「灰になれええええぇぇぇぇッッ!! 狩人フリアグネエエエエェェェェッッ!! 」
焼魂の叫びと共に逆水平に構えた手の指先で鋭くフリアグネを刺すシャナ。
その標的に向けて、”轟ッ!!”という凄まじい唸りを上げて迫る赤熱の
”灼炎高十字架(フレイミング・ハイクロス)”
「フッ……」
炎架の放つ凄まじい灼光にその耽美的な美貌を照らされ、
給水塔の上に片膝を降ろして座っていたフリアグネは、
口元に笑みを浮かべたまま拍手を止めると極薄の純白の長衣が
艶めかしく絡み合った女性のように細い左手をゆっくりと差し出すと
緩やかな動きで反時計廻りに動かしながら誤差一㎜の狂いもない円を空間に描き始めた。
そのピアニストのように細く艶めかしい指先が滑らかに時間軸の四半時間の点を
撫ぜる度に複雑に手の印が組み換えられる。
流麗な動作とは裏腹にその頭蓋の奥の神経が削られるような
精密な手技を執っているにも関わらずフリアグネは額に汗一つかかず、
口元の笑みも崩していなかった。
己の知脳力と技術力との研鑽に絶対の自信と信頼を持っている証だ。
そのフリアグネの手と指の回転運動に合わせ、純白の長衣と同色の手袋で覆われた
掌中から奇怪な紋字と紋様が薄白い炎と共に湧き水のように溢れ出した。
その白炎に包まれた紋様は即座に立体的に膨張し、
フリアグネの周囲に円球状に展開され、その華奢で長身の身体を覆い込む。
突如出現したその白炎障壁にシャナの放った炎架が真正面から激突した。
その刹那。
バシュッッッッ!!!
焦熱の ”灼炎高十字架(フレイミング・ハイクロス)”は
跡形もなく粉微塵となって消し飛んだ。
エネルギーの膠着も、拮抗も、対消滅も、『何も引き起こさずに』
存在の忘却の彼方へと吹き飛んだ。
白炎の紋様障壁に包まれたフリアグネの周囲を、砕けた紅蓮の炎架の飛沫が
余韻のように静かに靡く。
”あの時”と同じように。
フリアグネは口元を長衣で覆ったまま勝ち誇ったようにシャナを見下ろした。
「そ……そ……んな……!?」
シャナの一切の光の存在をも赦さない無明の双眸が驚愕で見開られる。
自分の、現時点での最大最強焔儀がいとも簡単に防がれた。
炎術の練度が鈍っていた等という些末な問題ではない。
自分は先刻の焔儀を刳り出す為に手持ちの存在の力の塊”トーチ”を
全て残らず消費した。
それに加えてその大きさに正比例して制御も難しくなる巨大な存在の力を、
己の精神力のみで強引に捻じ伏せて最高の威力を編み出した上で炎術を発動したのだ。
それなのに自分があれだけ時間と労力とをかけて造り出した攻撃型自在法を、
眼上の男はものの数秒でソレ以上の防御系自在法で封殺した。
消し飛んだ炎塊の余韻と共にフリアグネのパールグレーの前髪が
白い封絶の放つ気流に揺れている。
その余裕の表情は翳る事を知らない。
『極大魔導士(スペリオル・ウィザード)』
そんな突拍子もない単語がシャナの脳裏に浮かんだ。
しかし、事実、そう認めるしかない。
自分の最大焔儀『炎劾華葬楓絶架(レイジング・クロス・ヴォーテックス)』の
焦熱力は重さ一トンの鉄塊を蒸発させるくらいの熱量は確かに在った筈だ。
その上今までで最高の力を乗せて術を刳り出せた。
その力の結晶をいとも簡単に封殺されたのでは否が応でもそう認めるしかない。
「フフフフフフ……君のその姿に相応しい実に可憐な焔儀だったよ?お嬢さん?
しかしその威力も君の似姿と全く同じで脆く儚い存在だったようだね?
まるで野に咲き乱れる霞草のように。無人の荒野を狩る私にはただ
踏みしだかれるだけの脆弱な存在だったようだ。
”しかしだからこそ美しい”かな?フフフフフフフフフフフフフフ……」
フリアグネはそう言ってアイロニックな微笑をシャナに向ける。
シャナはそのフリアグネの微笑にキッとした鋭い視線で返す。
そして心の中の同様を悟られないように極力平静を装って言い放つ。
「流石に大口叩くだけの事はあるわね?”狩人?”超遠距離からの暗殺能力を得意と
するだけあってソレに対する防御対策も万全ってワケ?
でもそれは同時に接近されたら一巻の終わりって白状しているようなものだわ」
シャナの言葉にフリアグネはわざと同じように平淡な口調で応じる。
「フッ、その通りだよお嬢さん。私は荒事が嫌いでね。
この手では薄氷一枚砕いた事がない」
そう言って鈍い光沢のシルクの手袋で覆われたピアニストの
ような手を差し出してくる。
「愛するマリアンヌに無骨な手で触れたくはないからね。フフフフフフフフ」
己の弱点をアッサリと晒らけ出しながらもフリアグネはシャナを
挑発するように大仰に右手を振ってみせる。
「第一、戦闘者同士が暑苦しく近距離で押し合い引き合い一体
何が「美しい」と言うのかな?真の「美」とは一切の無駄を省いた所にこそ
初めて存在しえるのさ。そう、”あの方”のように、ね」
そう甘く呟いてフリアグネは言葉の終わりに軽く片目を閉じる。
人間には持てない幻想的な魅惑がそこには在った。
「さて、以上で前奏曲(プレリュード)は終了したようだね?
それでは私と君との”戦闘組曲第二楽章ッッ!!”
『IN MY DREAM(幻惑の中)』の開幕といこうかッ!!」
そう言ってフリアグネは再びその魔力の宿った純白の長衣を尖鋭に翻した。
瞬時にシャナの周囲を先刻同様薄白い炎が次々に浮かび上がって取り囲み、
頽廃のマリオネットの軍勢が先程以上の数でもって召喚される。
シャナは表情を引き締め鬨の声を挙げる。
「何かと想えば懲りもせずにまた燐子の召喚!?
この私に同じ手を二度使う時点で既に凡策よッ!!」
そう凛々しく叫びシャナは右手を素早く黒衣の内側に押し込む。
そこから握られて出てきたのは件の妖魔刀。
少女の名の銘でもある戦慄の美を流す大太刀。
”贄殿遮那ッッ!!”
「生憎だけどどんな強力な防御障壁を展開してもこの私には通用しない!!
編み込んだ己の自在法を増幅させ同時に触れた全ての自在法を虚無へと還す!
この”贄殿遮那”の前ではねッ!!」
シャナはそう叫んで掴んだ大太刀の柄を左斜めに鋭く薙ぎ払う。
己の迷いを全て切り捨てるかのように。
大気の斬り割かれる痛烈な斬切音と共に巻き起こった一迅の気流により
シャナの黒衣の裾が揺らめいた。
「それに!!”第二楽章”なんかじゃないッッ!!
これが”最終楽章!!”『DEAD END(討滅)』よッッ!!」
そう叫んでシャナ足裏に炎髪の撒く火の粉を集束して爆散させ、
石版を踏み砕きながら空間を疾走し前方右斜めの武装燐子フィギュアの群に
挑みかかった。
その胸元で突風に揺れるアラストールは心に浮かんだ一抹の異和感を
拭いきれずに長考していた。
(むう……先刻、この子、シャナの焔儀から彼奴の身を護ったのは果たして
本当に”自在法”だったのか?ソレにしては彼奴の自在式の執り方が
少々乱雑なフシが在ったが……)
「でやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
アラストールの懸念をよそにシャナは燃え上がる鬨の咆吼をあげながら、
黒衣を翻して武装燐子の群に向かって突貫した。
承太郎は階段を5段抜かしで疾風のように素早く二階へと駆け上がると、
素早く軸足をターンさせ、屋上へと繋がる中央階段の方向に向かって駆けだした。
今昇ってきた階段で3階まではいけるが屋上まではいけない。
マキシコートのように裾の長いSPW財団系列の高級ブランド
”クルセイド”特製のオーダーメイドの学ランが風圧で舞い上がり、
襟元から垂れ下がった長く軽いしかし頑丈なプラチナメッキの鎖が澄んだ音を立てる。
体温の上昇に伴う発汗の為に、一際高く香る蠱惑的な麝香が空間に靡いた。
今、その永い歴史によって受け継がれてきた誇り高き血統が司る、
気高きライトグリーンの瞳を携えた美貌には、今、明らかに焦燥の色が在った。
彼自身自覚のない、まだその理由さえも形になっていない
焦り、戸惑い、そして苛立ち。
深夜の街中でゴロツキ共と刃傷沙汰になった時も冷や汗一つかかなかった
承太郎らしくない焦りだった。
その鍛え抜かれた長い健脚で奇怪な紋章と白い陽炎とが揺らめく
非日常の場と化した廊下を疾走する学生服姿の端整な顔立ちの美男子。
その怜悧な光の宿った碧眼の端が一点何かを捉える。
承太郎はスタンドの「足」を使って摩擦熱を伴いながら急ブレーキをかけ、
それ自体は決して珍しくない、しかしその存在の「有り様」が実に異様な
ソレに視点を向ける。
中空に浮き上がり窓から漏れる白光に照らされ妖しく煌めく、
鋭いエッジを輝かせる「長方形」
くるりと軽やかに回って見せた図柄は、身の丈を越える大鎌を肩口に掲げる死神
”JOKER”
(トランプ……か……?)
その宙に浮く、一枚の薄いカードから、はらり、と、存在しないはずの二枚目が落ちた。
続けて三枚目、四枚目……月下の白光に酷似した光に反照するカードが次々と零れ落ち、
そして舞い上がり、どんどん増えていく。
トランプの規定枚数52枚を超えて増殖し、無軌道に宙を固まって
紙吹雪ように舞い踊るソレは、やがて徐々に速度を速めながら水流のように
渦巻いて承太郎を取り囲み、そしてその周囲半径5メートル以内を完璧に覆い尽くす。
現実性を完全に欠如した奇怪な、そして異様な光景。
まるで奇術師のいない悪趣味なマジックを見せられているようだった。
承太郎は周囲を警戒しながら静かに臨戦体勢を執った。
相手こそ人間(しかしコレ以上に恐ろしい存在が他にあるだろうか?)だが、
悪意と欲望、怒号と凶刃、呻吟(しんぎん)と血沫とが舞い踊り狂う
獣じみた凄惨なる地獄の修羅場を数多く潜り抜けた事により、
極限まで研ぎ澄まされた彼の全神経とその経験によって培われそして磨かれた
野性の直感とが如実に彼の精神に訴えかけていた。
”ナニカヤバイ”と。
(コレが……アラストールと花京院のヤツが言ってやがった
スタンドと同質の特殊能力を持つという道具”紅世の宝具”
とかいうヤツか?やれやれ全く薄気味悪いったらありゃしねーぜ)
心の中で愚痴りながらも承太郎は研ぎ澄まされた五感を総動員して
全てのカードの動きを追跡しながら集中力を徐々に高めていく。
突然、そのカードの群の軌道の一つが周囲から外れて
流れ始めたと思うと、一方を指向する。
承太郎の首筋、頸動脈の位置を。
続けて他のカードの群達もそれぞれ軌道を外れて各々の流れを造り出すと、
同じようにそれぞれの指向を刺し示した。
人体の急所、頚椎、眉間、鳩尾、背梁、脇影、聖門、手甲、
そして三陰(アキレス腱)を。
そしてギリシア神話に出てくる巨大な玖頭の蛇、ヒュドラのように鎌首を擡げ、
それぞれが差し示した死紋の致命点へと高速で同時に襲いかかってきた。
「スタープラチナァァッッ!!」
承太郎の「息吹」のような鋭い猛りと共に、
まるでストリートダンスの「フロア・ムーブ」のような
坐した体勢のままでの高速回転錐揉み状態で渦巻く白金の燐光と共に
出現した『幽波紋(スタンド)』『星の白金(スター・プラチナ)』が、
その高速回転運動の状態で前後と左右のあらゆる角度から
致命点へと襲いかかる死のカードの群に音速の手捌きで貫き手の乱撃を
夥しい数で射出する。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
その流麗且つ壮絶な姿。
まさに輝く黄金の竜巻、否、煌めく白金の乱気流。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッッ!!」
自らの巻き起こした拳風によって周囲の空気を円環状に攪拌しながら、
同時に捲き上がった旋風と共に中空へと舞い上がり、
仄かな白金の燐光をと共に承太郎の前方右斜め1,5mの位地に着地した
承太郎のスタンド、スタープラチナ。
その交差された逞しい両腕の先端、極限まで鍛え抜かれ引き絞られた
両手の指の隙間にはそれぞれ一枚の誤差もなく同数のカードの束が
それぞれ挟み込まれていた。
タネも仕掛けもない、廉潔なる『幽波紋(スタンド)使い』『星の白金』
空条 承太郎の神業的な「幽波紋魔術(スタンド・マジック)」
スタンド本体の攻撃力(パワー)と瞬速力(スピード)精密動作性、
そして何よりもソレを操る宿主の適切な状況判断力とそれに
対応できる技術力(テクニック)加えて鋭敏な知脳と強靭な精神力とが
それぞれ融合して初めて繰り出す事が可能な超高度な戦巧技。
燐纏昇流。捩空(れっくう)の嵐撃。
流星の流法(モード)
『流星群漣綸(スター・スパイラル)』
破壊力-B スピード-A 射程距離-C(半径3メートル)
持続力-D 精密動作性-A 成長性-B
「オッッッッッラァァァッッ!!」
刃よりもキレのある咆哮と共に今度はスタープラチナが交差した両腕を
熟練した奇術師のような眼にも止まらない動作で払い合わせる。
先端のエッジが薄刃のように研がれた殺戮のカードの束は、
自身の刃同士で互いに互いを切り刻み、シュレッダーにかけられた薄紙のように
線切りにされて薄白い火花と共に白い陽炎の浮かぶリノリウムの床の上に
ヒラヒラと力無く舞い落ちた。
「フン、こんな子供騙しでこの空条 承太郎を仕留めようなんざ
随分と虫のイイ話だぜ」
承太郎は足下で動かなくなったカードの残骸を、
ドイツ製の革靴の裏で乱暴に蹴り払う。
そして、
「出てきやがれッ!!”いる”のは解ってるんだぜッッ!!」
承太郎は叫んで背後を振り向くと、誰もいない空間に向かって
その逆水平に構えた手の指先を鋭く挿し示した。
”流石ね……!『星の白金』……!空条 承太郎……!!”
開けた視界の中、誰も居ない筈の空間に若い女の声が木霊した。
日本人離れした長身を持つ自分には通常あり得ない位置、”頭上”から。
”いいえ……!我が主の名の誉(ほまれ)の為にこう呼ばせてもらうわ……!
『星躔琉撃の殲滅者』……!!”
仰々しい言い回しに承太郎は小さく舌打ちする。
”ご主人様自慢の”宝具”『レギュラー・シャープ』を
いとも簡単に封殺するなんて……!それでこそ私自身が
討滅する価値があるというものよ……!!”
「ケッ!余計な御託を並べてんじゃあねーぜ!勝手な「通り名」まで付けやがって!
とっとと姿を現しやがれッ!もう”そこ”に居るのはバレてんだぜ!」
”フフフフフフフ……光栄に想いなさい……!アナタの為にとびきり高貴な
真名を考えてあげたわ……!ご主人様の勝利の名誉の為に、ね……!”
声と共に放課後のような静寂に包まれた廊下の中央にいきなり白い炎が
濁流のように渦巻いたかと思うと、瞬時にそこに人型のシルエットが浮かび上がった。
余韻を残して余熱も残さずに立ち消えた炎の向こう側。
その膝下まで届く長い艶やかな髪にまるで砕け散った紫水晶の単結晶を
鏤めたかのような光沢を持つパールグレーのプラチナブロンドを携えた絶世の麗女が、
神秘的な雰囲気をその身に纏わせながら高級ブランド専属のスーパーモデルの
ように左腕をくの字に腰に当てて立っていた。
←PAUSEッッ!!
STARDUST¢FLAMEHAZE*
最終更新:2007年07月07日 17:20