腕の良い庭師の職人の手が行き届いた池泉回遊式庭園。
 琳とした空間に鹿威しの澄んだ音が響き渡る。
その池にかけられた橋の向こうで淑女が可憐な鼻歌を奏でていた。
「カモン♪ベビィ♪ドゥーザ♪ロコモーション♪」 
 皺一つ無い真珠のような艶やかな肌に、母性に満ちあふれた女神のような美貌。ふくよかな体つきのハリウッド女優顔負けのスタイル。
客観的にはとても195㎝の身長を誇る、長身の美丈夫の息子がいる一児の母には見えない。
「あ!」
 その淑女、空条・ホリィ・ジョースターは脳裏に走った直感に思わず床の間の机の上に置かれた写真立てへ視線を向けていた。
 その中に映った最愛の息子は口元に穏やかな微笑を浮かべ、凛々しい視線をこちらに向けている。
「今、承太郎ったら学校で私のこと考えてる……♪今……息子と心が通じ合った感覚があったわ♪」
 そう言うとホリィは家事の手を一時休め、写真立てを大事そうに胸の中に掻き抱く。
「考えてねーよ」
「学校行ってないものね」
「残念だったな奥方」
 いきなり上がった三者(?)三様の声に
「きゃあああああああ!」
 と淑女は驚愕の叫びを上げた。
 写真立ての中とはうって変わって最愛の息子は仏頂面でこちらを見ている。
 その肩の上にはコートのような学生服を着た全身血塗れの少年が担ぎ上げられていた。
「じょ……承太郎……それにシャナちゃん……が……学校はどうしたの?そ……それにその、その人は!?血……血が滴っているわ。ま……まさか……あ……あなたがやったの?」
 その質問には答えず承太郎はホリィに背を向ける。
「テメーには関係のないことだ。オレはジジイを探している……広い屋敷は探すのに苦労するぜ。茶室か?」
「え、ええ。そうだと思うわ」
 確認すると承太郎は血だらけの少年を担いだまま檜の床を踏み鳴らして行ってしまった。



 ホリィはその背中を心配そうにみつめる。だからシャナの視線に気づいたのはその後だった。
「な、なぁに?シャナちゃん?」
 幼い外見に不相応な凛々しい顔立ちと視線だが、何分長身のホリィからすると小さいのでどうしても子供に話しかけるような口調になってしまう。
何よりその瞳に宿る色が昔の承太郎を思い起こさせたせいかもしれない。
「ごめんなさいね。新しい学校だもの。一人じゃ心細いわよね。学校には私の方から連絡を入れておくわ。今日は家でゆっくりしていて。
お昼は何が食べたい?何なら昨日みたいに外に行きましょうか?パパと承太郎も誘ってね」
 ホリィの言葉を聞くだけ聞くとシャナはおもむろに口を開いた。
「他人の家族の事に口出しするのは趣味じゃないんだけど」
 とまず前置きをし
「ホリィはこの件に関わらない方が良い。冷たい言い方になるけど出来る事ないと思うから。信じられないかもしれないけど、あの血だらけのヤツは私と承太郎を「殺し」にきたの。
承太郎やジョセフと同じ能力を持った人間。だから死にたくなかったら何も知ろうとしないことが得策よ。アイツもそれで何も言わなかったんだと思うし」
 ホリィは黙ってシャナを見つめていた。「殺す」という言葉に驚かなかったと言えば嘘になるが目の前の圧倒的な存在感の小柄な少女は、
彼女なりに自分の事を気づかってくれているらしい。不器用だがそのやり方が承太郎と似ていたので思わず口元に優しい笑みが浮かんだ。
「ええ。解ってるわ。あの子は本当はとても優しい子だもの。今回の事だって何か理由があっての事なのよ。母親の私が信じてあげなきゃね」
「優しい、ね」
 何故かシャナはその言葉に素直に同意出来ない。脳裏に見ず知らずの女生徒の為に全身血塗れになりながら花京院と闘った承太郎の姿が浮かんだ。
苦痛に耐えながら女生徒のために存在の力を削ぎ取っている姿も。
 血糊はトーチで消したので今愛用の制服は新品同然になってはいるが、その傷痕はまだ生々しく残っている筈だ。



「おい」
「はい?」
 中庭に設置された花壇を挟んで振り返った承太郎が鋭い眼光でホリィを見る。
「今朝はあまり顔色がよくねーぜ。元気か?」
「…………」
 その言葉にホリィはまるで初恋の少女のように顔を赤らめて胸に両手を当てると、
「イエ~~イ♪ファイン!サンキュー!」
 と笑顔で可愛く手の平を広げたピースサインで応えた。
「フン」
 鼻を鳴らして再び背を向ける承太郎を後目に、
「ほらね♪」
 と、ホリィは笑顔でシャナに向き直る。
「まぁ、そういう事にしておくわ」
「我は奥方の賢明な育て方の賜だと」
 短くホリィに答えると同時に何故か上がったアラストールの声にシャナがペンダントに視線を向ける。
「あ、いや、うむ」
 少し熱くなったペンダントの中で紅世の王、天壌の劫火は咳払いをして押し黙った。
「オイ!シャナ!モタモタしてんじゃあねー!後で文句垂れても聞いてやらねーぞ!」
 遠くになった承太郎が振り向いて叫ぶ。
「うるさいうるさいうるさい。誰の所為だと思ってるの!」
 シャナは床を鳴らして踏み切ると軽々と中庭を飛び越えた。




「だめだな、これは」
 ジョセフは茶室の畳の上に寝かされた花京院を見下ろした。
「手遅れじゃ。この少年はもう助からん。あと数日のうちに死ぬ」
「死ぬ」という言葉に承太郎の視線が尖った。
「承太郎……お前のせいではない……見ろ……この少年がなぜDIOに忠誠を誓いお前を殺しに来たのか……?その理由が……」
 ジョセフはいきなり花京院の前髪を手で捲り上げた。
「ここにあるッ!」
 花京院の額の表面に異様な物体が蠢いていた。
 弾ける寸前の木の実のような形をしているが、まるで生物のように脈動を繰り返している。
 その触手らしき部分が花京院の額に埋め込まれ一部は皮膚と癒着していた。
「なんだ?この動いているクモみてーな肉片は?」
「それは彼の者の細胞からなる『肉の芽』、この小僧の脳にまで達している。
この『肉の芽』は生物の精神に影響を与えるよう脳に打ち込まれているのだ」
 承太郎の問いにアラストールが答える。
「つまり「コレ」はコイツを思い通りに操る装置なのよ」
 シャナが腕組みをしながら言った。
「常に脳に刺激を与え続け、自分を心酔し続けるように精神操作を行ってるの。コイツの養分を吸い取りながら動いてるから殆ど永久機関と変わらないわね。
時間をおけばおく程効果は倍増していって、最終的には自分の命令を麻薬のように追い求める奴隷の一丁上がりってわけ」
「手術で摘出しな」
 シャナの説明に承太郎が短く簡潔に応える。
「それが出来たら苦労しないわ。これは脳の中の一番デリケートな部分に打ち込まれてる。
摘出する時ほんの僅かでも触手がブレたら脳は永遠にクラッシュしたまま再起動しなくなるわよ。
外科医は封絶の中じゃ動けないしね。そこまで計算して『アイツ』はこれを生み出したのよ」
「アイツ?」
 思わぬシャナの言葉に承太郎の瞳が訝しく尖る。



「どういう事だ?まるで会ったみてぇな口振りだな。あの男……『DIO』のヤローによ」
 承太郎の言葉にシャナは俯いて言葉を閉ざす。
「承太郎よ……こんな事があった」
 シャナの代わりにアラストールが語り始めた。
「四ヶ月ほど前……我らは北米の地で、彼の者『幽血の統世王』と邂逅したのだ」
「何だと?」
 アラストールの言葉に承太郎の視線がますます尖った。
 追憶の欠片が脳裏に甦る。 
 シャナは思い出していた。
 自分の受けた「屈辱」を。


 それはニューヨークのスラム街で犯罪者の魂を好んで喰らう
紅世の徒を討滅した帰りの事だった。
 売店でクレープを買い目元と口元を綻ばせながらジョースター邸への
帰路についていたシャナの前にその男はいきなり現れた。
 まるで定められた運命であるかの如く。
 人気のない路地、煌々と点る夜の街灯の下にその男は背を持たれ
両腕を組んで静かに立っていた。
 心の中心に忍び込んでくるような凍りつく眼差し。黄金色の美しい頭髪。
透き通るような白い肌。男とは思えないような妖しい色気が首筋に塗られた
香油によって増幅されている。華美な装飾はないが良質な絹で仕立てられた
古代ペルシアの王族がその身に纏うような衣服を着ていた。
 シャナはすぐに解った。すでにジョセフと知り合っていたので
こいつが大西洋から甦った男、DIOだと。
 月影に反照し官能的に光る口唇をおもむろに開くと男は静かに
シャナに向かって話し始めた。 



「古き友を訪ねてこの地に来たが……まさか君と逢えるとはな……
初めまして『紅の魔術師(マジシャンズ・レッド)』……いや……
『炎髪灼眼の討ち手』と言ったほうが良いかな……?」
 その男を本当に恐ろしいと思ったのはその時だった。
 その男が話しかけてくる言葉は心が安らいだ。
魔薬のように危険な甘さがあった。しかしだからこそ恐ろしかった。
「全く驚いたよ……私の配下の『幽波紋(スタンド)使い』達を始末した
魔術師が、まさか本当にこんな可愛らしいお嬢さんだったとは……」
 DIOの言葉が終わる前にシャナは足裏を爆発させて跳んでいた。
 刹那に身を覆った黒衣の内側から抜き出した大太刀、
贄殿遮那が空気を切り裂く空中で髪と瞳が炎髪灼眼に変わる。
「でやぁッ!」
 DIOは至近距離で唸りを上げながら迫る大太刀の一閃を余裕の表情でかわす。
「性急な事だ……」
 滑りながら道路に着地したシャナの黒衣の裾が舞い上がり、
真紅の髪が火の粉を撒いた。
「こいつ……『こいつがッ』!今!目の前にいるこの男がッ!」
 その男はシャナが想像していたよりもずっと美しい風貌をしていた。
 だが、その男の顔の裏側はどんな罪人よりもドス黒く呪われていた。
その瞳の奥はこの世のありとあらゆる邪悪を焼きつけ、
王族のように艶めかしい指は数え切れないほどの人の死と運命を弄んできた。
 何年も。何年も……
 何人も。何人も……
 そしてその存在が世界の歪みを増大させている。



「私の目の前にいるこの男がッ!」
「馬鹿な……」
 胸元でアラストールも動揺を押し隠せないらしい。
 多くの紅世の徒、例え王であったとしても自分の存在は
なるべく隠そうとするのが普通だ。自由に好き勝手に行動を続けていれば
すぐに自分達フレイムヘイズに居場所を察知され、残らず討滅されてしまうからだ。
『封絶』も『トーチ』もその事を回避する為に生まれた術。なのに目の前のこの男は、
自分を追っている天敵の前にあっさりとその身を現した。
「この者が……幽血の……統世王……!」
「DIOッ!!」
 シャナは大刀を両手に構え、大地に屹立した。
燃え上がる灼眼は鋭くDIOを射抜いている。
「封・絶!」
 その小さな口唇から勇ましい猛りが上がると共に、
シャナの足下から火線が走り道路の上に奇怪な文字列からなる紋章が描かれた。
 シャナとDIOを中心として紅いドーム状の陽炎が形成される。
「『封絶』……因果孤立空間か。なかなか面白い能力を持っているね?
君達『紅世の徒』は。ひとつ……それを私に見せてくれるとうれしいのだが」
 穏やかな声に心臓の凍る思いがした。
しかし同時に心の一部分がその声に強く惹かれ形を蕩かす。
 刹那とはいえ心を魅入られた自分自身に凄まじい、
まさに燃えるような怒りを感じ、風に靡く黒衣にそれを纏わせた。
(この男が全ての元凶!多くの王を下僕に誣いた全ての根元!)
 燃え上がる使命感にDIOを見つめる瞳が灼熱の煌めきを増し、
髪から鳳凰の羽ばたきのように火の粉が舞い上がる。
(討滅!討滅する!!)



 足元のコンクリートを鋭く踏み切り、紅い弾丸のように飛び出したシャナは
DIOの首筋に向けて空間に残像が映るほど高速の袈裟斬りを繰り出した。
 周囲の空気を切り裂きながら星形の痣が刻まれた首筋に迫る白銀の刃。
 意外。
 DIOはそれをあっさりと右手で受け止めた。
 戦慄の美で光る刀身が手の平の肉を音もなく切り裂き、骨に食い込む。
「っ!?」
 驚愕。 
 全身が燃えるように猛っていてもシャナの頭の中はクールに冷め切っていた。
 まさか『手で』受け取めるとは思わなかった。当然避けるものと考えていた。
 その後の攻防の応酬果てに必殺の一撃を頭蓋に叩き込もうと
脳裏にもう数十手先の動きまで構築していたというのに最初の一撃で
全て計算が狂った。
 速度はあったが様子見程度の撃ち込みだったので
手は切断されず中程まで食い込み刃はそこで動きを止める。 
 今までこんな敵はいなかった。
 どの紅世の徒の中にも。王の中にも。 
『贄殿遮那の一撃を真正面から素手で受け止めた相手は』
(こ、こいつバカ!?このまま刀を引き抜いたら、)
 考えるのとほぼ同時に身体が動く。刀を掴んだDIOの手を支点にして
一瞬の躊躇もなくシャナは素早く柄を引いた。
 だが。刀身は動かなかった。
 まるで『その場で凍りついたように』動きを止めていた。
「貧弱……」
 DIOの美しい口唇に絶対零度も凍り付く冷酷な微笑が浮かぶ。
 貴公子の仮面に罅が入り残虐な本性がその姿を垣間見せた。
「貧弱ゥゥッ!!」
 いきなり周囲に白い膨大な量の水蒸気が暴発したボイラーのように巻き起こった。



 大太刀『贄殿遮那』の刀身を掴んだDIOの手から肘の辺りまでが
いつのまにか超低温に冷やされた鋼のような質感に変わっていた。
 その腕から発せられる冷気に周囲の全てが凍り付く。
 大気が凍り大地が凍り、贄殿遮那が凍った。封絶すら凍った。
「こ、凍る!?」
 冷気が刀身を伝達して柄を握るシャナの手にまで侵蝕してくる。
「『気化冷凍法』。使うのは実に100年振りだ。
『波紋使い』以外に使うこともないだろうと思っていたが」
 DIOは渦巻く冷気よりも冷たい微笑を浮かべてシャナの灼眼をみつめる。
 冷気が柄を越えシャナの腕にまで達し熱疲労でその皮膚が引き裂かれる瞬間、
「ムゥンッ!」
 胸元のペンダントを中心にして巻き起こった柔らかな炎が
一瞬でシャナの身体を包み込んだ。冷気で柄に張り付いた皮膚を、
アラストールが『浄化の炎』で解き剥がす。
「!」
 アラストールに意識がそれたDIOの手から刀身を引き抜くと、
シャナは腕の温度の上がった部分を足場にし身軽に宙返りをして距離を取った。
「ありがと。アラストール」
 水滴に濡れた手を黒衣で拭い、同じく水で濡れた大刀を
構えなおしながら短くシャナは言う。
「今のが彼奴の身体を流れる幽血の一端か。油断するな。
まだどんな力を隠し持っているのか予測がつかん」
「解ってる」
 シャナは短く言うと刀身に付いた水滴を一振りで全て叩き落とした。



「……ククク、100年も眠っていたので忘れていたよ。
己の力を存分に開放する事の出来るこの得も言われぬ充足感。
久しく戦いから離れていたので血が滾るというやつか?フフフ……
凍てついた私の血も君の炎に炙られてどうやら融け始めたようだ」
 DIOはその悪の華と呼ぶに相応しい美貌に邪悪な微笑を浮かべる。
「もっとくべてくれ。私の凍てついたこの心に。君の炎を。君の熱を」
 そう言うとDIOは超低温の冷気に覆われた両手を前に差し出し、
緩やかに構えを執る。
 その構えは華麗にて美しくそして流麗な力強さを併せ持っていた。
 そしてそれに劣らぬ畏怖も。
 それはシャナの両手に握られている贄殿遮那と全く同じ戦慄の美。
否、威圧感だけならそれを上回った。
「さあ!手合わせ願おうかッ!!」 
 そう叫ぶとDIOはいきなりアスファルトが陥没するほど
地面を強く蹴りつけ、一瞬でシャナの眼前に迫った。
「UUUUUUURYAAAAAAAAッッ!!」
 周囲のガラスに罅が走るような奇声を上げながら
シャナの身体に向け凍った掌で貫き手の連打を繰り出してくる。
 着痩せして見えるその身体からは想像もつかない、
途轍もない怪力の籠もった強い撃ち込みだった。
 だが砕く事を目的とした動作ではない、
明らかに掴む事を念頭においた撃ち方だ。
 どこでもいいからシャナの身体の一部を掴み、
先程の冷気で全身を凍りつかせる為に。



「っくう!」
 素早く複雑な軌道を描く精密な足捌きで身体を高速で反転させながら
DIOの暴風のような撃ち込みをかわすシャナ。
だが、同時に舞い上がる黒衣の裾にまで気を配らなければならないので
避けづらい事この上ない。
「フハハハハハハハハ!!どうした!どうしたぁ!!
自慢の炎は出さんのかッ!逃げてばかりでは永遠に私には勝てんぞッ!
もっと私を楽しませろッ!
UREEYYYYYYYYYYYYYYYーーーーーッッ!!」 
 更にDIOの心理状態が微塵も読めないので次の攻撃が全く予測出来なかった。 
 紳士然としていたかと思うといきなり何の脈絡もなく狂戦士のような風貌に変わる。
 こんな異常な心理を持つタイプには今まで遭遇した事はない。
「こ、この!誰が逃げてなんか!」 
 負けず嫌いの性格故に思わず声が口をついて出るが、
確かにDIOの言うとおりだった。でも攻撃は出来ない。
どんなに鋭い斬撃だったとしてもこの男は躊躇せずにまた
それ掴んでそこから冷気を送り込んでくるだろう。
『浄化の炎』があるにはあるが同じ手が二度通用するとは思えない。
それに次は恐らく胸元のアラストールの方が先に凍らされる。
 しかし今のままだと防戦一方なので永遠に勝機は訪れない。
時間を置けば置くほど回避によって神経がどんどん摩耗していき
最終的には僅かに生まれた隙に全連撃を一気に捻じ込まれる。
(それなら……)
 決意の光が灼眼が煌めく。
(『遅かれ早かれ擦り切れるなら!』)




「はああぁっ!!」
 鋭い猛りがシャナから上がる。 
 過負荷により神経の電気伝達がショートし目の中で火花が弾けた。
 だがその甲斐はあった。
 贄殿遮那の刀身が渦巻く紅蓮の炎で覆われていた。
 火炎が刀身を焼き焦がし発する熱気が周囲の冷気を全て弾き飛ばす。
 すぐさまに横薙ぎの一閃がDIOに向かって放たれた。
 ガギュンッ!!と鋼鉄の城塞に灼熱の破城鎚でも撃ち込んだかのような
異様な音と共に重い手応えが柄を握るシャナの手に跳ね返ってくる。
「美しい……これが君の生み出す炎か。マジシャンズ!」
 胴体に向けて放たれた炎刃の一撃を先程同様凍った掌で受け止めた
DIOは炎に照らされた微笑でもって応える。
 その手の中で冷気と熱気が音を立てながら互いに弾けた。 
 炎と氷の混ざり合った靄がDIOの内なる火勢を更に煽る。 
 かなり無理をしたがシャナのやった事は功を奏した。
 受け止められはしたが今度は冷気が身体に廻ってこない。
 これでようやくこちらからも攻撃出来る。  
「おまえを討滅する!幽血の統世王!!」
 シャナは凛々しく激しい瞳で眼前のDIOを射抜いた。
 湧き上がる熱気と共にその全身が火の粉を撒く。
 DIOは精神の高揚で牙が飛び出した口元に笑みを浮かべると
大刀を掴んだ手を振り払った。
 怪力によって飛ばされたシャナは空中で体を返し軽やかに着地する。
「やあああァァァッッッてみろおおおォォォーーーーー!!
青ちょびた面のガキがあああァァァーーーーッッッ!!」
 理性の仮面が完全に破壊されこの世のどんな暗黒よりもドス黒い
本性を剥き出しにした邪悪の化身、DIOは、
凍りついた両腕を広げ殺戮の歓喜に身を震わせながらシャナに向かって叫んだ。

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最終更新:2007年05月20日 12:22