日当たりの良いカフェテリア。
ガラス張り、吹き抜けの天井から、柔らかな陽光が店内全域に降り注いでいる。
適度に配置された、異様に大きな観葉植物も、
店の格を底上げするのに、一役買っていた。
その一角、店のロゴがプリントされた窓際の席で、
少女の怒声があがる。
「おいお前!ちゃんと聞いてるのッ!」
目の前に置かれた豪勢で色鮮やかなパフェとは対照的に、シャナの顔は怒っていた。
承太郎は砂糖もミルクも入ってない、エスプレッソをゆっくりと口に含むと、
剣呑な瞳でシャナを見つめる。
「シャナとか言ったな?お前、何者かしらんが、
ガキのくせに態度がでかいな。」
「な!?またガキって、」
騒ぎ出すシャナを無視して、承太郎はジョセフに言った。
「ジジイ・・・百年前に死んだ、そのディオとかいう男が、海底から甦っただと?
そんな突拍子もない話を、いきなり「はいそーですか」と信じろというのか?」
猜疑の瞳をジョセフに向けた承太郎は、
学ランのポケットから煙草を取り出して火を点けた。
シャナが露骨に抗議の視線を送ってきたが、
こちらも嫌いな甘ったるい匂いを我慢しているので、
文句を言われる筋合いはない。
「・・・・・・だが、貴様のいう「悪霊」も、超常であるという点では、
共通の事象ではないのか・・・?」
不意に第三者の声があがった。
シャナの方向、しかし抗議の声(主に承太郎への罵声)を
上げ続けている少女の声ではない。
荘厳な賢者の声。
遠雷のように重く低い響きを持った男の声。
そして、あの牢屋の中で聞いた声。
それはシャナの胸元のペンダントから発せられていた。
「この声・・・さっきの・・・・・・おい?テメー誰だ?」
承太郎はライトグリーンの瞳を訝しく細め、
火の点いた煙草の先端を、そのペンダントに向ける。
「・・・・・・」
承太郎その行為に、怒りのメーターが振り切れたのか、
シャナの黒髪がなびいて火の粉を撒く。
その髪と瞳が、炎髪灼眼に変わる前に、
再びペンダントが当たり前のように声をあげた。
「よい。」
「アラストール・・・」
鶴の一声
鉄が冷えるように、シャナの髪と瞳が元の艶のある黒に戻っていく。
シャナは口をもごもごさせながらも、不承不承押し黙った。
「名乗るのが遅れたな。我が名はアラストール。
紅世の王、天壌の劫火、アラストール。」
「・・・・・・紅世・・・?王・・・だと・・・?」
突拍子も無い話の上に、さらに累乗で不可思議な現実が加わり、
さしもの承太郎の怜悧な頭脳もオーバーレブを起こした。
「紹介が遅れた。こちらが最近知り合ったもう一人の友人じゃ。」
ジョセフはアラストールと名乗った、喋るペンダントに敬意の視線を送る。
「信じ難い事かもしれないが、彼の言ってる事は本当だ。今のこの姿は、
世を忍ぶ仮の姿とでもいった所か。お前が先程体験したシャナの能力、
実は彼、アラストールの力に依る所が大きい。」
紅世の王・・・天壌の劫火・・・
牢屋の中で、オカルト関係の書物を読みあさっていたときに、
似たような記述を目にした記憶があった。
紅世とは『クレナイのセカイ』の事。
この世に折り重なるようにして存在する、もうひとつの世界。
そこに住む真名の王達が、この世の人間を依り代として、
強大な力を現世に顕現させた事が、後の「神」の原型となった云々・・・・・
アホらしくて途中で投げ出したが、
しかし、今、現に目の前でペンダントが自分に向かって喋っている。
それは紙の上のからでは、決して得る事が出来ない情報だった。
最も、ただの首飾りを王だのなんだのと鵜呑みにする気はさらさらないが。
「あらすとおるさん?漢字でどう書くのかしら?」
そんな中、ホリィだけが妙にピントの外れた思索に耽っている。
「まぁ、「彼」については追々シャナが説明してくれるだろう。
何しろわしより遙かにつき合いが長いようじゃからな。」
「な!?なんで私がこんなヤツに!」
再び騒ぎ出そうとするシャナを、ジョセフはケーキを追加注文して宥めた。
「話を戻すぞ。まぁ、お前が信じられないのもわかる。
いくら、スタンドの力を目の当たりにしたと言ってもな。
そこでだ・・・うむをいわさず信じるようにしてやろう。
なぜ、このわしがDIOの存在を知り、やつの行方を追っているのか?
その理由を聞けばな!」
ジョセフは、カバンの中からあるものを取り出した。
精巧なデザインの一眼レフカメラだった。
「理由をみせてやる、実はわしにも1年程、お前のいう悪霊、
つまり『幽波紋(スタンド)』能力がなぜか突然発現している!」
「なんですって!パパ!」
「ジジイ、今なんといった?」
ジョセフの口からでた予期しない言葉に、その娘と孫が同時に声をあげる。
「見せよう、わしの幽波紋(スタンド)は」
ジョセフは右手を手刀の形に構え、大きく高々と掲げる。
突如、その手刀から無数の深紫色をした、いばらが飛び出てきた。
それは周囲に同色のオーラを纏い、高圧電流に感電しているようにも見える。
「これじゃあーーーーーッ!!」
そう叫び、ジョセフは紫のいばらの生えた手刀を、
テーブルの上に置かれたカメラに叩きつけた。
爆音を伴ってレンズを飛び散らせ、無惨な残骸と化したカメラから、
写真が一枚、電子音と共に吐き出された。
それは瞬時に感光し、象を結び始める。
「見たか?手から出たいばらを!これがわしの幽波紋(スタンド)!
隠者の紫(ハーミット・パープル)!能力は遠い地のヴィジョンをフィルムに写す、
「念写」!ブッたたいて、いちいち3万円もするカメラを、ブッこわさなくちゃあならんがなッ!」
ジョセフは摘み上げた写真を、パタパタ振りながら言った。
「お客様、いかがなされましたか?」
破壊音を聞きつけてやってきた中年のウェイターに、
「なんでもない。気にしなくていいわ。
それよりミルフィーユと小豆のシュークリーム持ってきて。」
と素っ気なくシャナ。
「だが!これからこのポラロイドフィルムに浮き出てくるヴィジョンこそ!
承太郎ッ!おまえの運命を決定づけるのだッ! 」
「なんだと?」
ジョセフは写真を持ちながら続ける。
「承太郎、ホリィ、おまえたちは自分の首の後ろをよくみたことがあるか?」
不意に放たれるジョセフの奇妙な質問。
「…? なんの話だ。」
「注意深く見ることはあまりないだろうな。わしの首の背中の付け根には
星形のようなアザがある。」
「は!」
ジョセフの背中にあった星のアザ。それは娘のホリィ、孫の承太郎にも
確かに受け継がれていた。
「だからなんの話かと聞いているんだ。」
「わしの母にも聞いたが幼いころ死んだわしの父にもあったそうだ…。
どうやらジョースターの血筋には皆この星形のアザがあるらしい。」
ジョセフの顔にはいつのまにか汗が滲んでいた。
「今まで気にもとめなかったこのアザがわしらの運命なのじゃ。」
「パパ!」
「てめーいいかげんに……、何が写っているのか見せやがれっ!!」
ジョセフから取り上げた写真、
そこに一人の人間の姿が浮かびあがっていた。
背を向けて、こちらを見る半裸の男。
片眼だけだが、射るなどという生易しい言葉ではとても足りない、
心どころか、魂までもバラバラに引き裂かれそうな、
この世のどんな暗黒よりもドス黒い邪悪な眼光。
長く美しい金髪を携え、その巨躯は承太郎と同等か、それ以上に鍛え上げられている。
首筋には生々しい縫合痕があった。
「DIO!わしの「念写」には、いつも、こいつだけが写る!
そして!やつの首のうしろにあるのは!」
一瞬、頭の中が真っ白になり、ジョセフの声が遠くなる。
承太郎の碧眼は、ある一点だけを凝視していた。
DIOと呼ばれる男の首筋に下にある、
自分と同じ星形の痣を。
「このくそったれ野郎の首から下は!わしの祖父ジョナサン・ジョースターの肉体を
のっとったものなのじゃあああああああああ!!」
ジョセフの魂の慟哭。
それに承太郎は、頭を金属のハンマーで殴られたような激しい衝撃を受ける。
「百年前の大西洋の事件は、わしが若い頃エリナおばあさんから聞いた話の推測しかないが、
とにかくDIOは祖父の肉体を奪って生き延びた。
そして、これだけはいえる!やつは今!この世界中のどこかに潜んで、なにかを策しているッ!
やつが甦って4年、わしの「念写」も、お前の「悪霊」もここ1年以内に
発現している事実・・・おそらくDIOが原因!」
「お前達の能力は、人間の世界でいういわゆる超能力。
私のは違うけど。お前とそのDIOとかいうヤツは、乗っ取ったお前の祖父の肉体と
見えない糸のようなもので結ばれている。そいつの存在がお前の眠っていた
能力を呼び覚ました。今、解ってるのはそんな所よ。」
ジョセフの説明にシャナが補足した。
しかしケーキが口に運ばれる度に、目元がにへっと年相応に緩むので、恐ろしく説得力がない。
承太郎は写真にもう一度、DIOの姿を確認するため視線を落とした。
驚愕にその碧眼が見開かれる。
いつのまにか、写真の中の人数が増えていた。
DIOを中心として、その周囲に無数の人間が群がっている。
承太郎がジョセフから写真を受け取ったとき、
「念写」の「現像」は、まだ終わっていなかったらしい。
大小様々な人物がそこにいた。
が、その全てが黒いローブに身を包み、
フードを目深に被っている為、表情はおろか性別すら判別できない。
黒いローブの人物は全て、DIOに傅くように片膝を下ろしていた。
その様子から伺えるの両者の関係は、
「王」、とそれに仕える「下僕」。
何者なのかは当然、皆目見当もつかない。
ただそのローブは、シャナが着ているものとよく似ていた。
寂びた色彩。そして異様な存在感。
「気がついた?私が用があるのは、そのDIOとかいう男よりも、
寧ろその周りのヤツら。」
承太郎の反応から、何が映っているか察したのか、
口元をナプキンで綺麗に拭いながらシャナは言う。
「もちろん、どう好意的にみても無関係とは思えないから、
その男もついでに始末するつもりだけど。」
視線はいつのまにか鋭くなっている。先程とはまるで別人だ。
「アラストール・・・この写真から、こいつが今どこにいるか、わかる?」
承太郎の手から写真を引ったくり、シャナはアラスールに言った。
「・・・・・・わからぬ。空間がほぼ完全に闇で埋まっているのでな。」
「ホリィ、わしらはしばらく日本に滞在する。お前の家にやっかいになるぞ。」
「不本意ながらね。」
承太郎を一別し、スティック5本分の砂糖が入ったカプチーノを飲み干して、
シャナは椅子から飛び降りた。黒コートの裾がふわりと揺れる。
「待て。まだだ。話は終わっておらぬ。」
アラストールの声に、出口に向かおうとしたジョセフとシャナがテーブルに向き直る。
承太郎も煙草を銜えたまま、アラストールに視線を向けた。
「承太郎と言ったな。貴様の虚ろなる器の力。幽波紋(スタンド)。
どうやらそれは、我ら紅世に近い領域の力であるらしい。
そこで、我が貴様の器に「名前」を付けよう。」
「な!?ジョセフはともかく、なにもアラストールが・・・・・・
こんなヤツの為にそこまでしなくても!」
本日、累計4度目の「な!?」の後、
シャナは躊躇いがちにも抗議の声をあげる。
しかし件の如く「よい。」の一言で、あっさりと却下された。
「我が孫も嫌われたものだ。」と、密かにジョセフは苦笑する。
「例の物を。」
アラストールの威厳に満ちた声に、
不承不承、シャナの細くて小さい指先がコートの内側に潜る。
出てきた手には、一纏めにされたタロットカードの束が握られていた。
「紅世の宝具の一つだ。
絵を見ずに無造作に一枚を引いて決めよ。
それが貴様の運命の暗示となり、能力の暗示となる。」
シャナは慣れた手つきでカードをショットガンシャッフルし、
滑らかに承太郎の前に並べた。
相変わらずの技の冴えを見せつける、小さな魔術師。
「お前には「愚者」か「吊られた男」がお似合いだわ。」
口元に冷笑を浮かべ、殊更にいじわるな口調でシャナは言う。
承太郎はそんな台詞など意に介さず、伏せられたカードを一枚取り、
自分は確かめず、アラストールに開示した。
シャナが横を向き小さく舌打ちする。
「名づけよう。貴様の器、幽波紋(スタンド)の名は、
『星の白金(スタープラチナ)』!」
承太郎は一人、カフェの中に残った。
灰皿は煙草の吸い殻で溢れかえっている。
店内は学校帰りの学生や仕事終わりのサラリーマンやOLで込み合ってきた。
寡黙だがその容姿の為にどうしても目立つので、周囲の不躾な視線が煩わしい。
考える時間が欲しかった。
元来、禁欲的な性格の彼だが今は切実にそれを欲していた。
悪霊 幽波紋(スタンド)炎 大刀 シャナ アラストール
今日目にした、あるいは体験したあらゆる出来事が心の内で綯い交ぜになり混沌となる。
そして・・・・・・
DIO。
その男の顔を思い出すたびに血が沸騰するほど熱く煮え滾る。
頭に昇った血を冷ます為、承太郎は今日何本目かわからなくなった
煙草をその色素の薄い口唇に銜えた。
カキンッ、と音がしてスタンド、スタープラチナが愛用のジッポライターを手に取り火を点ける。
当然、周囲の人間には見えていない。
深々と肺の奥まで吸い込み、細い紫煙が口唇の隙間から吐き出された。
「やれやれだぜ・・・・・・」
煙草のフィルターを噛み潰して承太郎は苦々しく呟いた。
これにてハードでヘヴィー過ぎる承太郎の1日はようやく終わりを告げた。
・・・・・・・・・はずだった。
最終更新:2007年05月22日 19:47