マージョリー・ドーは苛ついていた。
その主な原因は、目の前の男であった。
細身にやや長身、オカッパ頭で、精悍な顔つきの男。
一見すると、ただの優男にしか過ぎないのだろうが、そうとは思わせない、何か不思議な雰囲気を持っていた。
彼女・・・マージョリー・ドーは『弔詞の読み手』という称号を持つフレイムヘイズである。
見た目こそ若い女性のそれで、文字通りの美人であるが、実は何百年も生きていて、
それだけ、彼女自身の中で様々な歴史を刻んで来ているのである。
「ヒャーッハッハッハ!コイツ、只者じゃないぜ!!なあ、我が愛しの淑女、マージョリー・ドー」
彼女の持っていた本が、下品な笑い声をあげる。
それはただの本ではなく、紅世の王・マルコシアスである。
真名は“蹂躙の爪牙”で、彼女にフレイムヘイズとしての力を授けている。
マージョリー・ドーには、果たさなければならない復讐がある。
自分から全てを奪った銀色の炎の徒・・・そいつを・・・殺す!!
その憎悪と執念は、数多くの徒を殺戮という名の炎の中に巻き込み、焦がし尽くした。
彼女の主な能力は、『弔詞の読み手』の名にふさわしく、『屠殺の即興詩』という詩を
歌うことで、自在法を縦横無尽に操り、炎の衣『トーガ』を纏う。
その強さは、正に“鬼神の如く”である。
そんな彼女が、目の前の男に対して、強い警戒心を抱いている。
それはマージョリーにとって、久し振りの感覚であった。
(何時以来かしら?この私が・・・目の前の男に対して、嘗めて掛からない方がいい
と思っている。それ程のに・・・徒でも、ここ久しくは会って無いわね)
マージョリーはその久し振りの感覚に、高揚などは感じず、寧ろ不快になった。
「俺がアンタに何かしたか?」
まるでそんなマージョリーの心を読んだかのように、目の前の男が聞いてきた。
「別にッッ!」
急に、目の前の男の何もかもが不快に思えてきた。
何よりも気に入らないのは、その目である。
何かを企んでいるような、それでいて、そのことを悟られまいとしている・・・そんな目。
―――この男は“何かを隠している”―――
それだけは、彼女にも察せられた。
マージョリー・ドーが、このイタリアに来たのは、何か特別な理由があったからではない。
いつものように、片っ端から徒を追っ掛けている。
その行動の途中に、イタリアがあった。ただ、それだけである。
とは言っても、せっかく来たのに、ただ通り過ぎるような真似も流石に勿体無いと、
多少の観光みたいな気持ちもありつつ、街中を見て回っていた。
その最中に、あの骸骨の徒と出会ったのだった。
所詮は、ただの雑魚の徒。それも、今まで出会ってきた徒の中でも、相当レベルの低い部類に入る。
確かに、封絶をいきなり仕掛けて来た割りには、その骸骨の徒は大して強いわけではない、
本当にただの雑魚であった。
強いてその骸骨の特徴を挙げるならば、その骸骨は異様に素早い。
こちらの攻撃をひょいひょいと馬鹿にしたように交わしていた。
だが、それだけ交わすということは、逆に言ってしまえば当たりたくはないと言ってるようなもの。
つまりは、こちらの攻撃さえ当たってしまえば、それで終わりだ。ということを意味していた。
そんな中、あの男の闖入に骸骨が気を取られた、その一瞬をマージョリーは見逃さなかった。
マージョリーの放った“歌”が骸骨に直撃し、そのまま吹っ飛んでいった。
一息ついた彼女は、そのまま男の元に近づいた・・・と、これが先ほどまでの顛末である。
目の前の男は尚も、その憎たらしい目をこちらに向けている。
まるでCTスキャンのように、外側だけでなく、内側まで観察されてるような気分に、
マージョリーはますます不快感を増していた。
そんな中、マルコシアスが先ほどまでとは打って変わった、落ち着いた声で彼女を呼んだ。
「おい・・・気をつけろよ。多分、さっきの徒はまだ死んでいない」
「!そう言えば、封絶がまだ解除されていない!」
マージョリーがそう言った矢先、彼女の足を何かが掴んだ。
気色の悪いゴツゴツした硬い感触・・・それは、手首から先だけの骨であった。
その骨は意外なほど力強く、キリキリと彼女の足を掴む。
「ちっ!」
マージョリーは掴まれていない方の足で、その手首だけの骨を踏み潰そうとしたが、
それより先に、骨は彼女の足を掬った。
バランスを大きく崩したマージョリーは、そのまま後方に仰向けの形で倒れた。
マージョリーが立とうとすると、いつの間にか足を掴んでいたはずの骨は、
彼女の首に手を伸ばそうとしていた。
「油断したNAAAAA!俺がただの雑魚だと思ったKAAAAA!?フレイムヘイズUUUU!!」
どこからか、あの薄気味の悪い“音”が聞こえてくる。
(ちっ、私としたことが、完全に油断してたわね!糞、これも全てあの男のせい!
あの男さえ・・・!!)
その時、彼女の首に手を掛けようとした骨が急に粉々になって吹っ飛んで行った。
一瞬、マージョリーは何が起きたか分からなかった。
ただ、その目に映ったのは、あの憎たらしい目をした男が、これまた憎らしげに、
助けてやったぞ、とでも言いたげな顔で、こちらを見下ろす、その憎らしい顔であった。
最終更新:2007年05月22日 19:51