「本当に……なんなのよ……アイツは……」

時刻は夜。承太郎の家のちょうど頂上の位置に、シャナは座っていた。
夕方ごろから小雨が降っているのだが、雨はシャナの周りをドーム上に避けて落ちていった。
小雨のドームの中、シャナはひざを抱えて独り言のようにポツリと言った。
もう一体何度目の台詞かもわからないが、人格者なためちゃんと聞いてあげているアラストールは、
しかしその妙に湿っぽい口調に一瞬「その手の感情を抱いたか」と不安がよぎったが、次には

「アイツ絶対おかしいわ! やっぱり人間になりすました徒なんじゃない?ねえアラストール」

と叫ぶのを聞いて杞憂であったことを知った。
そこまで言ったときシャナの方は、いつの間にか自分がアラストールと会話をするのが
当たり前のような状況と思っていたことに気づいた。

「あ……えっと、今……」
「そこまで気になるのか? あの男が」
「あ、当たり前でしょ。大体あいつ人間の癖にシャリシャリ出てきて、
勝手にダメージ食らってそのくせ徒に啖呵切って、それでヤレヤレとか変に落ち着いてるのよ。
なんて変な、じゃなくて、その……いやな、嫌な奴!」



シャナの一方的な言いがかり的文句を聞いたアラストールは、しばしの沈黙の後に、

「ふむ、確かにああいった人間に出会うのは我もお前も初めてだからな。混乱もするだろう。
あやつは確かに奇妙な能力を持っているが……お前が言うほど酷い男でもないと思うがな」
「そんなことないわっ。だってアイツ見た目から不良だし、それに……えっと、デカイし……」

悪口を言う割には、具体的な部分が出てこないシャナに、人知れず苦笑したアラストールは言った。
                         ・・・・・・・・・・・・・        
「お前の苛立ちは、あの男そのものではなく、あの男が我々の世界に入ってきたことが原因ではないか?」
「えっ……」

物心ついた頃からの親代わりの存在の思いもよらぬ言葉に、シャナは刹那、言葉を失った。

「違うか?」
「…………」

シャナの苛立ちの原因。承太郎を気に入らないと思っていた理由。
シャナはフレイムヘイズとなるため、それだけのために育てられ訓練を受け、アラストールと契約を結んだ。
その他のフレイムヘイズとはまったく違う、純粋な戦士としての存在だった。
シャナ自身それを誇りに思い、戦場こそが自分の生きる場所とし、徒との戦いに明け暮れる日々を日常と信じた。
そこにはもちろん使命感や正義の精神があった。そしてその中に『自分が特別な存在である』という自負もあることに、
シャナは自覚的だった。事実そうであるし、そう思うことに誰も文句は言わないだろう。本人もそれでいいと思っていた。

自分とアラストールとの『日常』には誰も立ち入ることができない。そう思っていた。


しかし、そいつはシャナの知らない普遍的な日常から、シャナしか知らない『日常』へいともあっさりと入ってきてしまったのだ。
日常から非日常へ。
非日常から日常へ。
フレイムヘイズになるため、非日常の世界で使命を果たすために捨てていったもののなかにいながら、
そこに交わると軟弱と化すであろう場所にいながら、その男は赤子の手を捻るが如く燐子を倒した。

その姿に、シャナはまるで日常をすべて捨てた自分が日常にいるその男に負けているような劣等感を抱いていたのだった。
一見単純ながら実はそんな複雑な思いを内包していたことに、シャナは気づいた。

「……私、何も知らないあいつが徒を倒していくのが悔しかったのかも。
何も知らないのに怖がらないし、むしろ自分から立ち向かってるみたいだったし……」
「安心しろ。だからといってお前が弱いという理由にはならん。そうだろう?」
「うん。もちろんよアラストール。でもあいつ、一体何があってあんな……」

言い終わる前に物音がした。シャナは敵襲の場合に備えて構えをとる。
視線の先には屋根の縁に捕まった手。
そして次に髪の毛と同化した学帽が現れたので、シャナは警戒を解いた。

「うわさをすればなんとやらね」
「一体何があったかあやつに聞くか? 」
「……やめとく」



そんな会話をしている間に、承太郎は屋根の緩やかな坂を上ってきた。
雨はまだ降っているが傘は差さず、学ランが濡れるのもおかまいなしといった様子だった。

「やっぱりてめーらか。何してんだこんなとこで」
「あんたには関係ないでしょ……何でここがわかったの? 」
「封絶といったか? あれが発動したときと同じ気配が上からしたんでな。
念のために上ったらおまえらだったって話だ」

承太郎の言葉にもう封絶の気配を感じ取れていることに心中で驚く二人だった(厄介なので顔には出さない)

「ふん、そう。フリアグネがおまえも標的にしてるっぽかったから、念のためいるのよ。
それより私たちは忙しいんだから、用が済んだならとっとと引っ込んでて」
「忙しい……ね。そうは見えねーがな」
「何よ、文句あんの? 」
「別にねーがよ、ついでにお前らに聞きたいことがあってな」

言いながら承太郎は先ほどから左手に持っていた魔法瓶のふたを開け、裏返してホットミルクを注いだ。
それをずいと無遠慮にシャナに差し出す。

「飲みな、春先とはいえまだ冷える。まあ、フレイムヘイズとやらが風邪を引くのかどうかは知らんがな」

真顔で差し出されたそれを、特に断る理由もなかったので素直に受け取る。無論、感謝の言葉はない。
久しぶりにシャナは手と手の交差を感じた。承太郎の手は、大きくてゴツい割に、温かかった。



程よく温かい牛乳を飲みながらシャナが言う。

「で、なによ。聞きたいのならとっとと言って」

感謝どころか余計に投げやりな対応だが、それを気にする承太郎ではない。
むしろどんな事実であろうと一切の慰めもごまかしもせず、率直に言い放つ彼女の態度には敬意さえ抱いていた。
と言っても今回のことは元々屋根の上に封絶の気配があったので確かめに行っただけであって、
ホットミルクも実は自分で飲むために用意したのをついでに持っていったものだった。

「結局スタンド使いと紅世の連中の関係でわかったことはないのか? 」

おもむろに承太郎が聞いた。もっとも納得のいく答えを期待している風ではなかったが。

「昨日の今日でわかるわけないでしょ」
「……我が同胞の話だが、数十年ほど前、やはりお前のように封絶内で動き、さらに徒と互角に渡り合った男がいたらしい。
ただその男はお前の背後霊のようなものではなく、手から太陽のようなエネルギーを流して戦ったと言う。
名前もあったそうだが少なくともスタンドという名前ではなかった。何と言ったか……。ひょっとしたら関係があったかも知れぬ」
「そんな話初めて聞いたけど」
「昔、ヴィルヘルミナが一度だけした話だ。我もつい昨日記憶の隅から掘り起こしたばかりでな」
「その男の話も興味深いが、今は関係なさそうだな。……ところで、だ」



承太郎は少し間を置いてから、訝しげな表情で言った。

「おまえらがうちの屋根にいられちゃあ、おちおち安眠もできねえ。平井ん家にでも帰るか家に入ってくれ」
「おまえの知ったことじゃないわ。でも、アラストール? 」
「ふむ、襲撃の際は双方近くにいたほうがなにかと有利だ。しかし……」
「どうした?」
「お主、妙に女に淡白な様子だったがまさかその手の趣味が??「ねぇよ」」

承太郎の的確な突込みが小雨の降る空に虚しく響いた。

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最終更新:2007年05月22日 19:45