470 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/27(火) 17:09:50 ID: ???

 花京院の『幽波紋(スタンド)』、『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』の全体が完全に少女の表に出た。 
 承太郎の『幽波紋(スタンド)』、『星の白金(スタープラチナ)』に頭部を鷲掴みにされたその姿は未来人、或いは異星人のような
異様なフォルムに甲殻類が身に纏うようなプロテクターを局部に装着していた。そして鮮やかなエメラルドグリーンの、
その全身は深海生物のように発光を繰り返している。
「花京院!これがテメーのスタンドか!緑色でスジがあってまるで光ったメロンだな!」
 承太郎は目の前のスタンドを睨め付ける。
「引きづり出した事……後悔するぞ……空条 承太郎……!」
 脳を圧迫する苦痛に堪えながら、花京院は歯をきつく食いしばって言った。
「けっ!強がってんじゃあねー。額に指の痕がくっきり出てんだよタコ。このまま……テメーのスタンドのド頭をメロンのように潰せば
テメーの頭も潰れるようだな。ちょいと締め付けさせてもらうぜ。気を失ったところでテメーをオレのジジイの所へ連れて行く……
DIOのヤローの事を洗いざらい喋ってもらうぜ。テメーが望もうと望むまいとな!」
 そのときスタープラチナが目の前の異変を捉えた。
 花京院のスタンド、『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』手の平から緑色のオイルのような液体が絶え間なく溢れだしていた。
「花京院!妙な動きをするんじゃあねえ!!」
 頭部への圧迫を強めようとスタープラチナの手に力が籠もる。
 そのとき。 
「かはッッ!!」
 突如、承太郎の腕の中の吉田一美が口から血を吐いた。
 返り血が承太郎の顔にかかる。
「!?」
 その事に承太郎は一瞬、呆けたような顔になりスタンドは完全な無防備状態になる。
「くらえ。我がスタンド、『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』の……」
 艶めかしく動くスタンドの手の間で緑色の液体がうねるように集束していく。
それはやがて硬質な結晶と化し眩い輝きをもって弾けた。


471 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/27(火) 17:15:57 ID: ???
「エメラルド・スプラッシュ!!」
「!! 前をみなさいッ!承太郎ッ!」
 花京院と同時に我に返ったシャナが叫んだ。
 しかし二人の声はどちらも承太郎には届かなかった。 
 スタンドの重ね合わせた両手から射出されたエメラルドの波に覆われる光り輝く無数の光弾。
 それが棒立ちになっているスタープラチナの胸を深々と刺し貫いた。
 直撃を受けたスタープラチナの胸部が抉れて膨張し引き裂かれ、そして爆散する。
 衝撃で背後に弾き飛ばされたスタープラチナとその影響で引っ張られた承太郎は、
木々を何本もへし折りながら樹齢700年の大木に激突してようやく止まった。
 巨木の幹から力無く崩れ落ちる承太郎の口から大量の血が吐き出される。
 更に胸部にもスタンド同様裂傷が浮かび上がり生暖かい鮮血が勢いよく噴き出した。
「……な、なんて威力……私が手こずった『星の白金(スタープラチナ)』をたったの一撃で……
それにあんな複雑な構成を一瞬で編み上げるなんて……」
 花京院の華麗かつ壮絶な流法に驚愕の声をあげるシャナ。
「……むぅ。この者、人の身でありながら『王』に匹敵する力を携えている……」
 右腕を前方に水平に構えて差し出し威風堂々と屹立する花京院を見たアラストールは、敵とはいえどその清廉な姿に思わず声を漏らした。
「エメラルド・スプラッシュ。我がスタンド、『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』の体液にみえたのは『破壊のエネルギーの象(ヴィジョン)』……
君のスタンドの胸を貫いた……よって君自身の内蔵はズタボロだ。そして、その女生徒も」
 花京院が指差した先、前方の地面に仰向けに倒れていた吉田一美が再び喀血した。
「あ……あ……!」
 声にならないか細い悲鳴を上げ意味なく空に伸ばした手が、やがて糸の切れたマリオネットのように弧を描いて地面に落ちる。
 土の上に口から流れ出る少女の血が染みていった。

472 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/27(火) 17:19:55 ID: ???
「いったはずだ。僕の『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』に攻撃を仕掛ける事は、その女生徒を傷つけることだと……
僕のスタンドは君より遠くまで行けるが広い所はきらいでね。必ず何かの中に潜みたがるんだ……引きずり出すと怒ってしまう……
だから喉内部あたりを出るときキズつけてやったんだ……君が悪いんだぞ?空条 承太郎。君の責任だ。これは承太郎……君のせいだ。
君がやったんだ。最初から大人しく殺されていればこの女生徒は無傷で済んだんだ……」
 花京院はその怜悧な美貌を歪め忌々しそうに吐き捨てる。
「くっ!おまえぇぇ!!」 
 あまりにも身勝手な花京院の理屈にシャナの怒りが燃え上がった。
灼眼の煌めきが増し、炎髪が鳳凰の羽ばたきのように火の粉を振り撒く。 
 その花京院の言葉に承太郎は無言で立ち上がった。
 俯いている為表情は伺えない
 しかし全身から血を流しながらも重い足取りでゆっくりとこちらに歩いてくる。
 彼の足跡には無数の血の痕が残った。
「ほう、立ち上がる気か?愚かな……ただ殺される為だけに死力を尽くすとは。
大人しくしていればこの僕に奥の手を使わせた事に敬意を表し、楽に殺してやったものを」
 シャナが紅い灼眼でキッと花京院を睨むが、すぐに敗残兵のようにボロボロな姿の承太郎に向き直って叫んだ。
「承太郎!おまえはもう戦える状態じゃない!後は私に任せなさい!この男、『法皇の緑』は私が討滅する!」
 しかしシャナの声はもう承太郎には届かない。
 もう誰の声も彼には届かない。
 承太郎は地面の上に倒れている吉田一美の傍まで来るとそこで足を止めた。
 血を流す承太郎の身体から『幽波紋(スタンド)』、『星の白金(スタープラチナ)』が静かに抜け出る。
 その腕が吉田一美の華奢な身体を抱きかかえた。

473 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/27(火) 17:24:07 ID: ???
 歩きながら半透明のスタンドの手が口元の血を拭い、野生の花が群生している草むらにそっとその身を横たえる。
 もう決して誰にも触れさせないように。
 もう決して誰にも傷つけさせないように。
脳裏に少女の笑顔が甦る。
 名も無き花に囲まれた少女は、本当にただ眠っているようにみえた。


 彼女に一体何の「罪」があったのか?
 少女はただ、承太郎の為に行動しただけだった。
 彼女なりに精一杯、自分に出来る事を考え、一生懸命それを実行しただけだった。
 しかし……その少女は今……いま……


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


 空間が蠢き空気まで震えるような途轍もないプレッシャーが承太郎の全身から発せられる。
 顔を伏せたまま承太郎は徐に口を開いた。
 「…………このオレ、空条 承太郎は……いわゆる不良のレッテルをはられている……ケンカの相手を必要以上にブチのめし
いまだ病院から出てこれねえヤツもいる……イバルだけで能なしなんで気合を入れてやった教師はもう2度と学校へ来ねえ。
料金以下のマズイ飯を食わせるレストランには代金を払わねーなんてのはしょっちゅうよ!」
 承太郎は口の中に溜まった血を吐き捨てた。
 ビシャッと草むらが鮮血で染まる。

474 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/27(火) 17:28:03 ID: ???
「だが!こんなオレにも!吐き気のする「悪」はわかる!!」
 承太郎が血塗れの手で拳を握るのと同時に横でスタープラチナも力強く拳を握る。
 その拳は光に煌めき放つ光はダイヤモンドよりも気高く輝いていた。
 「「悪」とは!テメー自身のためだけに!弱者を利用し踏みつけるやつのことだ!!」
 承太郎がいきなり顔を上げた。
 「!?」 
 完全にキレタその風貌は歴戦の『フレイムヘイズ』であるシャナでさえ気圧される程のものだった。 
「『ましてや』女をーーーーーっ!!きさまがやったのはそれだ!!ア~~~~~ン?!
テメーのスタンドは被害者自身にも見えねえし!わからねえ!だから!」
 学帽の鍔に走らせた二本の指が光の軌跡を描く。 
「オレが裁く!」
 怒りは臨界を超え運命を司る感情、『正義』となって昇華した。
 その気高い光が承太郎の瞳に宿る。
 熱く。激しく。燃え尽きるほどに。
 その瞳で自分を見る承太郎に花京院は穏やかな微笑で応えた。
「フッ……それはちがうな。「悪」?「悪」とは敗者のこと……「正義」とは勝者のこと……生き残った者のことだ。過程は問題じゃない。
敗けた者が「悪」なんだ。君が言っている事は弱者の遠吠えに過ぎない」
 そう告げると花京院は再び先程同様、両手を艶めかしく動かした。
 連動してスタンド、ハイエロファント・グリーンも同じように動く。
「さらばだ、空条 承太郎。くらえ!とどめのエメラルド・スプラッシュを!」
 再びハイエロファント・グリーンの両手に緑色の光が集束する、そして開いた両手から無数の光弾が
先程以上の輝きを持って弾けた。
「スタープラチナァッ!!」
 承太郎の猛りと共にスタープラチナが疾風迅雷の如く身体から飛び出した。

475 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/27(火) 17:37:51 ID: ???
 その余波で周囲に旋風が巻き起こる。
 木々を揺らし、木の葉がざわめくほどに。
 スタープラチナは十字受けの構えを執り軸足を大地が陥没するほど強力な踏み切りをつけると、
カタパルトで射出されたように『エメラルド・スプラッシュ』に音速で突撃し緑の光弾を真正面から受け止めた。
 スタープラチナは軸足で踏ん張ったまま流法『エメラルド・スプラッシュ』に気圧される事なくその場に立ちふさがり、
やがてエネルギーは膠着状態に陥る。
「こ、こいつ!どこにまだこんな力が!?それにこのパワー!」
 花京院の顔が驚愕で引きつる。しかしすぐに動揺した自分諌めてその表情を引き締めた。
「フッ……いいだろう。真剣勝負というのも嫌いじゃない。パワーだけが『スタンド使い』の
絶対的戦力差でないという事を教えてやる!」 
 花京院が熟練したピアニストのように指先を動かしながら何度も腕を交差させると、ハイエロファント・グリーンの盲目の瞳が発光し、
流法『エメラルド・スプラッシュ』の後押しをするように両手から光の波が放出された。 
 それに対抗するように承太郎の身体からも白く輝くスタンドのエナジーが迸りスタープラチナに注入される。 
 二つの強力なスタンドパワー同士が真正面から激突し空間が飴細工のようにぐにゃりと歪んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
「はああああああああああああああ!!」
 承太郎は両手をポケットにいれたまま、花京院は右腕を水平に構えたまま互いに猛る。 
 力が拮抗している以上勝敗を決するのは互いの精神力。
 相手の気迫に一時でも気圧された方が敗北する。
 空条 承太郎と花京院 典明。
 特異な才能を持つ二人の『スタンド使い』の力は完全に互角だった。
 しかし。
 そのとき。
 『起こり得ない事態がそこで起こった』

476 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/27(火) 17:41:22 ID: ???


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!


「オォォォォラァァァァアァァァァーーーーッッッッ!!!」
 魂の慟哭ような咆吼を上げる承太郎。
 その声に呼応するように白金色に輝く光がスタープラチナの全身から発せられた。
「うぅっ!」
「むぅ!」
 光に照らされたシャナとアラストールが同時に声をあげる。 
 スタープラチナから発せられた光は白夜の太陽よりも明るく周囲を照らし、電磁波のようにバリバリと音を立てながら
爆ぜ激しくスパークした。
「な、何ィ!?」 
 花京院の放った必殺の流法『エメラルド・スプラッシュ』はその光に呑まれ徐々に力を失っていく。
「うぅ……!目…目がくらむッ!限界なく明るくなるッ!何!?この光は!?」
 光に目をやられないように黒衣の袖で視界を覆ったシャナに、
「むう!馬鹿な!信じられん!彼奴の存在の力が増大している!」
 胸元のアラストールが叫んだ。
「ウソでしょ!?アラストール!怒って強くなれるなら誰も苦労なんてしないわ!」
 眩い光に照らされシャナの炎髪と灼眼も白く染まった。
「うむ。確かに通常の理ではそうだ。戦闘中に我を失う等愚の骨頂……
だが思い出して見ろ。彼奴は何の戦闘訓練も受けていないにも関わらずお前と互角に渡り合った。
人間の身でありながら『封絶』の中で動き、数多の『燐子』をたった一人で粉砕した。
そして現に今も、手練れの能力者を相手に全く引けをとっておらん」

477 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/27(火) 17:46:38 ID: ???
「そ、それは……」
 鋭敏な頭脳を持つ彼女も理から外れた事象に対しては押し黙るしかない。 
「お前には黙っていたが我には初めから解っていた。彼奴の器は常人のそれではない。彼の者、
『幽血の統世王』と全く同じなのだ」
「え!?」
 予期せぬ言葉。
 承太郎とDIO。
 光と闇。
 星屑と世界。
 バラバラの記号がランダムにシャナの思考の内に点灯する。
「俗な言い回しになるが今はこういうしかないだろう……『例外』或いは『特異点』と…………」
「ッオラァッッ!!」
 交差した両腕をスタープラチナが音速で押し広げた。
 ズン!!という重低音と共に輝くエメラルドの光弾は全て粉微塵になって消し飛んだ。
 砕けたエメラルドの飛沫が煌めきながら空間に散華する。
「バ、バカな!?『エメラルド・スプラッシュ』を『パワーのみで全て消し去る』とはッ!……ハッ!?」
 驚愕の表情を浮かべる花京院の目の前に白金色に輝くスタープラチナが音より速く迫っていた。
「は、疾い!うぐうッッ!?」
 神速のスタープラチナの右拳がハイエロファント・グリーンの顔面に撃ち込まれる。 
そのスピードが衝撃を上回った為、本体とスタンドは一刹那遅れて後方に弾き飛ばされる。
『しかしそれより疾く』再びスタープラチナが花京院の眼前に迫った。
「敗者が「悪」か!それはやっぱり!テメーの事だったようだな!花京院!」
 承太郎が逆水平に構えた右手で花京院を指差し、叫ぶ。
 MAXスピードに達し、最早見えなくなったスタープラチナの超速の拳が
ハイエロファント・グリーンに全弾総射された。  

478 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/27(火) 17:52:00 ID: ???
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!!」
 白金に輝くの拳の狂嵐により『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』の全身に隈無く拳型の刻印が撃ち込まれる。
「がッ!?ぐッ!?ぐはッ!?うぐッ!?ぐうッ!?」
 花京院の身体にもそれに連動して刻印が刻まれていく。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
 承太郎の脳裏に少女の姿が浮かんだ。
 淀んだ「悪」に、無惨に踏みにじられた何の罪もない少女の姿が。
 それが火勢を煽りスタンドはさらに加速していく。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!裁くのはッ!!オレのッッ!!スタンドだあぁッッッーーーーーーーー!!!!」
 承太郎の決意の叫びと共に摩擦熱で火を噴いたスタープラチナの渾身の右ストレートが、撃ち下ろし気味に
ハイエロファント・グリーンの左胸に撃ち込まれる。
 ズギュンッ!という全身が痺れるような振動波を感じる間もなく花京院はスタンドと共に後方に神速で吹き飛んだ。
 先程の承太郎をトレースするように木々を何本もへし折った花京院の身体は、梵字の刻まれた石碑に激突し亀裂の走った石面に縫いつけられると、
全身から血を噴いた。まるで磔刑にかけられた殉教者のように。
「な……なんて……凄まじい……スタンド能力……!見事……だ……空条……承太郎………………」
 肉体は疎か精神と五感まで破壊された花京院は、声にならない声でそれだけ呟くと意識を闇に呑みこまれた。
 承太郎はスタープラチナと同じ撃ち下ろしの構えのまま大地に屹立していた。
 俯いたまま全身を朱に染め、(よく耳をすまさなければ聞こえないが)獣のように息を荒げている。
 血に塗れ全身傷だらけのその無惨なる姿は、木々から漏れる陽光の下なぜかシャナの胸を打った。
 まるで紅世の聖堂に飾られている一枚の絵のように美しく荘厳に感じられた。
「……あいつ……すごい……」
「おそるべし……『星の白金』……空条 承太郎……」
 あらゆる感情が綯い交ぜになり言葉もないシャナの胸元でアラストールが小さく呟いた。

479 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/27(火) 17:56:33 ID: ???


「シャナ。オメーに頼みがある」
 血塗れの花京院を片手で軽々と抱え上げ、地面の上に降ろした承太郎がシャナに言った。
「う……う」
 花京院はかろうじて死を免れたようだ。額から断続的に血を流し呼吸音も微かだが死んではいない。
「オメーが昨日やってたそのジザイホーとやらで、この女の「傷」と今の「記憶」を消せ」
 花京院から少し離れた位置で意識を失っている吉田一美を承太郎は指差した。
「不可能よ」
 シャナはゆっくりと首を振った。
「昨日のは封絶内だったからトーチで修復出来たの。コイツが傷を負ったのは
因果閉鎖空間ではない現実世界。トーチなんかじゃ治せない」
 その答えをあらかじめ予想していたように承太郎は落ち着いた口調で言った。
「誰も残り滓を使えとは言ってねぇぜ。『オレのを』使え。その、『オレ自身の存在の力』とやらをな」
「バ、バカ!そんな事したらおまえ!」
 自らの存在の力を消費する事は体力の消耗というよりも怪我に似た形で現れる。
体調が万全の状態でもその「痛み」は相当なものだ。
 それなのに負傷したこんな状態でそれを行えば、後の事は想像するのも恐ろしい。
「うむ。確かに貴様自身の存在の力を使えば不可能ではない」
「アラストール!?」
 信じられない、と言った口調のシャナの代わりに胸元のアラストールが応えた。
「しかし『フレイムヘイズ』でない者がそんな事を行えばどうなるか我にも解らぬ。貴様、死ぬかもしれんぞ」
「ナメんなよ。ンな事でビビり上がるようなシャバイ気合いじゃ、「不良」はやってられねーぜ」
 微塵の動揺もなく承太郎は言い放った。

480 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/27(火) 18:00:42 ID: ???
「記憶の操作もまた問題だ。自在法はそう都合良くは出来ていない。この娘の記憶を弄るという事になると、
『反作用によって貴様の存在はこの娘から完全に消える事になる』。貴様を軸にして起こった出来事を消すという事だからな。
良いのか?それで?」
「好都合だ。やりな」
 これにも承太郎は即答した。
 あまりにも明確な答えに微かな異和感を感じたアラストールがムゥと小さく呻く。
 承太郎の胆力と覚悟の程を試す為に多少事実を誇張して言ってはみたが、予想に反して承太郎が全てをあっさりと受け入れ
全てをあっさりと差しだしてくるので、不意に老婆心に近い感情が『紅世の王』、『天壌の劫火』の心の内に沸いた。
「……貴様?本当にそれで良いのか?『この娘にとってそちらの方が残酷だとは、」
「同じ事を二度いう必要はねーぜ……」
 アラストールの言葉が終わる前に承太郎は学帽で目元を覆いながら言葉を遮った。
 「オレの傍にいれば必ずまた同じ目に会う。ロクでもねぇ事に関わって死ぬこたぁねー」
 傍を渇いた風が通りすぎシャナの黒衣の裾を揺らす。
 承太郎の目元は学帽の鍔で覆われているのでその表情は伺えない。
 だが感情も目も言葉もいらなかった。
 その存在だけでアラストールには充分だった。
 承太郎の全てが伝わった。 
 その想いも、何もかも。
 無言の男の詩と共に。 
「……うむ。ならばもう何もいうまい。貴様がそれで良いというのなら……」  
 明らかに含みのある言葉でアラストールが言った。
 『男同士にだけ』解る事があるのだろう。 
 シャナは胸元のアラストールを見つめる。
 アラストールには一体何が解っているのだろう?

481 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/27(火) 18:07:45 ID: ???
 シャナは承太郎の前に立ってその凛々しい灼眼で承太郎のライトグリーンの瞳をみた。
「いいのね?言っとくけど半端じゃなく痛いわよ」
 「痛い」という部分を強調してシャナが言う。
「くどい……とっとと始めろ」
「手ぇ出して」
「…………」
 シャナは差し出された承太郎の血に塗れた手に、少し赤くなって自分の小さな手を重ねて繋ぐと
瞳を閉じて自在式を編む為に精神を研ぎ澄ました。
「はああぁぁ」
 鋭い声と共にシャナの足下に封絶の時とは違う火線で描かれた紋章が浮かび上がる。
 それと同時に繋がれた手から承太郎の白金色に輝く存在の力が流れ出した。
「!」 
 自分を……体などではなく、自分そのものを削るような薄ら寒い喪失感。
 その感覚が全身の傷の至る所に絡みつきやがて悲鳴を上げ始める。
 全身を蝕むようなその痛み。 
 まるで同じ箇所を何度も何度も切り刻まれているようだった。
「……う……ぐぅ……」
 全身を生き物のように這い回る苦痛に思わず呻き声が漏れそうになるが、承太郎は耐えた。
 耐えなければならない理由があった。
 目の前で横たわる少女はもっと苦しかったはずだから。もっと辛かったはずだから。
 シャナが振り子のように何度も指を振り翳すのと同時に、承太郎から抜け出た白金色の光が煌めきながら
吉田一美の華奢な身体を螺旋状に包んでいく。
 優しく、そっと、スタープラチナの腕がそうしたように。
 そして、やがて、靡きながら消えていく。
 制服の血糊も、身体の傷も、涙の痕も、悪夢の記憶も、承太郎への想いも、全て。
 輝く白金の光に包まれて……

482 名前: ◆u68XLQ0lCU  Mail: sage 投稿日: 2007/02/27(火) 18:08:54 ID: ???
「空条……君……」
 漏れ出る光が消え去る寸前、吉田一美の口から声が漏れた。
 閉じた瞳から涙が一筋流れ落ちる。
 最後の涙。
 承太郎の存在が宿った最後の雫。
 その声に承太郎が、本当に小さく呟いた。
 風に消え去りそうな、小さな声で。 
 あばよ、と。
 その独り言がシャナには聞こえた。
 シャナにだけ、聞こえていた。

←To Be Continued……

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最終更新:2007年02月28日 15:44