黄昏時の喧噪。
 血のように赤い夕焼けに染まる繁華街とざわめく人の流れ。
 その中を承太郎は銜え煙草で歩いていた。
 周囲の人間は人混みを掻き分けるのに苦労しているが、承太郎にその必要はなかった。
 圧倒的な彼の存在感の前に気圧された人間が、勝手に道をあけるからである。
 日本人離れした長身。
 鍛え抜かれ引き締まったモデル顔負けのスタイル。
 整った鼻梁の完璧すぎる美貌。
 夕焼けの光で琥珀がかり、神秘的な光を点したライトグリーンの瞳。
 専用にコーディネートしてある前衛的なデザインの学ランが、
 その魅力をより一層引き立てていた。
 首筋から仄かに立ち上る麝香の残り香に合わせて、
 襟元から垂れ下がった金色の鎖が擦れて澄んだ音を立てる。
 すれ違った女性が皆、振り返って頬を紅潮させていたのは夕日の所為ではないだろう。
 切れ切れの雲の彼方に沈みつつある夕日が、その全てを寂寥の赤に染めていた。
 そんな何気ない日常の風景。
 それは唐突に何の脈絡もなく終わりを告げた。
 

 突然、炎が承太郎の視界を満たした。
 澄みつつも不思議と深い赤の炎が。
 その最初の瞬間、承太郎は銜えていた煙草を口から落とした。
 周りを壁のように囲み、その向こうを霞ませる陽炎の歪み。
 足下の火の線で描かれる、文字とも図形ともつかない奇怪な紋章。
 歩みの途中、不自然な体勢で、瞬き一つせずピタリと静止する人々。
 まるで世界が裏返ったかのような、異様な体感が承太郎を包む。
 「・・・・・・どこだ?ここは?」
 彼らしくない、あまりにも平凡な言葉が口から漏れる。
 表情にこそ現れないが承太郎は承太郎なりに混乱していた。
 「どこか?」と問われれば、今の今まで彼が歩いていた繁華街としか答えようが無い。
 何もかもが「不自然」に覆われていたとしても、「場所」は変わっていないのだから。
しかし、承太郎が考えをまとめる間もなく「不条理」は轟音と共に来襲した。
 奇妙なもの・・・・・が動きを止めた雑踏の中にそびえていた。
 子供向けのマスコットのような三頭身の人形。
 もう一つは有髪無髪のマネキンの首を固めた玉。
 いずれも長身を誇る承太郎の倍はあった。
 その怪物たち、人形が巨体を揺り動かしてはしゃぎながら耳まで裂けるように、
 首玉がけたたましい声を幾重にも重ねて、横一線にぱっくりと、
 口を開けた。
 途端に、止まっていた人々が猛烈な勢いで燃え上がった。
 奇妙な事だが、熱も匂いも感じさせない、しかし異常に明るい、炎。
 燃える人々の炎の先端が、細い糸のようになって宙へと伸び、
 怪物達の口の中へ吸い込まれていく。 
(・・・・・・悪霊!いや、ジジイの言っていたスタンドか!?)
 フリーズしていた承太郎の思考がようやく再起動を始める。
 炎渦巻く紅い空間の中、彼は一人取り残されたように立っていた。

 そんな彼の存在に、怪物が二人(?)してようやく気付いた。
 人形が首だけをぐるりと回し、傾げた。
 「ん??なんだい、こいつ。」
 可愛いマスコットに相応しい子供っぽい声。
 巨大なガラス玉の瞳が自分を睨んでいる。
 いつしか首玉も丸ごと向き直っていた。
 真中にぱっくりと開いた口から、若い女の声で言う。
 「さあ?御『従』では・・・・・・ないわね。」
 「でも、封絶の中で動いてるよ。もしかして『ミステス』?」
 「・・・・・・・に、限りなく近いモノだと思うわ。『トーチ』じゃないみたいだけれど。
  でも、人間の器の中に途轍もない力が内蔵されてる。
  久しぶりの嬉しいお土産ね。ご主人様もお喜びになられるわ。」
 「やったあ、僕達、お手柄だ!」
 子供っぽい開けっぴろげな歓声を上げた人形が、
ズシン、と粗雑な大足を一歩、承太郎に向けて踏み出した。
 耳元まで裂けた口で、ニタリと笑いながら地響きを立ててこちらに向かってくる。
「じゃ、さっそく・・・・・・」
 巨大な人形の視界を覆うような右手が承太郎を掴み、軽々と持ち上げ、
「いただきまーーーーーーーーす!!」 
 耳元まで裂けた口を大きく開けた。

 グシャッ!!
 重苦しい音ともに人形の口が閉じた。
 否、正確には『閉じさせられた』。
 歯の隙間から白い蒸気が音を立てて漏れる。
 掴まれた承太郎の身体から生えた2本の腕。
 その右拳がボクシングでいうスマッシュの角度で人形の顎に撃ち込まれ、
 内部に深々とメリ込んでいた。
 逃げ場の無い場所で跳弾の如く暴れ回った余波の為、顔面に地割れのような亀裂が走る。
 同様に口の中も悲惨な事になっているだろう。
 「いきなり出てきて、何調子コイてやがる・・・?テメェ!」
 自分を「お土産」呼ばわりした相手の片割れを、承太郎は睨めつけた。
 「っうぎゃああああああああああ!!」
 絶叫と共に再び開いた人形の口から、バネやゼンマイなどのクラシックな機械部品が
薄白い火花と一緒に吐き出された。
 痛みを感じるかどうかはしらないが、
ともあれ緩んだ腕の拘束から自由になった承太郎は、燃えるアスファルトに手を付いて着地する。
 不思議と熱さは感じなかった。
 人形はその土管のような膝を直角に折り曲げて前のめりに倒れる。
ズゥン!と、ダンプが横転したような重低音が紅い空間に響いた。
 砕けた顎をおさえ、道路の上で転がり回る人形の頭を承太郎は踏みつける。
 「おい?テメーの『本体』はどこだ?どっかで操ってるヤツがいるはずだ。」
 「うあぁぁあぁ!僕の顔があああ!!よくも、よくも!よくもををを!!」
 話がまるで噛み合わない。
 苛立った承太郎は頭に乗せた靴の先端に力を込めた。
 「ぎゃあああああああ!!痛い!痛い!痛いぃぃぃぃぃ!!」
 巨大な外見とは裏腹に、あがる悲鳴は幼い子供の声だった。
 その事に、承太郎の込める力が意図せずに緩む。
 それを敏感に感じ取ったのか、いきなり人形が立ち上がった。

 反射的に出たバックステップで承太郎は背後に飛びさる。
 その肩を伸びてきた人形の両腕が掴んだ。
 「アハハハハハァ???!!バーーーーカ!!死んじゃえぇ????!!」
 頭上から見上げる形で人形の顔があった。
 愛くるしかった顔面は半壊しているので、最早見た目的にも完全なモンスターだ。
 軋んだ音を立てて開いた口の中から紅蓮の炎が顔を出す。
 その色彩が先程の人形の「行為」を呼び起こした。
 (・・・こいつはさっき、オレの目の前で『動かなくなった人間を燃やして喰った』
  ・・・・・・『喰いやがった』!)
 認識した事実に慈悲の心は跡形もなく消し飛んだ。
 頭蓋の奥で正気を司るコードが数十本まとめて千切れ飛び、
淡い色彩の碧眼に怒りの炎が燃え上がる。
 熱く。激しく。燃え尽きるほどに。
 吐き出された炎の洪水が掴んだ人形の手ごと承太郎を呑み込んだ。
 「アハハハハハハハハハハハハ!!
  ざまぁ?みろ!!
  キャハハハハハハハハハハハ!!」
 炎に呑み込まれた人間の姿に、人形は勝利の狂声をあげた。
 「・・・・・・何が・・・可笑しい・・・・・・!」
 人形の狂声を遮るように後ろから怒気の籠もった声があがる。
 人形は首だけで振り返った。
 いつの間にか承太郎は人形の背後にいた。
 火傷は疎か服に焼け焦げ一つすらついていない。
 「な!?ど、どうして!?確かに僕の炎で焼かれたはずなのに!」 
 承太郎が炎に呑まれる瞬間、足から伸びたスタンドが軸足を高速で反転させ、
発生した遠心力が掴まれた肩を引き剥がすと同時に背後に回り込ませたのだ。
 炎は音速で巻き起こったドーム状の旋風が弾き飛ばした。
「残像」を攻撃していたという事実に人形だけが気づかない。

 「・・・・・・お前・・・・・・お前・・・・・・一体・・・・・・!?う、うああ・・・・・・っ」
 承太郎の碧眼で渦巻く怒りに、人形でも「恐怖」を感じるのか作り物である真鍮の歯がカタカタと鳴る。
 「『人間を燃やして喰うのが』そんなに可笑しいかッッ!テメェッ!!」
 「う!うわあああああああああ!!」
 神速で承太郎身体から伸びたスタンドの腕が、
絶望の叫びをあげる人形に直突きのラッシュをゼロコンマ1秒以下で叩き込んだ。
 分解され砕け散った人形の部品が薄白い火花と共に路面に降り注ぎ、
バチバチと音を立てて爆ぜる。
 「次はテメーだ。」
 承太郎は逆水平に構えた右手で女の声で喋る首玉を指さした。
 「何の目的があるかはしったこっちゃねーが、
  動けなくなったヤツらを女だろうが子供だろうが皆殺し。
  テメーさえよけりゃあいいという・・・・・・
  もはや地球上に存在してていいもんじゃあねーな。」
 承太郎は無数のマネキンの首の集合体へ距離をつめた。
 その事に危機を感じたのか、突如、開かないはずのマネキンの口が開き、
甲高い叫声があがる。玉に埋め込まれた首の数だけ全部。
 それに合わせるように、承太郎の周囲の空間に、無数の巨大な火の玉が出現した。
 その中から今バラバラにしたものと同じタイプの人形が次々と現れる。
 その数、約50体以上。
 それぞれ色や模様が違い、なかには剣や槍で武装しているものもいた。
 「なるほど、一人じゃかなわねーから数にものをいわせるという事か?
  臆病モンが考えそーな事だぜ。」
 微塵の同様もなく承太郎は言い放つ。
 どんな状況に陥っても、自分が負ける事は有り得ないと確信しているかのように。
 「いいだろう・・・半端な事じゃこのムカつきは収まらねー。
  まだまだ暴れたりねーぜッ!」


 前方で蠢く巨大な人形の群に向かって承太郎は駆けた。
 その長身からは想像出来ない俊敏さだった。
 人形は方円を組んで承太郎を取り囲む。
 すぐさまに振り上げられた拳や剣が唸りをあげ、
 前後左右さらに上下とありとあらゆる方向から襲い掛かってきた。
 (来い!)
 承太郎は精神の深奥に存在する『ソレ』に強く呼びかける。
 待ちかねたように『ソレ』は、彼の身体から躍り出てその全身を現した。
「星の白金(スタープラチナ)!」
 承太郎の呼び声に感応するようにスタンド、
 スタープラチナは襲い掛かる巨大な拳の群に自分の高速の拳を向ける。
 『その最初の一つ』がブツかりあった時、
 体積比で遙かに上回る人形の拳は、固められたスタンドの拳の前に
跡形もなく粉砕された。
 物理法則を完全に無視した現象だった。
 スタンドはそんな事実至極当然だとでもいうように、
視界に存在する全ての人形に向けて拳の弾幕の狂嵐を一斉射撃する。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラぁ!!!」
 猛る承太郎。
 スタープラチナの咆吼。 
 ぐにゃりと空間が歪むように全ての人形、
それもありとあらゆる箇所に隙間無く拳型の刻印が穿たれた。
 同時に巻き起こる衝撃の余波で陥没した人形達十数体の全身が弾け飛ぶ。
 破壊の轟音は『その後で』やってきた。
 全ては刹那の間。瞬き一つに満たない時。
 無数の人形の攻撃が承太郎の身体に到達する前の出来事だった。
 

 右手をズボンのポケットに突っ込んで立つ承太郎の前に、
スクラップにされた人形の残骸が豪雨のように降り注ぐ。
 弾けた空気が生み出した気流に学ランの長い裾が靡いた。
 「アラストールとかいうジジイに感謝しねーとな。
 「名前」があるとスタンドが思い通りによく動くぜ。
  さて、残りはあと半分といった所か・・・」
 背後に向き直った承太郎に人形達はたじろく。
 右手をポケットに突っ込んだまま悠然と歩を進めてくる承太郎に対し、
あろうことか後退までする始末だった。
 承太郎が再びスタンドを繰り出そうとしたその瞬間。
 輝く白銀の光が真一文字に人形達の群を斬り裂いた。
 空間がズレたように人形の上半身が胴体から音もなく滑り落ちる。
 その数10体以上。
 切断面は鏡のように滑らかだった。
 人形は自分が斬られた事すら認識出来なかったのか、
ガラス玉の瞳は最後まで承太郎を見たままだった。
 残った下半身から血の代わりに白い火柱が噴き上がる。
 (・・・・・・何だ?新手のスタンド使いか?)
 ゆらめく陽炎の向こう側。
 そこに承太郎は見た。
 焼けた鉄のような灼熱を点す両の瞳。
 火の粉を撒いてたなびく長い髪。
 可憐な指先に握られた戦慄の美を流す大刀。
 黒寂びたコートの裾が斬撃の余韻に靡いて揺れていた。
 交差する二組の瞳。
 碧眼と灼眼。
 承太郎とシャナ、二度目の邂逅だった。

 聞きたい事は山ほどあった。
 言いたいことは山ほどあった。
 だが二人が同時にとった選択は「言葉」ではなく「行動」だった。
 互いに右の方向に向かって疾走を開始する。
 合わせ鏡の立ち位置だったので結果的として真逆の方向に分かれる事になった。
 「前門の虎、後門の狼」
 そのロジックが現実のものとなった為、驚愕でアスファルトと道路の上で
棒立ちになっている数十体の人形達。
 それに向けて承太郎はスタンドを、シャナは白刃を繰り出した。
二人の戦闘スタイルもまるで合わせ鏡のように対照的だった。
 スタンドのパワーギアをゼロコンマ一秒で限界MAXに叩き込み、
音速に達したスタンドが繰り出す拳の弾幕によって、まるで黄金の旋風の如く全てを巻き込み全てを破壊する承太郎。
 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!」
 その姿、まさに疾風迅雷。
 対して、必要最低限の動きで相手の力さえも利用しつつ、
鋭敏な頭脳で緻密にコンビネーションを組み立てながら白銀の刃で相手を斬り捨てていくシャナ。
 一見地味だが、完成されたその動きは刹那の余韻すら残さず人形達を両断し、物言わぬ骸へと化しめていく。
 「っはあぁっ!!」 
 その姿、まさに鎧袖一触。  
 戦闘、と呼ぶにはあまりにも一方的過ぎる展開だった。
 瞬く間に炎で覆われた空間は破壊されたスクラップと、両断されたジャンクの山で埋まっていく。
 承太郎とシャナ。
 たった二人によって52体もいた人形は、出現してからたった3分で全滅した。 

 最後に一つ、道路の真ん中に残っていた人形に向かって承太郎はスタンドを放った。
 回る首でしきりにおろおろとしていたが別にどうでもいい。
 「ッオラァッッッ!!」
 承太郎の身体からカタパルトで射出されたように神速で飛び出たスタープラチナが、
その勢いと全体重を乗せたオーバーハンドブローを人形の左胸に叩き込む。
 と、ほぼ同時に右胸から白銀に輝く刃が飛び出してきた。
 榴弾の直撃を喰らったかのように人形の胸元がバックリ抉れて爆散する。
 開けた視界で碧と紅、二つの瞳が再び交差した。
 シャナの大刀、贄殿遮那の切っ先は承太郎の喉元。
 承太郎のスタンド、星の白金(スタープラチナ)の右拳はシャナの眉間の手前でそれぞれ停止している。
 「・・・・・・なんで、『いるの』?ジョータローとか言ったわね?お前。」
 双眸に灼熱の光を点したシャナが、その凛々しい視線を承太郎に向けた。
 「やれやれ、そいつはこっちのセリフだぜ。ウチのジジイと一緒に帰ったんじゃあねーのか?」
 「異変を感じたから来たまでだ。よもや貴様が『封絶』に取り込まれているとは想定していなかったがな
  ・・・・・・息災だったのか?」
 銀鎖で繋がれたシャナの胸元のペンダント、アラストールが応える。
 「まぁな・・・・・・だが「本体」がどこにいるのかわからねー。
  さっきから探しちゃいるが、スタープラチナの目と耳でもみつからねーんだ。」
 承太郎はシャナではなく、アラストールに言った。
「ウチのジジイの話じゃ『遠隔操作』のスタンドは『パワー』が弱いそうだが・・・・・・
 あんなフザけた人形がわらわらと出てくるようじゃあ、どうやらデタラメだったらしーな。
 とうとう本格的にボケやがったか、あのクソジジイ。」
 学帽の鍔で目元を覆いながら、承太郎は苦々しく吐き捨てる。

 「バカね。「本体」なんかどこ探したっているわけない。
  っていうか、アレはお前が考えてるような幽波紋(スタンド)じゃない。」
 「なんだと?おいクソガキ・・・・・・それは一体どういうことだ?教えな。」
 「ク!?・・・・・・・・・・・お前!言うに事欠いてなんて事いうのよッ!」
 シャナはその髪と瞳に加えて顔まで真っ赤になって言った。
 『徒の王』にその容姿の事で皮肉めいた事を言われた事は何度もあるが、
こんな直接的な言葉で詰られたのは初めてだ。
 最も承太郎にとっては別段何の悪意もなく、「お嬢ちゃん」と言っている感覚に近いのだが。
 問題は、承太郎がその事は言わなくても誰の目にも明らかだと思っており、
逆に他人にはそれが全く伝わっていないという点だ。
 「ン?」
 目の前のシャナの怒声よりも遠くの首玉の妙な動きが気になった。
 戦いの熱に浮かされて不覚にも目標から随分離れてしまったらしい。
 首玉は振動するように身体を揺すぶらせたと思ったら、いきなり道路からバウンドして大きく後方に跳ねた。
そのままピタリと空中に固定されたように制止し、そして例の如く埋め込まれたマネキンが叫声を響かせる。
 しかし今度はバラバラではなく、一部の狂いもなくマネキン全てが一斉に鳴いた。
 その叫声に煽られるかのように、バラバラになって路上に散乱していたスクラップとジャンクの山が
カタカタと音を立てて蠢いた。
 分解された機械部品。その中で比較的無傷のものだけが空中に浮かんだ首玉に向かって集まっていく。
それが首玉の表面に付着して瞬く間に周囲を覆っていった。まるでジグソーパズルのピースのように
あるべき場所に組み込まれていき、みるみるうちにサイズを膨張させ、人の形を成していく。
 最終的に生まれたものは一体の人形。しかしその大きさは規格外で横の五階建ての雑居ビルを上回った。
 ゾンビのような剥き出しの機械部品がそのおぞましさ増長させ、
本来爪が在る指先に武器であった剣や槍が鋭く尖っている。
 最早人形とはいえない、完全な異形だった。

 「・・・・・・やれやれ、数でも勝てねぇと知ったら今度はデカくなる、か・・・・・・
  芸のねぇヤローだ。しかし、あんだけデカイとブッ壊し甲斐がありそうだぜ。」
 (アレをブチ壊せばかなりスッキリ出来そうだ・・・・・・)
 再び闘争心に誘発された笑みを浮かべて歩み出る承太郎を、
シャナの細い小さな腕が制した。
 「アレは私の『獲物』。お前は引っ込んでて。」
 そう言って焼き付くような鋭い視線を承太郎に向けてくる。
 「知ったこっちゃねーな。あの悪趣味なマネキンには用がある。」
 「それこそ知ったこっちゃないわ。フザけた事言わないで。」
 「テメーに指図される筋合いはねぇ・・・・・・!」
 「うるさいうるさいうるさい。お前に選択権はないわ!」
 「やめよ。戦いの最中だ。」
 重く低い声でアラストールが言った。
 「承太郎よ。貴様の心の内はだいたい想像がつく。『燐子』が人の存在を喰らう所を見たのだな?
  ・・・・・・・・・・・・が、とりあえずここは引け。歳長であるならそれが筋だ。」 
 穏やかな声だった。ささくれ立った神経が宥められるような。 
 そのアラストールの言葉に承太郎は「フン」と小さく鼻を鳴らす。
 「・・・・・・ジジイ。アラストールとか言ったな?確かテメーには借りがあった。
  いいだろう。そのガキのお手並み拝見といかせてもらうぜ。」
 「うむ。」
 「ジジイ」という言葉が侮辱と受け取れたが、
  アラストールが何も言わない以上、自分も何も言う事が出来なかった。
 しかし何か面白くない。
 先刻、幽波紋(スタンド)の名付け親になった事といい、
ジョセフの孫というのもあっての事なのか、どうやらアラストールは
このジョータローとかいういけ好かない男を随分と買っているようだ。
 それがまた、無性に面白くない。
 「・・・・・・来るぞ。」
 シャナの葛藤はアラストールの言葉で中断を余儀なくされた。

 いきなり目の前のアスファルトが裂けた。
 砕けたコンクリートの飛沫と、吹き飛ばされた土砂が暴風のように襲い掛かる。
 路上に無数の剣と槍が突き立っていた。
 異形が指先の武器をミサイルのように飛ばしてきたのだ。
 瞬時にサイドステップで左方向に回り込んでいたシャナは左手を一振り、
コートの裾を広げて伸ばし自らを守る盾とした。
 その表面に突き当たったコンクリートの飛沫は、触れるそばから燃え上がり、
裏には一点のへこみもつけられない。
 シャナ同様、ズボンのポケットに手を突っ込んだままバックステップで後方に飛び去っていた承太郎は、
端から防御など選択肢にいれず襲い掛かる障害物を全てスタープラチナで粉砕した。 
 着地と同時にシャナのコートの裾がフワリと舞い、一瞬その全身を覆い隠す。
 彼女はその間に左手を柄に戻し、柄頭を左脇の奥に引き込んでいた。
 右肩をやや前に突き出す、刺突の構え。
 だが、シャナが首玉が取り込まれた左胸の部分に突貫する前に、
異形は軋んだ音を立てながら、巨大な両腕を胸の前に交差して防御態勢をとった。
 実に単純な構えだが、明け透けすぎる故に撃てる術がかなり限定される。
 巨大過ぎる為、腕を挟むとシャナの長刀でも異形の「本体」には届かない。
さらに距離が遠すぎて貫通力が分散されるので、腕が串刺しになることを覚悟で受け止められれば、
逆にこっちが捕まる事になる。
 その事を認識した異形はその醜い瞳をニヤリと歪め、巨大な口を耳元まで開いて炎を吐いた。
 炎の瀑布。誇張でもなんでもなく、本当に路上の全てを覆い尽くすほどの量で、
炎の濁流がシャナを呑み込もうと襲い掛かった。
 シャナは瞬発力で路面に扇形の痕が付くほどの踏み切りを付け、左斜めに飛び去った。
足跡は駆け抜けた炎の濁流によって蒸発する。
 視界の隅に承太郎の姿が眼に入った。スタンドで高速移動した路地裏で煙草を吹かしている。
アラストールに言った通り、高みの見物を決め込むという事だろう。
だが、その戦闘中に不謹慎な、あるいは余裕に満ちた態度に「カチン」ときた。

 異形はそのシャナの飛び去った方向に再び狙いを定めた。
 しかし、炎が吐き出される前に、シャナは前方のビルの窓枠を蹴りつけ更に上昇した。
 異形が眼で追う暇もなく、今度は換気用のダクトを蹴りつけて
獲物を狩る鷹のように前方左斜めに急降下してくる。
 着地はせずにそのままガードレールが変形するほど強く蹴っとばし、再びシャナは高速で宙に舞い上がった。
 ドラッグストアの看板を、BARのネオンを、曲線を描く街灯を、花屋の庇を、赤い郵便ポストを、
およそ視界に存在する全てをシャナは足場にしてジグザグに高速で飛翔しながら、
幻惑すると同時に異形との距離を詰めていく。
 異形が当てずっぽうで炎を吐くが、無論命中するわけもなく承太郎にそこへ
吸い殻を指で弾いて捨てられる始末だった。
 あっというまにゼロの距離に達し、ワンボックスカーほどもある異形の足下に
シャナは八字立ちで着地する。
 炎髪が舞い上がり吹雪のように火の粉を撒いた。
 だが、射程距離に入ってもそこですぐに攻撃を仕掛けず、また残像を残して左斜めに飛び去った。
 そして今度は異形の目の前で先程と同じ動作が繰り返される。
 立体ではなく平面で。
 しかし飛行距離が縮まった為、その速度と軌道の複雑さは段違いだった。 
 炎髪が火の粉を撒くのでそれが軌跡となりまるで紅い陽炎、もしくは流星が何度も飛来しているようにもみえる。
 異形はシャナを攻撃しようと唸りをあげてその剛腕を振り回すが、
熊が目の前で飛び回る蜂を叩き落とそうとしているようなもので、
火の粉が描く軌跡にすら触れる事が出来ない。
 しかも速度はその回転が上がるつれ更に増していった。

 ガシュッッ!!
 いきなり異形の巨大な両腕が真っ二つに切断された。
 高速で飛翔する紅い影に斬撃が混ざりだしたのだ。
 間を置かず右足が両断され、バランスを崩した異形が大きく蹌踉めいて倒れそうになる。
 しかし、異形が地面に突っ伏すまえに、白銀の光が上半身を肩口からバッサリと斬り落とした。
 宙を舞った異形の首に、紅い影が螺旋状に巻きつき木っ端微塵に切り裂く。
 その直後、異形の左胸に大穴が開き、
背後から刺突の構えで突貫したシャナが、首玉を串刺しにしたまま飛び出してきた。
 すぐさまに貫いた首玉を返す刀で斬り捨てた後、
シャナは靴を滑らせて派手な音を立てながらブレーキングし、
いつの間にかそこにいた承太郎の前に着地した。
 「ヒュウッ」と承太郎の形の良い口唇が、キレのある澄んだ口笛を奏でた。
 それを冷やかしと解釈したシャナの鋭い眼光を黙って受け止める。
 (・・・・・・このガキ、どうやら牢屋でやりあった時は本来の力の半分も出てなかったみてーだな。
  狭ぇ場所と今じゃ動きがまるで別人だぜ。タッパの所為で一発じゃあ両断出来ねーから
  速度を力に換えて、「点」じゃなく「線」の動きで斬りやがった。
  しかも一番ヤワそーな部分だけを狙って・・・・・・・・
  やれやれ、スタープラチナの目でも追うのに苦労したぜ。)
 一瞬でそこまで分析した承太郎の洞察力もまた、ただならぬものではあるが。
 ともあれ、承太郎は初めてシャナに「妙なガキ」以外の感想を持った。
 
 「やるじゃあねーか。クソガキ。」
 右手をポケットに突っ込んだまま、素直に称賛の言葉を贈る承太郎。
 しかし、その言葉にシャナは、
 「・・・・・・さっきといい、いまといい・・・・・・」 
 額に青筋を浮かべ 胸元で握った右拳をブルブルと震わせた。
 脳天にお仕置きの鉄槌を入れてやろうと刀身を峰に返し、大きく振りかぶる。
 だから次に承太郎がとった行動は、完全に思考の範疇外だった。
 承太郎は開いた手を胸の前に差しだした。
 シャナの背丈に合わせるよう、やや高さを下げて。
 完全に虚を突かれたシャナは、その紅い目を大刀を振りかぶったままの姿勢で丸くする。
 どうやら「叩け」という事らしい。
 それは解る。
 そんな事は解る。
問題は『そんな事』に、今、自分が、面食らっているという事実だ。
承太郎は口元に微笑を浮べていた。そこに皮肉や侮蔑を表す色はない。
 あるのはただ純粋な・・・・・・
 世間一般の女性なら、その殆どが再起不能に陥るような承太郎の微笑みに、
何故かシャナの怒りは霧のように消え去った。まるで最初から存在すらしていなかったようだった。
 その感情がまるで理解不能な為、
シャナは半ば八つ当たり気味に承太郎の大きな掌に
自分の小さな掌を跡がつくほど強く叩きつける。
 渇いた音が紅い空間に大きく響いた。
 
 そのまま数歩前に進んだシャナは、ピタッと立ち止まったかと思うといきなり振り返って承太郎を睨んだ。
 「言っとくけど私の名前はシャナ!ク・・・ガキでもチビジャリでもない!二度と間違えるな!」
 胸を吹き抜ける奇妙な爽快感は何かの間違いだと思考の隅に追いやり、
その顔を灼眼より真っ赤にしてシャナは叫んだ。
 自分には名前がなかったので便宜上、ジョセフとその妻のスージーが愛刀の銘から付けてくれた名前だ。
 でも今ではそれなりに気に入っていた。
 共に過ごした時間はそんなに長くはなかったが、二人とも自分を本当の孫のように可愛がってくれたからだ。
 二人の「善意」は非常に解りやすかったので、ジョセフとスージーには素直に好意を抱く事が出来た。
 そう、アラストールと同じように。
 だが、今、目の前にいる、その実の孫は、睨み返して言った自分の言葉に「やれやれ」と
ハンドマークのプレートが付いた学帽の鍔を摘んだだけだった。
影になった顔の口元には、まださっきの微笑みの余韻が残っている。
 その余裕の態度がさらにシャナを苛立たせた。
 (なによ、なによ、なんなのよ!コイツは!?)
 不分明な感情が火勢を煽る。 
 (わけわかんない!なんだかしらないけど生意気よ!
  本当に、なんて変な、じゃない!妙な、違う!嫌な、そう!嫌な奴!!) 
 心中で上がる声には、彼女らしくない、愚痴や文句のような、ひねた響きがあった。
 そんな彼女のいつにない精神の荒れ様・・・・・・あるいは取り乱しように、アラストールは可笑しそうに苦笑した。
 未知の感情の前では、認識よりも拒否反応の方が強く出る事に少女は気付いていない。
 今までシャナにあんな事をした人間はいなかった。
 『してくれた』人間はいなかった。
 自分が戦った事を認めてくれる、褒めてくれる人間は。
 それはあまりにも平凡で、あっけなさすぎるほど単純な答え。


 嬉しかったのだ。シャナは。
 

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最終更新:2007年05月22日 19:31