十三年前、ヴィルヘルミナ・カルメルはある男を討滅するため、空条承太郎一行に同行してエジプトへと旅立った。その男の名前はDIO・ブランドー。百年間の眠りから目覚めた吸血鬼だった。
 「"紅世の徒"にすら勝利して支配する吸血鬼がいる」。そんな話をフレイムヘイズの情報交換・交換支 援施設『外界宿』のニューヨーク支部で初めて聞かされた時のヴィルヘルミナの感想は、「信じ難い」の 一言に尽きた。
吸血鬼だろうと、元は人間。こちら側の世界においては後の「神」の原型ともなった"紅世の徒"に勝てる力を持った存在など、同じ"紅世"の側にしかいる訳がないと思っていたのだ。
 彼女が自身の見聞の狭さを思い知ったのは、それから程なくしてのことだった。
 エジプトのカイロで、とあるフレイムヘイズと"紅世の徒"との戦いがあった。戦いの末に"徒"は無事討滅されたものの、その被害は甚大。『外界宿』の協力による「後片付け」――具体的には、偽の原因や人々が納得出来る嘘をばら撒くこと――が必要になった。その陣頭指揮を執るために派遣されたのが、この筋では極めて有能と評判高いフレイムヘイズ『万丈の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルという訳だ。
 その仕事も終わり、滞在していたホテルをチェックアウトして、路地を歩くヴィルヘルミナの前に、その男は現れた。
 粗末な街灯だけがささやかな光をもたらしている人気のない路地で、その男は建物の壁にもたれかかり、悠然とヴィルヘルミナを眺めていた。
 見た者の心まで凍りつかせてしまうような、その冷たい眼差し。
 砂金を思わせる美しい金髪。
 白い肌は透き通るようで、男性女性問わず魅了するような、ぞっとする程の色気があった。
 その男の姿を一目見ただけで、ヴィルヘルミナの戦闘者としての本能がかつてないほどの勢いで警鐘を鳴らした。この男がDIO。
『外界宿』で聞いた信じ難い話が現実だったことを悟り、ヴィルヘルミナは肌が粟立ち、地面に足が縫い付けられるような威圧感を感じた。

『……君達"紅世"の住人は、"存在の力"とやらを操って、この世に在り得ざる不思議を起こすことが出来るそうだね? ひとつ……それを私に見せてくれると嬉しいのだが』

 語り掛けてくるDIOの声には、心にやすらぎを与える危険な甘さがあった。
 それに引き込まれてしまいそうになった次の瞬間、ヴィルヘルミナは"封絶"を展開すると同時に、無数のリボンによる刺突をディオに繰り出していた。奴の言葉を聴いてはいけないという、強迫観念にも似た危機感が彼女の身体を突き動かした。

 桜色の曙光の中、戦闘が始まった。人を超えた者同士の暴風の如き力のぶつかり合いは、石造りの建物という建物をなぎ倒し、道を抉り、凡そヴィルヘルミナの仕事の成果を帳消しにする程の被害を周囲にもたらした。
"封絶"を張っていなかったら、街の一区画が丸ごと地図上から消え失せていたに違いない程の大被害だった。
 それだけやっても尚、ヴィルヘルミナは惨敗した。フレイムヘイズ・"紅世の徒"の間で名を轟かす『万丈の仕手』が、ほとんど手も足も出せずに敗北した。
何をされたのかすら、その時は理解できなかった。「気が付くとやられている」という全く以って理解不能の現実と、満身創痍の状態で逃げるのが精一杯だったという屈辱的な事実だけが残った。
 DIO・ブランドーという男の力は、それだけ凄まじかった。この世の全てを喰らい尽くし、蹂躙し尽くすことを、宿命付けられて生まれてきたような男だった。
 加えて、ディオは引力のように逆らい難い「人を惹き付ける」カリスマを兼ね備えていた。驚くべきことに、DIOは現代における最大級の"紅世の徒"の集団、[仮装舞踏会]を自らの軍門に下してしまったのだ。数百年前からフレイムヘイズと戦い続けている、強大な力を持つ"紅世の徒"達が、"王"でもないたった一人の吸血鬼に本気の忠誠を誓ったのだ。
 悪夢のような事態だった。奴を放置しておけば、いずれ現世・"紅世"は共に奴に支配されてしまうという自分の馬鹿げた考えを、ヴィルヘルミナは否定できなかった。

 後日、ヴィルヘルミナは自分の育てた『炎髪灼眼の討ち手』が空条承太郎らと共にDIOの討滅に乗り出したという情報を、『外界宿』を通じて知る。
ヴィルヘルミナは彼らに同行し、ディオを討滅するべくエジプトへ旅立つことになるのだった。
 その一行の中心に居たのが、空条承太郎である。ヴィルヘルミナの彼に対する第一印象は、「冷淡で反抗的で無関心な男」だった。
未成年の分際で酒と煙草をたしなみ、年上に対する礼儀も知らない。その上ヴィルヘルミナにとって何よりも大切な少女は、「クソガキ」「チビジャリ」呼ばわりだ。
はっきり言って、あの娘に近付けたい人種ではなかった。むしろその正反対だった。
ディオと同様に、"スタンド"なる不可思議な力を使えるとはいえ、所詮は人間。
元よりあの何もかもが規格外の化け物に太刀打ち出来る筈がない。早々に自分の無力さを思い知らせて旅からリタイアさせてやろう、とまで思っていた。
 しかし、ヴィルヘルミナにとっては甚だ不本意なことに、その評価は次第に覆されていくことになる。

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最終更新:2007年07月11日 20:21