「悪いことをする敵」というものは 「心に弱さを持った人」であり、

   真に怖いものは、 弱さを攻撃に変えた者なのだ。
                         ―――とある吸血鬼疑惑の漫画家より

広瀬康一の憂鬱 三話 ゆれるもの①』


 やる気なさげに気だるげな光を灯した瞳には、
 前を行く変人の後ろ姿が映えている。

 SOS団は今日もまた、われらが団長「涼宮ハルヒ」の提案により、
 『面白いものを探す』という名目のもと、2グループに別れ街中をぶらぶら歩き回っていた。
 出発前のくじ引きの結果、俺はハルヒと同じグループになり、
 残る長門とみくるさんと古泉の三人がもう一つグループとなった。
 言いだしっぺのハルヒはなかなかのハイテンションのもよう、
 さっきからおもちゃ売り場にで欲しいおもちゃを見つけた子供のように、
 端正な顔に嬉々とした笑みを浮かべている。 

 寝不足でもないのにため息混じりで目は半開き。
 至ってテンションはローな俺とは、まるで正反対であった。

「こら! しっかり探しなさい! 超能力者や宇宙人はただでさえ数が少ないのに、
 あんたが余所見してる内に見逃したりしたら承知しないんだから。わかった?」

 前方から甲高い叱責が飛んで来るが、俺は適当に相槌を打ってかわす。
 ハルヒの奴は「もぅ!」とでも言いたそうに俺を見たが、それ以上何も言わなかった。
 ただの人間である自分を、いろいろワケわからん世界に引きずり込んだ少女の
 後姿をぼーっと見ていると、唐突に――自分自身で疑問に思う。

 「なぜ俺はここにいて、こんなことをしているのだろうか?」、と。

かつては、短いだろう一生の中でこんなコトがあるとは思ってもみなかった。
 いや、思えるはずも無かった。
 自分は「一般人」だから、超能力者でも無ければ未来人でもなく宇宙人でもない。
 何の力も持ち合わせない【ただの】人間なのだから。
 待ち受ける人生に多少の山あり谷ありはあっても、
 人並みの幸せと人並みの不幸に丁度いい割合で出会い、
 【普通】と呼べる人生を送るはずだった。

 だが、現状で既に、だ。『日常』の中に隠されていた、
 『“非”日常』の――おそらくそのほとんど――が、自分に降りかかってきているのだ。
 目の前を行く――神の力を持つらしい――愛くるしい外観の少女によって。    
 (……まぁ、この認識はのちのち大違いだったと気づかされることになるが……)

 しかし――いつもそうだった。
 このことを考えると、
 なぜか胸に飛来するものは苛立ちの類ばかりではない。

 ――いつからだ? 

 もはや馴れ親しんだ道を力なく歩きながら、キョンはふと、自問した。

 ――いつもと変わるはずの無い日常を変えられて、
 ――毎回のごとくワケのわからない事態に巻き込まれて、
 ――かつてのクラスメイトに殺されかけ、
 ――挙句の果てには世界の崩壊の危機にまで面したこともあった。

普通の人間なら嫌気がさす……どころか
 現実逃避もいいところ、下手すれば発狂しているかも知れない。
 少なくとも、他人にこんな話をすれば「歩道が広いではないか、行け!」で
 精神病院へまっしぐら、ワハハハハハーーーーッ!! は間違いないだろう。
 そう……自分でもそう思っているはずなのに、不可思議な非日常を体験していくにつれて
 募る思いは「こいつは俺が支えてやらなければいけない」、という保護欲や母性愛にも似た

 【奇妙な使命感】だった。


 …………こんなこと考えてるなんて誰に話せるわけ無いけどな、とうぜんだが。 

――――なんだ、やっぱり普通の高校生じゃないか。

 仲良さそうに並び歩く2人を見て、康一は素直にそう思った。
 【エコーズ ACT1】を通して堂々と聞いた行動の目的には多少呆れたが、
 そのことさえ除けば行動はどこにでもいる一般学生のそれとなんら変わりが無い。
 【スタンド使い】のように、超常的な雰囲気が見て取れるわけでもないのだ。
 あの『弓』と『矢』に関わっているとは思えない。 

 これは完全に承太郎さんの……もとい、
 ジョセフ・ジョースターさんの勘違いじゃないだろうか?

 ジョースターさんは、あの透明な赤ちゃんの影響もあって
 最近はボケも治ってきたらしいが、
 実際に見事な御高齢だ。
 スタンド使いといえど、普通の人となんら変わらず年をとるから
 当たり前といえば当たり前なのだが。
 いくらスタンドが精神のエネルギーだからといって、
 いや、だからこそ間違うときもあるんじゃないか?
 調査のためにこんな悪質なストーカーみたいなことをこっそりしているが、
 『調査する必要がない』とすれば、これ以上覗き見するのは忍びないし。
 あの2人や、調査のためにだましている他の人たちにも申し訳ない。
 なんだかこれじゃ、まるでぼくのほうが悪者みたいじゃないか。

 ホテルに帰ったら真っ先に承太郎のところに報告電話を掛けようと決め、
 康一はエコーズを飛ばしたまま追跡を再開したのだった。

「……って! ちょっと、キョン! 話し聞いてる!?」
「うおっと! ……悪い、何の話だった?」

 思考から急に現実に呼び戻され、
 何を考えてたんだ、と自身にあきれて頭をかく。
 気づけばハルヒの怒ったような顔が目の前にあって、
 思わず少し、ドキッとしてしまった。いつも見慣れてる顔なのに、ああくそ!
 あんなこと考えちまうからだよ。  

 なんとなく小恥ずかしくなって目線をずらすと、 
 目線がずれた分だけすばやく移動し、どこと無く怪訝な顔のハルヒは俺を正面から見つめてくる。
 しかも、結構な至近距離から。
 逃れようとどれだけ目をはずしても、体後と回り込んで直ぐに追いついてくる。
 相変わらず無駄にスペックが高い奴だ。やれやれ……

「なんだよ、俺の顔になにか変なモンでもついてんのか?」
「ねぇ、キョン。……アンタなんか隠し事でもしてない? “この”わたしに対して?」

 ……だから、何でこう無駄に勘が鋭かったりするんだ、こいつは?
 ああ、あれか? 神様だからか? あーくそ! 近くで見てみりゃやっぱ無駄に
 綺麗だこいつ黙ってれば……って熱持つなッ、俺の顔ッ! 無心になれ! あ、やっぱむり。

 ムズ痒い思いに浸って混乱していた俺を引き上げたのは、
 『俺の中』からいきなり聞こえてきた音だった。

『あ……な……!』 

「ん、なんか言ったか?」
「え?」

『あぶ……い!』

 何かが聞こえる? いや、聞こえてきた。漠然とした、甲高い悲鳴のような声。
 ハルヒじゃない。こいつの声は確かに甲高くてよく通るが、まず口が動いてないし。
 しかもこの声、だんだん大きくなってきてる……!?


『あ ぶ な い !』


 声がはっきりと輪郭を帯びて耳に届いたとき、俺は反射的に動いていた。
 自分でもびっくりするぐらい、すばやく飛び掛る。

「ふせろッ!」
「え? ちょっときゃっ!?」

 肩を掴んでハルヒを横に押し倒す。有無を言ってる暇はなかった。
 たとえ後でぶん殴られようが飯をおごらされようが知ったことじゃない。

 直後に響く轟音――――砂煙が宙に舞う。

 押し倒してから多分一秒と経たない今。
 さっきまでハルヒがいたところにレンガ色をしたさびだらけの巨大な鉄骨が一本。

 アスファルトの地面を貫いて砕き、そこに荘厳と自己視聴するかのごとく直立していた。 

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最終更新:2008年01月10日 12:54