64 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/10(土) 15:54:28 ID: ???
 繁華街を抜け、承太郎とシャナは空条家へと続く長い坂を昇っていた。
 眼下で斜陽が市街地を紅に染めている。
 渇いた風がシャナの腰の下まである長く艶やかな髪を揺らした。
 凛々しい顔立ちと一点の曇りもない白磁のような肌の前で踊るその髪を、
シャナは慣れた仕草で伽き流す。
 互いに無言だった。
 最もそれは必要な事以外は口にしないという両者の性格によるものであったが。 
 沈黙の中、おもむろに承太郎が口を開く。
 本来なら一番最初に聞くべきことだが、立て続けに起こる超常的な出来事によって、
一般的な思考が麻痺していたのだ。
 「・・・・・・ところでオメーら、ウチのジジイとは一体いつ知り合ったんだ?場所はニューヨークか?」
 承太郎の問いに、シャナの小さな肩がピクッと震える。
しかし刹那にその動揺を表情から消し去り、落ち着いた口調で言った。
 「そうよ。ニューヨークで跋扈してた『紅世の徒』を討滅しにいった時にね。」
 「?」
 シャナの態度がやや不自然だったので承太郎は妙な違和感を感じた。 
アラストールも心なしか押し黙っているように見える。 
 「でも・・・・・・」 
 そう呟いて急にシャナが立ち止まった。
 俯いているのでその表情は伺えない。
 風に前髪がたなびいた。
 「どうした?腹でも痛てぇのか?」
 大漁のタイヤキで溢れかえっていた紙袋は、先刻中身をすっぽりシャナの小さな身体に納められ、
丸められてコンビニ前のダストボックスに投函された。
 「・・・・・・いずれ解ることだから、今いうわ。おまえ、『覚悟』はある?」 

65 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/10(土) 15:58:12 ID: ???
 「なんだと?」
 予期せぬシャナの言葉に煙草を銜える仕草のまま、承太郎は訝しげに視線を尖らせた。
 「・・・・・・もう解ってるわよね・・・・・・トーチは紅世の徒に喰われた残り滓・・・・・・
でも『当面は人間の姿を保ったまま存在し続ける』」
 シャナはか細い声で言葉を紡ぎだす。
 「・・・・・・なんの話だ?」
 承太郎は煙草を指の隙間でくの字に折り曲げた。
それはすでに聞いた。わざわざ再確認するまでもない。
 「・・・・・・でも、その存在はいずれ消えて・・・・・・『いなかったことになる』
・・・・・・その光が・・・・・・もう今のおまえには見える・・・・・・」
 シャナは俯いたまま、承太郎と視線を交えずに続ける。 
口から出る言葉は先程話したものと全く同じ内容。詳細でも補足でもない。
 まるで心の下準備をされているようだ。
 おそらくこれから話す、『真実』の。
 「だからなんの話かと聞いてるんだぜ?」
 「ジョセフと初めて会った場所は、『ニューヨークの封絶の中』」 
 「!?」
 衝撃。
 シャナの言葉に珍しく、というより初めて承太郎の顔に動揺らしき焦りの色が浮んだ。
 胸元のアラストールがむぅと小さく呻く。
 「そう言えば・・・・・・少しは解る・・・・・・・?」
 シャナは承太郎を見上げるようにして視線を重ねた。
 微かに潤む瞳に、今まで少女が見せたことのない感情が宿っている。
 それは、悲哀と憐憫。
 承太郎の怜悧な頭脳は、シャナの瞳に映る色が意味する事実を残酷に割り出す。
 「・・・・・・だからジジイが・・・・・・どうしたんだ・・・・・・?」
 だが感情はそれを認められない。『認めるわけにはいかない』。 

66 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/10(土) 16:01:00 ID: ???
 「・・・・・・・・・・・・」
 シャナは再び押し黙った。小さな顎が小刻みに震えている。
 それが意味すること、最悪の事態を予感した承太郎の背筋に戦慄が走った。
 「おい!テメー!いい加減に何があったのかいいやがれッ!
『ジジイがそこでどうなったんだッ』!」
 激高した承太郎がシャナの肩を掴んだ。 
 長い髪で表情は伺えない。シャナは顔を少し横に向けた後、静かに呟いた。
 「・・・・・・残念だけど・・・・・・私たちが駆けつけた時は・・・・・・もう・・・・・・」
 「何ィッッ!!?」
 驚愕にその美貌が歪む。
 同時に瞳が引きつった。
 形の良い口唇を起点に、やがて全身が震え出す。 
 承太郎の脳裏にジョセフの顔が浮かんだ。


 太陽のような笑顔。皺に刻まれた深い威厳。豪快な笑い声。
 記憶の中、昔撮られたモノクロームの写真も合わせて、
 祖父の過去と現在と未来が混ざり合う。
 そして、その記憶は今から消滅する。
 その存在すら消し飛んでしまう。
 心に去来する暗黒・・・・・・絶望・・・・・・
 「・・・・・・ジ・・・・・・ジジイ・・・・・・」
 承太郎の口からようやく漏れた声は、彼のものとは思えないほど弱々しかった。

67 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/10(土) 16:05:02 ID: ???


 ・・・・・・
 「・・・・・・っくく」
 こらえるような笑い声。それはすぐに弾けた。
 「っあはははははは!!」
 無邪気で明るい笑い声が、風と共に夕焼けに響く。
 「アラストール!見た!?今のコイツの顔!」 
 心底嬉しそうにシャナは言う。
 「・・・・・・・・・・・・おい?・・・・・・テメー・・・・・・まさか・・・・・・?」
 半開きの口のまま呆然となる承太郎。
 「っはは、あはははは!!」
 シャナは笑いながら承太郎の背中を、といっても届かないので腰のあたりを何度も叩く。
 「ふ、ふ、ふ」
  いつのまにかアラストールまでが、忍び笑いを漏らしていた。
  ・・・・・・・それらが意味するものを理解した承太郎は、
 「てめえ!」
  と、スタープラチナと一緒に高速で拳を振り上げた。
 「あはははは!まぁ!ちょっと!待ってッ!うそ!うそ!冗談よ冗談ッ!『承太郎』!」
 シャナが笑いながら片手で承太郎を制する。痙攣で引きつるのか右手は脇に寄せられていた。
 「ふ、ふ、よもや貴様ほどの男がこうも簡単に掛かるとはな。あまり想定通りに行き過ぎると返って笑いが出るというものだ。
機はないと思っていたが、どうやらこの子は戦略の女神に祝福されているらしい・・・・・・ふ、ふ、ふ」
 ・・・・・・どうやら周到に準備していたらしい。
 自分を「クソガキ」呼ばわりしたのを相当根に持っていたようだ。
 アラストールにはアイコンタクトで『それらしく』黙っていろとでも言ったのだろう。
 タイムリミットは家につくまでの短い間というのにも関わらず、タイヤキでカモフラージュしながら綿密に策を練り、
自分からは話を振らずに承太郎が話しかけてくるのをジッと待っていたのだ。
話す口調に緩急を付けていたというのもまた狡猾な伏線だ。 
 今、目の前で笑う少女は、先程の戦闘のときとはまるで別人。
初めての悪戯が成功した子供のように無邪気に笑っていた。

68 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/10(土) 16:09:21 ID: ???
 「・・・・・・こ、このガキ・・・・・・ただモンじゃねー・・・・・・」
 苦虫を50匹噛み潰した顔で承太郎は握った拳を震わせる。
 「まぁ堪えよ承太郎。暖気も時には必要だろう?それに自分の弱みを知っただけ、
利もあったではないか?肉親が絡むと冷静な貴様も我を失う。」
 アラストールの穏やかな言葉に、承太郎は不承不承握った拳を降ろした。
(うむ。しかしまさかこの子がこんな真似をするとはな・・・・・・
我も少々意外であった・・・・・・今まで人間と交わった事は数少ない、
故にコレがこの子の本当の姿なのか?
 或いはこの男、空条 承太郎との邂逅によりこの子、
シャナの中の何かが変わりつつあるというのか・・・・・・?)
 「安心なさい。ジョセフは無事よ。『紅世の徒』に存在を喰われたわけじゃない。」
 いつもの調子を取り戻したシャナが快活な声で言った。
 「ハモンっていうの?呼吸で血液の流れを操作して、太陽と同じ力を編み出す技は。
それの影響で存在の力が大きかったから、『封絶』の中でも動けたみたいよ。
逃げ足が速かったから、『燐子』も捕まえるのに苦労してたわ。」
 クソジジイ、と小さく呟いて承太郎は学帽の鍔を摘む。
 「うむ。しかしあれは戦略的撤退といった感じだったがな。彼奴の全身から迸る鮮赤の波紋、
燐子如きなら粉砕出来そうな力ではあった。」
 「それにしてもおまえ?意外と可愛い所あるのね?
そんなに『おじいちゃん』が心配だった?」
 ぷぷっ、とシャナが口元を押さえてまた笑う。
 「・・・・・・・・・・・・」
 (・・・・・・・・・このクソガキ・・・・・・あとでぜってーシメる・・・・・・!)
 学帽で目元を覆いながら心の中で毒づく承太郎の視界に、夕闇に染まる空条家の大きな門構えが見えてくる。
 その前にジョセフがいた。
 「おお!承太郎!シャナも一緒か!遅かったな!
今迎えに行こうとしていたところだ!」
 こちらに気づき手を振っている。 
 その胸元にトーチはなかった。
 「やれやれだぜ・・・・・・」
 承太郎は再び苦々しく呟いた。

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最終更新:2007年02月17日 21:30