操作できませんか?」

「あいつの指も大概太いが……『ゴッド・ロック』!」

現れた『ゴッド・ロック』を見上げる……
当然、その体躯は、いつもにも増して巨大に見える。……俺は今、体長何cmなんだ?
まあいい、とにかくだ。

「よし、おれの携帯を操作して、『鶴屋さん』に電話してくれ! ……ちなみに、やり方はわかるよな?」

あ、うなずいた。ネコと化した俺をちらりと見下ろした後。
『G・ロック』は、床に落ちた携帯電話を拾い上げる。
どうやら、問題はなさそうだ。鶴屋さんに通じたら
『マシンガンズ』の口の前に携帯を近づけて、その声を聴かせればいい。

―――しかし。俺たちの傍にしゃがみこんだ『G・ロック』が
携帯電話のモニタを見ながら、指を動かし始めた、その瞬間―――!

「―――! 古泉、まずい、『スタンド』だ!」

「え……なんですってっ?」

「WRYYYYッ!!」

俺が叫ぶのと同時に。『ゴッド・ロック』が立ち上がり、両こぶしを握り締め、周囲を見回す。
……『スタンド』だ。目の前で転がっている『セックス・マシンガンズ』のものじゃあない。
この部室の近く、校舎内のどこかで、『スタンド』が発動した!

「『敵スタンド』かもしれねえッ! あまり覚えがない『スタンド』の気配だ!」

「なっ……こんな時にッ!?」

古泉が体を起こし、体毛を逆立てながら、周囲を見回す―――!
……そして、次の瞬間。


「えっ……? あ、あれ……?」


……古泉のすぐ左隣に。その人が、現れた。
背後に、白く、細い体躯の……『スタンド』を携えて。

「―――朝比奈さんんんッ!? な、何であなたが、此処にいるんですかッ!?」

「え、ね、ネコ……? あ、あれ、どうなって……
 あたし、古泉くんのところに『ワープ』したはずなのに……」

『ワープ』ッ!?
そう言えば――俺の脳裏に!
実際には見たことがないが、話にだけ聞いた―――『朝比奈さん』の『スタンド』の能力が過ぎった!
―――"『顔を知っている人間』の、『左隣』に『ワープ』する能力"!!
今感じた『スタンド』の反応は、朝比奈さんのスタンドだったのかッ―――!? くそ、この反応は、水曜日に既に感じてあったはずなのに……いや、それよりもッ!

「今! この『部室』に『ワープ』してきちまったら、あなたまで―――!!」

「へ、はれ? ……あ、あれ、どうなって……な、何ですか、これ!? あたし、縮んでるッ―――!?」

……時、既に遅し。
その光景は、あの『ネオ・メロ・ドラマティック』によって
『少女』の姿にされた『会長』が、男性の姿へと戻ってゆく様と似ていた。
彼女の体が、身に纏っている洋服ごとデジタル映像のように変化して行き―――
やがて。俺たちと同じほどの大きさの、上品な『白ネコ』の姿となった。

「……え、な、どうして……ど、どうなっちゃったんですか、あたしっ……えええっ!?」

「―――だ、大丈夫です! 朝比奈さんが『ネコ』になってしまっても
 とりあえずは問題はありません! 早く、鶴屋さんに連絡を―――!」

「えっ、え、その声、あれ、ネコが喋って……え、ええええ!?」

―――そうだ! 状況は変わってない!
『敵スタンド』は居なかった!
今するべきなのは―――鶴屋さんに連絡をして、ハルヒに、俺たちの欠席を伝えること!
そのために、『ゴッド・ロック』は携帯電話を―――!?

「――――うぎゃああああァァァ―――ッ!!?
 ごっ……『ゴッド・ロックゥ―――』ッ!!
 お前……おれの『携帯』を……
 『手に持っていたおれの携帯をどこにやった』んだよォォォォ!!?」

「WRYY? ……」

……ガシャン。
『ゴッド・ロック』が、握り締めていたこぶしを開くと……
その中から、いびつに折れ曲がり、へし折れた、機械のようなものが落ちた。
ああ―――見覚えの在るストラップ。
こいつは間違いなく―――『俺の携帯』だァッ!!

「なっ……何やってんですか、あなたはァァ―――ッ!?
 ぼくらがこの姿で学校内をうろつくのはまずいんですよッ!?
 唯一の外への連絡手段をッ! なんで『ブッ潰し』てしまってんですかッ!?」

「仕方ねーじゃねェーか!!
 いきなり覚えの無い『スタンド』を感じたら、誰だって警戒するだろうがァ―――ッ!!
 朝比奈さんの『スタンド』の気配は、まだ覚えるほど感じたことが無かったんだよ、悪いか畜生がァァァー!!」

「……な、ど、どうなってるんですかッ!? なんでネコがキョン君と古泉くんなんですかァ―――ッ!?」


――――


……さて。時は既に、五時限目に突入し、校内が静まり返った頃。
我々『ネコスタンド使い』三人は、部室の床の上で、顔を突き合わせている。

「……授業時間中なら、ぼくらが多少校内をうろついても大丈夫でしょう……多分、ですが。
 誰にも見つからないよう、鶴屋さんの教室まで向かい、彼女にしかわからないような合図を送ります。
 『スタンド』を使えば難しいことではないでしょう。
 三年の生徒には、スタンド使いは、鶴屋さんと朝比奈さん、それに榎本さんと会長の四人しかいません。
 廊下で、『マシンガンズ』を喚かせれば、彼女は異常を察知し
 こちらに様子を見に来てくれるでしょう」

どうにか、朝比奈さんに現状を把握してもらった俺たちの次の作戦は、以上だそうだ。
確かに、ハルヒに言伝をするのみなら、それで問題はないだろう。しかし。

「しかし、その後のことはどうするってんだ?
 おれたちが校内にいるのはまずい、それはわかったがよ、だったら何処に行けばいいんだ」

「そこは、『フーゴ』に頼みましょう。
 彼から機関に連絡をしてもらいます。ぼくらの居場所は、機関に確保してもらいましょう。
 この姿がいつ元に戻るかは、正直、見当はつきませんが……
 明日は不思議探索の日です。今日、ぼくらが欠席することに、涼宮さんが不満を憶えたなら。
 彼女はおそらく、明日、ぼくらが問題なく終結することを望むのではないかと思うんです」

確かに、あいつの能力は、常にあいつの都合のいいように働く。
今回のように、結果的にあいつが不満がるようなケースはあれど
基本的に、ハルヒの能力によって、ハルヒにとって不満な事態を引き起こすことはない。
あいつが明日、不思議探索に全員が集うことを望めば、俺たちは、それが不可能な状態からは解消されるだろう。
不条理まみれのあいつの能力にも、一応法則というものがあるのだ。

「お二人が来てくれたので、ドアを開けて外へ出られないという状況からは脱せました。
 ぼく一人では、マシンガンズにドアを食い破らせでもしなければ、外に出られませんでしたから。
 注意するべきのは、体育の授業をしている生徒たちくらいです。
 保健室までの道のりで出くわす可能性があります」

「あたしたちの教室までは、一階へ行かなくても向かえますから……
 じゃあ、鶴屋さんに、フーゴ先生への伝言も頼んでしまえばいいのかな?」

かくして。俺たち、『SOS団(スタンドを頼りにお姉さんの教室を目指す三匹のネコの団)』は、部室を後にした。
……見知った校内を歩くだけだってのに、大冒険への旅立ちみたいな気分だ。


――――



結論から言って、校内を移動するのは、俺たちが想像していたほど骨の折れる道のりではなかった。

「おねがい、『メリー・ミー』」

「おい、間違っても今度は握りつぶすんじゃァ――ねーぞ!? 『ゴッド・ロック』!!」

こうして、朝比奈さんの『メリー・ミー』と
俺の『ゴッド・ロック』が、俺たちの体を抱えて、移動すればいいのだ。
さすがに長時間スタンドを出しているのはきついものがあるが
部室から、鶴屋さんの教室までくらいの道のりならば、交代しながら問題なく進める。
しかし、もし、一般の生徒や教師に、移動中の姿を目撃されると、少しばかり面倒になる。
ただのネコなら追い出されるだけだが、『空飛ぶネコ』が校内で発見されるのは、どう考えてもまずいだろう。
もっとも、そんなネコがいるわけがない。と、見間違いで済まされるかもしれんがな。

「……着きました、ここが鶴屋さんの教室です」

古泉が、極めて小声で、俺たちに告げる。
忘れてはいけないのが、今の俺たちの話し声は、まっとうな人間には『鳴き声』に聴こえちまうって点だ。
幸いというべきか、教室の後部の戸が、ほんの少しだけ開けられている。
その隙間から、『ゴッド・ロック』が、室内を覗き見る。その視界が、俺の視界と重なる。
……居た。鶴屋さんだ。教室の真ん中あたりの席に座っている……
俺のスタンドで肩でも突付ければ楽だったんだが、あの距離では少し難しい。

「……古泉、やっぱ『マシンガンズ』だ。
 あいつの声は、スタンド使いじゃねえやつには聴こえないんだったよな?
 あいつに呼ばせるしかないぜ、事を荒立てないためにはよ。
 おれか朝比奈さんが、『スタンド』と一緒に教室に入っていってもいいが、あの教師は機関の関係者じゃあないんだろ?」

「ええ、彼は一般の教員です。捕まるのはまずいですね……
 仕方ない……気は進みませんが、『マシンガンズ』を使いましょう。
 こいつが地面に落ちる音は、周りにも聞こえてしまいます。
 ぼくがマシンガンズを出したら、お二人のスタンドで受け止めてもらえますか?」

「わ、わかりました」

「では……出します。……"『セックス・マシンガンズ』"!!」

古泉が叫ぶと同時に。
灰色の背から、漆黒の『スタンド』が飛び出す。
すかさず、その像を、朝比奈さんの『メリミー』が受け止める!
よし、問題ない! あとは、『マシンガンズ』が鶴屋さんを呼んでくれれば――――



「オォッ!? ンダヨ、ネコ、ナオッタノカヨ、コイズミィ!?
 ッテ、チゲェナ! オレヲモッテルノハコイズミジャネーナ!
 『ネコ』ハナオッテネーノカヨォ!
 デモヨォー! スゲェ『ビジン』ジャネーカヨアンタヨォー!!
 ナンテンダヨ、ナマエハヨォ!!」

……もし、こいつの声が、誰にでも聞こえる代物であったなら。
おそらく、廊下中に響き渡っていたであろう、必要以上の大音量で。
『メリミー』の腕の中で、『セックス・マシンガンズ』が、それはそれは楽しそうに―――騒いだ。


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最終更新:2014年06月05日 01:32