突如、承太郎の目の前に中世芸術彫刻のような白銀比の躰と、
艶やかな腰に届く以上に長いベリーロングの髪を併せ持つ幻想的な
雰囲気の美女が姿を現した。
 否、躰は成熟しているが可憐な顔立ちをしているので
正確には「美少女」と呼んだ方が適切かもしれない。
 透き抜けるような白い肌。露わになった艶やかな肩口と細い二の腕。
 漆黒の、胸元が大きく開き右脚の部分に深いスリットの入った
サテンスカートのスレンダードレスにその身を包み、
更にドレスとは正反対に純白な、まるで天使の羽衣のような
超極薄の長衣(ストール)その身に纏っている。
 足下には踵の高い、ドレスと同色の「十字弓(クロスボウ)」の刻印が入った
ヒールリング付きのミュールを淑と履いていた。 
 白い封絶の逆光に反照された月下美人と呼んでも差し支えない優麗なるその姿。
 見る者が見ればきっとその彼女をこう評したであろう。
「闇夜ノ花嫁」と。
「………………」
 承太郎は警戒と緊張とを崩さないまま、その幻想的な雰囲気を醸し出す
美少女を無表情のまま黙って見つめ状況を分析し始める。
 そして同時に纏っている純白の長衣(ストール)が放つ神秘的な煌めきに
突如、全世界の波紋戦士直属の長である曾祖母エリザベスの、
その妖艶且つ威風堂々足る雄麗な姿を思い起こした。

 目の前の少女は曾祖母に比べて妖しさと勇ましさこそ薄れるものの、
その様装は彼女の戦闘体系のソレに酷似していた。(更に付け加えるのなら
その全身に纏った清純な気は成長し女性として完成された
エリザベスにはないものである)
 比較対象である曾祖母も「波紋」の鍛錬時には似たような神秘的な色彩を放つ
首帯(マフラー)をその身に纏っていた。
 しかしその本質は決して装飾用のソレではない。
「使う者」次第によってどんな屈強な刀剣をも凌駕し、
そしてどんな頑強な甲冑すらも粉砕する超絶の波紋兵器だ。
 似たような形状をしている以上、そして先程の奇怪なトランプの事も含めて
少女の纏う長衣(ストール)にも何らかの特殊能力が
付加されていると見るのが妥当だろう。
 それならば衣擦れによって長衣(ストール)の微妙な動きをより正確に感知する為に
肌を露出しているのも頷ける。
 曾祖母も戦闘訓練の時は常に軽装でしかも動きやすい薄手の服を着ていた。 
 仮に、ジョースターの血族であるエリザベスを光の麗女と喩えるならば、
DIOの使い魔である目の前にいる少女はその対極。
 差詰め影、若しくは闇の隷女(スレーディ)
 その闇の美少女が髪と同色の、まるで宝石のようなパールグレーの瞳で
真正面から承太郎の怜悧なライトグリーン瞳を鋭く射抜き、
そして彼に語りかける。
「それにしても……よく私の居場所が解ったわね?”星躔琉撃”
影も形も完璧に消し去った筈なのに」
 その清純な見た目に相応しい静粛な声で美少女は承太郎に言った。
「そりゃそんだけ強烈な「殺気」を四方八方に無遠慮に撒き散らしてりゃあ、な。
マヌケな猫でも近寄る前に逃げていくぜ。
”ソイツ”の能力で透明になっても何の意味もねー」
 そう言って承太郎は再び逆水平に構えた指先で、少女の胸元で気流に
サラサラと梳き揺れる極薄の長衣(ストール)を指差した。

承太郎の鋭い指摘に少女は一度ゆっくりと瞳を閉じ、そして静かな言葉で彼に返す。
「流石の洞察力ね?ご主人様から譲り受けたこの宝具
”ホワイトブレス”の特性を一目で見破るなんて」
 純白の長衣(ストール)がその軽さ故にまるで陽炎のように
少女の周囲に揺らめいている。
 その無軌道な動きに視覚を幻惑されないように
注意を払いながら承太郎は言葉を続けた。
「身内に似たようなモン持ってるのが一人いるんでな。
だが、その能力は”透明になる”なんてなチャチな代モンじゃあねーぜ。
本気で「使え」ばブ厚い鋼鉄の扉でもブチ砕いちまうからな」
 承太郎は少し得意げに微笑を浮かべてそう目の前の少女に説明すると、
即座に表情を引き締めた。
「確かテメーは一昨日街中でオレにケンカ吹っかけてきやがったヤツの片割れだな?
悪趣味なマネキンの首玉ン中に潜んでやがった金髪の女。
見た目が少々変わっちゃあいるが声と雰囲気で解るぜ」
 承太郎の問いに目の前で佇む異界の美少女は
その長く麗しいパールグレーの髪を一度たおやかにかきあげる。
 フワリ、と舞い上がった髪がまるで絹糸のように優しく空間を撫でた。
「アナタの推察の通りよ。私は紅世の王”狩人”
フリアグネ様の忠実なる従者”マリアンヌ”」
 マリアンヌと名乗った美少女の、その露わになった小さく形の良い耳元に
精巧な研磨技術で磨かれたアメジストのイヤーロブ・ピアスが
封絶の放つ光に煌めいていた。
「ご主人様、そしてそのご主人様が敬愛する”アノ方”の為にその命頂戴させてもらうわ!覚悟なさい!星躔琉撃!」
 黒いドレスの少女はそう清冽な声で鋭く言いそして長衣(ストール)を先鋭に翻す。
 見た目は少淑女といったような上品な佇まいだが、
仕える主を「ご主人様」と呼ぶ等使う言葉が所々妙に子供っぽい。
 その懸隔(ギャップ)が見る者によっては抗いがたい強烈な魅力となるが承太郎は
その美少女の凛とした宣戦布告に剣呑な瞳と表情で応じる。

「やれやれ、見た目が変わろーがホウグとかいう「得物(エモノ)」持ってこよーが
結果は何も変わらねーぜ。また痛い目みねー内にとっととご主人様ン所に
ズラ帰えんだな?マリアンヌ」
 少女の露わになった艶やかな白い肌とパールグレーの髪から立ち昇る、
アイリスやブルガリアンローズ等の高貴な花が絶妙にブレンドされた
世間一般の男ならその殆どが心を蕩かすであろうフレグランスの甘い誘いの香気に、
承太郎は眉一つ動かさず清廉に言い放つ。
 その承太郎の言葉に紅世の美少女、マリアンヌは余裕の笑みで応じた。
「フッ、甘いわね?”星躔琉撃”
『今のこの「姿」こそがご主人様が私の為に創って下さった私の「完成体」なのよ』
「この前の」私と同じだと想っていたら痛い目を見るのはアナタの方だわ。
空条 承太郎」
 己の主に対する絶対的な信頼がそうさせるのか、
マリアンヌは承太郎の言葉に一歩も引かず余裕を持ってそう返す。
 そのマリアンヌの言葉に承太郎は淡い嘆息と共に、
ハンドマークのプレートが嵌め込まれた学帽の鍔で目元を覆う。
「やれやれ、そんな掴めば折れちまいそうな細腕で何言ってやがるんだか。
スタンドを使う間でもねぇ。「今」のテメーじゃ生身のタイマンでも楽勝だぜ」
 そう呟き三度清廉に前に突き出した右の指先でマリアンヌを鋭く射す。
「女を殴る趣味はねぇ。最後通告だ。今すぐオレの前から消えろッ!」
 曾祖母譲りの威風堂々足るその風貌。
 しかし主譲りの老獪な観察眼で承太郎の言葉と瞳の中とに揺蕩(たゆた)う
微かな焦りと苛立ちを見抜いたマリアンヌは小悪魔的な微笑と共に
彼へと問いかける。
「ウフフフフフフ、一体何をそんなに焦っているのかしら?星躔琉撃?
「上」にいる炎髪の小獅子の事がそんなに心配なの?」
「…………!」
 予期せぬマリアンヌのその言葉に、一瞬勢の虚を突かれたかのように
承太郎の視点が遠くなるがすぐに強靱な意志の力でその表情を引き締め、
「テメーの知ったこっちゃあねぇ話だ。アラストールのヤツも傍に居る。何も問題はねぇ。」
微塵の同様もなくそう言い放つ。

「フフフフフ『だから甘い』というのよ。空条 承太郎。
アナタは今、余計な事に意識が逸れていて目の前の存在の「本質」に気がついていない」
 マリアンヌの、その明らかに含みのある言葉に承太郎が反応する。
「……だと?」
 疑念をその瞳に浮かべた承太郎に、よく聞きなさい、
と前置きしてからマリアンヌは告げる。
「今の私のこの「姿」はアナタを討滅する為のモノではないし、
ましてや戦闘用のソレでもない。
もっと遠大なる「目的」の為に創られたモノ。
その「本質」を理解していないアナタに勝ち目はないわね。空条 承太郎」
「…………!?」
 自信に満ち溢れたマリアンヌの言葉に困惑の表情を浮かべる承太郎。
 しかし彼のその鋭敏な頭脳は、己の意志とは無関係に与えられた情報を演算し始め
「理」を模索する。
「戦闘用」では、ない?
 なら、何故、この女はオレの前に姿を現した?
『オレを殺すこと事態が目的ではないのか?』
 承太郎の脳裏に様々な疑問がランダムに点灯する。 
 その彼の困惑した表情に対して、口元に清らの微笑を浮かべて
魅惑的な甘い芳香を全身から靡かせながらマリアンヌは言葉を続けた。
「今のこの私の「躰」は”都喰らい”によって発生する膨大な量の
”存在の力”を注ぎ込む為に創られた、いわば聖なる「器」
そしてご主人様と共に永遠を歩む為に創られた悠久の「似姿」……」
 マリアンヌは自信に満ち溢れた清冽な表情で、
白蛇のように長衣(ストール)が艶めかしく絡みついた
細い右手を左胸に当て自分自身の事を語らう。
「”都喰らい”……だと……!?」
 しかし承太郎は彼女自身の事ではなく同時に語られた”別の事象”に
意識が向き、想わず疑問の声が口から漏れる。
 その彼の声には気づかずに燐子の美少女、
マリアンヌは主譲りの麗らかな口調で言葉を続ける。

少女にとっては”都喰らい”と呼ばれるモノの事象よりも、
今の自分の「姿」の本質を承太郎に語る事の方が遙かに重要であるらしかった。
「だから今の私のこの「姿」はご主人様の私に対する想いの結晶。
フリアグネ様の永遠の愛が「形」となったモノ。
『故に他の全てを超越しているの』
『だから今のこの躰で私がアナタに負けるわけがない』
私とご主人様の「絆」に勝てるものなんてこの世界のどこにも存在する筈が在りは」
「おい!『そんな事ぁ』どうでもいい!」
 マリアンヌの甘い熱の籠もった可憐な声で紡がれる言葉の最後は
承太郎の放つ怒声によって掻き消された。
 自らの声で紡がれる甘美で艶麗なる真実に自ら陶酔していた少女は、
突如上がった承太郎の激しい怒声にまるで微睡みから覚めた仔猫のように
そのパールグレーの両目を大きく見開き、そして瞬かせる。
「その”都喰らい”ってのは一体どういう意味だッッ!!
テメエ!アレだけ殺ってもまだ飽きたらず今度はこの街の
人間全員喰いやがるつもりか!?」
 自らの「宿敵」空条 承太郎に最愛の主との「絆」を「そんなもの」
呼ばわりされた事に少女は、その宝珠のような綺羅の肌を微かに紅潮させて
ムッとなったが、すぐにその表情を引き締める。
”相手の感情を読み取りその「弱み」を利用しろ。
特に「怒り」は最も生み出し易く尚且つ利用し易い”
という主の言葉を思い出したからだ。
 何より自分と主との何よりも光輝な「絆」は所詮人間如きには理解できるわけはない。
 そう一人得心すると少女は再び気清らな微笑でもって承太郎に応えた。
「ウフフフフフ、コトはアナタが想っているようにそう「単純」ではないわ。星躔琉撃?」
 そう言って焦らすように間隔を開けると、淡いルージュの引かれた
触れれば霞むような夢幻の色彩を持つ口唇で静かに告げる。
 彼に、承太郎にとっては他の何より残酷な真実を。

「ご主人様最大の秘儀である究極自在法”都喰らい”の効力は
『人間だけには留まらない』この街に存在する全て、
草木や動物は勿論、花や虫、石や土、水や空気に至るまで
有機物無機物は問わずに文字通り「全て」よ」
「…………ッッ!!」
 衝撃。
 淑とした声で、しかし淡々と告げられた異界の美少女マリアンヌの言葉。
”都喰らい” 
 その本質。
 そのまるで想定外の事実に承太郎は想わず絶句する。
 名称から類推して漠然と大量殺戮のイメージを膨らませていたが、
その「本質」はそんな安易な想像とは比べモノにならない遙かに残虐な事実。
『死ぬ事よりも恐ろしい真実』だった。
 マリアンヌはその承太郎の絶望の表情を愉しそうに一瞥すると、
声のトーンを高めて言葉を続ける。
「更に”都喰らい”発動の直後、膨大な存在の力へと還元された
『この街は最初から存在すらもしなかった事になる』
その痕跡すらも残さずに存在の忘却の彼方に掻き消えてね。
ウフフフフフフフフフ」
「……………………」
 沈黙する承太郎にマリアンヌは尚も続ける。
「そ、し、て」
と、白い封絶の放つ光に妖しく反照する淡いルージュの引かれた口唇から、
ゾッとするほど甘く艶めかしい旋律で誘惑するかのように。
「この「器」をその存在の力で満たす事によって私はようやく「一個」の
存在としてこの世界に「自律」出来るようになる。
もうご主人様の御手を煩わせる事もなく一つの存在として
永遠にその傍らでお仕えする事が出来る」
 そこでマリアンヌは一度言葉を切り、淡い吐息と共に呼気を吸うと
「そして今度は私が護られるのではなく
『私がこの手でご主人様を御護りするのよッッ!!』」
 決意の叫びと共に純白の長衣(ストール)を鮮麗に翻した。

周囲を揺蕩う気流にすら靡く極薄の長衣が
まるで羽根吹雪のように空間を舞い踊る。
 そして、
「アナタには解らないでしょうね?今の私のこの至上の幸福感なんて。
想像すらも出来ないでしょうね?「人間」のアナタには。
ウフフフフフフフフフフ」
癒しのような柔らかな声調と微笑でマリアンヌは承太郎に問いかける。
 その瞬時には理解不能な言葉と単語の羅列。
 あまりにも突拍子がなくまるで寓話の中の話でもされているようだった。
 しかし、目の前の少女が2日前行った「行為」を思い起こせば
ソレが虚実か真実か等と問う事は愚問だった。
 この目の前の異界の少女は”紅世の徒”は、やると言えば必ずやる。
 一片の躊躇もなく、一筋の容赦もなく。
 数十万単位という人間をまるで蟻を踏みつぶすように躊躇いなく葬り去る。
 無邪気な幼子が残酷な遊戯に興じるように。
 承太郎の口内で犬歯がギリッと軋んだ音を立てた。
 しかしそれだけの大惨劇を企てているにも関わらず、淡い色彩のルージュが引かれた
可憐な口唇に清らの微笑を浮かべている目の前の美少女、マリアンヌ。
 その神秘的に光るパールグレーの瞳には、その「行為」に対する背徳感も罪悪感も
微塵も感じ取れない。
 それどころかその”都喰らい”という人間の、否、その「存在」事態の大消滅を
何かとても「崇高」なモノ、或いは他の何よりも「神聖」なモノ
とでも想っているようだった。
数十万単位の人間の「生命」が自分の「躰」に流し込まれる事にも
何の「恐怖」も「嫌悪」も感じてはいない。

「………………!!」
”人間では、ないのだ”
承太郎は否が上にもその残酷な事実を思い知らされた。
 幾らその姿が人間のソレに酷似しているとしても。 
 少女とその主人”フリアグネ”とやらが絶対の忠誠を誓う自らの宿敵、
『DIO』も、かつて己が祖先に対する血染めの裏切りによって
人間の心を完全に捨て去った者。 
 全ての人間が生まれながらに持っている筈だった”ある感情”を
己がドス黒い意志と欲望とでその全てを潰滅させた真の邪悪。
 目の前にいる少女は、その主、シャナとアラストールの口から語られた”紅世の王”は、
その……


 DIOの使徒。
 邪悪の信徒。
 生命と精神の簒奪者。 


「ぐっ……!ううぅっっ……!!」
 怒りで身を震わせる承太郎の食いしばられた口元の隙間から手負いの野獣の
ような強暴な呻り声が漏れる。
 承太郎のその様子にマリアンヌは一瞬驚いた表情を見せたがすぐに、
たおやかな微笑を浮かべて満足そうにその彼の様子を見つめる。
 目の前で呻く男は、その強靱な精神力で必死に怒りを抑えつけようとはしているが、
あまりに怒りが強烈である為に抑制は上手くはいっていないようだった。
「フフフ……フフ……ウフフフフフフフフフ……ッ!」
 淡いルージュの引かれた主譲りの耽美的な口唇から笑みが意図せずに零れる。
 欣快(きんかい)だった。
 2日前、アレだけの燐子の大群を前にしても掠り傷一つ負わず
更に自分を地に這わせる程の「屈辱」与えた男が、
今、ただの「言葉」で、コレほどまでに苦悶で顔を歪ませているという事実が。

 マリアンヌにも承太郎のその反応は予想外だった。
 しかし、だからこそ余計にソレが他の何にも代え難い
愉悦である事を深くその身に感じた。
 更に『いま自分がこの男を苦しめている』といるというその事実。
 自分の主には及ばないがよく見ればこの男は人間にしては
かなり美しい風貌をしている。
 単に物理的な顔の造形の美しさだけではない、その躰の内に宿る
高潔で強靱なる精神の威光から清水ように滔々と沁み出流る天然自然の至純美。 
 その美貌が自分の紡ぎ出す言葉で苦悶に歪むその悦楽。
 まるで至宝の芸術品を自分の感情一つで粉々に破砕するような
倒錯した破滅の享悦だった。 
 もっと目の前のこの男を苦しめてみたい。
 肉体的にも、精神的にも。
 もっと。もっと。
臍下(せいか)の深奥から湧き出てて全身を駆け巡る
何よりも甘美で危険な昏い熱を、その紫水玉のように艶のある肌に感じながら
マリアンヌは蕩けるような甘い微笑をその可憐な口唇に浮かべ、
「フフフフフフフフ。人間とは厄介なモノね?星躔琉撃?
『自分以外の人間が死ぬのがそんなに辛いの?苦しいの?』」
まるで恋人をからかうような甘い口調で承太郎に言った。
「滑稽だわ。自分達はありとあらゆる種類の生物を殺しておきながら
自分の「番」になると憤るなんて。随分身勝手な話よね?
そうは想わない?空条 承太郎?ウフフフフフフフフ」
「……………………ッッ!!」
 マリアンヌの口唇から甘い吐息と共に漏れる清らかで静謐な美声が、
承太郎の頭蓋の神経に絡みつき更にその精神を蹂躙する。 

 そんな「理屈」は聞きたくもなかった。
 自分は人という存在の在り方を探求する哲学者でもなければ
人類の罪深さを贖う聖職者でもない。
 ただの、一人の、人間、だ。
 例え普通の人間が持っていない異様な「能力」をその身に宿していたとしても。
 その心は。
 その精神は。
 そして永い時間と空間の中で、数え切れないほど多くの人間達によって形創られ、
そして受け継がれ続けてきたジョースターの血統の「誇り」まで
幽波紋(スタンド)能力に売り飛ばした覚えはない。
 そう、自分は『スタンド使い』である以前にジョースターの血統の「人間」
 空条 承太郎。
 シャナのような”世界の存在のバランスを保つ”という崇高な「使命」を
持っているわけでもなければ、DIOのように「神」に等しき万物の支配者に
なろうとしているわけでもない。
 ただ、
『無抵抗の人間を虫ケラように嬲り殺すヤツらが絶対に赦せないだけだッッ!!』


ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

俯きその表情が伺えない承太郎の全身から、激しく渦巻く怒りと共に
放出される空間まで蠢くような途轍もないプレッシャー。
『ソレが目に視える形で放出される』
 承太郎の全身から白金色に煌めくスタンドパワーが止め処もなく迸り出ていた。
 臨界を超えた怒りと共に。
 スタンドは人間の「生命」が創り出す力(パワー)在る映像(ヴィジョン)
 そしてその「原動力」となるモノはソレを司る人間の「精神」
『故に「本体」である人間の精神力が高まれば高まるほど、
その存在の力は爆発的に増大するッッ!!』
 熱く!激しく!燃え尽きるほどに!!


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!


 承太郎の全身から迸る白金のスタンドパワーが床を伝い、空間を伝い、
やがてマリアンヌの周囲を覆い尽くし露出した肌に濃霧のように絡みつく。
「………………ッッ!!」
「体感」は何もなかった。
 熱さも冷たさも質量すらも感じなかった。
 しかし、己の意志に、精神の深奥に直接触れられたかのような衝撃が
「実感」として在った。
 その奇妙で不可思議な感覚に、マリアンヌは驚愕と共に歓喜でその身を震わせる。
 そう、燐子造りの天才である我が主が創り出した、最高傑作である
自分の「躰」に注ぎ込まれる存在の力は何も有機物無機物には留まらない。
 この世ならざる幻想の能力(ちから)『幽波紋(スタンド)』すらも
その範疇(カテゴリー)には含まれる。
 その能力が自分の躰に注がれた時の事を想像して、「その後」の事を想像して
マリアンヌはその神秘的なパールグレーの双眸を煌めかせた。

「その為」にわざわざ自分は再三に渡る主の反対を押し切ってまで
危険な相手の前に再びその身を晒したのだ。
「ス、スゴイ……!コレが……アノ”天目一個”すらも凌駕する……
地上最強の”ミステス”……!『星の白金』……!その真の能力(チカラ)……ッッ!!」
 この力を手に入れ、ソレを自分の主の為に役立てる事が出来たのなら、
その至福で自分は一体どうなってしまうのか?
 湧き上がる期待と高揚で心が盪けそうになるのをマリアンヌはあらん限りの
自制心で懸命に押し止めた。
「……け……るな……!……れ…………う………」
 目の前でその表情を歓喜で輝かせるマリアンヌとは正反対に、
顔を俯かせまるで夢遊病者の譫言ように一つの言葉を呟き続ける承太郎。
 決意のように。誓いのように。
 きつく握り締められた拳の中で、爪が手の平の皮膚を突き破り
流れ出した鮮血が冷たいリノリウムの床の上に染みていく。
 挑発されているのは解っていた。
 しかし、心の深奥から際限なく噴き上がってくる、
まるで熔解したマグマのように熱い途轍もない怒りは抑えようがなかった。
 そう……当然、だ。
『こんな事を聞かされて頭にこないヤツはいないッッ!!』
 承太郎の全身から、さらに膨大な量のスタンドパワーが湧き上がった。
 彼の心の中の渇仰を代弁するが如く。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 承太郎の脳裏に一人の少年の姿が過ぎる。 
 2日前、血のように紅い夕焼けに照らされた黄昏の繁華街。
 そこで、自分の母親の傍らで、存在の残滓すらも残さずに掻き消えた、
まだ、年端もいかない少年の姿が。
 そして、同時に思い浮かぶかけがえのない者の消滅に気がつかない母親の姿。
 紅い”封絶”の内(なか)最後の言葉を誰かに告げる事も出来ずに
死んで逝った数多くの者達。
 その後に遺された、喪失の痛みを感じる事すらも赦されない家族達。
 圧倒的で一方的な「悪」の前に無惨に喰い潰されていく事しか出来なかった
「力持たざる者達」の姿が閃光のように承太郎の脳裏を駆け巡った。
 そして、それが、いま再び。
 未だかつてない規模で執り行われようとしている。
「………………!!!」
 不安、恐怖、怒り、絶望、承太郎の中であらゆる負の感情が堰を切って、
更に激しく噴き出し始めた。
 確かに……DIOや紅世の徒のような強大な力を持つ者達からみれば、
スタンド能力を持たない生身の人間など取るに足らない脆弱な存在なのかもしれない。 
 そして、生物界の基本原則。「弱肉強食」の鉄則からすれば
弱い者は何をされても仕方がないのかもしれない。
 しかし!
 例え強い能力(ちから)を持たなくとも、強大な悪意の存在の前では
脆くも掻き消える儚い存在であったとしても、
『だからこそ』毎日を懸命に生きている人間の生命(いのち)を、
少しずつでも創りあげたそのささやかな幸福を、
『無惨に踏み躙る事が出来る権利など決して誰にも有りはしないッッ!!』 
 その人間の想いの全てを、その存在の全てを!
 過去も現在も未来も、己が欲望の為だけにまるで嘲笑うかのように喰い潰し、
そして虚無の彼方へと消し飛ばしてしまおうとする異世界の住人。
”紅世の徒(ぐぜのともがら)!”
 そして!その支配者DIO!! 
 赦すことは、出来ない。
 赦せる筈が、ない!

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!


 この街には……いま……
 祖父であるジョセフがいる。
 母であるホリィがいる。
 そして、決して仲が良かったわけではないが同じ学園に通う生徒達。
 いつもは非常に鬱陶しいが自分を慕い気づかってくる数多くの女生徒達。
 そして、毛嫌いしていた教師や刑事の中にも、矛盾に満ちた社会に対する
わだかまりを発散するため日夜争いに明け暮れる自分の身を
真剣に案じてくれる者が確かにいた。 
 その彼らにもきっと、自分と同じようにその身を案じ
その帰りを待つ者達がいる筈だ。 
 それならばッッ!!
 護らなければならない。
 闘わなければならない。
 誰もやらないならこのオレが。
 ”空条 承太郎が!”
 この街の裏を統括する不良の「頭」として。
 ジョースターの血統の「末裔」として。
 何よりも一人の「男」として!


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 人ならざる能力。
『幽波紋(スタンド)』
 その力を持たない者達からすれば、懼れられ、そして蔑まれ、
疎まれ貶められるだけの能力(ちから)なのかもしれない。
 そして目に見えない、同類以外誰にも解らないソレを自在に操る
超能力者『スタンド使い』は異分子として世界から淘汰される
存在でしかないのかもしれない。
 血塗られた闇の歴史の中で、際限なく繰り返された幾千の悲劇のように。
 しかし、それでも、この能力(ちから)に何か「意味」があるとするのならば。
 この能力が生まれた「理由」が何かあるというのならば。
『こういう時の為に生まれた能力の筈だ』
 ジョセフやエリザベス、そしてその祖先であるジョナサン・ジョースターの
『波紋法』が、呪われた「石仮面」によって生み出された「吸血鬼」や
その創造者である『柱の男』のような人智の及ばない人外の超生物から
人間を護る為に生まれた能力であるのなら、
自分の能力『幽波紋(スタンド)』は”紅世の徒”のような異次元世界の魔物から
何かを護る為に生まれた力の筈だ。
 一時は望まない、別の誰かを傷つける事しか出来ない
不条理な「力」を無理矢理押しつけられた事に我が身を呪った事さえもあった。
 しかし、全ては「この為」に在ったというのなら。
「この為」に『全てが定められていたというのならば』  
 例えこの先どんな残酷な「結果」が待ち受けていたとしても、
自分はその全てを受け入れられる。
 その全てに満足する。
 自分自身の「運命」に。
「……………………ッッ!!」
承太郎のその廉潔なる碧い双眸に、気高きダイヤモンドの輝きをも凌駕する
決意と覚悟の光炎が燃え上がった。
 熱く。激しく。燃え尽きるほどに。
 その栄耀なる双眸で承太郎は目の前の紅世の少女へと向き直る。 

 その少女、”紅世の徒”マリアンヌはその口元に翳りのない
清らの微笑を浮かべて立っていた。
 心なしか頬と露出した肌に仄かに赤みが差しているように見えたが、
そんな事は別にどうでもいい。
「……………………」
「……………………」
 沈黙と静寂の中、ライトグリーンとパールグレーの瞳に宿った
互いの精神の光彩が空間で交錯した。
 最早互いに言葉は必要なかった。
 所詮は「種」の違う生物同士。
 故に解り合う事は不可能。
 コレは「人間」と”紅世の徒”その両者の存在を賭けた戦い。
 迸る白金のスタンドパワーを空間に漂わせながら承太郎はマリアンヌに向けて
開戦のその一歩を踏み出す。
 マリアンヌ恐悦と歓喜でゾクゾクと身を震わせながら承太郎を見つめた。
”もうすぐこの力が自分のモノに、そして親愛なる我が主のモノになる”
という事実を深く実感しながら。
「スゴイ闘気ね……!?まるで空気まで震えるようだわ……!!」
 おもむろに、マリアンヌは誰に言うでもなくそう呟く。
 そして同時に心の中でもその静粛な声で呟いた。
(でも、まさかアナタ、ご主人様の「都喰らい」をくい止めようとでも言うの?
喜劇だわ。何故ならアナタはここで消滅する運命(さだめ)にあるのだから) 
 プラチナブロンドと同色のパールグレー瞳で鋭く承太郎を射抜きながら
マリアンヌも承太郎に向けて一歩足を前に踏み出す。
 漆黒のミュールの踵がリノリウムの床の上に澄んだ音を立てる。
(アナタを討滅してその魂が肉体を離れた後、ゆっくりとその力の「源泉」を戴かせて
もらうわ。あの”天目一個”すらも凌ぐ地上最強の”ミステス”『星の白金』の力をね。
でも安心なさい。その力は私のご主人様の為に有効に使わせてもらうわ。
未来永劫永遠に、ね。
フフフフフフフ……
フフフフフフフフフフ……!
ウフフフフフフフフフ…………ッッ!!)

 マリアンヌはその清らの微笑みを崩す事なくそして力強い口調で承太郎に宣告する。
「さあっ!!今こそ!一昨日前の恥を雪(すす)ぎ!その「力」頂戴させてもらうわッ!
「覚悟」しなさいッ!”星躔琉撃”空条 承太郎ッッ!!」
 マリアンヌは清廉な声でそう叫ぶとミュールの爪先でリノリウムの床を蹴り付け、
宙に舞い上がると長衣(ストール)を羽を拡げた孔雀のように
扇状に揺らしながら承太郎に踊りかかった。
 承太郎は頭上から迫る異界の美少女に向けて、その気高き光炎の宿った視線を向け、
そしてあらん限りの力を込めて吼える。
「やれるもんならやってみやがれッッ!!これ以上テメーらに誰も殺させねぇッッ!!
テメーの方こそ「覚悟」しやがれ!!この女(アマ)ッッ!!」
 頭上で堕天使のように舞い踊るDIOの使い魔であり狩人フリアグネの
従者でもある紅世の美少女に向けて承太郎は勇猛果敢に右腕を翻し、
更にその脇で残像を残して高速出現した流星を司る幽波紋(スタンド)
『星の白金(スタープラチナ)』が逆水平に構えた指先で共に
マリアンヌを鋭く指し貫いた。


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最終更新:2007年07月15日 22:55