ジョセフを欠いた3人で一つのテーブルにつき朝食をすませた承太郎とシャナは、
ホリィの満面の笑顔に見送られながら学校に行く為空条邸を後にした。
朝の街路に承太郎のマキシコートのように長いオーダーメイドの学ランと
シャナの綺麗に糊付けされたセーラー服の裾が翻る。
昨日の行動をトレースするように互いに無言。
朝の風に麝香の香水と椿油の洗い髪の匂いが混ざって空間に靡いた。
そしてちらほらと登校途中の他の生徒が見えだした頃、いきなりシャナが
周囲を警戒、否、威圧し始める。
今はまだ来ないが昨日のように女生徒達が大挙して自分達に群がってきたなら、
今日はフレイムヘイズ自慢の虹彩を射抜くような鋭い眼光で
追い払ってやろうと考えていた。
(ちょっとでも私たちに近づいたら……殺る!)
そう強く胸に誓いシャナは全神経を研ぎ澄ますと、周囲360度全てに
己の「殺し」を張り巡らせた。
隣にいつの間にか居た、雇った覚えのない小さな用心棒の先生の
有り難い(?)その御心には気づかず、護られる立場の当の本人は道を外れて脇に逸れた。
「おまえ?どこに行くの?学校はそっちじゃないわ」
問いかけるシャナに
「今日は気が乗らねぇ、フケるぜ」
と短く承太郎は告げ、潰れた学生鞄を脇に抱えたままスボンのポケットに
片手を突っ込んで学校とは正反対の方向に行ってしまった。
「もう!」
自分の行為が徒労に終わった事に苛立ったシャナは地面を蹴ってその後を追う。
「おい?何付いてきてんだ?「不良」でもないのにサボってるんじゃあないぜ」
残像を映して自分に追いついてきたシャナに承太郎は視線を合わせずに静かに言う。
「うるさいうるさいうるさい。何の為に私がおまえの傍にいるのか忘れたのッ!」
そう言ってシャナは承太郎の隣についた。
(むう。此奴、昨日の「あの事」を気に掛けているのか。
自分が接触する事で「あの娘」の記憶が戻る事を……
確かに強引な記憶の操作だった故その可能性は無きにしも在らずだな)
シャナの胸元で揺れるアラストールは小さく心の中で呟いた。
再びお互いに無言のまま10分ほど歩き、見えてきた自然公園のベンチに
承太郎は腰を降ろす。シャナも必然的にそれに習った。
承太郎はベンチにゆったりと背を預け、両腕を縁に大きく広げてもたれかかった。
身体が大きいのでシャナの座るポジションは必然的に脇の方に移る。
だがこちらは身体が小さいのそれでも十分過ぎる程のスペースだ。
足を大股に開いて座る承太郎の横にスカートの中で足を組んで
ちょこんと大人しく座っている。
承太郎はそのまま黙って空を眺めていた。時折思い出したように煙草を取り出して
火を点けそれが吸い終わると足下で吸い殻を揉み消し、
再び空を眺めながら時折考え込むように俯く。
(こいつ……空見るのが好きなんだ……!)
シャナは承太郎に自分と同じ嗜好が在った事に驚き、更に少し嬉しくなる。
つられて自分もその無限へと続く広大な蒼の空間へ視線を移した。
そして”こいつにならいつか自分の大好きな景色を見せてやっても良いかな……”
と密かに思った。
空と大地、その水の鏡に同じ色彩が映った特別な景色を。
(喰われそうだな……)
その水晶のように静謐で気高いライトグリーンの瞳に、広大なスカイブルーの
光景を映しながら承太郎は心の中で呟いた。
巨大な雲海が形を少しずつ変えながら緩やかに流れていく。
その今にも落ちてきそうな空の下で承太郎は学帽の鍔で目元を覆い瞳を閉じた。
シャナは承太郎が微睡みの世界に落ちた事に気づかず、そのままベンチの縁に
両手をついて無言で空を見つめていた。
そしてしばし、時が流れる。
公園の花壇に設置された花時計の針は気がつくともう10時を指していた。
承太郎の足下の吸い殻は既に十本以上になっている。
沈黙の中シャナがおもむろ口を開いた。
「さてと、いつまでも此処で空見てても仕方ないし、昼食の買い出しにでも行くわ」
そう言って鞄を手に取りベンチから腰を浮かせる。
「おう、行ってこい。ついでに煙草も頼むぜ」
心底無関心な口調で承太郎は両足を大股に開いたまま
両手をレザー製のズボンのポケットに突っ込み、俯いたまま言った。
シャナが消えるので、この後は久しぶりに雀荘にでも行くか。
それともバカラにするか。午前中からでも酒を飲ませてくれる
BARは近くにあったか。等と健全な不良に相応しい思考に耽っていた
承太郎の襟首がいきなり強い力で掴まれ無理矢理ベンチから引き起こされる。
「!」
一瞬の浮遊感の後、黒いレザーの某有名ブランド製の靴の踵が
足下のアスファルトの上に接地するのとほぼ同時に
「何言ってるの?おまえも来るのよ」
目の前でシャナが澄ました表情で言った。
外資系の企業がスポンサーとなって設営された巨大なアメリカン・スーパーマーケット。
早朝セールが終わった後なので広い店内は今は閑散としている。
静かに開いた自動ドアから中に入ったシャナは青い網の目状の買い物カゴを
手に取ると、目の前の生鮮食品には目もくれず、通常の買い物の順路を無視して、
その中心辺りにあるお菓子売り場に向かった。
その中からスナック類などは度外視してチョコレートのクッキーや
カスタードクリームの入ったマドレーヌなどを手当たり次第に手にして
カゴの中に入れている。
「………………」
その様子をしばらく黙って見ていた承太郎は、やがてやれやれと軽い溜め息をつき、
傍にあった冷蔵庫から良く冷えた緑色のビールの缶を取り出して
何本も無造作にカゴの中に放り込んだ。
「真っ昼間からお酒飲むの?おまえ?」
「あまり感心せんな」
ジト目でこちらを見るシャナとアラストール(?)に、
「不良だからいいんだよ……」
と滅茶苦茶な論法で返す承太郎。
シャナは脇に設置された冷蔵棚から子供用の甘いコーヒー飲料を取りカゴに入れた。
承太郎はビニールでくるまれたブルーチーズをクラッカーと一緒にカゴに放り込んだ。
いつしか大量のお菓子と少量の食品で一杯になった買い物カゴを
ちゃっかり承太郎に持たせたシャナは、最後にレジ近くの棚でパンを選ぶ。
何故かその視線を釘付けにしているのは、メロンパンだった。
紅くはないがまるで戦闘中のような真剣な表情で、
何種類もあるメロンパンを、慎重に吟味している。
「………………」
甘いものが嫌いな承太郎には永遠に理解不能の感情だった。
そのシャナの真剣さにつられたのか承太郎は何となくメロンパンの
入った袋を一つ手にとり新種の海洋生物でも見るようにしげしげと眺める。
「こんなモンの一体どこが美味ぇんだか?果汁入り、ね……」
その承太郎の呟きにいきなりシャナが立ち上がって、
胸を張ったままこちらに凛々しい視線をブツけてくる。
今にも髪と瞳が炎を撒いて変質しそうな勢いだ。
「メロンパンってのは、網目の焼型が付いているからこそのメロンなの!
本物のメロン味なんて、ナンセンスである以上に、邪道だわ!」
突然の大声と主張に、周囲の買い物客たちからも、おお、と声が漏れる。
「やれやれだぜ……」
承太郎は学帽の鍔で目元を覆い、苦々しく呟いた。
結局、厳選の作業には、それから十分の時を要した。
商品を選び終わり買い物カゴをレジに持っていた時、
シャナが絶妙の間とタイミングで
「今日はありがとう、『お兄ちゃん』」
と言った。
声色を使い、顔に年相応の無邪気な笑顔を浮かべて(無論演技である)
その所為で周囲の注目を浴びたので空気的に代金は承太郎が払う事になった。
(このクソガキ……!長生きするぜ……)
心の中で毒づきながら承太郎はシルク
リンクの金色のウォレット・チェーンで
繋がれた、蛇革のパイソンの財布から黒いクレジットカードを取り出して
レジ係の中年女性に渡した。
日用雑貨からは個人専用のジェット機まで買えるSPW財団特性のものだ。
ナリは不良でもその風貌と風格は永い歴史を持つ貴族のそれであるので
承太郎がブラックカードを所持している事に特に違和感はない。
女性は目を白黒させてカードと承太郎を何度も見たが、剣呑な表情を
崩さない承太郎に気圧されてカードを素早くCAT端末のスリットに通した。
支払いを終え、備え付けの台の上でそれぞれの品物を店のロゴが
プリントされたビニール袋に入れる。
承太郎はビールとチーズとクラッカー、それと店内に出店していたS市杜王町を
本店とする某有名店のパンしか買ってないのでものの数秒で作業を完了する。
シャナは慣れた手つきでお菓子やパンを袋の中に入れているが
その量が膨大に及ぶので全体の作業工程はまだ半分と言った所だ。
「ぼさっとしてないで手伝いなさい」
荷物持ちに加えて代金まで払わされ、その上に最後の手伝いまで強制される
筋合いは全くないのだが承太郎は昨日の自在法と花京院の件の礼だと割り切って、
この小さな暴君の命令に黙って従った。
「やれやれだぜ……」
という苦々しい呟きは抑えられなかったが。
店を出るとき互いの手から下げた買い物袋は、何故か自分の買った品物ではなく
相手のものだという奇妙な構図ではあったが、ともあれスタンド使いにも
紅世の徒にも襲われる事なく二人は無事に買い物を完了した。
さて、次なる問題は「一体どこで食べるか?」という事だった。
先程の公園でも別に良いのだが二人で居るとただでさえ目立つ上に、
平日の昼間に潰れた学生鞄を持った派手な服装(ナリ)と容姿の男がベンチに
腰掛けて酒を飲んでいたら良識ある御夫人方にまず間違いなく通報されるだろう。
おまけにその脇には大量のお菓子を抱えた自分と同じくらい目立つ存在感の
美少女が居る。
警察官に職務質問を受けたら最悪、幼児誘拐だという疑いを掛けられかねない。
なので承太郎は仕方なく「学校」に向かった。
ギギ……ギギギギギギ……
表面の塗装が剥がれた木製のドアが重苦しい音を立てる。
承太郎とシャナは近々取り壊される予定の木造旧校舎3階、化学実験室に来ていた。
荒れた外見とは裏腹に中は意外と片づいている。
埃が綺麗にふき取られ、ゴムチューブで繋がれた錆びたガスバーナーが
二つ並ぶ中型の机の上には海洋生物や遺跡、哲学書などの無数のジャンルの書物が
幾つも無造作に置かれていた。
元は2,3年の(進学校にありがちな陰湿なタイプの)不良グループが
たむろしていた場所だが偶然迷い込んだ承太郎に、人数と所持していた武器の虚勢と
他の女生徒達からの承太郎に対する人気への嫉妬も相まってよせばいいのに
薄ら笑いと薄汚いガンツケを浮かべながら絡み初め、その後全員まとめて
顎を砕かれその他色々潰されて血祭りに上げられた為、それ以降は
誰も此処には近寄らなくなった。
なので承太郎が学校での自分専用の個室(というには少々大きすぎるが)に
してしまったのである。
かったるい体育の授業や無能なボンクラ教師の授業をサボる時には
大概ここに来て、煙草を吸うか本を読むか机の上で寝るかしている。
(サボリ場所の定番、保健室でも別に良いのだが仮病を装って隣で寝よう
とする女生徒達が大挙して押し寄せるのでウットーしいのである)
ちなみに取り壊しの具体的な日時が決まっていないので一応水や電気も通っている。
旧式の黒いスイッチを入れると黒カーテンに包まれた空間に灯りが灯った。
先刻、承太郎とシャナは学園の裏口の高い壁をスタンドと
フレイムヘイズの力を使って軽々と飛び越え、非常用の螺旋階段を
使って非常口からここに侵入した。
当然、新校舎の方はまだ授業中なので周囲は静寂に包まれている。
グランドの方からは球技でもやっているのか生徒達の遠い歓声が聞こえてきた。
「やれやれだぜ……」
と承太郎は呟き、大量の甘さのみを追求したファンタジーにでも出てきそうな
お菓子の山が入っている袋を机の上に置くと背もたれのない年期の入った
直方体型の椅子に腰を下ろしその長い足を組んだ。
シャナも若干の食品と缶が入った軽い袋を机に置くとその真向かいに座る。
「まさか「学校」とはね。おまえ?教師に見つかったら色々面倒じゃないの?」
「ブッ壊される予定の校舎だから誰もここにはこねーよ。
まぁ来たところでセンコーの一人や二人軽く撫でてやるがな」
と承太郎はシャナに簡潔に答える。
「ふぅん。ま、邪魔が入らないなら私はなんでも良いけどね」
承太郎はクラシックなタイプの不良なので基本的に彼の生き方のスタンスは
ロックでストイックな反体制である。
まぁ彼がそうなった理由は肩書きだけの無能教師があまりにも多過ぎた
という事実も多分にあるのだが。
自分の周囲にいる人間はジョセフやホリィ、祖母であるスージー、
更に齢100歳を越える超高齢にも関わらず女神のような若さと美貌を誇る
『最強の波紋使い』曾祖母エリザベス等あまりにも偉大過ぎる人物が
多過ぎるので、どうしても肩書きだけで無能のくせに知ったふうな講釈を垂れ、
そのくせイジメや差別等を見て見ぬフリをしているサラリーマン教師が
どうしようもないただのアホにみえるのである。
承太郎は袋から緑色のビールの缶を、シャナはイチゴミルクの缶を取り出し
無論乾杯などはせずにタブを捻ってそれぞれの口元に運んだ。
一息で半分以上飲み干した承太郎は、袋からブルーチーズを取り出し
机の上に放られていた刃渡り15㎝の良く磨かれたジャックナイフで
ビニールを切り裂きそれをまな板代わりにしてチーズを切り、ナイフの先端に
それを刺して口に運ぶ。何度か噛んで独特の味と香りを楽しんだあと、
クラッカーの袋を破り数枚まとめて口の中に放り込んで一緒に咀嚼した。
そのまま後を追うようにビールの缶を手にして残りを一気に呷る。
淡い吐息が短く承太郎の形の良い口唇の隙間から漏れた。
シャナはメロンパンを取り出して袋を開け、両手で持ってぱくついた。
相当に美味しいのか顔が綻び容姿が見かけ通りの年齢に戻る。
承太郎は2つ目のビールの缶を手に取り、袋からはビニールに包まれ
金色の紐で先端を結ばれたホットドッグを取り出した。
紐を解き本体に囓りつくと先程と同じようにビールの缶を口に運ぶ。
「?」
小気味よく承太郎の喉を通り過ぎる泡立つ黄金色の液体の音にシャナが反応した。
綺麗な焦げ目がついたソーセージに露で濡れたレタスとスライスされたオニオンが
挟まれたホッドドッグに囓りつきながらあんまり美味しそうに喉を鳴らしているので、
なんとなく興味が湧いたシャナは承太郎の袋の中から緑の缶を一つ手に取りタブを捻る。
「おい?」
「こら……」
剣呑な視線を自分に送る承太郎とその行為を窘めるアラストールを
無視して蓋の開いた缶を口元に運ぶ。
その直後。
「ーーーーーーーーーーーッッ!!!!????」
今だかつて経験した事のない途轍もない苦さと筆舌につくし難い異様な味。
鼻に抜ける発酵した麦の匂いと口内を流法の如く暴れ回る刺激に中身を吹き出したい
という欲求が耐え難く迫り上がってくる。
が、そこは誇り高きフレイムヘイズ、炎髪灼眼の討ち手。
顔をしかめ目元をいっぱいの涙で滲ませながら、口の中の液体を無理矢理嚥下する。
小さな喉が液体の通り抜ける音と共に微かに動いた。
「くはァッ……!!ハァ……ハァ……」
ある意味DIOとの戦い以上の死闘になんとか勝利した少女は、
心に溜まった憤懣やるかたない幾つもの感情を
八つ当たり気味に(最も完全な八つ当たりだが)承太郎にブツけた。
「スッッゴクスッッゴクマッッッズイッ!!信じらんないッッ!おまえ!
よくこんなもの平気な顔して飲めるわねッ!」
目元に涙を浮かべたまま真っ赤になって抗議の声を上げるシャナに承太郎は
「ガキに酒の味は解らねーよ」
と目を閉じ缶を口元に運んだまま普通に返す。
”天道宮”時代のシャナの養育係がみたら
「ご自身の失態の結果であります」
と評しそうな、いっそ清々しいくらいの逆ギレっぷりだった。
目元の涙を拭いムクれたまま口直しにシャナは袋からチョコスティックの
入った箱を取り出す。
そのシャナの前にそれとは別の箱が差し出された。
「……?」
「酒は口に合わなかったみてーだな?ならこっちはどうだ?試してみな」
承太郎が表情を変えないまま袋に最後に残ったボックスのサンドイッチ
を取り出して目の前に突き出していた。
半透明の容器の中に、白いパンに挟まれた綺麗に揚がったチキンカツ、
照りのある焼き色の付いたローストビーフ、艶めかしい色彩の
スモークサーモン等がバリエーション豊かに並んでいる。
特に断る理由もないのでシャナは左端のカツサンドを手に取って口に運んだ。
「……!?」
柔らかいパンの感触にこんがりと揚がった香ばしい衣が調和し、特製の
ソースが脂の乗った肉と歯応えが良い野菜に絡みついてパンと融和する。
久しぶりに(初めて?)甘い物以外に美味しさを感じ、
「お」
と思わず本音が口を付いて出そうになるが、そこは誇り高き(天の邪鬼なとも言う)
フレイムヘイズ、炎髪灼眼の討ち手。
「ま、まあまあねッ!」
そっぽを向いて残りを口に運んだ。
ちゃっかり左手で2切れ目を取りながら。
承太郎はホットドッグの残った切れ端を口に放り込むとそのまま2本目を
飲みきってしまう。袋の中の新しい缶に手を伸ばす前に承太郎はシャナの目の前で
放置されている中身が殆ど減っていないタブの開いた缶を手に取った。
「あ……ちょ、ちょっと」
その緑の缶を口元に運ぼうとしていた承太郎をシャナの声が制する。
「アン?」
承太郎は缶を口に持っていく仕草のままでシャナを見る。
「その……だ、だから……」
そう言ってシャナは口籠もる。
口の中で何かごにょごにょ言っているが言葉になっていないので判別不能だ。
しきりに承太郎の色素の薄い口唇と開いた缶の飲み口を気にしていた。
「やれやれだぜ……」
その意図を解した承太郎が目を閉じて静かに呟くと、
その背後でスタンド、スタープラチナが音も無く背後から出現した。
そして人差し指を立て厳かに構えると、
「オラァッ!」
掛け声と共にその指先が鋭く缶の底辺部を刺し貫いた。
あまりの速さとキレに中の液体も一瞬反応が遅れ、凹凸が全くない綺麗な円状の
空洞から泡立つ黄金色の液体が湧き水のように流れ落ちる。
承太郎はその放物線の下で口を開くと、所謂ショットガン方式で
喉を鳴らしながらその液体を一滴残らず全て飲み干す。
そして中身が全て無くなった缶を手で潰すと微かな音を立ててシャナの目の前に置いた。
「これでいいんだろ?」
件の如く剣呑な瞳でシャナを見る承太郎。
「う、うん……」
力無く頷いたシャナを一瞥すると承太郎は袋からまた新しい缶を取り出した。
そのまましばし無言のままお互いの食事に専念する。
何故か2つ目のメロンパンを口に運ぶシャナの手つきは辿々しかった。
「よぉ?」
「ひゃわッ!ななな、なに!?何か用!?」
ビールの缶を口に運びながらおもむろに口を開いた承太郎にシャナが過敏に反応する。
「オメーが属してるとかいう戦闘組織……その”フレイムヘイズ”っつーのは
一体何なんだ?」
「な、何でいきなりそんな事聞くの?」
まだ動揺が収まらないシャナが聞き返す。
どこぞの殺人鬼が訊いたのなら”質問を質問で”以下略。
「さぁな。ただ何となく興味が湧いただけだ。ジョースターの血統の男は昔から
妙な事に首を突っ込みたがる性質があるようでな。オレもその血を引いてるって事だろ……」
ビールの缶を口元に運びながら承太郎は他人事のように言った。
「ま、言いたくねぇんなら無理には聞かねーがよ」
そう言いながら4本目を空にすると承太郎は制服の内ポケットから
赤い煙草のパッケージを取り出し、中から一本引き抜いて口に銜えると
ジッポライターで火を点けた。
端正な口唇の隙間から紫煙が細く吐き出される。
シャナは煙草は味(無論未経験故の独断)も匂いも死ぬほど嫌いだが、
何故か承太郎が吸っている仕草には嫌悪感が湧かない。
未成年が煙草を吸うのは堕落した行為の筈だが、承太郎の煙草を吸う仕草は
不自然なほど自然に感じられた。
なのでシャナは素直に問われた質問に答える。
「“紅世の徒”によって世界が歪んでしまうのを防ぐために“徒”と戦う者達。
世界の歪みを憂い、同族を倒す決意をした“紅世の王”をその身に宿す事によって
不老の肉体を持ち、死ぬまで”紅世の徒”との戦いを続ける使命を負った者」
胸に手を当てて動揺を抑えたシャナは可能な限り簡潔に
”フレイムヘイズ”の概念を承太郎に説明する。
承太郎はその説明を鋭敏な頭脳で即座に呑みくだすと、口唇の端に
煙草を銜えたままでシャナに聞き返す。
「その中の一人がオメーか。シャナ」
「そう」
(…………)
承太郎は灰皿代わりのビールの空き缶に煙草の灰を慣れた手つきで落とす。
「”王”を『その身に宿す』っつーことは、そのペンダントはアラストールの「本体」
じゃあねーのか?」
それにはシャナの代わりにアラストールが答える。
「うむ。これはこの子の内に蔵された”紅世の徒”たる我、その意思だけをこの世に
顕現させる、”コキュートス”という神器だ」
承太郎は二本目の煙草に火を点けながら静かに呟く。
「コキュートス……嘆きの川、氷縛の巨人、か……なかなか洒落が利いてんな……
炎の魔神さんよ……」
承太郎は細く紫煙を吹きながらアラストールに言う。
「博識だな。貴様」
アラストールは承太郎の年齢に似合わない造詣の深さに素直に感嘆の意を示す。
「別に。サボって暇つぶしに読んだ古典の受け売りだ」
(ダンテの『神曲』……第九圏……裏切者の地獄……)
承太郎の呟きに昔アラストールに内緒で”天道宮”の書庫で読んだ
古典文学の原本の事をシャナは思い出した。
承太郎の自分に匹敵する知識の量にシャナはワクワクする気持ちを押し隠しながら、
出来るだけ平淡な声でアラストールの説明を補足する。
「つまりアラストール本人は契約者である私の中にいて、
このペンダントはその意思を表に出す仕掛けってことよ」
「契約者……ね……それで王と契約した者が特殊能力を持った
”フレイムヘイズ”になるってわけか」
ビールの空き缶の中に煙草の吸い殻を捨てる承太郎にシャナは
「その通りよ」
と言って思わずニッコリ微笑みそうになるが、そこは強靭な意志で言葉と表情を押し込める。
「じゃあオメーは元は人間なのか?シャナ?」
剣呑な瞳で自分を見てくる承太郎にシャナはキョトンと返す。
「何だと思ってたのよ?」
「紅ぇ目と髪のうるせーガキ」
「こ、こいつ!」
シャナは握った拳を振り上げた。
「冗談だ」
承太郎は再び袋から取り出したビールの缶のタブを捻りながら
落ち着いた声でシャナを押し止めた。
「まぁ大体の所は解ったぜ。要するにシャナ、オメーが「本体」で
アラストールが「スタンド」みてーなもんだな」
そう言って承太郎は緑の缶の中身を呷る。
そこにシャナの怒声が
「ぜッッッんぜん違う!」
と轟いた。
あながち間違いではない独特な解釈なのだが、シャナはそこは強く否定する。
そしてアラストールが承太郎の結論に付け足した。
「まぁ、この子はフレイムヘイズの中でも少々異質な存在でな。
フレイムヘイズの大半は紅世の徒に恨みを持ち、「復讐」を
戦いの動機と目的とする者が多いのだがこの子は違う」
「ほう。じゃあこいつの「家族」とかは別にあのバケモン共に喰い殺されたって
わけじゃあねーんだな?」
「家族」と言う言葉にシャナの小さな肩がピクッと反応する。
その反応が少々過剰だったので失言だと判断した承太郎は、
「あぁ、そいつぁオレの知った事じゃあねー話だな。わりーが忘れてくれ」
と静かに自分の言葉を取り消した。
(此奴……)
承太郎の仁の情に心の中でほんの少しだけ笑みを浮かべたアラストールは
厳かに話を続ける。
「この子は幼き頃からフレイムヘイズになるべくして養成された子。
”在るべくして在る者”とでも今は言っておこう」
そのアラストールの言葉に承太郎はビールの缶を口に運びながら静かに言った。
「”在るべくして在る”、ね。オメーらしいな。シャナ」
そう言って剣呑な視線を向けてくる承太郎にシャナは
「な!?お、お、お、おまえなんかに私の何が解るっていうのよッ!」
予期せぬ言葉に紅潮させて怒鳴る。
「さぁな。会ったのはほんの2日前だがオメーが悪いヤツか
そうじゃあねーか位は解る。悪いヤツならわざわざ身体張ってバケモン共と
戦おうとはしねーだろ。ガキで女のくせによ」
間接的にだが”お前は良いヤツだ”と言われた事にシャナは心の底から
嬉しかったが口から出る言葉は何故かそれとは裏腹なものになってしまう。
「うるさいうるさいうるさい!ガキっていうな!」
「ガキはガキじゃあねーか。嫌なら”お嬢ちゃん”とでも呼んでやろうか?」
「うるさいうるさいうるさい!もっとイヤッ!」
一瞬、承太郎の甘い声でそう呼ばれる事を想像してしまったシャナは
再び頬を紅潮させて否定した。
「やれやれわがままなヤローだ」
そう言いながら承太郎はビールの缶を口に運んだ。
終始承太郎のペースに乗せられたまま会話が終了してしまい、面白くないシャナは
捨て台詞のようにそっぽを向いて言った。
「おまえに私たち”フレイムヘイズ”の事は解らないわよッ」
「オメーにもオレ達『スタンド使い』の事ぁ解らねー」
「………………」
「………………」
折り重なった二つの言葉。
振り向いた自分を剣呑な瞳で見ている承太郎。
そして奇妙な沈黙。
「ククッ」
「フッ……」
その事にシャナは思わず吹き出し、承太郎の口元にも微かな微笑が浮かんだ。
そのとき。
世界が裏返ったかのような異様な体感が二人の身体を貫いた。
「!!」
「!?」
弾かれるように二人で同時に窓へと向かって飛び出す。
窓の手前で勢いよく停止したシャナの脇で承太郎が両手で黒のカーテンを
掴み引き裂くように左右に開いた。
黒カーテンの開けた先。
薄白い炎が奇怪な紋様を浮かべながら承太郎とシャナの頭上でドーム状に広がっていた。
いつか見た光景。
悪夢と絶望への地獄門。
因果孤立空間、”封絶”
それが新校舎を中心に学園全体を覆っていた。
「来やがったな……!」
歯をギリッと食いしばった承太郎の碧眼に決意の光が宿る。
同時にシャナの髪と瞳が炎髪灼眼に変わりその紅い虹彩の奧に使命の
炎が燃え上がった。
華奢な身体を黒衣が舐めるように足下から迫り上がり絡まり合って
その身を覆っていく。
そして全身から鳳凰の羽ばたきのように火の粉を振り撒くと、
勇ましいその声で開戦の始まりを宣言した。
「さあッ!始めるわよ!承太郎!」
「上等だッ!行くぜッ!シャナ!」
承太郎は猛る闘争心を言葉で吐き出し、そしてその背後から
流星を司る『幽波紋(スタンド)』、『星の白金(スタープラチナ)』が
勢いよくその長い鬣を揺らして白金色の燐光を放ちながら高速出現する。
「オラオラオラオラオラオラオラァァァァァッッ!!」
すぐさまに繰り出されたスタープラチナの音速の多重連撃が
目の前の窓硝子を粉々にブチ破り、衝撃でミクロン単位にまで爆散したガラスが
煌めきながら余波で空中へと舞い踊る。
素早く窓の珊へ同時に足を掛けた承太郎とシャナは、学ランと黒衣の裾を
靡かせながら砕けたガラスのシャワーの舞うキラメキの中、スタープラチナの放つ
白金の燐光と炎髪の撒く真紅の火の粉を一緒に振り捲きながら共に
空中へと舞い上がった。
←To Be Continued……
最終更新:2007年05月20日 12:42