「御休みのところ失礼致します」
野太い男の声が豪奢な装飾品で彩られた空間に響く。
「入れ」
その空間に相応しい王者の風格に満ちた声がそれに応えた。
「失礼致します」
男は両開きの重いドアノブに手をかけ中に入る。
傍でアンティークの振り子時計が微塵の狂いもなく規則的に時を刻んでいた。
「何用だ?ヴァニラ・アイス」
部屋の中心、艶めかしいシルクのシーツで覆われた木製の
天蓋付きキングサイズベッド。
その上で邪悪の化身、DIOは半裸の姿で精巧なデザインの
ヴェネチアングラスに注がれた鮮血のように紅い液体を口元に傾けていた。
天井から垂れ下がった北欧風のシャンデリアの光に照らされたその身体の造形は、
まさに生きた芸術品とも言うべき運命の形をその身に内在した絢爛たる永遠の姿。
手元には中世の教戒師によって書かれた訓戒録の原本が置かれている。
ヴァニラ・アイスと呼ばれた褐色の肌の大柄な男は足音を立てる事もなく静かに
DIOの傍まで近寄ると忠誠の証しを示すために片膝をつき頭を垂れた。
「ご報告致します、DIO様。花京院 典明が空条 承太郎に戦いを挑み、
そして敗れたそうです」
ヴァニラ・アイスは短く完潔に己が全存在を捧げた絶対の主に告げた。
その眼光は強靭な意志によって戦刃のように鋭く強暴に研ぎ澄まされ、
極限まで鍛え上げられ筋肉が膨張したその身体は大腿部が完全に露出した
レザーーウェアとジャケットで覆われていた。
背に掛かるアッシュブラウンの長い髪、開けた額にハートを象った
サークレットが繋がれている。
剥き出しの右肩には鏃をモチーフにしたタトゥーが刻まれていた。
その男の言葉に微塵の動揺も示さずDIOは応える。
「ほう。あの花京院がか。私の配下の『スタンド使い』の中でもかなりの
手練だったはずだが」
本から視線を逸らさずDIOはグラスの中の蠱惑的な香りを放つ紅い液体を口に運ぶ。
「はい。私も耳を疑いました。花京院は生まれついての『スタンド使い』
その経験と技術は第一級のもの、なにより才能がありました。それが数日前
スタンド能力に目覚めたばかりの、『スタンド使い』とも呼べぬ小僧に敗れるとは」
「流石はジョースターの血統といった所か。一筋縄でいかない所は変わっていない」
ヴァニラ・アイスはそこで初めて顔を上げ、DIOの顔を見た。
「DIO様。畏れながら申し上げます。どうかこの私にジョースター共の
討伐を御命じ下さい。我がスタンドで必ずやジョースターにまつわる全てのものを
根絶やしにして参りましょう」
「だめだ」
DIOはすげなく告げた。
「DIO様……」
微かに落胆した声でヴァニラ・アイスは応える。
「お前の他に私の護衛が務まる者がいるのか?お前のスタンドは
我が『世界(ザ・ワールド)』を除けば最強のスタンドだ。そしてそれを操るお前は
最強の『スタンド使い』。戦闘技術や思考は元よりその強靱な精神力がな」
そのDIOの言葉をヴァニラ・アイスは瞳を閉じて静かに受け止める。
「有り難きそして勿体なきお言葉。しかしこのままジョースター共を
捨て置くわけには……空条 承太郎、放っておけばいずれ恐るべき
『スタンド使い』に成長する可能性が御座います」
「フッ……それはそれでまた見てみたいという気持ちもあるがな」
王者の余裕を崩さずにDIOは言う。
「しかしDIO様、あの『スタンド使い狩り』
『紅の魔術師(マジシャンズ・レッド)』が空条 承太郎と
接触したという情報も入っております。もし奴らが共闘を組むような事態になれば
少々面倒な事になると思いますが」
冗談に気づかず生真面目に応じる部下にDIOは笑みを浮かべた。
「アイス?お前は忠誠心に厚いが堅物過ぎる所が玉に疵だ」
心を蕩かす甘く危険な悪魔の微笑を浮かべてDIOは言った。
「申し訳御座いません」
その誘惑をヴァニラ・アイスはその強靭な精神力で抑え表情を一切崩さず
生真面目に応えた。
「いい。あとそれについては無用の心配だ。すでに手は打ってある」
そう言ってDIOは本から手を放し顔の前で指先を立てた。
「『スタンド使い』では無理だったのなら、『そうでない者』を使う。
「ヤツ」の王足るその力、存分に示してもらおう。真名『狩人』の名と共にな……」
「まさか、あの者を?」
心に生まれた嫉妬を精神の力で押さえつけ、ヴァニラ・アイスは言った。
「『スタンド使い狩り』と『フレイムヘイズ狩り』、
狩人(ハンター)対狩人(ハンター)。なかなか面白い戦いになりそうだとは思わないか?
ヴァニラ・アイス」
DIOの口元に再び悪魔の微笑が浮かんだ。
「はっ。あの者なら必ずやDIO様のご期待に添える事でありましょう」
ヴァニラ・アイスは努めて平静を装いDIOに答える。
しかしその内ではドス黒い嫉妬の炎が渦巻いていた。
(良い気になるなよ……フリアグネ……DIO様には深いお考えがあっての事。
決して貴様を信頼しての事ではない。それを忘れるな!)
ヴァニラ・アイスの琥珀色の瞳に狂信者の炎が燃え上がる。
それを愉しむように一瞥したDIOはヴェネチアングラスの中の紅い液体を見つめた。
(さて、「あの子」はあれから一体どれくらい成長しているのか?
私の期待を裏切ってくれるなよ。そうでなければわざわざ生かしておいた意味がない)
グラスの中の紅い液体に、DIOはかつて自分に一矢報いた少女の姿を思い起こし
その紅い瞳に微笑みかけると中の液体を一気に飲み干した。
その日、池に囲まれた空条邸の広い庭での早朝鍛錬の後、檜造りのこれまた
広い浴槽でゆったりと朝風呂につかった空条 シャナ(仮名)は
湯上がりのホコホコ顔でリビングに戻ってきた。
鍛錬に付き合ったジョセフは情け容赦なく撃ち込まれた木の枝で赤くなった顔を
冷やしたタオルで押さえながらソファーの上でグッタリとしている。
一応承太郎にもジョセフと一緒に声をかけたのだが、
ドア越しの「かったりぃ」の一言ですげなく却下された。
シャナが文句を言うと声の代わりに部屋の中からステレオの脇に設置された
スピーカーの大音響が返ってきた。
HIPHOPの舌を噛みそうなキレのあるリリックに声を掻き消され、
頭にきたシャナは装飾の入った分厚い木製のドアに後ろ廻し蹴りをブチ込んだ。
ムクれたまま2階の窓から庭へと飛び降り、靴を忘れた事を
承太郎の所為にしながら羊毛でフワフワのスリッパで玄関へと舞い戻り、
そして現在へと至る。
「パパ、シャナちゃん、お疲れさま」
二人を笑顔で迎えるのは演奏旅行中の夫に代わり現在家の中の全てを取り仕切る、
空条邸事実上の主。
母性に満ち溢れた女神の美貌、壮年の淑女、空条 ホリィ。
手にしている青いトレイには、良く冷えた自家製の
グレープフルーツジュースと同じくホリィお手製のクッキーがキレイに並べられた
花の紋様入りの白い皿が乗せられていた。
それがソファーの前の大理石製のテーブルに静かに置かれる。
「シャナちゃん。たくさんあるから足りなくなったら遠慮なく言ってね」
ホリィはそう言ってシャナに笑顔を向けてくる。
つられて笑いそうになるがそこは抑えて
「うん」
とシャナは短く答えた。
「おいおい、ホリィ。それじゃあ朝食が食べられなくなるじゃろう」
ジョセフは娘に向かって言う。
「あら、大丈夫よパパ。甘いものは入るところが違うもの。ね?シャナちゃん?」
そう言ってホリィは再びシャナに笑顔を向ける。
「そうなの?」
シャナは真顔でホリィに聞き返した。
どこぞの殺人鬼が聞いたら”質問を質問で返すなぁーーーーーっ!!”
と怒り狂いそうだがそれはまた別の話。
そのホリィの様子にジョセフは深い溜め息をついた。
愛娘は昨日から、正確には一昨日前の夜からまるで新しい娘が出来たかの
ように終始上機嫌だ。(ちなみにその日の夕食は晩餐会を彷彿とさせる
豪華絢爛たるものだった)
確かシャナがジョースター邸に住み着いた最初の頃、妻のスージーも
同じような感じだった。
血は争えないといったところだろうか?
ジョセフはいつしかホリィが”男の子もいいけどやっぱり女の子も
欲しかったわねぇ~”とこぼしていたのを思い出した。
しかしスージーにしろホリィにしろシャナに対し少々過保護が過ぎる。
確かにシャナは、その妖精のように可憐な見た目は勿論の事、
誇り高い凛々しい瞳と甘いものを口にした時の幸せそうな表情、
加えて卓抜した知識と判断力、更に妙な所で世慣れない面を見せる点など
色々相まって途轍もなく可愛らしいが、それはそれ、これはこれだ。
仮にも一家の主であるなら子供の前では威厳のあるところを
示さねばならん責任があるという事がわからんのか、と心の中で愚痴をこぼす。
そのジョセフの前にシャナがトレイの脇に添えられた一流レストラン並に
磨き込まれた二つのグラスにジュースを注ぎ、一つをジョセフに渡してきた。
「おお、すまんな。シャナ」
ジョセフはグラスを受け取るとそれを口元に運ぶ。
シャナもそれに習って二人、朝の陽光に反照する爽やかな香りと味の
淡黄色の液体に喉を鳴らした。
「しかしワシも年だのぉ。もう少しいけると思ったがな」
赤くミミズ腫れになった痕をさすりながらジョセフは言う。
「痛かった?ゴメン」
ジョセフの真横に座り、承太郎の前では決して見せない心配そうな
顔と素直さでシャナは言う。
「いやいや、訓練にならんから本気で来いと言ったのはワシの方じゃ。
それにこんなもの昔の修行に比べれば痛くも痒くもない」
「ハモンと幽波紋(スタンド)使えば良かったのに、わぷっ!?」
「いやいや、可愛い孫にそんなものは向けられんよ」
ジョセフはそう言いながらシャナの頭をくしゃくしゃになるほど
撫で回し快活に笑った。
”言ってる事とやってる事が違うじゃあねーか。ボケジジイ”
という承太郎のツッコミが聞こえて来そうな猫可愛がりっぷりだった。
「孫……」
頭を撫でられながらその言葉にシャナは顔を赤くして俯いた。
ジョセフはその様子を頬ずりしたい程可愛いと思いながらグラスを口元に運ぶ。
”その暑苦しい髭面ですり寄られる方の身にもなりやがれ。クソジジイ”
という承太郎の声が以下略。
「ねぇ、ジョセフ」
顔を赤くしたままシャナはおもむろに切り出した。
「なんじゃ?」
ジョセフは左手で頭を撫でながら、右手でグラスを口元に運びながら
シャナに視線を向ける。
「一つ、訊きたいことがあるの。昨日自分なりに考えてみたけど、答えは出なかった」
「ほう?君でも解らない事か。果たしてワシに答えられるかのう」
出会って以来シャナの見かけに似合わない知識の豊富さには驚かされっぱなし
なのでジョセフは少々自嘲気味に顎髭を触った。
その少女の口からかつて偉大なる「風の戦士」との戦車戦をも制した、
歴戦の波紋使いにも予想だにしえない爆弾が急転直下で投下される。
「キスって、どんな意味があるの?」
「!!」
(な!?)
ジョセフが音を立てて霧状になったジュースを噴き出すとほぼ同時に、
制服の胸元に下げられたアラストールはその強力な自制心を発揮して、
なんとか発声を押し止めた。
(なななななななななななななななな)
以降は大いに心乱していたが。
ジュースが気管に入ったのか噎せながらジョセフは波紋の呼吸法
を利用して息を整える。
「これは、また、随分唐突な問いじゃのう」
口元を手で拭いながらジョセフは言った。最初は承太郎が何か妙な事を
吹き込んだのではないかという懸念が浮かんだが、それは孫の性格上天地が
ひっくり返ってもありえないので考えからは除外された。
まぁ、その懸念は当たらずとも遠からずといった所だったが。
「あ、ほら、ホリィが何かあるとすぐに承太郎にしてるでしょ?
昨日寝る前にもしてたし、どんな意味があるのかなって」
自分の隣に腰掛けていたホリィが私?といった表情で自分を指差す。
実は本当の理由は別にあったがそれは口に出したくなかった。
昨日承太郎が自分を慰めてくれたのは嬉しかった。
承太郎と一緒に花京院を助ける為に共闘したのは楽しかった。
だから余計に「あの場面」が脳裏に焼き付いて離れない。
胸の痛みは時が達つ事に強くなっている。
その所為で昨日はあまりよく寝られなかった。
その一部始終を傍で見守っていたアラストールは心の中で激しく毒づく。
(むうううう、おのれ『星の白金』空条 承太郎。全く余計な真似をしてくれおって)
無論、承太郎に疚しい気持ちなど欠片もある筈もなく、「あの場」は『ああする』
しか手がなかったのだが、そんな理屈はいま炎の魔神、天壌の劫火の頭の中からは
紅世の遙か彼方まで吹き飛んでいた。
アラストールの放った壮絶な呪いを受けて、今2階の自室でリリックとグルーヴの
たゆたうエコーの海の中、現世と夢の狭間で微睡んでいる紅顔の美男子が呻いた……
かどうかは定かではない。
「う~む。どんな意味があるか……か?簡単なようで難しいのう」
ジョセフは心底困ったという表情でシャナを見る。
そんなジョセフをシャナはその凛々しい瞳で真剣に見つめる。
(くれぐれも良識的な回答を頼むぞ!我が盟友(とも)
『隠者の紫』ジョセフ・ジョースター!)
アラストールの強烈な信頼を背負って、ジョセフは静かに口を開いた。
「考えた……という事はそれが『どういうものなのか』知ってはいるのじゃな……?」
何故か頭に若き頃親友と共に挑んだ『地獄昇柱(ヘルクライム・ピラー)』
の試練を思い浮かべながらジョセフはおそるおそる話を切り出す。
その顔は冷や汗でいっぱいだ。
”こんな時に『アイツ』がいれば代わってもらうのになぁ~”等と
情けないことも考えていた。
「うん。前に本で読んだ事あるからどんな対人作法かはしってる。
その……見た事もある」
昨日の光景が脳裏に浮かび、胸がズキンッと痛む。
すぐさまに目を瞑ってその光景を振り払った。
「ならば小説とかに似たような場面が出ておらんかったか?」
「個人の主観が入っているものは、適格な分析と思索の役に立たない、って
アラストールが言ってたから、重要文献を丸暗記しただけ。考察の対象に
したことない」
読んだ事があるのなら「それをもう一回読み直してみなさい」と言って話を
切り上げるつもりだったジョセフの目論見はものの見事外れた。
(やれやれ、我が盟友(とも)らしい石頭な教育法じゃのう)
とジョセフは頭の中で苦笑混じりに呟く。
「では映画とかで見たことは?」
「映画は見たことない」
「そうですか……」
にべもなく即答するシャナにジョセフは口を開けたまま苦笑する。
そのまま少女の胸元のアラストールへと視線を送った。
(むう?)
アラストールはジョセフの視線に気づいた。
いま、己の全てを託した信頼の絆で結ばれた掛け替えのない盟友は、
いま、露骨に苦々しい顔で自分をみている。
その顔にはっきりと「おとうさん、それはマズイよ」と書いてあった。
(き、貴様!何だその顔は!何故そんな目で我を見る!?我の情操指導に
何か問題があるとでもいうのか!)
今にも灼熱の炎の衣を纏って顕現しそうな勢いでアラストールは
ジョセフに心の中で怒鳴った。
(う~む。困ったのぉ。本当に何と言ったものか)
説明するにも何か取っかかりがないと正確に理解させるのは難しい。
しかし事が事だけに誤った解釈を与えるのは実に危険だ。
年頃の少女であるだけに。
両腕を組んで考え込むジョセフを後目にシャナは質問の相手を変えた。
「ねぇ、ホリィはどうしていつも承太郎にキスするの?」
(それは我も彼奴に嫉妬の情を禁じ得、あ、いや、うむ)
アラストールは心の中でコホンと咳払いをした。
清楚に両手を組んでシャナの隣に座っていたホリィは
少し顔を赤くして困ったように首を傾げた。
「そうねぇ。特にはっきりとした理由はないわねぇ。ただそうしたいから
しているだけで」
とおっとり答える。
「ふぅん」
特に理由はない。
なら自分の胸の痛みもただの気のせいなのだろうか?
ただ初めて見たから驚いただけで。
「ふむ」
ジョセフはようやく考えがまとまったのか組んでいた両腕を解いた。
その瞳に何故か決意めいた光が宿っているのが奇妙ではあったが。
「ところでシャナ?君は先程の訓練もそうだが、戦闘の技術(ワザ)を修得しようと
する時、本を読んだだけでそれが即実戦で使用出来ると思うか?」
突然話題が変わったが何かの喩えだと解したシャナは質問に答える。
「まさか、それで強くなれるなら誰も苦労しないわ。知識は大事だけど
それを戦闘で運用出来るようになるには、実戦を想定した反復練習を何度も
繰り返さないと」
その言葉にジョセフはいきなり手を打つと、鋼鉄の義手で真っ直ぐシャナを指差した。
「その通りだ!だから今の君の問いもそれと全く同じ!理解するには
百の言葉よりも実際に自分で試してみるのが一番良い!」
(な!?き、貴様!いきなり何を言い出す!?気でも違ったか!
ジョセフ・ジョースター!)
盟友(とも)の想定外の言葉に胸元のアラストールは大いに憤慨する。
「へ?試すって?私が?誰に?」
シャナはキョトンとした表情で自分を指差す。
「決まっておるだろう!今2階でスヤスヤ寝とる『我がもう一人の孫に』だ!
今なら誰の邪魔も入らん!殺るなら今がチャンス!」
そう言ってジョセフは手を逆水平に構えバシッと決めた。
「………………」
「………………」
「………………」
3者(?)の間に静寂の帳が舞い降りた。
部屋の中なのに何故か渇いた風が一迅傍らを通り過ぎる。
「そ……そ……!!」
握った拳をブルブル振るわせ羞恥と怒りでシャナの顔がみるみるうちに
噴火寸前の活火山のように真っ赤に染まっていく。
全身から立ち昇る紅いプレッシャーからは”ゴゴゴゴゴゴ”という
幻聴が聴こえてきそうだ。
「君は次に”そんな事出来るわけないでしょ!このブァカ!!”と言う!ハッ!?」
昔の癖でつい口走ってしまった台詞にジョセフは自分自身が唖然となる。
そこに間髪入れず
「そんな事出来るわけないでしょッッ!!このブァカぁぁぁぁーーーーーッッ!!」
「はぐおあぁぁッッ!!」
ジョセフの顎に唸りを上げて迫るシャナの高速の左アッパーが炸裂した。
衝撃でジョセフはソファーの後ろにもんどり打って転がり落ちる。
色々考えてはみたが結局は良い答えが思いつかなかったので、
ジョセフはお茶を濁して誤魔化す事にした。
ジョースター家に伝わる戦闘の思考最終奥義、「逃げる」である。
ジョセフをKOしたシャナは拳を振り上げたまま心の中で激高する。
(な!?なんで私がアイツにそんな事しなきゃいけないのよ!アイツの所為で
安眠妨害までされてるっていうのに!さっきもせっかく誘ってやったってのに
寝ちゃうし!あんなヤツ大キライ大キライ大キライ!!)
惨劇の場と化したリビングでホリィだけがあらあらと口元を押さえて笑っていた。
流石に承太郎の母親だけあってその器の大きさは桁外れのようである。
「訊いた私が間違ってた!ジョセフのバカ!もう知らない!」
シャナはそう言ってプイッとそっぽを向いた。
(むう……これでまとまったのか?これで良かったのか?取りあえず
当座の危機は去ったようだが。一応身体を張ったその覚悟に敬意を表しておこう。
我が盟友(とも)『隠者の紫』ジョセフ・ジョースター。因果の交叉路でまた逢おう)
アラストールは背後で死の淵に瀕している掛け替えのない盟友に合掌を送った。
そこに第三者のクールな声が割り込む。
「おいジジイ……?テメー朝っぱら何やってんだ……?アホか?」
ソファーの後ろの開いたドアからいつのまにかそこにいた
シャナの葛藤の張本人が、襟元から黄金の鎖が垂れ下がり二本の革のベルトが
交叉して腰に巻き付いた愛用の学ランをバッチリと着こなし、
仄かな麝香を靡かせながら床で仰向けに寝そべるジョセフを
澄んだ視線で見下ろしていた。
「ようアラストール。早ぇな」
「うむ」
短く朝の挨拶を交わし承太郎の怜悧な光の宿るライトグリーンの瞳をみた
アラストールは、
(まぁこの男ならシャナに妙な真似はしないだろう。思いつきすらせんかもしれぬな)
と一人得心した。
「おまえが遅いのよ!バカバカバカ!」
「?」
先程の事をすっかり忘れている承太郎にシャナは殊更にキツイ口調で
吐き捨てるとホリィと共に朝食の間へと歩き出す。
「ぐはあっ!?」
途中でジョセフを踏んづけたが少女は気づかなかった。
朝から最高に不機嫌なシャナの、その理由がまるで理解不能な為、承太郎は
「やれやれだぜ」
とプラチナメッキのプレートが嵌め込まれた学帽の鍔を摘んだ。
その足下で涙に濡れるジョセフは
(シーザー……ワシ……これで良かったよな……?)
と心の中で呟く。
しばらく口をきいてもらえないかもしれないが、シャナの為を思えば
致し方ない。
それが、ジョースターの血統の男。
それが、何百年にも渡り受け継がれてきた『黄金の精神』
閉じた瞳の中、最愛の親友は優しく自分に微笑みかけてくれていた。
ジョセフ・ジョースター。
かつて「光」「炎」「風」を司る太古の最強種全てに打ち勝ち、
「神」となった究極生物にも見事勝利を掴み取った伝説の男。
幽波紋(スタンド)は遠隔操作型スタンド『隠者の紫(ハーミット・パープル)』
フレイムヘイズの少女、『炎髪灼眼の討ち手』怒りの鉄拳のもと儚くここに散る。
しかしその顔は穏やかであったという。
←To Be Continued……
最終更新:2007年05月20日 12:34