下校時刻。
結論から言うと、承太郎の願いは半分ほど叶い、半分裏切られた。
承太郎の取り巻きの少女たちを追い払い、念のために人通りの少ない裏門から下校しようとした、
その時だった。
突如、炎の渦が承太郎を襲った。といっても彼自身にダメージはない。その波紋のように広がる炎が示すのはただ一つ。
敵の襲来。
「やれやれ……ずいぶんせっかちな連中だな。何人か巻き添え食らっちまうじゃあねーか」
「ゴチャゴチャうるさい。来るわよ」
いつの間にか隣にはシャナがいた。その姿は炎髪灼眼、黒いコートに例の長刀を構えていた。
その姿はまさに美麗。小さな体躯には信じられないほどの圧倒的な存在感。
シャナの言った通り、陽炎のような空間の歪から敵と思わしき物体が三体、裏門の外側の道路に降り立った。
その姿はトランプのカードを巨大化させ、頭と手足をつけた
―――ちょうど、不思議の国のアリスにでてくるような、カードの兵隊だった。
彼らはシャナと承太郎を標的ととらえ、それぞれ微妙に違う構えをとる。
それに呼応するようにシャナらも構えをとり、一瞬緊張が走る。
シャナ、承太郎は同時に走り出した。
「私は右のと真ん中やるから、お前は左のやつやって!」
「ああ」
シャナの命令を承太郎は意外と素直に受け取る。
カードの兵隊が大量のトランプを打ち出す。
風を切る音とともに、それらは千本ナイフのごとく襲い掛かった。
「――やあっ!!」
「オラオラオラオラオラ――ッ」
シャナは斬撃、承太郎はラッシュでトランプを弾き落とし、
同時に間合いをつめて敵本体への攻撃を開始する。
シャナは斬撃で斬った構えのまま、逆袈裟に斬り上げる。
対する兵隊はギリギリでこれを避ける。その際間に合わず腕が片方飛ばされたが、
ダメージはないようで兵隊はそのままシャナとの距離を離す。
承太郎も昨日の様にはいかず、
スタープラチナの射程距離に届く前に後ろに飛び、距離を離された。
今回は二人のみが標的らしい。
「シャナッ!」
「うるさいっわかってる!」
シャナはこれを避け、前後の二体の気配を感じる。
しかし未だ余裕のある、好戦的な目つきでいた。
間をおかず、今度は最初に襲ってきた兵隊が炎弾を乱発する。
シャナはこれもくぐるように避け、さらにその勢いで兵隊に向かって間合いを詰め、
今度こそ渾身の一撃を見舞う。
火の粉を舞い散らせるそれは芸術とも呼べるような、美しく激しい刀さばき。
避ける間もなく兵士は真横一文字に斬られ、炎の塵と化した。
しかし、シャナの避けた炎弾は封絶に巻き込まれた数人の生徒へ向かっていた。
「まずいゼ……オラアッ!」
事態に気づいた承太郎は一時兵士を無視し、
スタープラチナで近くに落ちていた石を一つ拾い、思い切り炎弾へと投げつける。
「なにしてんのっ。それっぽっちじゃ……」
シャナが叫ぶ。無数の炎弾に一つだけ石を投げるという、その行動は明らかに無謀に見えた。
さらにその行動が生んだ隙を、承太郎と対峙する兵隊は見逃さずトランプ&炎弾を正確に撃ち込む。
承太郎はラッシュで弾き返そうとするも、完全には防げず炎に焦がされ、数枚のトランプが刺さる。
「ぬうっ!……いや、一発でいい。スタープラチナの目なら……一発で充分だぜ」
炎弾が生徒に激突するよりも速く、石は炎弾の一つを弾いた。
弾かれた炎弾は軌道を変え、別の炎弾を弾く。
さらに弾かれた炎弾は別のを弾き、その軌道を生徒から絶妙にずらす。
まるでビリヤードの達人技のように、炎弾は連鎖反応で生徒を避けて周囲に激突した。
無茶苦茶な光景に一瞬唖然とするシャナであったが、すぐに承太郎の援護に行く。
兵士はシャナに標的を変えようとしたが……
「てめーの相手は、俺だぜ」
すでに背後にはスタープラチナが立っていた。完全に射程距離である。
「やられた分は―――やりかえさねーとなあーッ。
オオオオラオラオラオラオラオラオラオラオラアアアアアアアッ!!!!」
兵士はまさに紙くずのようにくしゃくしゃに折られ、燃えながら粉々に吹っ飛んだ。
「……やれやれだぜ。また学ランを仕立て直さなきゃならねーな」
長ランの焦げた部分を見ながら、承太郎が言った。
結果的に援護の必要のなかった、シャナが言う。
「お前……なんて無茶するのよ。そんな怪我までして」
「別に、大した怪我じゃあない。バンソーコーでも貼ってりゃ治る。例のトーチもねえしな」
「なんで、そこまでする……」
言いかけたシャナは言葉を切り、彼らが出てきた裏門の方向へ鋭い視線を向ける。
裏門自体は戦闘のせいでボロボロになっていたが、それ以外変わった所は
ないように見えた。
「……連中の、ボスか」
「多分ね。気をつけて、さっきの雑魚とは比べ物にならない」
その力の大きさは承太郎も感じることが出来た。それほどの、大きな力……
先ほどの兵隊が出てきたように、空間が歪む。今度は薄い白色に包まれた男の姿が見えた。
長身で先の細い体つきに、白の上品なスーツを身にまとう。
顔から指先まで、妙に儚く耽美的な美しさがあるが、それの出す雰囲気は、異様な違和感。
それは戦闘時のシャナと似ているが、ベクトルは全く逆。
生気を吸い取るかのような気味の悪さだった。
「私の自慢のカードたちをこうもあっさり倒すとはね。思った以上の戦闘力だ」
「申し訳ありません、フリアグネ様。私も戦闘に参加していれば……」
男が抱える人形がしゃべった。見覚えのあるそのフェルト人形は、
昨日承太郎たちを襲ったあの人形だった。
「ああ、マリアンヌ。謝ることはない。むしろ私は安心しているんだ。
こんな危険な輩に愛しい君を二度と送らせるものか」
調律の狂ったピアノのように、奇妙な抑揚で話すその男はフリアグネと言うらしい。
「あの姿に油断するな。あれで幾多ものフレイムヘイズを殺してきた“狩人”だ」
「うん、わかってる」
「これはこれは、“天壌の劫火”アラストール。こんなところで会うことになるとはね。
それに“狩人”なんて、僕はただ純粋に宝具を集めているだけなんだけどね。
しかし貴方の新しい器……なるほど、噂に違わず美しいが少々輝きがすぎるね」
フリアグネは勝手にシャナを値踏みするように勝手に論評する。
言われたシャナは当然いい気はしない。
「それともう一つ、炎もまともにつかえないフレイムヘイズの噂は本当だったようだね。
ふふ、“天壌の劫火”もずいぶんと堕ちたものだね」
あえて逆なでするように仕向け、嘲笑混じりの表情を浮かべるフリアグネ。
痛いところを突かれたのか、シャナは一瞬悔しそうに唇を噛み、
それでも刀はギリギリで出さないようにしていた。
もちろん、ほんの一瞬でも隙をみせれば叩き込むつもりだった。
しかし戦闘の天才とも言える彼女にさえそれをさせないこの男が、
相当な手練であることを、この事態は示していた。
「おっと、そう身構えないでくれるかな。今日はただの偵察さ。やりあうつもりはないよ……それと」
フリアグネは芝居がかった動作でクルリと向きを変え、承太郎へと視線を変える。
「こいつがマリアンヌの言っていた『謎の力を使う人間』か。
ミステスでもなさそうだしとっとと殺してしまおう、ねえマリアンヌ」
「フリアグネ様。油断してはいけません。この人間、あの『くるみ割り人形』を粉々にしたのですよ」
「ああ、私の愛しいマリアンヌ。人間ごときが紅世の王に敵うなんて、
一体そんなことがありえると思うのかい?
人間は君へのエネルギーでしかないのにさ。まあ、今回はやめとくけどね」
見ている側がイライラしてきそうな芝居調の会話に満足したのか、
フリアグネは背をむけ、出てきたときと同じ白い炎の中へと向かう。
「それでは失礼するよ“天壌の劫火”とそのフレイムヘイズ。次会った時は……殺してやる」
調子のずれた、しかし最後だけ寒気を感じる狂気じみた声を残し、狩人は去ろうとした。
「まちな」
低く、大きくも騒がしくもないが、体の芯まで響きそうな声がした。
今まで押し黙っていた承太郎だった。しかしフリアグネは興味がないのか無視して歩き出す。
その時だった。
フリアグネの右頬を、何か鋭いものが掠めた。彼の頬に一筋の切れ目が走る
「――な、にっ!?」
さすがのフリアグネも手を頬に置き驚愕の表情で振り向く。
視線の先にはスタープラチナを出した承太郎。
・・・・・
「わすれものだぜ。フリアグネ」
二人の軌道上、フリアグネから斜め後ろの裏門の壁にトランプが一枚突き刺さっていた。
承太郎は獲物に標的を定めるように睨み付ける。
まさに“狩人”のように。
「……ふっ、ふふふ……はははははははっ!!はははははははは!!」
一瞬呆然としたフリアグネだが、その後狂ったような笑い声を上げた。
「思った以上に楽しめそうだな……人間のくせに」
「俺は承太郎だ、覚えときな……てめーはこの空条承太郎が必ずブチのめす」
今度こそフリアグネは白炎の中へと消える。
陽炎のように空間が揺れめき、そして跡形もなく消える。
同時に封絶が解ける。例によって世界に音や光その他もろもろが戻る。
後には戦闘の傷跡の残る裏門が残された。
突然の惨状に慌てふためく数人の生徒たちをよそに、
シャナと承太郎はその場に立ったままでいた。
「なに余計なことしてんのよ。ここで戦うことになったら間違いなく生徒が死んでたわ!」
もはや恒例になった、シャナの承太郎に対する怒りは、言葉そのものの意味と、
あれほど堂々と宣言したことをあっさり崩したことに対しての失望だった。
「……悪かったな。だがそんな奴だったらこんなセコい真似はしないと思ったんでな」
言葉の割には特に後ろめたさもなさそうに、承太郎は言った。
もっとも、彼の場合大体同じような調子でしゃべるので区別をしづらいというのもあった。
「いずれにせよ、今回の事件、フリアグネが絡んでるということがわかった。
奴もこれから本格的に攻めてくるだろう。討滅も近い、気を引き締めるのだな」
「うん、わかってる。……それと、おまえ」
アラストールの忠言を真摯に受け止め、肯いたシャナは、承太郎に目を移す。
「なんだ」
「さっき言おうと思ったんだけど、なんでわざわざ危険な真似してまであの生徒を守ろうとしたの。
下手したら自分もやられていたのよ? どうして……」
シャナは問いかける。それは昨日もした質問。
納得のいく答えが返ってくるとは思わなかったが、それでもせずにはいられなかった。
今まで見てきた人間より、遥かに強い意志を持つ、この男に。
「……さあな。助けられると思ったから、ぐらいしかよくわからん」
「……言うんじゃなかった」
実は無意識のうちに期待していたシャナは、本気で落胆した。
そしてそんな自分にまた落胆した。
しかし……
「……? こいつは……」
シャナの指先から炎が発せられる。
それは承太郎をそっと包み込み、学ランから怪我まですべて治していく。
炎が消えたとき、承太郎の学ランは新品同様にまで戻っていた。
「トーチがないとできないんじゃあないのか? 」
「そんなこと一言も言ってないわよ。自分の存在の力でも自在式は使えるのよ。
そもそもトーチを使うなんて最近出来た方法らしいし。
あんまし使うのはもったいないからおまえの体の修復だけするけど」
「……そうか、悪いな。感謝するぜ」
「なっ、うるさいうるさいっ。ほら、出来たわ。行くわよ」
「やれやれ、他のところは……まぁなんとかなるだろう。以前も問題なかったからな」
二人は騒ぎが大きくなる前に裏門から脱出した。
シャナは「以前」という言葉が気になったが言わないでいた。
最終更新:2007年05月22日 19:41