ジョジョの奇妙な冒険×灼眼のシャナ
STARDUST・FLAMEHAZE*
【CHAPTER#15 戦慄の暗殺者】
その日、疼く傷痕を押し、かなり遅れて学園に登校した花京院 典明は、
突如何の脈絡もなく出現した白い”封絶”を呆然と見上げていた。
「この能力は……!まさか、「あの男」が此処に来たのか……!?」
『狩人』フリアグネ。
そのあまりに純白な為に青みがかってみえる白のスーツを端正に着こなし
同じく純白の長衣を細身の身体に纏っていた、
まるで現世と幽界の狭間に立っているかのような虚ろな雰囲気の幻想の住人。
旅行先、エジプトでのDIOとの最悪の邂逅により「肉の芽」によって下僕にされ、
いつのまにか軟禁されていたDIOの館で命令を待っていた時、
壁に立てかけられたランプの灯火のみが光源の薄暗い地下の書庫でよく顔を合わせた。
”紅世の徒”という『幽波紋(スタンド)使い』と同質の力を持つ、
異界の能力者の存在はDIOの参謀である褐色の麗人、
占星師エンヤから幾度か聞かされてはいたのだが
実際に逢ってみるとその容姿や外見は人間のそれと殆ど変わらないので
拍子抜けした憶えがある。
その地下の書庫でフリアグネは花京院に幽波紋(スタンド)と
同様の能力を持つという異界の神器、『宝具』を自慢したり、その宝具の能力や
上げた戦果の解説(というよりフリアグネが勝手に一方的に喋っていただけだったのが)
をカルトコレクターにありがちな大仰な手振りと言い回しで花京院にしたりした。
どんな書物にも決して書かれていないそれら異界の住人の不可思議な話は、
フリアグネ自身の持つ神秘的な雰囲気とその語り口の巧さも手伝って
花京院の知的好奇心を大いにそそるものであったので、
花京院は手元の本に視線を落としながら適当に相槌を付く振りをして
毎回深く聞き入っていた。
そうやって何度かDIOの館の書庫で話を交わす内、
ある日、フリアグネは唐突に自分に「ある事」を告げてきた。
その時の言葉が花京院の脳裏に鮮明に甦る。
『どうだい?私と「友達」にならないか?』
靴も指もない肌色フェルトの喋る人形”マリアンヌ”を大切そうに胸に抱きかかえ、
いつもの通り愛用宝具の戦果を多少誇張して話し終えたフリアグネは、
いつもの通り黙って本に視線を落としながら話に聴き入っていた
花京院に向かってそう言い放った。
『君と私は良く似ている。その容姿も。性質も。能力も。
まるで現世と紅世の合わせ鏡の存在であるかのように。
そうは想わないか?花京院 典明君?』
フリアグネはそう問いかけながら豊かな頭髪と同色の
透き通るようなパールグレーの瞳で自分の瞳を覗き込んできた。
口元にナルシスティックな耽美的微笑を浮かべ、触れれば輪郭が掠れような
線の細い美男子の紡ぐ声は、何処か調律の狂った弦楽器のような奇妙な韻を含んでいた。
その怜悧な瞳に宿る淡麗な光が、今まで押し隠し続けてきた
自分の心の暗部を静かに照らし出し、そして無言のままに語りかけてくる。
「孤独なんだろう?」と。
「誰も自分の真の姿を知る事が出来ないから」と。
そして蠱惑的な誘惑と共に最後にこう語りかける。
「安心し給え。私には見える。『君の真実の姿』が。
私なら君と真に心を通わせる事が出来る。
世界中で私だけが君を理解してあげられるよ」と。
『……………………』
そのフリアグネのやや軽薄な見かけと口先とは裏腹の、
尖った鏃のように尖鋭な洞察力に花京院は反射的に警戒心を抱く。
その花京院の心情をその灰色の瞳で素早く見抜いた
フリアグネはすぐに一歩引いて宥め賺す。
『おおっと、そう警戒しないでくれたまえ。別に疚しい下心や他意は一切無い。
君の高潔な知性と精神に対する純然たる敬意と好意さ』
そう言って大仰に開いた両手を演技っぽい動作で左右に振ってみせる。
その演技っぽい過剰なリアクションが余計に花京院の警戒心を尖らせた。
その花京院の様子を黙って見つめていたフリアグネの胸元で抱かれている人形、
”燐子”マリアンヌが笑みの形で結ばれた口を一切開かず、
微かに蠢かせただけで花京院へと言葉を告げる。
『アナタ?何を勘ぐっているかは知らないけど正直それは無粋と言うものよ。
私のご主人様を信用なさい。ご主人様に好意を抱かれ友人に選ばれるなんて
とても名誉な事よ?この方は誉れ高き紅世の”王”なのだから』
純白で鈍い光沢のあるシルクの手袋で覆われたフリアグネの華奢な手にスッポリ
収まってしまう程小さい人形マリアンヌは、その愛くるしい見かけには不相応な
清廉な声で花京院に言った。
その途端、
『マリアンヌ!!』
急に先程以上の芝居がかった過剰な演技で、フリアグネは右腕を
悩ましく折り曲げて額に手を当てる。
『よしておくれよ私のマリアンヌ!友人同士の信頼関係の前には
そんな身分や肩書きなど障害でしかない。
私が望んでいるのはそんな低俗な関係ではないのだよ!
解ってくれるだろう?マリアンヌ?私の友人は君の友人でもあるのだから』
フリアグネは赤子をあやすような悲哀滋味た声でマリアンヌに告げる。
心なしかそのパールグレーの瞳が潤んでいるようにも見えた。
『申し訳ありません。ご主人様。出過ぎた真似をしてしまいました』
『謝らないでおくれ、マリアンヌ。先に君に言っておかなかった私も悪かったんだ』
フリアグネは今度は過度に優しい笑みを浮かべ、マリアンヌのフェルトの頬にそっと口づけた。
まるでコワレモノを扱うような繊細な仕草だった。
『……………………』
花京院は黙って表情を崩さずその二人のやりとりを見つめていた。
正直ついていけないと内心では思っていたが、目の前のこの二人(?)は
人間ではないので人間である自分の理で二人の品性を判断するのは
あまり好ましくないという彼なりの美意識による無言の選択だった。
『おおっと、すまない。恥ずかしい所をみせてしまったね』
フリアグネはそう言って何事もなかったかのように純白の長衣を翻した。
『実は私はこのマリアンヌさえいれば他には何もいらないと今まで思っていたのだが、
「あの方」に出逢って以来少々欲張りになってしまったようでね。
「友人」も一人位いても良いかなと最近では思い始めているのだよ』
そう言ってフリアグネは今度は手品師のように両腕を大袈裟に広げてみせた。
『ところで敬意と言えば彼、何と言ったっけ?そうそう、
『亜空の瘴気』ヴァニラ・アイスと言ったか。
「あの方」の近衛騎士長であり『最強の幽波紋使い』というので興味が在ったのだが、
どうやら彼は私が嫌いらしい。特に気に障るような事をした憶えもないのだが……
でも残念ながら振られてしまったよ』
心底残念(本当にそう思っているかどうかは疑わしいが)といった表情で
フリアグネは大袈裟に頭を垂れる。
胸元のマリアンヌもシルクの手袋に包まれたフリアグネの指に
頭を押されて一緒になって俯いた。
『彼はDIO様以外、誰にも心を赦さない』
よく喋る男だと思いながら花京院は腰の位置で両腕を組み簡潔に応えた。
ヴァニラ・アイスの、そのあまりに凄まじすぎる幽波紋(スタンド)の力は
正に一騎当千、並の『幽波紋(スタンド)使い』千人分に相当する。
その最大最強の幽波紋(スタンド)能力故にDIO様の傍に仕える者は
自分だけで充分だと常日頃公言している彼、DIOの幽傑の軍勢の中では
占星師エンヤと共に双璧を為すヴァニラ・アイスの事だ。
自分と同じようにDIOに心酔し、そして彼にはない柔らかな物腰と卓越した話術で
DIOに接するフリアグネに良い感情を抱く筈はない。
おそらくはDIOとの謁見時、巧みな話術と豊富な話題で
統世王と言葉を交わすフリアグネに内心では歯軋りをしていた事だろう。
「君は彼の前ではDIO様の事は一切口にしないほうが良い。
「消される」ぞ。『冗談ではなく本当にな』」
今まで聞かせて貰った話の礼代わりに花京院はフリアグネにそう忠告した。
『そのようだね。私は彼のように古風な男も決して嫌いではないのだが、
おおっとすまない、終わった後朝(きぬぎぬ)の話を君にしても詮無き事だな」
そう言うとフリアグネは長衣を再び翻して、厳かに花京院に向き直る。
そしてその透き通るようなパールグレーの瞳で、
机の上に置かれたカンテラの灯火に反照する
花京院のライトアンバーの瞳を真正面から見つめてきた。
『さて?私の語らいに対する返答は如何に?流麗なる”法皇の翡翠”花京院 典明君?』
そう言ってフリアグネは、その硝子工芸の薄い切り口のように耽美的な口唇を
笑みの形に曲げた。
『……考えて、おこう』
花京院はその時それだけ告げてクラシックなデザインの椅子から腰を上げ、
フリアグネに背を向けた。
『では、明日また、同じ時間にこの場所で』
背後で先刻よりも調律の狂った声色がした。
『良い返事を期待しているよ。花京院 典明君。フフフフ……』
『ご主人様と一緒にこれからよろしくお願いするわ。
仲良くしましょうね。カキョウイン』
歩き出した花京院の背後から、喋る人形の声とその主である幻想の住人の声が
笑みと共に静かに自分を追いかけてきた。
エンヤを通してジョースター討伐のDIOの勅命が下ったのはその直後だった。
フリアグネには何も告げず(最もその暇もなかったが)
そのままエジプトからエンヤ所有の個人機で直接故郷の日本へと向かった。
空条 承太郎を始末する為に。
もし、あと一日、勅命が遅れていたのなら。
もし、次の日に、あの男の前に立っていたのなら。
果たして、自分は、一体なんと答えたのだろう……?
脳裏にいきなり甦った答えのでない過去の疑問。
それは目の前の現実の疑問の前に花京院の頭の中から静かに掻き消えた。
「しかし、一体何故?学校で能力を発動させたんだ?」
白い封絶の放つ火の粉と気流で花京院のそのバレルコートのように長い、
細く滑らかな身体のラインに密着した手製の詰め襟の学生服の裾が靡く。
そのとき直感にも似た確信が花京院の脳裏を過ぎった。
「まさか!?空条が!今此処にいるのか!?」
驚愕に花京院のそのヘッソナイトの結晶原石のような琥珀色の瞳が見開かれた。
「信じられないがそれしか考えられない!全くなんてヤツだ!
僕の流法『エメラルド・スプラッシュ』の直撃を受けていながら
その傷がたったの一日で完治したというのか!?
そんな凄まじい耐久力と再生力を持つスタンドなんて今まで聞いた事もないぞッ!」
承太郎の強大なスタンド能力に驚嘆しつつも、
花京院の胸の内に言いようのない焦燥感が迫り上がってくる。
本人の自覚のないままに。
「空条ッ!!」
花京院は黄楊(つげ)の油で良く磨き込まれ、手入れの行き届いた学生鞄を
無造作に芝生へ放り投げると、耳元のイヤリングを揺らしながら
昇降口へと向けて足下のアスファルトを蹴った。
承太郎とシャナは木造旧校舎三階から新校舎とを繋ぐ噴水の設置された中庭を
軽々と飛び越え、新校舎とは別棟にある図書室の前に同時に着地した。
承太郎は足裏がスタンドとほぼ同化していた為、接地の瞬間派手な音を立てて
足下のアスファルトを陥没させ、シャナはその磨き込まれた体術により、
着地の衝撃をほぼ掻き消して落葉のように軽やかにアスファルトの上へと舞い降りる。
そのまま互いを一瞥し、そして無言のまま白い陽炎の揺らめく
昇降口に向けて共に全速で駆けだした。
高速移動によって発生した気流により承太郎の学ランとシャナの黒衣の裾が
地面とほぼ平行に舞い上がる。
瞬く間に白い陽炎が舞い踊る昇降口がカメラのズームアップのように
一挙に迫ってきた。
その距離が20メートルにまで縮まった時、承太郎が叫ぶ。
「シャナッ!!」
声とほぼ同時にシャナが承太郎の脇で共に疾走しているスタンド、
スタープラチナの肩に飛び乗る。
「解ってンなッ!!オメーは「上」!オレは「下」だッ!!」
「了解ッ!!」
「ッオラァッッ!!」
スタープラチナは黒衣の腰の辺りを掴むとそのまま片腕で
頭上の屋上に向けてシャナを真上に投擲した。
シャナも投げられる瞬間スタープラチナの腕を足で蹴って更に加速を付ける。
炎髪が火の粉を撒きながら、シャナは紅い流星のように天空へと
垂直に駆け昇っていった。
その様子を確認する間もなく承太郎は閉じられた昇降口のスチール製の扉を
スタンドと自分の足で蹴破って新校舎の中へと突入する。
一瞬で下足箱を通りすぎ、軸足を右に反転させて二階へと続く階段へと駆けだした時、
閉じていた1年の教室の両開きの扉がいきなり中からブチ破られ、
そこからいつぞやの巨大な人形達が大挙して飛び出してきた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーーーーーーーーーッッッ!!!」
すぐさまにスタープラチナの音速の多重連撃が疾走したままの状態で射出され、
承太郎とスタンドは拳風の嵐と共に人形達の間を駆け抜ける。
『幽波紋(スタンド)』の操作に慣れてきた所為もあって拳撃の速度と軌道の精密さは
以前よりも格段に上がっていた。
足下を拳風によって巻き起こった一迅の気流が吹き抜けた直後、
背後で無数の拳型の刻印を全身に穿たれた人形達は衝撃と余波でその身を爆散させ
瞬く間にスクラップとジャンクの山と化す。
承太郎の足下に歯車やゼンマイ等のクラシックな機械部品が
白い火花を放ちながら転がった。
それらを一瞥し再び駆け出そうとした時、
今度は1-4と1-6のクラスの扉が同時に開いた。
そしてそこから先程の3倍以上の人形の大群が、ドアと壁とをブチ破りながら
再び承太郎とスタープラチナへと襲い掛かって来る。
その巨大な各々の手にはそれぞれファンタジー小説にでも出てきそうな
機能性を欠いた大仰な武器が握られていた。
「チッ!挟み撃ちかッ!」
咄嗟の事態に承太郎は自分を見失わずに冷静に対処した。
『多人数に襲われた時は4方向を同時に対処する』等という
都市伝説じみた俗説を信じたりはせず、瞬時にスタープラチナの白金の「眼」で
前方、後方の個体数を確認する。
(さっきのは「囮」……数は前が「12」後ろが「8」……「後ろ」だッ……!)
微塵の躊躇もなく刹那に決断を下すと、足下のリノリウムの床を
スタープラチナの脚力で爆砕しながら踏み砕いて後方の人形達に迫り、
虚を突かれ廊下を押し塞ぐようにして向かってくる最前列の人形3体に、
先に床に接地した右足を軸にして足下に摩擦の火線を描きながら、
加速の勢いを付けた予備動作(モーション)の大きい右旋撃を周囲の空気を
捲き込みながら撃ち落とし気味に発射した。
「ッオラァッッッ!!」
前方3体の人形の眼前を白金色の閃光が斜めに駆け抜ける。
途轍もない破壊力とスピードにより衝撃でそれ自身が巨大な人形魚雷と化した
3つ巨体が後方に弾け飛び、後ろで構えていた人形を巻き添えにして5体全てを
バラバラにする。
それらを耳だけで確認した承太郎は次なる戦闘の為、
フレキシブルに背後へと振り向く。
そこへ、
「エメラルド・スプラッシュッッ!!」
聞き覚えのある清冽な声と共に、輝く数多のエメラルドの飛沫が空間を隈無く
数直線状に滑走した。
死と破壊の煌めきを放つ、輝く無数の翡翠の光弾は承太郎の後方に居た
12体の人形達の巨体そのありとあらゆる部分を挿し貫き、
飛散する白い炎の破片と共にものの数秒で物言わぬ残骸へと化しめる。
人形達を貫殺した輝く無数の魔弾の群は、承太郎とスタープラチナには一発も着弾せずそして掠る事もないままに碧い煌めきの余韻に残しながら後方へと駆け抜けていった。
「無事か!?空条ッ!」
花京院は幽波紋(スタンド)『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』と
共に流法の構えを執り、額に透明な雫を浮かべながら承太郎に叫んだ。
「テメー……花京院……!」
予期せぬ侵入者に承太郎は鋭く瞳を尖らせた。
「……………………」
「……………………」
そのまま互いに無言のままそのライトグリーンとライトアンバーの
瞳に宿った光が交錯する。
交差する二つ視線の間では激しい観念の中での心理戦が行われていた。
相手との。そして自分自身との。
DIOの「肉の芽」で操られていたとはいえ嘗ての敵同士。
理屈で納得はしていても感情はそう簡単にはいかない。
しかし今自分が居る場所は戦場。どこかに敵が潜んでいる。
それは承太郎も花京院も充分すぎるほど熟知していた。
下らない私情で大局を見失う事があってはならないと。
沈黙の中、承太郎が静かに口を開く。
「傷は、もう良いのかよ?」
承太郎は左手をズボンのポケットに突っ込んだまま花京院に言った。
花京院は承太郎が負傷していない事に安堵の表情を浮かべると、
構えとスタンドとを解き静かに承太郎に歩み寄った。
「昨日「あの後」君の祖父、ジョースターさんに治してもらった。
『波紋法』という能力だそうだね?精神の力、『幽波紋(スタンド)』とはまた違う、
肉体の力を極めて編み出す超能力らしいが」
承太郎は無表情で、しかし複雑な心情で花京院を見つめる。
昨日の「あの事」を責めるべきか?
それとも今自分を援護してくれた事に礼を言うべきか?
そのどちらとも判断が付かなかったので承太郎は至極一般的な応えを花京院に返した。
「そうは言っても「アレ」は万能じゃあねーぜ。病み上がりは家で大人しくしてな」
サブヒルトナイフのような変わらぬ鋭い視線で承太郎は花京院に告げた。
ぶっきらぼうな言い方だが承太郎が自分を労ってくれた事を感じ取った花京院は、
微かな笑みを口元に浮かべて応える。
「大丈夫さ。多少痛みはあるが戦闘には差し支えない。
「あの時」君が猛りながらもちゃんと急所を外して置いてくれたからね。
お優しい事に」
花京院はそう言って顔の前で厳かに人差し指を直立させる。
「ケッ……」
と承太郎はその花京院の気取った仕草にそう吐き捨てた。
その承太郎の彼らしい照れ隠しの仕草にもう一度笑みを浮かべた花京院は、
次に自分が執るべき行動を頭に思い浮かべ表情を怜悧に引き締める。
「それより急ごう。もう知っているかもしれないがこの能力は発動させた「本体」が
倒されるまでは解除されない。時間を於けばおくほど他の生徒達が危険に曝される」
再びその視線を清冽に研ぎ澄ました花京院はそう言って承太郎を促した。
大体の予測はしていたが、胸の内の葛藤の為に完全にはその言葉を
素直に受け入れ切れない承太郎は共に駆け出そうと自分に背を向けた花京院に
己の疑問を包み隠さずに伝える。
「まちな。敵のテメーが何でオレを助ける?」
承太郎は鋭い視線のまま星の刻印(レリーフ)が浮き彫りにされた
指輪が嵌められた指先を持ち上げて逆水平に構え、こちらに向き直った花京院を差す。
その承太郎の問いに花京院は瞳を閉じ、肩を竦めて淡白に答える。
「さぁ?そこの所が僕にもよく解らないのだが?」
「……………………」
承太郎は鋭い視線を崩さないまま花京院を見つめた。
「君の御陰で目が覚めた……それだけさ……」
花京院は瞳を閉じまま今度は静かに重く、そう告げた。
「……………………」
そのまま、またしばらく花京院を指差したまま静止していた承太郎は
やがてその差した指先をゆっくりと折り畳むと
「フン……なら勝手にしな」
と静かに、しかしはっきりとした口調で言った。
「!」
自分を信用してくれた承太郎のその言葉に、花京院は自分でも意外なほどに
衝撃を受け、その淡い琥珀色の瞳を見開くと
「あぁ!そうさせてもらうよ」
と穏やかな微笑を口元に浮かべた。
そして再び笑みを消して表情を引き締めると承太郎に問いかける。
「ところで空条?昨日君の傍にいたあの女の子、
マジシャンズは今日一緒じゃないのか?」
という花京院の問いに承太郎は
「ああ、アイツは今屋上にいる。「上」と「下」から追い込めば
親玉を燻し出して「挟み撃ち」に出来るというオレの判断だ」
と簡潔に答えた。
承太郎の言葉に花京院は顎に手を置いて少し考えるようにして俯くと
「悪くない手だとは思うが………………マジシャンズを「上」に行かせたのは
ミスだったかもしれないぞ?空条」
と顔を上げて言った。
「……だと?」
予期せぬ花京院の言葉に承太郎は視線をより鋭く尖らす。
「実は、いま君達を襲ってきた敵を僕は知っている。
詳しい説明は省くが「フリアグネ」という僕と同じ遠隔操作系の能力を持つ
暗殺専門の能力者だ。その戦果の完全性から『狩人』の異名で仲間内では呼ばれていた」
「『スタンド使い』……じゃあねーな。人間じゃあねぇ特殊能力を
持つヤツら……”紅世の徒”とか言うヤツか?」
「その通りだ。今まで数多くの異界の能力者”フレイムヘイズ”
を相手にしながらただの一度も敗れた事がないらしい。
それ故の”狩人”の通り名、又は『炎の暗殺者』とも呼ばれている」
「暗殺……」
承太郎はシャナのフレイムヘイズの戦闘能力と、ソレ専用に特化(カスタマイズ)
された暗殺能力との相性をすぐさまに己の鋭い洞察力で分析し始めた。
そして弾き出されたその結果は…………
最低最悪。
一撃必殺の威力持つ大太刀『贄殿遮那』に加えそれを竜巻のように
縦横無尽に繰り出す強靭な身体能力と戦闘技術、
更に激しく渦巻く紅蓮の炎とを同時に操る能力を併せ持つシャナは、
一見して「無敵」かに想われる。
しかし、それはあくまで一体一、真正面からの力のブツかり合いでの話だ。
姿は解らないが今回のような相手。戦略と戦術とを戦闘の主体に据え、
正々堂々真正面からブツかり合う事を得策とせず、可能な限りリスクは最小限にし、
力の消耗を抑え、博打は避け、『目的の成就のみを』至上として
勝利へのコマを一手一手着実に詰めていく老獪な相手、
「暗殺者」はまさにシャナような近接戦闘を得意とする「戦士」にとっては「天敵」と言って良い。
シャナの戦闘能力は確かに凄まじい。
単純な殺傷能力だけで言うなら自分の『星の白金(スタープラチナ)』すらも
瞬間的になら凌駕するかもしれない。
しかし、強い力は、それに正比例してエネルギーも多く喰う。
つまり、持続力が短いのだ。
花京院は言葉を続ける。
「その狩人、フリアグネの必勝の秘密は彼の持っている「銃」にある。
スタンド能力ではないが特殊能力を持っているという点ではスタンドとほぼ同じだ。
その銃で撃たれた異界の戦闘者”フレイムヘイズ”は掠っただけでも
全身が己の炎に包まれて灰燼と化すらしい。
フレイムヘイズは自分の力に絶対の自信を持っている者が多いから
『拳銃如きには関心を示さない』という事が死角を生み、彼に倒されてきたようだ。
これは本人の口から直接聞いた情報だからおそらく本当の事だろう」
花京院はそこで一端言葉を切って承太郎に考えをまとめる時間を与える。
「……その紅世の徒、フリアグネとか言うヤツは今屋上にいる……
それで間違いねーのか……?」
そこまで考えが廻らなかった己の甘さを呪いながら承太郎は静かに言葉を紡ぐ。
この白い封絶を使う相手は自分では絶対に手を下さない
黒幕的な性格を持つ者であるという事にはとっくに気がついていた。
何よりDIOの配下の者であるという点で正攻法のやり方が通用しない等と
いう事は類推して然るべきだったのだ。
「ああ。派手好みで高慢な男だったから彼の性格上「下」は下僕に任せて
自分は「上」で高見の見物を決め込むという可能性が高い。
マジシャンズは僕達『スタンド使い』とは違う異界の能力者、
その”フレイムヘイズ”だったな?だとしたら状況はヤツに有利だ。
『狩人』の能力で彼女を人質にでも取られれば君はヤツに手が出せなくなる」
花京院は残酷だとは想いつつも承太郎の考えを肯定する。
そうする以外何も出来なかった。
「クッ……シャナ……!」
思わず悔恨が口をついて出る。
シャナを一人にするべきではなかった。
承太郎の脳裏に己の紅蓮の炎に焼かれるシャナの姿が過ぎった。
「シャナ?マジシャンズの事か?」
花京院の問いに承太郎は視線だけで頷く。
そして苦々しい想いを噛み砕きながら花京院の考えを肯定した。
「花京院、確かにオメーの言うとおりかもしれねー。
そのフリアグネとかいうヤローはまず『オレじゃあなくシャナに狙いを絞ったんだ』
対複数戦の場合、倒せるヤツから着実に潰していくのは定石中の定石だからな。
アイツの能力はDIOを通して敵のヤツらに知れ渡っている。
つまり「弱点」までもだ!今まで倒したスタンド使いの事も含めて
『アイツの能力は敵に研究され尽くされて』やがる!」
承太郎はそう言ってささくれ立った神経を宥める為
煙草を学ランの内ポケットから苛立った手つきで取り出し、口に銜えて火を点けた。
細い紫煙が鋭く口唇の隙間から吐き出される。
彼らしくない、己に対する怒りを露わにした吸い方だった。
銜え煙草のまま承太郎は分析を続ける。
「そしてアイツは、一見冷静に見えて実は直情的で考えなしな所がある……
テメーに対する挑発は受け流せてもそうじゃあねぇ、例えば身内のヤツとかを
侮辱されたらカッとなって一気に相手の射程圏内に招き寄せられる可能性は大だ。
そうなりゃあもうその銃の餌食、イヤもう片足突っ込みかけてっかもしれねぇ……!」
苦々しく吐き捨てながら承太郎は煙草の色の濃いチャコールフィルターを噛み潰した。
(フリアグネ……ソイツはシャナを誘き寄せて秒殺する為に屋上で能力を発動させたんだ。
『上に来るのはオレじゃあなく身軽なシャナだという事まで先読みして』
クソッたれが!この空条 承太郎ともあろう者がまんまと
敵の術中にハマっちまったゼ……!)
吹き出した煙草の吸い殻を足下で乱暴に揉み消し、二本目を口に銜えた承太郎に
「君?随分詳しいんだね?マジシャンズ、イヤ、シャナ、だっけ?彼女の事に」
花京院が不思議そうにしげしげと自分を見つめながら言った。
「……………………」
まるで心理の虚を突かれたように承太郎は一瞬視点が遠くなったがすぐに
「詳しいのはオレじゃあなくてジジイの方だ。オレはヤローの話を又聞きしただけだ」
と銜え煙草のまま微塵も表情を崩さずに鋭い視線で否定した。
いつになく強い口調で承太郎が言ったので花京院は
「そう……」
と静かに呟き、そしてすぐに承太郎のライトグリーンの瞳を見つめ返した。
「でもこれで敵の狙いは読めた。『狩人』フリアグネはまずマジシャンズ、
シャナを捕らえた上でそれを罠(トラップ)に利用し、君を始末するつもりだ。
さあ!先を急ごう!『この人形達と他の生徒の事は僕に任せて』君は速く屋上に!」
「花京院……テメー……」
承太郎は花京院の言葉に思わず声が詰まる。
ただ「戦い抜く」事よりも『護り抜く』事の方が遙かに難しい。
自ら一番危険な役目を買って出たその花京院の気高い覚悟と決意に
承太郎の心は静かに震える。
花京院はもう一度口元に穏やかな微笑を浮かべると承太郎に背を向け、
「君は命懸けで僕をDIOの呪縛から解き放ってくれた!
だから今度は僕が君を助ける番だッ!!」
と花京院は背を向けたまま偽りのない気持ちを
力強く承太郎に告げるとスタンド、『法皇の緑(ハイエロファントグリーン)』を
背後に出現させ学生服の裾を靡かせながら共に職員室の方へと消えていった。
それを黙って見送った承太郎は
「やれやれだぜ……死ぬんじゃあねーぞ……花京院……!」
銜え煙草のまま口元に仄かな微笑を浮かべ、学帽の鍔で目元を覆った。
← TO BE CONTINUED……
最終更新:2007年08月26日 17:21