成田新東京国際空港。
巨大な機体の轟音が何度も交錯する。
そのロビーで清楚な服装に身を包んだ壮年の淑女が大きく手を挙げた。
「ここよ!パパ!」
その声に初老の男性が振り向く。
しかし体格は老齢のそれではなく、見上げるほどの長身に加え、全身ははち切れそうな筋肉で覆われていた。
服装もまるで冒険家を想わせるワイルドなスタイルである。
「ホリィ!おいどけ!」
偶然二人の間に入ったスーツ姿の男に肘鉄をくらわせ、男性はホリィと呼んだ女性に駆け寄る。
「パパァ!」
淑女はまるで少女のように父親であるその男性に抱きついた。
しばし、周囲の目など気にせず、子供のようにはしゃぎながら親子の再会を喜びあった後、
淑女は唐突に顔を曇らせた。
「カバン、持つわ。」
先程の(劇的とも言える)再会に罪悪感を抱いているように、淑女は端的に言葉を伝え、足早にその場を去ろうとする。
「ところでホリィ、承太郎の事じゃが、たしかに「悪霊」と言ったのか?」
「承太郎」その名にホリィの足が止まる。張りつめた氷が溶けるように、
美しいその瞳に透明な雫が溜まっていく。
「ああ!なんてことッ!承太郎ッ!他の人達には見えなかったらしいけど、私には見えたわ・・・別の腕が見えて・・・それで・・・拳銃を・・・」
「他の人には見えないのに、お前には見えたのかい?」
顔を覆いさめざめと泣く娘の肩を優しく抱きながら、初老の父親は娘に問う。
「ええ・・・」
ようやく涙を拭って娘は答えた。
「承太郎は最近取り憑かれたといってるらしいが、おまえにも何か異常はあるのかい?」
「私にはないわ。でも、承太郎は原因がわかるまで2度と牢屋から出ないっていうのよ!
パパ・・・ど・・・どうすればいいの?」
睡眠不足がたたってか、ホリィの顔色は悪い。
「よしよし、可愛い子よ。このジョセフ・ジョースターが来たからには安心しろ!
まずは早く会いたい・・・」
ジョセフと言った男性は、貧血気味で頼りない足取りの娘の身体をしっかりと支えた。
「我が孫の承太郎に。」
ジョセフは腕の中の娘に注意を払いながらも、背後に視線を送る。
目当ての人物は、ソファーに足を組んで腰を下ろし、湯気の立つ紙コップを口に運んでいた。
おそらく近寄れば、噎せ返る程甘い匂いがするに違いない。
マントのような黒寂びたコート。そのフードをすっぽりと被っている為、表情は伺えない。
だが紙コップが口元に運ばれたその時だけは、きっと妖精のような笑みを浮かべているのだろう。
ジョセフはその黒コートの人物に左手を指しだした。
「パチンッ」と弾かれた指が小気味の良い音を立てる。
黒コートは空になった紙コップを背後に投げ捨て(ちなみにそれは30メートル先のダストボックスに見事着弾した。)
娘と寄り添いながら歩くジョセフの後を付いていく。
音も無く。影も無く。衣擦れの音すらしなかった。
ゴギギイイ・・・・・・
鉄製の錆びた扉が重苦しい音を立てて開かれる。
承太郎の居る牢屋の中は、一昨日とはまた別の部屋のように様変わりしていた。
オーディオ、DVDデッキ、エアロバイク、ソファー、コーヒーメーカー、ノートパソコンetcetc、
およそ人間が快適に生活出来る、ありとあらゆるものが存在していた。
中にはバイクのメットやラジコン等、マヌケなものもいくつかあったが。
「お・・・恐ろしい・・・またいつのまにか物が増えている・・・こんな事が外部に知れたら、私は即免職になってしまう・・・・・・」
兇悪な犯罪者を見慣れている筈の看守が、恐怖心を隠す事もなく呻いた。
「大丈夫・・・孫はわしが連れて帰る。」
ジョセフは穏やかに、しかし各個とした意志を込めて言った。
「孫・・・?」
備え付けのベッドの上で煙草を銜えていた承太郎が、その一言に反応する。
その脇には「ESPの全て」「神秘と魔法」「死者の書」「紅い世界」等のオカルトじみた書物が山積みになっていた。
「承太郎!おじいちゃんよ!おじいちゃんはきっとあなたの力になってくれるわ!おじいちゃんといっしょに出てきて!」
鉄扉の脇でホリィが叫んだ。
承太郎は祖父の顔を一別すると、銜えていた煙草を吹きだした。
赤い飛沫が冷たいコンクリートの床で弾ける。
ジョセフは無言で、孫である承太郎のいる牢屋に近づいた。
承太郎もそれに合わせるようにベッドから身を起こす。
最後のゲートが暴力的な音を立てて開いた。
互いに言葉は一言も交わさなかった。
が、空気どころか空間まで震えるようなプレッシャーを伴う、二人の邂逅だった。
「出ろ!わしと帰るぞ」
「消えな。」
ジョセフの言葉が終わる前に承太郎はそう吐き捨てた。
「およびじゃあないぜ・・・オレの力になるだと?何ができるっていうんだ・・・
わざわざニューヨークから来てくれて悪いが・・・アンタはオレの力になれない・・・」
承太郎は挑発的にジョセフを指さす。その隙間に何か光るものが握られていた。
「は!」
ジョセフは咄嗟に左手に視線を向ける。
頑丈な鉄製の義手の、小指部分が欠損していた。
その事実にジョセフは戸惑いを隠せなかった。
老いたとはいえ、かつて太古の最強種と戦い抜いた、歴戦の戦闘者である自分が、
気配すら感じる事が出来なかったのだ。
「見えたか?気づいたか?これが悪霊だ。」
承太郎はジョセフの小指を指先で放った。
それが鉄扉にぶつかって耳障りな音を立てる。
「オレに近づくな・・・残り少ない寿命が縮むだけだぜ。」
話は終わりだとでもいうように承太郎は祖父に背を向けた。
なんてやつだ・・・このわしをいきなり欺くとは・・・
ジョセフは成人前の自分の孫に、畏怖に近い感情を抱いた。
ベッドの上で片膝を抱え込む承太郎を見つめる。
実の孫はもうジョセフに興味を失ったらしく、紫煙を燻らせていた。
「むうぅ・・・」
呻きのような嘆息がジョセフから漏れた。
おそらく、やつはこの事を、あの「悪霊」を自分自身だけで抱え込むつもりなのだろう。
他人に頼るなどということは、端から思考の隅にも存在すらしなかったらしい。
奇妙な事だが、それは血の繋がりで確信に近い形で実感出来た。
同じ立場に置かれたら、考えの相違はあれど、結果的には自分もおそらく同じ選択をするだろう。
しかし、だからこそ承太郎に自分の「悪霊」を実際に体験させなければと思った。
将来、必ず訪れる危機の為にも。
いま、ここで、身体で理解する必要がある。
「君の出番だ。」
ジョセフは「パチンッ」と右手で弾く。
黒寂びたコートを着た小柄な人物が、牢屋の前に立つ。
フードを被っているので、顔は解らなかった。
「最近、知り合った友人の一人だ。名は贄殿遮那。長いので単純にシャナと呼んでいるがな。
シャナ・・・孫の承太郎をこの牢屋から追い出せ。」
承太郎はやれやれと帽子の鍔を正す。
「やめろ。何者かはしらねーが、目の前で追い出せと言われて、素直にそんな優男に追い出されてやるオレだと思うのか?
いやなことだな・・・逆にもっと意地をはって、なにがなんでも出たくなくなったぜ。」
承太郎の言った優「男」という言葉に、シャナの肩がピクッと震える。
「コイツ、ムカつく・・・ジョセフ、少し荒っぽくいくけど良い?
きっと自分の方から「出してくれ」って、泣いて喚いて懇願する位苦しむ事になるけど。」
声の主の意外なトーンに、承太郎が一瞬驚きの表情をみせる。
「こいつ、女か・・・」
しかもションベンくせえ・・・と頭の中で付け加える。
それが伝わったのかどうか、シャナのイラだちが一層強まる。
「・・・・・・・・・腕の2、3本へし折っちゃうかもしれないけど、良い?」
怒気で少々震える声のシャナに。
「かまわんよ。」
と、こともなげにジョセフは言った。
「パパ!いったい何を!!」
「おい!さわぎは困るぞ!」
「だまってろ!」
騒ぎ出したホリィと看守をジョセフは一喝する。
その声に、一瞬視線を逸らした承太郎の目の前に、いつのまにかシャナが立っていた。
「・・・・・・!」
扉は閉じたまま、しかも鍵が掛かっている筈だ。
抉じ開けたとしても、何の音もしなかった。
しかも、こんな数秒の間に・・・・・・
シャナは徐にフードを外した。
腰の下まで届く艶やかな黒髪が、音もなく垂れ下がり空間を撫でた。
承太郎でなければ、その清冽な美しさにしばし見入っていた事だろう。
ベッドの上から、承太郎は初めてシャナの姿を観察する事になった。
黒コートの異様な存在感で気づかなかったが、彼女の背丈は140㎝前後。
自分が立てば、その腰まで届くかどうか。年もせいぜい12歳前後というところだ。
しかし、その顔立ちにはその年齢特有のあどけなさが微塵も感じられない。
無表情な瞳からは、何も言わなくても強い意志を感じる事が出来た。
何故か、銀鎖に繋がれた変わったデザインのペンダントが妙に目を引いたが。
なんなんだ?このガキは?
最初に浮かんだ感想はそれだった。
自分も従順な子供ではなかったが、ここまで人間味をなくしてはいなかったはずだ。
純朴さや無邪気さ、そんな幼年期特有の柔らかい感情。
その全てが剥離したような子供では。
一体どのような人生を送れば、この歳でこんな表情が出来るようになる?
少女の袖先から覗く、可憐な指先がコートの内側に潜った。
出てきた手には、少女の身の丈に匹敵するほどの大刀が握られていた。
どこからどう出したのか、まるで魔術師だ。
承太郎は、しばしその刀に魅入られた。
それほどにその刀は美しかった。刀身はまるで冷たい水で濡れているよう。
人を殺傷する事を最大の目的としながら、同時に人心を誘惑し安らぎに近い感情すら想起させる、
そんな危険な甘さがその刀には在った。
「峰だぞ。」
唐突に少女の胸元ペンダントから声がする。
重い、荘厳な、賢者のような声だった。
「こいつ次第よ。」
少女は感情を込めずに言った。
艶やかな黒髪がわずかになびき、そして火の粉を撒いて灼熱の光を灯した。
同時に舞い落ちる炎の飛沫の向こうから、二つの光が承太郎を見ていた。
火の粉を撒いてたなびく長い髪と同じ、灼熱の輝きを点した二つの瞳が。
少女の変容に承太郎が声をあげる間もなく、
目の前の少女は、大刀の重量など意に関する事無く軽やかに跳躍し、
承太郎の胸元に大刀の峰が逆袈裟に撃ち込まれた。
鍛え抜ぬかれた承太郎の胸板で無ければ、
間違いなく胸骨陥没コースの激しい打擲だった。
「うぐぅ!?」
ベッドの上から弾き飛ばされ、床に無造作に転がった電化製品を跳ね飛ばしながら、
承太郎は留置場の罅割れた壁に激突した。
「ぐ・・・うう・・・ヤロウ・・・!」
滞った呼気がようやく吐き出され、頭蓋が揺らぐ。
ブレる視点を意志の力で無理に繋ぎ合わせ、承太郎は壁を支えに立ち上がろうとした。
しかし次の瞬間、得体のしれない力が承太郎を押さえつけ、全身を壁面に縫いつけた。
「こ、これは・・・?」
腕に、足に感じる熱。肉と革の焦げる匂い。
煙のような炎が、まるで生き物のように自分の身体を這い回っていた。
ブスブスと音を立てながら、炎は承太郎の身体を侵蝕していく。
信じがたいことだが、自分が、今、炎に焼かれている事を嫌でも認識できた。
「う・・・うぐぐ、熱い・・・火、火だ!や・・・焼ける。オ・・・オレの腕が焼ける!
こいつは・・・あのガキの悪霊の力か!?」
「パパ!承太郎に何をするのッ!」
「火?火なんて見えるか?」
「なんだ?あいつなに苦しがってるんだ。」
悲痛なホリィの叫びとは裏腹に、看守達はポカンとしている。
「う、うおおおおおおぉぉぉ!!」
承太郎の猛りと共に、その背後から途轍もない存在感を持った「何か」が姿を現した。
ジョセフはその存在に目を見開いた。
「おおお、出・・・出おった。よ・・・予想以上の承太郎のパワー!ついに「姿」を見せたか!」
牢内の人数がいつのまにか一人増えていた。
否、それを「人」と呼んで良いかどうかは甚だ疑問だが。
古代ローマの剣闘士を思わせるプロテクターに身を包んだ、巨大な人型の何か。
それが飢えた野獣のように承太郎の身体から躍り出て、シャナの大刀に掴みかかっていた。
「へぇ、ここまではっきりした形で出せるなんてね・・・・・・意外だわッ!」
それは口元に凶暴な笑みを浮かべ、戦いの悦びに打ち震えていた。
技術もへったくれもない、乱暴で一方的な圧力のゴリ押しに、
シャナの片膝が意図せずに落ちる。
「テメーもオレと同じような・・・「悪霊」の力を持ってるとはな・・・
そして、ジジイ。アンタは「悪霊」の正体を、」
身を焼かれる苦痛に強靱な精神で耐えながらも、なんとか承太郎は言葉を紡ぎ出す。
「知っている。そちらのシャナはまた違った力の発現系だがな。
しかし、彼女が驚いているように「悪霊」の形がこんなにはっきりみえるとは、相当のパワーだ!」
「うるさいうるさいうるさい!別に驚いてなんかないわよ!」
奥歯をギリッと食いしばりシャナは言う。
「でもジョセフ、アンタがコイツを牢から出せと言ったから、手加減したけど・・・
このままじゃちょっとヤバいわ・・・正直、肩の関節外れそう。」
刀と素手の鍔迫り合いは、明らかに「悪霊」の方に分があった。
シャナの片膝は地に付き、悪霊の顔が眼前にまで迫っている。
「やめる?このままどーしても出せ!っていうのなら。
コイツを半年程、病院のベッドで暮らさなきゃならないほど、荒っぽくやらざる負えないんだけど。」
震える手で柄を持ちながらも、心底負けず嫌いな少女の台詞にジョセフは
「かまわん。ためしてみろ。」
と余裕たっぷりに応じた。
「OK!」
そう叫ぶと、シャナは大刀を高速で内側に引いた。
力の均衡が崩れ、その対象を失った承太郎の「悪霊」は、
逆に自分自身の力に引っ張られ、大きく体勢を崩して蹈鞴を踏む。
その隙にシャナは悪霊の手から愛刀を引き剥がし、バックステップで距離を取る。
そして柄から利き腕を放し、指先を立てて頭上に掲げた。
その先端に蛍のような光が幾つも集まり、そして発光する。
承太郎を押さえつけていた煙状の炎は、瞬時に荒縄状に変化し、蛇のように巻きついて呼吸器を塞いだ。
シャナは振り子のように弾みを付け、指先を大きく真横に薙ぎ払う。
その動きに炎の荒縄が連動し、引っ張られた承太郎は、
牢の鉄格子に勢いよく叩きつけられた。
衝撃で鉄格子がギシギシと軋んだ音を立てる。
「ぐ・・・!い・・・息が・・・!」
再びシャナに掴みかかろうとしていた「悪霊」は、ガクンッと膝を折り、
吸い込まれるように承太郎の身体に戻っていく。
「悪霊がひっこんでいく・・・・・・熱で呼吸が苦しくなればお前の悪霊は弱まっていく。
正体をいおう!それは悪霊であって悪霊ではないものじゃ!承太郎!悪霊だと思っていたのは、
お前の生命エネルギーが創り出す、パワーあるヴィジョンなのじゃ!
そばに現れ立つというところから、
そのヴィジョンを名付けて『幽波紋(スタンド)』!」
「スタ・・・ンド・・・?」
消え去りそうになる意識を、精神の力で繋ぎ止めながら、承太郎はその言葉を反芻した。
「人間の童話にあったわね・・・寒風では旅人は衣を纏うだけだけど、熱さは音をあげさせる・・・
お前?此処から出たくなった?今なら「出してください」って心の底からお願いすれば、
考えてあげないでもないわ。」
勝ち誇った表情に、小悪魔的な微笑みを浮かべ、シャナは承太郎に言った。
「テメー・・・いい加減にしやがれ・・・オレが出ねえのは、
この悪霊が他人に知らず知らずのうちに「害」を加えるからだ。」
承太郎の意外な答えに、シャナはその紅い目を丸くする。
「同じような力を持ってるって事で、多少は親しみがわくが、
このまま続けるとテメエ・・・死ぬぞ。」
そう言った刹那、承太郎は身を翻し、後ろ廻し蹴りの要領で、背後の剥き出しの水道管を破壊した。
勢いよく吹き出すカルキ臭い水によって、炎は官能的な音を伴いながら、白い湯気となって立ち消え、
本体が自由となったスタンドは、俄然勢いを取り戻す。
「おおおおおおお!!テメーー!!もうどうなってもオレは知らんぞッ!!」
承太郎のスタンドは、頑丈な鉄格子を飴細工のように捻じ曲げて引き千切る。
真っ二つに切り裂かれ、鋭利な刃と化した鉄格子。
それを両手に構えた承太郎のスタンドと、
大刀を両手に屹立したシャナが再び対峙した。
承太郎のスタンドの底知れないプレッシャーと、シャナの全身から立ち上る炎の燐光。
その鬩ぎ合いに、空間が歪むような、重苦しい空気が場を錯綜する。
その空間で、承太郎の碧眼とシャナの灼眼が交差した。
均衡は突如破られた。
承太郎のスタンドが唸りを上げて全身を脈動させ、鉄刃の投擲体勢に入る。
精密なフォームを寸分の狂いもなく形成しながらも、
視線は正確に着弾地点を射抜いている。
正中線の最上部、シャナの眉間だ。
その動きに対しシャナは、いともあっさり承太郎に背を向けた。
承太郎のスタンドは投擲体勢を保ったまま、その場で停止した。
シャナの髪と瞳は、焼けた鉄が冷えるように、元の艶のある黒に戻っていく。
「貴様!何故急に後ろを見せるッ!こっちを向きやがれ!」
両者(?)共に猛っているので、まるでスタンド自身が喋っているような錯覚を覚えた。
シャナはこの承太郎の当然の問いを無視し、
見向きもせずに大刀をコートの中、左腰のあたりに収める。
切っ先から、後ろに突き抜けるような勢いで押し込まれた刀が、
そのままコートの中に消えてしまった。
刀身は身の丈ほどもあったというのに、本当に魔術師のようだった。
シャナはジョセフの居る壁際の傍までトコトコと歩いていき、目を閉じて腰を下ろす。
「ジョセフ。見ての通りアイツを牢から出したわよ。」
承太郎は自らの足下を凝視した。
いつの間にか靴が鉄の仕切りを跨いでいた。
その事に興を削がれたのか、スタンドは承太郎の内側に潜るように消えていく。
「してやられたというわけか?」
形の良い唇から嘆息が漏れ、誰に言うでもなく一人語ちる。
「そうでもないわ。私は本当にお前を病院送りにするつもりでいたわ。
パワーだけは予想外だった。」
「だけは」というのを強調してシャナが応えた。
スタンドが完全に承太郎の中に消え、手にしていた鉄の刃が落下して重い音を立てる。
「もし、オレの悪霊が、この鉄棒を投げるのをやめなかったら、どうするつもりだった?」
「私は『フレイムヘイズ』。『炎髪灼眼の討ち手』。
『宝具』でもないただの鉄棒なんか、空中で粉々するのはわけないわ。」
と素っ気なくシャナ。
意味不明な単語が幾つかあったが、要するに自分の戦闘能力は高いという事なのだろう。
『フレイムヘイズ』というのは、こいつの悪霊の名前か?
「シャナはおまえと同じような能力をもつ者・・・
もう牢屋内で悪霊の研究をすることもなかろう。」
ジョセフが親指をグッと立てて承太郎を促した。
「わ〜〜♪承太郎ここを出るのね♪」
待ちかまえていた淑女がまるで恋人同士のように承太郎に抱きつき、腕を絡める。
「ウットーしいんだよ、このアマ!」
苦虫を10匹まとめて噛み潰したような顔で承太郎。
「はあ〜い。ルンルン♪」
本当にルンルンと口に出し、ホリィは承太郎の、その逞しい腕に頬ずりしている。
その二人の態度にジョセフは、「ムッ」と激高する。
「おい!きさまッ!自分の母親に向かってアマとはなんじゃ!アマとはッ!
その口のききかたはッ!なんじゃ!
ホリィもいわれてニコニコしてるんじゃあないッ!」
「はーーーーーい。」
その光景をシャナはジト目で眺めていた。
甘いものは大好きだが、このような雰囲気は嫌いだった。
「ジジイ、ひとつだ!」
甘ったるい流れを断ち切るように、承太郎は立てた指をジョセフに向けた。
「ひとつだけ今・・・・・・わからないことをきく・・・・・・なぜアンタはオレの悪霊、
いや・・・そこのガキも含めた、とんでもねぇ能力の事を知っていたのか?
そこがわからねえ。」
「な!?ガキって・・・お前誰に向かって!」
真っ赤になって抗議の声をあげるシャナを、ジョセフが手で制止する。
「いいだろう・・・それを説明するためにニューヨークから来たのだ・・・
だが、説明するにはひとつひとつ順序を追わなくてはならない。
これはジョースター家に関係ある話でな・・・まずこの写真をみたまえ。」
ジョセフは、コートの内ポケットから取り出した数枚の写真を、承太郎に手渡した。
承太郎は訝しげにそれに視線を落とす。
一枚目・・・大海原に浮かぶモータークルーザー。
二枚目・・・フジツボにびっしり覆われた、金属製の大型の箱。
三枚目・・・開かれた箱、内部は二重底になっている。
四枚目・・・箱の側面に刻まれた、『DIO』という刻印。
「なんの写真だ?」
一通り目を通した承太郎がジョセフに問う。
「今から4年前、その鉄の箱がアフリカ沖大西洋から引き上げられた。
箱はわたしが回収してある・・・ブ厚い鉄の箱は棺桶だ。ちょうど100年前のな・・・
棺桶はお前の5代前の祖父・・・つまりこのわしのおじいさん、
ジョナサン・ジョースターが死亡した客船につんであったもの、
ということは調べがついている。中身は発見された時カラっぽだった。
だがわしには中に何がはいっていたのかわかる!」
そう言って、強い意志に満ちた眼光を承太郎に向ける。
「わしとシャナ達はそいつの行方を追っている!」
ジョセフの瞳に宿る気高き光。
それは、その誇り高きジョースターの血統のみが持つ、
真の正義の輝きだった。
「『そいつ』?ちょい待ちな・・・そいつとはまるで人間のようないい方だが、
百年間海底にあった中身を、そいつと呼ぶとはどういうことだ?」
承太郎の問いに、ジョセフは確信を込めて言い放つ。
「そいつは邪悪の化身!名はディオ!!そいつは百年のねむりから目覚めた男!
我々は、その男と闘わねばならない宿命にあるッ!」
DIO。
呪われた石仮面が生み出した、狂気と戦慄の悪魔。
ジョースター家にまつわる百年の因縁。
このとき、承太郎はまだ、自分の置かれた状況を認識していなかった。
そして、紅い灼眼が招き寄せる幾千の因果も。
しかし、その日、そのとき、
彼の日常は崩れ去った。
あるいは燃え上がった。
静かに。音もなく。
時は流れる。
運命の車輪は回転を続ける。
世界は変わらず、ただそうであるように、動いている。
ジョジョの奇妙な冒険×灼眼のシャナ
〜STARDUST・FLAMEHEZE〜
TO BE CONTINUED・・・
最終更新:2007年05月22日 19:25