「悪い……どーも耳が遠くなったようでな。もう一度言ってくれ」

承太郎の部屋は、ただでさえ馬鹿みたいに広い空条家の敷地内の離れにある。
正しくは離れすべてを承太郎が一人で所有していて、ハウスキーパーの人以外母親でさえ立ちいえない。
(というより母の過保護から逃れるべく、この離れに住み着いたといったほうが正しい)

「だからこの部屋で寝るっていったでしょ」

家の人にシャナの存在を知られないよう、伸張に離れまで移動した一行。
承太郎は自室から少し離れた空き部屋にシャナを泊まらせる予定だったが、

「敵に備えて一緒にいるのに、何で別の部屋にいなきゃいけないのよ?」
「……てめーら。帰ってくれ、平井ん家に……今スグだッ!!」

承太郎は必死の抵抗を試みるも

「あきらめておとなしく寝ろ」

の言葉で退かざるを得なかった。承太郎といえども、人間の一生をはるかに凌ぐ時間
を過ごしたこの年長者には、そうそう簡単に逆らうことは出来なかった。
承太郎にそう命令したアラストールのペンダントを、シャナはすでに敷いてあった布団の下に押し込んだ。



「何してんだ」
「着替えるから見えないところに言ってもらったのよ。お前もそうして」
「そういう決まりなのだ。貴様も早くどこかへ潜り込め」
「モグラか、俺は」

周囲に承太郎が身を隠せるほどのスペースはなかったので、
障子越しの廊下で背を向けて座ることになった。

「(出てこうとしたら入れと言うし、入ったら追い出しやがって……なにがしてーんだ、てめーらは)」

とぶつくさ文句を言いながらもなぜか素直に従った承太郎だった。

「のぞいたらぶっとばすからね」
「のぞかねーし見たくもねーがな」

その後しばらく黙っていると、障子越しに衣擦れの音が聞こえてきた。
ふと疑問に思い承太郎が聞く。

「そういやお前、荷物はどうし―――」
「のぞくなって言ったでしょ!!」
「しねーよ。着替えとかの荷物はあんのかって聞いてんだ。特に持ってるように見えなかったが?」
「大体のものは、黒衣の中に入ってる」


「黒衣……? ああ、あのコートのことか。刀なんかもか?」
「そう」
「寝巻きは?」
「ないわ。替えの下着があるだけ。体の汚れはアラストールが清めてくれるから、本当は必要ないんだけど」
「やれやれ……ずいぶんと便利なものをもってんだな」

幾多ものスタンドに出会ってきた承太郎にとっては、
その程度の某四次元アイテムは特に驚くべきことでもなかった。

「確かタンスの一番下の段にガキのころ使っていたジャージがあるはずだ。それを使え」
「……わかった」

簡潔な返事を聞いた承太郎は立ち上がってまた続けた。

「今から空き部屋にある布団かなんかとってくっから、それまでに着替え終わらせてろよ。
つーか俺のスペースとっとけよ」
「何言ってんの?」
「……あ?」

予想外の答えに承太郎の動きが止まった。同時に嫌な予感も走る。



「お前はそこの廊下で寝てもらうから。まあ別に布団敷くのは勝手だけど」

そのあまりにも身勝手な言い分を完全に理解するのに数秒かかった。
次にプッツンするのにはコンマ一秒もかからなかった。

「てめ―フザけんじゃあ―――」

そうして勢い任せに振り返ったのが不運だった。
振り返りざま、思いのほか障子に近かったため腕が障子に激突、
元々立て付けの悪かった障子の戸はバランスを崩し、シャナのいる部屋側に倒れていく。
中では、恐らく着替え途中のシャナがいる。こういったケースの場合、大抵男側が不利なようにできている。

危機はフリアグネ率いる徒の軍団だけではない。
もっと身近の、一見味方と思えるものにこそ本当の危機は隠れていたのだ!

しかし、このような緊急事態において、承太郎は慌てなかった。
よくあるラブコメ主人公のようにうろたえることもせず、呼吸一つ乱さなかったッ!
なぜならッ! 彼には最強のスタンド『スタープラチナ』があったからである。
まだ障子の倒れる角度が30度に入る前に、スタープラチナの正確無比な高速動作は障子を支え、
元の位置に押し込むことに成功したのだ。

「ちょっとお前っ! なにしてんのっ!これだから男は―――」

もはや弁明するのも馬鹿らしく思ってきた承太郎は、乱雑に固定させた障子戸ごしに騒ぐシャナの
罵詈雑言を無理やりねじ伏せる。


「ええいやかましいッ! それよりもだ、てめーらこそ押しかけてきた分際で俺の部屋をひとりぬくぬく使うったあ
どういう了見だ!?  てめーらがここで寝ろ、さもなくば帰れッ!!」

命を懸けたポーカーの前でさえ冷静沈着だった承太郎の、普段絶対見せないようなヤケッパリぶりだった。
シャナも負けてはいない。

「あんたが自分から引き入れたじゃない。私たちは一度も入りたいなんていってないわよ。
お前が承諾したんだから、どう使おうと私たちの自由でしょ」
「……一分だけ待つぜ。お前が今すぐ元の格好に着替え、そこから出て行くまでの猶予期間だ。
でてこなけりゃあ、問答無用でつまみ出すからなッ!! クソッッ!!」

承太郎は廊下側に振り返って、怒り任せにスタンドでない拳で柱を殴った。
大した威力ではないが、周囲に振動が充伝わるパワーだった。

元々立て付けが悪いおまけに、承太郎の乱雑な立て付けでさらに悪化した
障子戸を再び倒すには充分すぎるほどの。

承太郎がパタンという音に気づいて振り返ったとき、すでに時は遅かった。
時を止めるスタープラチナといえど、一度過ぎてしまった時を戻すことは不可能だ。
廊下と部屋を遮るものがなくなった今、着替え途中で口論に集中したせいで半裸状態のシャナと、
完全に向かい合う状態になってしまった。


清らかな小川の如くつややかな黒髪にそぐわったその肢体は、まるで芸術品。
不埒な想像を与える隙もなく、ミケランジェロの彫刻のような神々しささえ漂っていた。

もっとも、承太郎にしてみればそんなことは足の指の間のカスよりもどうだってよいことだった。
目の前の芸術品なんかより、この重苦しい沈黙とその後の惨劇。
そして自分の怒りをぶつける対象についてのことのほうにのみ思考を働かせていた。
眉一つ動かさず、停止したままの承太郎。

対するシャナは、あまりにも想定外の事態に思考が間に合わずきょとんとしていたが、
状況がわかるにつれその顔が周知に真っ赤に染まり、そのベクトルが怒りに変換されていくのに
時間はかからなかった。



「こ、こ、この…………」

噴火寸前の活火山の如く、全身を震わせてありとあらゆる殺気を視線の先の人物にあてているシャナ。
そよ風一つの刺激でも大爆発しそうな危険爆弾と化した彼女に、
やれやれと肩を落とした承太郎がダメ押しの一言。

「とっととその貧相な胸を隠せ。ションベン臭えガキが」

プッツンという音を、承太郎は確かに聞いた。

「この大バカ―――――――――ー!!!!!!!」
「上等だッ!! うおおおおおっスタープラチナ――ッ!!」




さすがのアラストールも、この不毛極まりない死闘を止める術はもちえなかった。

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最終更新:2007年05月22日 19:47