あれはある意味夢だった・・・とブチャラティは今でも思っている。
ブローノ・ブチャラティ、20歳
とある組織のチームリーダーであり、数名の部下を持っている
言わば、ギャングである。
彼と彼の部下には特殊なスタンドと呼ばれる力があった。
彼・・・ブチャラティはその力を“スティッキィ・フィンガーズ”と呼んだ。
“スティッキィ・フィンガーズ”とは、ジッパーで人体や物体を切断、接着し
中に空間を作る事が出来るスタンドなのである。
この話は、そんな彼がたまたま出会った、些細な出来事であり
彼にとっては夢のような・・・そんな取るに足らない出来事である。
ブチャラティは苛ついていた。
それは、観たかったテレビを見逃した。とか、さっき犬の糞を踏んでしまった。とか
そういった単純なことではなかった。
ブチャラティは、ある組織に属している。
それは父親を守るためでもあり、自らを守るためでもあったのだが、それでも
その組織に入ったばかりの頃は、自分のいる場所こそ正しい・・・
そう正義なのだと信じていた。
だが、その思いは皮肉にも組織によって、高いビルの屋上から落下した生卵のように
粉々に打ち砕かれた。
麻薬という禁じ手に、組織が手を出したのだ。
ブチャラティ自身、麻薬に手を出す奴は、勝手にやってればいいと思っている。
だが、その反面、それに組織が加担していることに、疑問を持っているのも事実である。
こうした矛盾した自分の中での葛藤が、ブチャラティを苛立たせていた。
なので、通行人の肩にぶつかったのを謝ることも忘れていたのだ。
「ちょっッと!!待ちなさいよっッ!!」
ヒステリックな女の声で、ブチャラティはようやく我に返った。
「ああ・・・すまなかったな。考えことをしていたものでね」
「フンッ!気をつけなさいよ」
そう言うと、女はさっさと目の前から去っていった。
「・・・観光客か。この辺では見ないな」
ブチャラティは普段はいちいち肩にぶつかった程度の縁の人など気にも留めないのだが
その女は、少しだけ気になった。
肩に百科事典程もある本を提げている観光客は、流石に珍しかったのだ。
だが、今のブチャラティには所詮それだけのことであった。
ブチャラティは近くのカフェで軽い昼食を取ることにした。
運ばれてきたパスタを片付け、食後のコーヒーを楽しんでいると
突然、奇妙な感覚に陥った。
それは、まるで上から誰かに押さえつけられたような・・・いや、圧し掛かられた
と言った方が正しかったのかもしれない。
「・・・ッッ!?何だ?」
ブチャラティは周囲を見渡した。
すると、不思議なことに、ブチャラティ以外の全員が、まるで蝋人形のように固まり、動かなかった。
まず考えたのは新手のスタンド使いが襲ってきたのか?ということだった。
だが、その考えはすぐに捨てた。
(時を止めるスタンド・・・にしては俺が動けては意味が無い。それに俺を狙う動機は?
何か・・・その何かが何かは分からんが、ただ言えるのはスタンドの能力とは
“何か”が違う!!)
すると、周囲を異質な何かが囲っていることに気がついた。
それは骸骨であった。
(!!こ、こいつらは!!?)
突然現われた骸骨の軍勢は、骨が擦れあう不気味な音を立てて笑い出した。
ブチャラティは―――いや、ブチャラティに限らず突然のこの状況に
困惑しない人間はいないだろう。
だが、ブチャラティは考えた。
理解できるはずないこの状況を少しでも理解しようと考えた。
(これはッッ!?あの骸骨は・・・幻?・・・では無い。実体はあるみたいだ。
そして、こちらに近付いて来ている。やはり、スタンドでは無い・・・と思う。
どうしてかは分からんが・・・スタンドとは感じが違う、としか言えない。
これは感覚的なものだ。だが、俺以外のスタンド使いも同じ状況ならそう感じるだろう。
と、何故か俺の中で確信している・・・。
!そう言えば、いつの間にか、周囲の雰囲気も変わっている・・・!
さっきまでのティータイムにぴったりの昼下がりのいい天気とは打って変わって全然違う。
例えるなら、雨が降って欲しくない時に限って、どんより曇っている朝みたいな気分の悪い・・・ッ。
!?糞、体が重い!これは周囲の雰囲気が変わったことに関係があるみたいだな
何かのフィールドに包まれたと考えるべきか。誰かのテリトリーに入れられたってわけか。
しかし、これらは俺の憶測に過ぎない・・・。本当はどうなのかは分からん!
・・・ただ一つ確かなことは、目の前の奴らは俺の味方では無い・・・俺の“敵”だ!)
ブチャラティは自らのスタンド、“スティッキィ・フィンガーズ”を出し、構えた。
「どうやら、こんな悪条件でも、スタンドは出せるようだな。俺の体が動きにくい分
逆に、スタンドを動かす方がスムーズに感じるぜ」
ブチャラティは目の前に来た骸骨たちを攻撃した。
「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ!!!!」
“スティッキィ・フィンガーズ”の突き出す拳が次々と骸骨たちを打ち倒していく。
バラバラに砕けた骸骨は、そのまま動きを停止した。
「フウ・・・目の前のピンチはとりあえず凌いだか・・・」
ブチャラティはやけに重く感じる腕で汗を拭った。
「それにしても・・・だ」
(何者の仕業だ?そして、何が目的なんだ?ぶちのめす前に聞くべきだったか?
いや、奴らにそれを答える知能があったかどうかも疑問だ。ジェイソンに襲われたのに
何するんだ!?と聞くようなものだな・・・それならば、さっさと倒して正解だった。
と思うべきだろう。それに大して強くなかったしな。・・・だが、奴らを倒しても
さっきと状況が変わったようには思えない。相変わらず体は重いしな。)
ブチャラティは次第に落ち着きを取り戻していた。
自分でも、こんな状況でよく落ち着いていられるな、と不思議に思ったが
このまま突っ立っていても、何も変わらないので、とりあえず辺りを散策することにした。
「広場の辺りに行ったら、また何か違うかも知れない・・・」
そう思って、歩き出すと、広場の方が何か騒がしい。
「奴らか・・・!?」
ブチャラティは急ぎ足で、広場の方へと向かった。
すると、何やら声が聞こえてきた。
「ただの雑魚の徒のくせに、随分と楽しませてくれるじゃない!!」
「ケェーハッハッハ!!フレイムヘイズは殺ォォーーース!!」
(徒?フレイムヘイズ?)
聞き慣れない単語を二つも聞き取ったブチャラティは、この状況が自分の範疇の外にある出来事で、
自分がそれに巻き込まれたことを悟った。
「死ねEEEEEEEEEE!!」
まるで洞穴の奥から聞こえるような音―――それはもはや、声とは呼べなかった―――が上空から聞こえる。
ブチャラティが見上げると、そこには先ほどの骸骨より強そうな見た目をした骸骨と女が空に浮かんでいた。
「あれは・・・!!」
その女は、巨大な百科辞典ほどある本の上に、まるで魔法の絨毯のように乗り、
金色の髪を振りかざしながら、奇妙なエネルギーの塊のようなものを打ち出していた。
そして、その顔は、先ほどすれ違いざまに肩をぶつけたことに憤慨した奇妙な観光客のそれであった・・・。
最終更新:2007年05月22日 19:49