その日、目覚めの一服の後、早朝のシャワーを浴び、愛用の学ランに袖を通して、
朝食の間に足を踏み入れた空条 承太郎は、表情にこそ現さないが、
スタンドも月までブッ飛ぶような衝撃を受けた。
「Good-Morninge!承太郎!」
パジャマ姿で新聞を両手に広げ、太陽のように明るい声を上げながら
こちらを見るジョセフの真向かいに、
「おはよう。遅かったわね」
綺麗に糊付けされたセーラー服を着たシャナが座っていた。
凛々しい顔立ちを引き締め、腰の下まである長く艶やかな髪を背に流し、堂々と胸を張って承太郎を見つめている。
朝食はもうすませたらしく、テーブルの上には何故か異様に甘い匂い
のする緑茶が置かれていた。
椅子の脇に置かれている真新しい学生鞄には、
油性ペンで達筆に書かれた『空条 シャナ』というネームプレートが貼られている。
「あら?おはよう。承太郎。どう?似合ってるでしょう?
シャナちゃんの制服。まるで昔の私みたいだわ」
湯飲みと急須の置かれたお盆を運びながら、
うっとりとしているホリィを承太郎は一瞥すると、シャナに向き直った。
「何でテメーがオレの学校の制服着てやがるんだ?」
「おまえを狙う奴らを釣るには、やっぱりその近くにいた方がいい、ってアラストールと話したの。
ま、私もこういう場所には滅多にいかないから見物がてら、ってとこ。」
怪訝な視線でこちらを見る承太郎に、素っ気なくシャナは言って
スカートの中で足を組んだ。
「彼女はお前の従兄弟という事になっておる。
そのつもりで頼むぞ承太郎。新しい学校で不慣れな事もあるだろう。
色々と世話を焼いてやりなさい。」
いつのまにか湯気の立つ湯飲みを片手に傍にいたジョセフが、
快活に笑い承太郎の肩を叩いた。
「ボケたか?クソジジイ。転入手続きもしてねーのにンな事出来るわけねーだろ。
大体こいつはどう見ても17にはみえねーぜ。どう贔屓目に見ても中坊、
ヘタすりゃあ幼稚園児にみえる。」
神速で飛んでくる中身の入った湯飲みをスタープラチナが受け止めた。
承太郎は学帽の鍔を摘む。
「可能なのだ。我が『自在法』を行使すればな」
シャナの胸元で銀鎖に繋がれたペンダント、アラストールが答えた。
「貴様も昨日、代替物、トーチが消滅する所をみただろう。
それはつまり、世界の存在に空白が出来るという事だ。
そこに存在の力を操る術、『自在法』を用いれば己が存在を
その空白に『割り込ませる』事も可能。最も過度の干渉は世界の存在の
歪みを増長させる事になる故、この子を貴様の縁戚という事にしたのだ。
それが歪みを最小限に食い止める方法だからな」
「つまり『オレの学校で消えたヤツと立場を挿げ替えた』ってことか?便利なモンだな。」
承太郎は剣呑な瞳でアラストールを見る。
昨日の破壊された街を修復したシャナの能力を見ていなければ、
とても信じられない事だが、今は『そういうものだ』と納得するしかない。
「フン、オレぁもう行くぜ。朝メシはいらねぇ」
「あ、まちなさい承太郎」
ホリィがそう言って承太郎に歩み寄る。
「ハイ。いってらっしゃいのキスよ。チュッ♪」
「このアマ~。いい加減に子離れしやがれ」
ハァ、と嘆息するシャナの下でムゥ、とアラストールが呻いた。
穏やかな陽光が木々を照らし、小鳥達の囀りが閑静な住宅街に木霊する。
その中を承太郎はシャナと肩を並べて(?)歩いていた。
出る家も行き先も同じなので必然的に一緒に登校する事になる。
件の如くお互いに無言。
歩幅の大きい承太郎に、小柄なシャナが汗をかくこともなく普通についてきているのが
奇妙と言えば奇妙であったが、それを除けば一応は同級生が一緒に登校しているように、
相当無理すれば見えない事もない。
まぁ自在法の影響下ではあまり関係のない話だが。
早朝の澄んだ空気の中に、承太郎の麝香の香水とシャナの洗い髪の残り香が混ざって靡く。
承太郎の襟元から垂れ下がった黄金の鎖とシャナの胸元のペンダントを繋ぐ銀鎖の擦れる音も、
絡まり合って和音を奏でた。
一羽の燕が身を翻して二人の前を横切る。
そのとき。
「あ、承太郎だわ!」
一人の女生徒が黄色い叫声をあげる。
「え!?承太郎!」
その声に登校途中の女生徒達が数十人まとめて一斉に振り向く。
「ほんとだ!承太郎!」
「おはよう承太郎!」
「おはよう承太郎!」
「おはよう承太郎!」
「おはよう承太郎!」
「おはよう承太郎!」
若々しい少女達の歓声は核分裂の連鎖反応の如く、ネズミ算式に増殖していった。
明るいそれらの声とは裏腹に、承太郎は苦々しげに学帽の鍔を摘んで舌打ちする。
瞬く間に承太郎とシャナは数十人の女生徒達に取り囲まれ、
周囲に可憐な少女の環が出来上がった。
「承太郎。4日も学校休んで何してたの?まさかまたケンカ?」
気の強そうな視線の、ショートカットの女生徒が承太郎の腕に自分の腕を絡めた。
承太郎は鋭い眼光でその女生徒を一瞥する。
それにつられたのか隣で同様に何故かシャナも。
「ちょっとあなた!何承太郎にすりついてんのよ。
馴れ馴れしいのよ。はなれなさいよッ!」
髪の長いポニーテールの女生徒がムッとした表情でその腕を引き剥がす。
「なによブス」
「アンタに言われたくないわよドブス」
二人の女生徒は同じ罵り言葉で口喧嘩を始めた。
承太郎とシャナの歩く速度が速まる。
「あれ?この子、誰?」
女生徒の一人がようやく承太郎の隣のシャナの存在に気づいた。
4日振りに見た承太郎の存在に最高にハイになっていたのか、
その隣を歩く長い艶やかな黒髪を携えた凛々しい瞳の美少女の存在は
『見えていなかったらしい』。
「やぁ~ん。ちっちゃくてカワイイ~~♪人形みた~い」
「あなた見ない顔ね?もしかして転校生?」
「何年何組?クラブは何に入るの?」
「どこに住んでるの?帰りは電車?」
「そのペンダント良いデザインね?どこで買ったの?」
「・・・・・・・・・・・・」
これら矢継ぎ早の質問の嵐にシャナは先程の承太郎同様、
目元を伏せて歯をギリッと食いしばる。
「でも、ちょっと待って。承太郎と一緒に登校してるって事は・・・・・・」
茶色いストレートヘアの女生徒が呟いた。
承太郎の隣で一緒に登校する事。
それは多くの女生徒達の夢であり、その彼の傍らは彼女達にとって聖域、
或いは天国にも等しき場所であった。
その場所に見ず知らずの美少女がいきなりちょこんといるのだから、
彼女達にとってはまさに青天の霹靂、驚天動地の出来事である。
「もしかして・・・・・・まさか承太郎の彼女!?」
女生徒の言葉に、周囲が一瞬静寂に包まれる。
シャナは自分でも意外なほどに衝撃を受け、ハッと息を呑む。
承太郎の目元は学帽の鍔で覆われているので表情は伺い知れない。
渇いた風が一陣、女生徒達の前を通り抜けた。
嵐の前の静けさの如く・・・・・・
そして、
「ええ~~!?ウソでしょう!?」
「確かにカワイイけど承太郎の趣味とは違うわよぉ~!」
「もしかして承太郎ってマニア!?」
「もう普通の女の子なんか飽きちゃって、ロリとかに目覚めちゃったの!?」
「イヤァ~~ン!JOJO!」
爆発的に弾けた。
周囲の姦しい少女達の騒ぎに正比例して承太郎とシャナの額に、
青筋がびしびしと音を立てて浮かびあがる。
やがてそれは臨界を超え・・・・・・
「やかましいッ!うっとおしいぜッ!!てめえらッ!」
「うるさいうるさいうるさい!どっかに消えて!おまえたちッ!」
凄みに満ちた怒声があがったのはほぼ同時だった。
その声に周囲は一瞬静まり返るが、すぐに。
「キャー♪あたしに言ったのよ!」
「あたしよおー!」
「何言ってるの私よー!」
と、装いも新たにはしゃぎだした。
・・・・・・誠に、いつの時代も恋する乙女は無敵である。
大名行列よろしく、後ろに女生徒の群れを引き連れて
通学路を歩く承太郎とシャナ。
満面の笑顔で付いてくる女生徒達をシャナは一瞥すると、
「大した慕われようね?おまえ。毎日こう?どこのアイドルかと思ったわ」
皮肉たっぷりに言った。
「ほざきやがれ。ウットーしいだけだッ」
世の喪男達が集団自殺引き起こしそうな暴言を、
承太郎は学帽で目元を覆いながら苦々しく吐き捨てる。
「それは同感。全く馴れ馴れしいったらありゃしないわ、コイツら」
シャナはキツイ目つきで後ろを睨め付けた。
「うむ。構成を維持する力が、ちと甘かったようだな。
まだ定着には至っていないらしい。或いはあの娘共の情動がそれを上回った、か・・・・・・」
シャナの胸元でアラストールが小さく呟く。
女生徒達を隠れ蓑にして、その更に背後から一つの暗い影が迫っていた事を、
このとき二人はまだ気づいていない。
視界に神社の赤い鳥居が見えてきた。
片手をポケットに突っ込んだまま石段を降りる承太郎。
その脇を同様のペースでシャナも降りる。その足が12段目に掛かった、
そのときだった。
「!」
「!?」
突如全身を襲う怖気。
次いで激痛。
承太郎の左足がカマイタチにでもあったようにザックリと切れた。
バランスを崩し大きく仰け反る承太郎。
「なにイ!?」
切られた衝撃でその巨躯が宙に舞い上がり、引力に引っ張られて落下していく。
「承太郎ッ!」
シャナは反射的に小さく可憐な手の先を伸ばすが
長さがまるで足りない。
「きゃああああーーー!承太郎ォーーーーーーッ!!」
少女達の絶叫が背後で上がったのはその後だった。
「チィッ!」
肩から伸びたスタープラチナの腕が傍にあった杉の木の枝を掴む。
弾力で枝が大きく撓み、やがてへし折れる。
承太郎は首筋を傷つけないように身を屈め、杉の葉と枝をクッションにしながら、眼下の石畳との激突に供えて肉付きの良い肩口を接触面に向けた。
「ぐぅっ!?」
身を捩るような衝撃。
大量の呼気が意図せずに吐き出される。
「た・・・・・・たいへんよーーーーーッ!承太郎が石段から落ちたわーーーーッ!」
ようやく目の前の現実を認識した女生徒達が、一斉に承太郎の元に駆けだしてきた。
シャナは承太郎が落ちた石段の上で静止している。
付近を見渡して周囲を警戒していた。
承太郎は自分の足の怪我を確認する。
骨までは達していないようだが、皮膚が真っ二つに断ち切られ、
バックリと肉が裂けている。
生々しい傷口から大量の血が流れ出していた。
(左足のヒザが切れてやがる・・・・・・木の枝?イヤ違う。
落ちる前に切れていた。『あの時』、石段の中から緑色に光る何かが見えた。
それに足を切られてフッとばされたんだ。)
石段の最上部から、冷ややかな視線で承太郎を見下ろす一人の少年がいた。
しかしその中性的な容貌と知性に磨かれた鋭利な瞳、
年齢に似合わない厳かな雰囲気から厳密には
「少年」という呼び方は似つかわしくない。
長身で細身の身体に、裾の長いトレンチコートのような学生服を着ていた。
よく櫛を入れられ、手入れの行き届いた清潔感のある赤い髪。
長い襟足の耳元で、果実をモチーフにしたデザインのイヤリングが揺れていた。
「ほう・・・・・・なかなか鋭いヤツだな・・・・・・・頸動脈をカッ斬ってやろうとしたが、
寸前に幽波紋(スタンド)を使って身体を捻り、着弾地点を変えたか・・・・・・
それにあの幽波紋(スタンド)のパワーとスピード、精密動作性・・・・・・
あの方が始末しろというのも無理はない。しかし・・・・・・
僕の幽波紋(スタンド)の敵ではない。」
「大丈夫!?承太郎!」
「大丈夫!?承太郎!」
「大丈夫!?承太郎!」
女生徒達は一様に同じ台詞で承太郎に駆け寄る。
「来るなッッ!!」
鋭く叫ぶ承太郎。
しかし女生徒達は一瞬怯んだものの、すぐに集まって承太郎を取り囲んだ。
「大丈夫?承太郎。良かったわ。後15㎝ずれてたら石段に頭をぶつける所だったわ」
「この石段はよく事故が起こるのよ。明日から私と手を繋いでおりましょうネ。承太郎」
心配そうな顔と大惨事ならなかった事への安堵の表情で、
交互に承太郎を潤んだ瞳で見つめる女生徒達。
「くっ・・・・・・!」
自分の傍にいれば、今度はこの女生徒達がさっきの攻撃に巻き込まれる。
「チッ!」
短く舌打ちすると、承太郎は立ち上がり目の前の林に向けて疾走を開始する。
無理に動かした為、傷口から血が噴き出したが無視した。
「あ!どこに行くの承太郎!病院に行かなきゃダメよ!」
追ってこようとする女生徒達に承太郎は、
「いいかッ!ついてくんじゃあねー!オレの言うことが聞けねぇのかッ!
センコーにオレは遅れるって言っとけ!頼んだぜッ!」
振り返って早口で叫んだ。
女生徒達はポカンとした表情で立ち止まる。
承太郎が頼むと言った。
『自分に頼み事をしてくれた』。
少女達の黄色い嬌声を背後で聞きながら承太郎は走った。
ちなみにその日、承太郎の通っている学校の職員室が、
始業前に駆け込んでくる女生徒達でパニック状態になったのは余談である。
草の踏む音。
木の葉のざわめき。
神社の山裾にある林の中を疾走しながら、承太郎の鋭敏な頭脳は戦闘の思考を開始していた。
(今のは間違いなくスタンドによる攻撃だ。『紅世の徒』とかいうヤツらじゃあねー。
感覚で判別出来るようになった。オレの脚が切れただけで吹き飛ばなかった事からすると
パワーはそんなに強くねぇ。遠隔操作型のスタンドだな・・・・・・)
無数の石塔がそびえる、開けた空間に出ると承太郎は立ち止まった。
高ぶった気分を落ち着かせる為、愛用の赤いパッケージの煙草を取り出して火を点ける。
「なら「本体」を見つけだして叩きのめせばすむ話だな。どこにいやがる?
どっかでオレを見てるはずだ。遠隔操作のスタンドはスタンドに「目」がついてねーって
ジジイが言ってやがった」
細く紫煙を吐き出しながら平静を取り戻した表情で承太郎は呟く。
不意に右から強烈な気配と視線を感じた。
身構えてスタープラチナに戦闘態勢を執らせるがすぐにその必要がない事に気づく。
そこにいたのはシャナだった。
どこから取り出しのたのか黒寂びたコートを身に纏い、その髪と瞳は焼けた鉄のように紅く染まっている。
手には戦慄の美を流す大太刀、贄殿遮那が握られていた。
「不意打ちを食らったわりには、随分余裕じゃない。」
凛々しい灼眼でこちらを見る。
「やれやれ、オメーか?シャナ。敵はオレを狙ってきた。わざわざ付き合う必要はねーんだぜ。」
「うるさいうるさいうるさい。予定通りの行動よ。おまえを攻撃してきたヤツを捕らえて、
『紅世の徒』の事を洗いざらい吐かせるの!」
相変わらず素直じゃない少女の性格に、承太郎は煙草を銜えたまま目を閉じ
口元に微笑を浮かべる。
「フッ・・・・・・なら勝手にしな。敵は遠隔操作型のスタンドだ。今どっかに潜んで
こっちの隙を伺ってやがる。こういう場合は「本体」を見つけだして叩くのが一番手っ取り早い。
この林のどっかにいるはずだ。見つけだしてブッた斬れ」
「了解!」
歯切れ良くシャナは言うと足裏を爆発させて、その場から飛び去った。
非の打ち所のない完璧な作戦に反発は起こり得ない。
それに承太郎の声はどこか人を鼓舞するような甘い響きがあった。
木立の間に紅い影が見える。
高い場所の方が「本体」を見つけやすいから木の上に昇ったのだろう。
「さてと、シャナのヤツは動きながら本体を探す。オレはここで待ちながら本体を探す。
つまり、ハサミ討ちの形になるな・・・・・・」
紫煙と共に承太郎は呟く。
二人の関係は十字軍の司令官と切り込み隊長のそれによく似ていた。
根本まで灰になった煙草を承太郎は指先で弾く。
「・・・・・・あ、あの、空条、君・・・・・・?」
唐突な声。
承太郎が振り向いた先に、控えめな印象の少女が真っ赤になった顔を
両手に抱えた鞄に伏せて立っていた。
最終更新:2007年05月20日 12:12