「オッッッラァァァァッッ!!」
 その長い鬣を揺らし廻転させた下半身の動きによって舞い上がった腰布を
渦巻く気流に靡かせながら連動して射出された、唸りをあげてマリアンヌの
正中線最上部に向かって迫る、流星を司る「幽波紋(スタンド)」
『星の白金(スタープラチナ)』の戦慄の豪拳。
「ホワイトブレスッッ!!ダメ!!間に合わない!!」
 マリアンヌは手から防御式最優先の自在法を長衣(ストール)に送り込んだが
既にして状況は絶望的だと細胞が解し、その躰は意思に反して硬直する。
「……………………ッッ!!」
 最早出来る事は瞳を閉じ、顔を俯かせて木偶人形のように
スタープラチナの豪拳を喰らう事だけだった。
(申し訳ありません……!!ご主人様……ッッ!!)
「死」を覚悟したマリアンヌは、その今際の際の刻まで主、
フリアグネの事だけを想っていた。
…………
……………………
……………………………


しかし、何時まで経っても来るべき筈の衝撃が来ない。
 自分は、痛みを感じるまもなく首でも刎ね飛ばされ、絶命したのだろうか?
 目を開けるのは恐ろしいが閉じているのはもっと怖い。
 恐る恐るマリアンヌがそのパールグレーの双眸を見開くと……
「………………」
 マリアンヌの眉間の手前でスタープラチナの白金の燐光を放つ豪拳が停止していた。
 巻き起こった風圧でそのパールグレーの前髪が捲れ上がっている。
 沈黙の空間に花々の芳香が気流に捲いて一迅靡いていた。
 その先。
 剣呑なライトグリーンの瞳で自分を見下ろしている忌むべき宿敵。
『星の白金』空条 承太郎。
「どうして……私に……止めを刺さなかったの……?」
 鋼鉄の鋲で覆われた煌めく白金の鉄拳の照準を眉間に当てられたまま、
マリアンヌは己の意に反して震える躰と口唇とを努めて抑えながら承太郎に問う。
「言っただろう……?女を殴る趣味はねぇ……「オレ」がテメーの一撃を
弾き飛ばした時点でもう既に「決着」は着いていた……だからオレは「拳」を止めた……」
 血に塗れたその手に握られている波紋入りの「白金長鎖(プラチナ・チェーン)」を
制服の襟元の留め金に繋ぎ直しながら静かに承太郎は答えた。 
 例え敵であっても。
 殺し合いという凄惨な極限の戦闘状況下であったとしても。
 高潔なる人間の心は失わない。
 かつて、多くのジョースターの血統の男達がそうしてきたように。
 その男達と共に戦ってきた、数多くの戦友(とも)達がそうしてきたように。
 その、気高き人間の魂。
 その、崇高なる黄金の輝きは運命(さだめ)の如く承太郎に
受け継がれ精神の深奥に確かに宿っていた。


「甘い……のね……」
 マリアンヌは瞳を閉じ、微かに俯く。
「それが……「人間」なんだよ……オメーに言っても解りゃあしねーだろーがな……」
 承太郎はそう言って静かにスタープラチナの拳を引く。
 その刹那。
「その「甘さ」がアナタの命取りよ!!」
 マリアンヌのそのパールグレーの瞳が妖しく反照し承太郎に
向けて白い閃撃を撃ち出してくる。
「………………」
 そのマリアンヌの行動を予め読んでいた承太郎は両目を閉じたまま
スタープラチナのバックステップを使い余裕で避けて跳躍し、
マリアンヌから約10メートル離れた位置に靴の踵を鳴らして着地する。
「私はッッ!!もう敗けるわけにはいかないのよッッ!!
私自身の為に!何よりもご主人様の御為に!!」
 そう叫んで己を包んでいる懼れを吹き飛ばすように純白の長衣(ストール)を
尖鋭に翻すマリアンヌ。
 それとは対照的に承太郎はあくまで冷静な視線でマリアンヌを見据えた。
「やれやれ、往生際が悪ぃぜマリアンヌ。オメーのその長衣(ストール)の能力は
もうオレには通用しねーぜ」
 そう静かに告げ、鮮血に塗れた手で制服の内側から煙草を取り出して口に銜え、
その脇でスタープラチナが五芒星の刻印(レリーフ)が刻まれた
銀無垢のジッポライターで煙草の先端に火を点ける。
 色素の薄い、磨かれた石英のように端麗な口唇から紫煙が細く吹き出され、
二人の中間距離で舞った。


「一度ホワイトブレスを破った位で良い気にならないで!
同じ手は二度通用しない!今止めを刺さなかった事を後悔させてあげるわ!」
 確信していた勝利が露と消え、更に承太郎の余裕の態度に苛立ったマリアンヌは
純白の長衣(ストール)を大きく両手に構え、躍進する為に素早く前傾姿勢の構えを執る。
 主から譲り受けた宝具を侮辱される事は、主自身を侮辱されたように
彼女には感じられたのだ。
「今度はホワイトブレスに編み込まれた全ての攻撃型自在法を全開放して
”アナタ”に撃ち込んであげるわッ!幾ら強力なミステスと言っても
所詮は生身の人間!「宝具」の一斉攻撃を受ければ跡形も遺らずに粉々よッ!!」
 そう叫んでその足下の漆黒のミュールが鋭くリノリウムを踏み切る瞬間
「オメーの長衣(ストール)に仕込まれた、その”操作系自在法”とやらには
『発動条件』が在る」
「……………………ッッ!?」
 驚愕。
 紫煙と共に承太郎の口からついて出た予期せぬ言葉にマリアンヌは絶句する。
 同時に身体が硬直して全ての攻撃予備動作はキャンセルされた。 
「ソレは『必ず”初撃”はオメー自身が撃たなきゃいけねー事だ』マリアンヌ」
 そう言って承太郎は火の点いた煙草の穂先を静かに自分に向けてくる。
 チリチリと焦げるチャコールフィルターに、マリアンヌはまるで
自分の心を炙られているかのような錯覚を覚えた。
 そして。
 その想像を超えた分析力に。
 洞察力に。
 マリアンヌの躰は静止することを余儀なくされる。
 その彼女の様子を承太郎は一瞥すると銜え煙草のまま自分の言葉を補足した。
「その証拠にオメーはさっきから長衣(ストール)から一度も手を放してねぇ。
オレの射程圏内からは距離を取り、安全地帯から飛び道具のように
投げて使えば良いのにも関わらずオメーはわざわざ危険を冒してまで
「近距離パワー型」であるオレのスタンドの射程距離にまで踏み込んで攻撃してきた。
ソレは『そういう風にしか使えないから』だろ?」


「……………………ッッ!!」 
 戦慄。
 承太郎の言葉は、自分の「宝具」の能力の本質を、更に言うならば
その「弱点」までも正鵠に見透していた。
たったの数合攻防を繰り返しただけで。
 初めて見る筈の紅世の宝具の能力を。
 紅世の”王”でもないただの人間が。
 そのライトグリーンの瞳に宿る怜悧な光がまるで心の内の深奥まで
照らし出す水晶のように静謐に煌めく。
 承太郎は根本まで灰になった煙草を足下に落とし、
そして靴裏で念入りに揉み消した。
「どんな優秀な精密機械だろうがスイッチがONにならなきゃあ作動はしねー。
ネタがワレた以上もうオレとスタープラチナには通用しねーぜ。
今度は「一撃目」から「掴む」事に専念させてもらう。
生身の人間のオレに見切られるスピードと技で果たして
スタープラチナの「眼」が欺けるかな?
破滅願望でもあるんなら試してみな」
 そう言って顔を上げた承太郎のライトグリーンの瞳が
マリアンヌのパールグレーの瞳を真正面から鋭く射抜く。
(………………クッ!?)
 その威圧感にマリアンヌの足が意図せず一歩背後へと下がった。
 戦うことは怖くなかった。
 死ぬことすらも怖くはなかった。
 最愛の主の為ならば、自分の命など惜しくも何ともなかった。
 しかし。
 このままでは自分は主の身を危機に陥らせる事になる。
 人間の身でありながら、その鋭敏な頭脳で紅世の宝具の性質を余すことなく看破し、
さらに携えたその途轍もない能力(ちから)で封殺するような、
想像を絶する強大な存在の力を持つ男を我が最愛の主の元へと行かせる事になる。
 多くの紅世の徒達を震撼させた、アノ”天目一個”をも超える地上最強の”ミステス”
 皮肉にも自分がその存在に至当する真名の名付け親になってしまった
『星躔琉撃の殲滅者』を。


「ご主人……様……」
 力無く呟いたマリアンヌは、袋小路に追いつめられた獲物のように力無く後ずさった。
 同時に全身を駆け巡る、生まれて初めて感じる感情。
 恐怖。
 凄むわけでもなく威圧するわけでもなく、ただ悠然と自分を見つめている、
静かな承太郎の立ち振る舞いが更にその感情を煽った。
(だ、ダメッッ!!)
 寒いわけでもないのに震える自分の躰を、
マリアンヌは懸命に意志の力で諫めた。
 だが。
 躰の震えは止まっても心の震えまではどうしようもない。
 それでもマリアンヌは後退しようとする躰と停滞しようとする心とを
精一杯の意志で押し止めた。
 宝具と自在法の加護がなくなり、剥き出しの生身で向き合わざる負えなくなった今、
ハッキリ言って目の前のこの男は途轍もなく恐ろしい。
 こうして対峙しているだけでも躰が意に反して震え出して止まらない。
 足下の感覚もまるで現実感がなく、自分がどう立っているのかすらも
彼女には曖昧だった。
 しかし、それはある意味当然と言えた。
 あの時。
 承太郎が。
 心を憎しみに呑まれたまま拳を撃ち抜いていれば、
マリアンヌは確実に死んでいたのだから。
 でも。
 逃げることも立ち止まる事も彼女には赦されなかった。
 何があってもそれだけはしてはいけなかった。
 なぜならば。
『最愛の主を傷つける事になるから』
 他の誰でもない、この自分自身が。


 ただただ、己の主に付き従う事をのみを至上の悦びとする”燐子”の本能。
 故に。
 ソレだけが何よりもマリアンヌには恐ろしかった。
 ソレだけが何よりもマリアンヌには怖かった。
 震える躰を長衣(ストール)の絡みついた細腕で懸命に自らを掻き抱いている
マリアンヌを黙って見据えていた承太郎はやがて淡い嘆息を口唇から漏らした。
 その様子はまるで激しい雨の中、ずぶ濡れで足元にすり寄ってくる
仔犬のように弱々しかったからだ。
 その彼女の様子に承太郎は学帽の鍔で苦々しく目元を覆う。
(やれやれ、これじゃあどっちが悪役か解らねーな。
動機はどうあれ弱い者イジメみてーで気分が悪いぜ。
そのテメーのご主人様とやらに対する気持ちをほんの少しだけでも他の人間に
くれてやればこうはならねー筈なんだがな。ままならねーモンだぜ。全くよ) 
 心の中で苦々しく舌打ちし、そして承太郎は足を踏み出す。
「オメーの負けだ。マリアンヌ。もうこれ以上続けてもオメーに勝ち目はねぇ。
潔く認めて道を開けな」
 そう言って悠然と自分に向かって歩いてくる承太郎にマリアンヌは
そのパールグレーの双眸をきつく結んだ。
(ご主人……様……)
 その脳裏に、翳りのない主の姿が鮮やかに甦る。
(ご主人様……!!)
 窮地にあっても、最愛の主は、心の中で微笑っていた。
 いつでも。
 いつまでも。
 その姿が彼女の心に巣くった恐怖を全て吹き飛ばす。
「ご主人様の元には!!絶対に行かせないわッッ!!」
 閉じていた双眸を開いたマリアンヌはそう叫んで長衣(ストール)を先鋭に翻す。
 純白の衣が弧を描いて空間を扇ぐと同時に中に編み込まれた召喚系自在法が発動。
 承太郎の前方に数十もの薄白い炎が封絶の光に照らされる廊下に
所狭しと湧き上がった。


その内からマリアンヌと着ているものと同じデザインの、
漆黒を除いた色とりどりのドレスに身を包んだフィギュア型の燐子、
承太郎の言葉で言えば悪趣味な動くマネキンの群が
形状もまちまちな細身の武器を携えて現れた。
 それを微塵の動揺も表さずに静かに見つめていた承太郎は
「無駄だぜ……雑魚を何匹掻き集めようがこの空条 承太郎と
スタープラチナの敵じゃあねぇ……」
と同じく静かな声でマリアンヌに告げた。
(……………………ッッ!!)
 ソレは解っていた。
 そんな事は解っていた。
 天目一個以上の強力なミステスに低級の燐子が何匹集まろうが
砂上の楼閣にもならない事は。
 そして、自分の宝具の能力(ちから)が通用しない以上そんな相手に
戦いを続ける事は無謀以外のなにものでもないと。
『言われるまでもなくそんなことは解っているのだ』
 なら、何故?自分はこの男と戦いを続けるのか? 
 それは。
 ほんの僅かでも良い。
『可能性があると想ったのなら』
 万が一、否、億が一でも構わない。
『自分の主の危機を救う可能性が少しでもあるというのなら』
 引くわけにはいかない。
 否。
 違う。
 引かないのではない。
『引けないのだ』
 何が在っても絶対に!


少女は己の決意を強く胸に誓い、そのパールグレーの双眸にも決意の光が宿る。
 それは、承太郎の瞳に宿る光にすらも全く引けをとらない精神の輝き。
「!」
 承太郎はそこで初めてマリアンヌに、紅世の徒に、憎悪以外の感情を抱いた。
 事の善悪は抜きにして、彼女もまた、別の誰かの為に戦っていた。
『大切な何かを護る為に』
 その一点だけは、自分と何も変わりはしなかったのだ。
(やれやれ……オレが想像していた以上に厄介な相手だったのかもな……
紅世の徒(テメーら)を赦す気は全くねーしブッ倒す事をカワイソーだとは
微塵も想わねぇが……窮地にあってもご主人様とやらの為に
ヘコたれねぇその精神にだけは敬意を表すぜ……マリアンヌ……)
 承太郎は互いの中間距離で足を止め、その背後からスタンド、
スタープラチナを静かに出現させる。
 己の全力を持って戦い、そして倒すべき相手だと承太郎自身が
マリアンヌを認めたのだ。 
 そして、静かにその口を開く。
「どうやら何が在っても引く気はねぇみてぇだな。なら今度はもう拳は止めねぇ。
「覚悟」してもらうぜ。マリアンヌ!」
 承太郎は静かに、だが有無を言わさぬ強い口調でそう言い放ち
逆水平に構えた指先で無数の武装燐子達の先にいるマリアンヌを指差す。
(……………………ッッ!!)
 とうとう本気にさせたという事実を実感しながら、
再び迫り上がってきた脅威と畏怖とでマリアンヌの足は
また無意識に後ろに下がろうとするが紅世の少女は己の主、
フリアグネに対する想いが産み出す強靱な意志の力でそれを押し止め、
逆に強く一歩前に踏み出した。


(ご主人様……どうかマリアンヌに……勇気を与えてください……!)
 そう心の中で主に呟き、マリアンヌは開いたドレスの胸元から取り出した
神秘的な輝きを放つメビウスリングを模した鎖の刻印が入った金貨を手に握ると、
封絶の光で静謐に煌めくその鏡のような表面に主の面影を想い起こした。
 そして一度、その金貨に淡いルージュが引かれた可憐な口唇で静かに口づけると
「さあ!!行きなさいオマエ達!!ご主人様を傷つけようとする者を討滅するのよ!!」
マリアンヌの叫びと共に長衣(ストール)の絡まり合った右腕が
尖鋭に振り下ろされる。
 それを合図に四十を超える燐子の大群の目が薄白く発光し、
陣形などはお構いなしで承太郎に真正面から十数体まとめて襲いかかった。
 ある者は関節に仕込まれた機械部品を軋ませ、
またある者はペット樹脂の肢体に互いの身体と武器とをブチ当てながら
自虐的な斬撃を承太郎とスタープラチナに向けて振り下ろす。 
 煩雑な軌道と剣速だが、しかしその凶悪さと凄惨さは一層にも増して
自分に一斉に襲いかかる兇刃の剣林を承太郎は眉一つ動かさずに見据えると
「スタープラチナァッッ!!」
 清廉な声で叫ぶと同時に力強く右腕を真横に薙ぎ払った。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーーーーッッ!!!」
 その動作に同調したスタンド、スタープラチナが猛りながら引き締めた拳の嵐撃を
目の前の無数の斬撃に向けて繰り出す。
 数こそ多いが、どんな状況でも冷静に対処出来る精神力を持つ人間、空条 承太郎と
音速のスピードとそれに対応する動体視力を携えるスタンド、スタープラチナの
前ではその兇刃の乱撃すらも端から止まっているも同然だった。 



ドグッッッシャアアアアアアアッッ!!!!



 衝撃と共に強烈な破壊音を伴って砕けた、夥しい数の刃の破片と
フィギュア達の残骸が瞬く間に空間へと散乱した。
肉眼では判別不能の速度で繰り出される、スタープラチナの白金のスタンドパワーが
乗った豪拳に触れたものは、刃だろうがフィギュアの本体だろうが
内部に組み込まれたスチール製の骨組みだろうが文字通り触れた先から
朽ちた枯木のようにバラバラに粉砕された。 
 そして余波によって生まれた旋風がマリアンヌに叩きつけられる。
「………………あうっ!!」
 長いパールグレーの髪が舞い踊りストールが激しくはためき、
ドレスの裾が捲れ上がってその艶麗な白い脚線美が露わになる。  
「フン、敵とはいえ女の姿をしたモンを殴るのはちょいと心が痛むが、
テメーらは放っておきゃあ他の人間を襲い出す。悪いが全部まとめて
ブッ壊させてもらうぜ」
 そう言って不機嫌そうに承太郎は一度微かに口唇を歪めると、
スタープラチナと共に変わらぬ平静な表情で周囲を囲む武装燐子の集団など
まるで存在しないかのように悠然とマリアンヌとの距離を詰めてくる。
 先刻の攻撃。
 たったの一合しただけで全戦力の三分の一以上がアッサリと持っていかれた。
 廊下にはバラバラに砕けた大量の燐子の残骸が薄白い残り火を
上げながら爆ぜている。
 焦燥がマリアンヌの胸を突いた。
 先程の言葉通り、今度『星の白金』の射程圏内に入られたら、
もうあの男は容赦はしないだろう。
 それだけの「凄味」がもう今のあの男にはある。


『今度あの男を射程距離に近づけたら確実に自分はやられる』
(違う!)
 マリアンヌは心に浮かんだ己の感情を即座に否定した。
『そんな事』はどうでも良い。
 自分がやられればこの危険極まりない男を最愛の主の元へと行かせてしまう事になる。
『だから自分は死ぬことすらも赦されないのだ』 
 そのことだけを強く胸に刻みながらマリアンヌは残った全ての燐子に
内に編み込まれた動作自在式発動の自在法を長衣(ストール)を翻して放った。
「ま、まだ終わりじゃないわ!行きなさい!オマエ達!
『私じゃなくて』ご主人様を御護りする為にッッ!!」
 その言葉に華美なドレスをその身に纏い、凶悪な剣をその手に携えた
「殺戮操り人形(キリング・パペット)」の群が全て縦横無尽に廊下全体にひしめき
多重方向から再び承太郎に襲いかかってきた。
 しかし。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーーーーッッ!!!」
 再度廊下全体に響き渡る人型「幽波紋(スタンド)」
『星の白金(スタープラチナ)』の咆吼。
 強力な紅世の宝具『レギュラー・シャープ』の速度と複雑な軌道にも
対応出来るスタープラチナのスピード能力の前では、幾ら背後から
襲いかかろうとも真正面からの超低速(スローモーション)と全く同義。
 先刻の場面をリプレイするが如く、武装燐子の群は風の前の塵に同じく
バラバラに分解爆裂させられて空間にジャンクの残骸を振り撒いた。
(……………………ッッ!!)
 マリアンヌの目の前で、白い炎に包まれ次々と無惨に砕かれていく、己の同胞。
 自分と違って意志こそ持たないが、最愛の主の御手から産み出された
同じ”燐子”であるという事は自分と全く変わりはなかった。
 その自分の「同類」が跡形もなく眼前で、何の抵抗も出来ず
毛ほどの傷も付けられないままに砕かれていく。
 白金色に輝く、美しさと畏怖とを併せ持つ超絶の弾幕の狂嵐。
”星躔琉撃”に。


悪夢のようなその光景にマリアンヌは思わず目を背けそうになるが、
主に与えられた意志の力で懸命にそのパールグレーの双眸を見開いた。
 何も出来ないのなら。
 犠牲になる事を承知で自分が呼び出したのなら。
 せめて最後まで主の為に戦おうとした名もなき燐子達の姿を
その目に焼き付けておかなければならないと想った。
(ごめんね……お願い……もう少しだけで良い……ご主人様の為に耐えて……
ほんの一瞬だけで良い……『あの男の意識が私から逸れるまで』……!)
 胸元で金貨を強く握りしめながら、心の深奥から沁み入ずる
まるで聖女のようなマリアンヌの祈り。
 その紅世の少女の願い。
 それは彼女の予期せぬ形で唐突に訪れた。
(…………………!?)
 空間に散らばる無数のフィギュアの残骸とその内部に組み込まれた数多の機械部品。
 一瞬。
 本当に神の気まぐれのような一瞬だったがソレが承太郎とマリアンヌとの間を覆った。
 承太郎からはマリアンヌが。
 マリアンヌからは承太郎が。
 完全に互いの視界から消え去る。
 さらに砕けた刃の破片とフィギュアの表面に塗られていた塗料とが
封絶の光を反射して効果をその増大させた。 
(今だ……!!ここしかない……!!ご主人様……ッッ!!)
 マリアンヌは生まれて初めて神にその事を心から深く感謝し、
手にしていたチェーンレリーフの金貨を素早く長衣(ストール)の先端に
忍ばせると渾心の力を込めて閃撃を撃ち放った。


「せやああああああああぁぁぁぁぁッッ!!」
 視界の向こうから突如上がった清冽な掛け声に承太郎は視線を向ける。
(完全に射程距離外……フェイントか……?それにしちゃ雑な……)
 その刹那。
「!?」
 その射程距離外から撃ち出された筈の長衣(ストール)から、
煌めく金色の鎖が追伸してスタンドの周囲を取り囲みその全身を
幾重にも複雑に巻き絡めた。
「捉えたわよッ!空条 承太郎!これで今度こそアナタの敗北は決定的だわッ!」
 撃ち出した長衣(ストール)の裾をきつく引き絞りながら、
紅世の美少女マリアンヌはその淡いルージュの塗られた清怜な口唇で
歓喜の嬌声を上げる。
 純白の長衣(ストール)の「内部」からまるで手品(マジック)のように
金鎖が延びている為その重量は関係ないのか、それとも長衣(ストール)を
引き絞る力がそのまま金鎖にも連動しているのか、ともあれ白い肩の露わになった
陶磁器のように艶めかしいマリアンヌ細腕でも金鎖には万力のような
力が込められスタープラチナの全身を引き絞る。
「こ、これはッッ!?」
 スタンドと本体との因果関係により承太郎自身の身体も見えない力で引き絞られ、
圧力が獣の牙のように身体に食い込み前衛的なデザインの学ランの形が歪み出す。
 先程マリアンヌの纏う長衣(ストール)の中に仕込まれた鎖の紋様の入った
刻印の金貨は、彼女の閃撃に同調して瞬時にその姿を黄金長鎖の形に変容させ、
帯撃と共に承太郎とスタープラチナに向けて射出されたのだ。
 二つの宝具を結合(ドッキング)させて射程距離を伸ばし、
そして背水の陣を覚悟して放ったまさにマリアンヌ執念の一撃。 
 魔装封殺。簒奪の縛鎖。
”紅世の宝具”
『バブルルート』
操者名-マリアンヌ
破壊力-なし スピード-A(変異速度) 射程距離-C
持続力-A 精密動作性-C 成長性-なし




「ウフフフフフフフ!捕らわれの雛鳥になった気分はどう!?星躔琉撃!?
両腕を封じられてはアナタ御自慢の殲滅の琉撃も型無しねッッ!!」
 不安、恐怖、安堵、歓喜、様々な正と負の感情が綯い交ぜとなって
混沌となり、その黒い熱に浮かされたマリアンヌは頬を桜色に染め、
そして小悪魔的な微笑を口元に浮かべる。
 幾ら鋭敏な頭脳を持つ承太郎でも『確認していない能力』までは
予測しえない。
 先刻の一瞬。
 ほんの瞬き程の一瞬だったが、目の前を覆う残骸の所為で自分は
確かにマリアンヌから意識を逸らした。
 その一瞬の隙が、今スタープラチナを捕らえている能力の
基動を捉え損なったのだろう。
 その偶発的な事象にも支えられた、殆どマグレに等しい戦闘上のミスだが、
歴戦の修羅場を潜り抜けてきた承太郎は厳しく己を諫めた。
「調子に乗ってンじゃあねーぜ。こんなチャチな鎖でこの空条 承太郎を
捕らえたつもりか?ナメんなよこの女(アマ)」
 己の甘さに苛立ちながらも承太郎はスタンドに絡みついた金鎖を
スタープラチナの怪力で引き剥がそうと渾身の力で念を集中する。
 しかし、近代建造物のコンクリートすらも内部に仕込まれた鉄筋ごと破壊する筈の
スタープラチナの剛力でも、金の鎖は軋むだけでほんの僅かな隙間すらも
抉じ開ける事が出来ない。
 その様子をみつめていたマリアンヌが
「無駄よ無駄無駄。いくらアナタが天目一個以上のミステスだったとしても、
ご主人様秘蔵のもう一つの宝具「武器殺し(キリング・ブレイド)」
『バブルルート』を砕く事は決して出来はしないわ!
どんな業物の刀剣、仮に炎髪灼眼の”贄殿遮那”でも絶対にね!」
金の鎖に繋がれた純白の長衣(ストール)の端を逆くの字に折り曲げて
自分の側に引き込みながら主の宝具を誇る。


その宝具、白い封絶の光で幻想的に反照する「黄金長鎖(ゴールド・チェーン)」
『バブルルート』がまるで熱帯の密林に潜むおぞましき大蛇のように
スタープラチナを圧迫し更に恐ろしい力でその全身を引き絞った。 
「グッ!!オオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!」
 身体を空間に束縛する圧力が強まり、次第に呼吸もままならなくなってきた承太郎は
その物理法則に反抗するかのようにスタープラチナと共に喚声をあげ、
スタンドの全能力を開放してバブルルートを引き千切ろうとした。
 白金の膨大な量のスタンドパワーがその互いの全身から迸る。 
 しかし先刻のマリアンヌの言葉通りスタープラチナの全力を
持ってしても頑堅無双の強度を誇る「武器殺し」専門の宝具
『バブルルート』はビクともしない。
 それどころか力を込めれば込めるほどその反動で鎖は食い込んでいった。
「ウフフフフフフフ。往生際が悪いわよ。星躔琉撃?もうアナタの敗北は決定されたの。
やっぱりアノ時私に止めを刺しておくべきだったわね?」 
 完全に立場が逆転したマリアンヌが先程の承太郎をトレースするように
言葉を告げ、勝ち誇ったように微笑う。
「こちらの燐子もだいぶやられたけど」
 そう言って周囲を見渡すマリアンヌ。
 40体以上いた筈の武装燐子は、今は僅か7体のみ、
内無傷なものはたったの2体だけだった。
 他は腕なり足なり顔面なりを打拳の嵐によって半分以上吹き飛ばされ、
金属の関節を軋ませながら敗残兵のような惨めな姿を晒していた。
 あと、ほんの数秒バブルルートを発動するのが遅かったのなら、
戦況は全く別のものになっていた事だろう。
 それらの燐子を労るように一瞥したマリアンヌは
「でも『動けないアナタ』を討滅するだけならこれで十分過ぎるわね」
そう言って生き残った燐子に一斉攻撃をしかけさせる為に
長衣(ストール)の絡みついた左腕を処刑執行者(エクスキュレイター)のように
高々と掲げる。


「アナタの忠告に従い一番危険なアナタから先に討滅させて戴くわ。
「覚悟」は良い?空条 承太郎?フフフフ」
「……………………」
 妖しく冷たい死の光をその双眸に称える、マリアンヌのパールグレーの瞳の
眼光をその真正面から受け止めながらも、承太郎のライトグリーンの瞳に宿る光は、
断裁処刑される寸前の絶望に支配された囚人のそれではなかった。
 そして彼の分身であるスタンド、スタープラチナも決して諦める事はなく
最後まで紅世の宝具、バブルルートとの無動の戦いを繰り広げていた。
 金の鎖が絶え間なく軋み上がり、澄んだ音が空間を錯綜する。
(やれやれ、こいつはマジに頑丈な鎖だ。単純な腕力だけじゃあ
いつまで経っても破壊は出来そうにねぇ。逆にオレのスタンドのプライドって
ヤツが粉々にブッ壊れそうだぜ) 
 その承太郎の周囲を、凶悪な殺戮の光を放つ砕けた白刃を構えた
ボロボロの燐子達が取り囲み、ジリジリとその包囲網を狭めていった。
 数多くの同胞を皆殺しにした、承太郎とスタープラチナに
最も残虐な死を与える為に。
 だが、承太郎はそんな復讐の念に燃える燐子達などには目もくれず、
その先で冷たい微笑を浮かべているマリアンヌに向かって呟いた。
(だが……マリアンヌ……人間じゃあねぇオメーに言っても
解りゃあしねーだろうが……この世に特別なモンなんてありゃしねぇのさ……
紅世の徒だろうが……DIOだろうが……何一つな……!)
 その言葉の終わりに、承太郎の高潔なる碧眼に決意の炎が燃え上がる。
 同時にスタープラチナの白金の双眸も鋭く発光した。
「オォォォォォォォォォォラァァァァァァァァァァッッ!!!」
 空間を劈くような喚声でスタープラチナと承太郎は共に鬨の声をあげる。
(突破口は……必ず……どこにでも在る……ッッ!!)
 そう心の中で叫び、スタンドの足裏の踏み込みを利用して生まれた
最後の力を渾身の勢いを込めて紅世の宝具『バブルルート』に向けて降り注いだ。


その承太郎の一心不乱な様子にマリアンヌはやや白けたような表情を浮かべ、
冷たく見下ろすようにして両腕を束縛されたままの前傾姿勢で猛る彼を見つめる。 
「無様ね。空条 承太郎。まさか追いつめられて自暴自棄になるなんて。
もう少しマシな男だと想っていたけれど。生憎だけれどアナタが
力を込めれば込めるほど『バブルルート』はアナタの身体に
より深く捻じ込まれていくわよ」
 そのマリアンヌの言葉を無視して承太郎はスタンドを念じ続ける。
「オッッッッッッッッラァァァァァァァァァァッッッ!!!」
 スタープラチナは自分を螺旋状に絡みついて拘束し、尚も屈服させ続けようとする
異界の金鎖『バブルルート』の、そのありとあらゆる箇所を己の宿主である
承太郎譲りの鋭い眼光で微細なく睨めつけ、同じく宿主の強靱な精神の力で
極限まで鍛え抜かれた剛腕で内側から金鎖を圧搾し続ける。
 幽波紋(スタンド)と紅世の宝具とが、その強力な力で互いに擦れ合い
軋み合う音が間断なく白い陽炎の舞い踊る封絶空間に鳴り響き続けた。
「………………この男ッッ!!本当になんて諦めが!!」
 自分が起死回生で放った、正に乾坤一擲の一撃だった筈なのに、
その事をまるで意にも介さない承太郎の態度に苛立ったマリアンヌは
「いいかげんになさい!『何が在ってもこの鎖は絶対に破壊出来ないわ!』
もう無駄な悪足掻きはお止めなさい!大人しくしていれば苦しみを与えずに
楽に死なせてあげるわ!」
怒気を含んだ声でそう叫んだ。
 そのマリアンヌの申し出に承太郎は微塵の動揺もない表情で
微笑を返した。
「悪、足掻き、ね、さて、それは、どう、かな?」
「何を」 
「この世に」
 マリアンヌが何か言う前に承太郎の言葉が割り込む。
「絶対なんてモンは……『絶対にねぇんだぜ……』」
 そのとき。



ビギッ……!!



 次の瞬間。



 ビギビギビギビギ…………ッッ!!



(ッッ!!)
 微かな。
 しかし、確実に。
 マリアンヌのアメジストのピアスで飾られた耳元に届いた罅割れる金属の破壊音。
「ま、まさか!?『そんなこと』在り得る筈がッ!?」
 今日何度目か解らなくなった驚愕の表情を再びその優麗な顔に
浮かべるマリアンヌ。



 ビギ!!
 ビギビギビギビギビギビギビギビギッッ!!!
 バギッッ!!!


その間にも、まるで薄氷を踏み砕くような破壊音は鳴り続け、
次第にその音響を断続的に上げていく。
 そして、その無敵の強度を誇る筈の宝具『バブルルート』の、
鏡のように研磨された鎖面に夥しい無数の亀裂が浮かび上がっていた。
「そんな!バカな!『そんな事絶対に在り得ない!!』」
 想定外の事態にその白い素肌をより白く青ざめさせるマリアンヌに
承太郎が変わらぬ静かな言葉で告げる。
「フッ、人間じゃあねぇテメーに言っても解りゃあしねーだろーが、
冥土の土産に教えてやるぜ」
 宝具本体のダメージによりその圧迫が弱まってきたのか、
承太郎は顔に赤味が戻った表情でマリアンヌに告げる。 
「どんな強固な物質だろうと、その分子レベルでの結合は一定じゃあねぇ。
必ず目には見えない細かな「疵」や結合の緩い「歪み」が存在する。
宝具だか秘蔵だか知らねーが
『物質で在る以上その法則(ルール)からは逃れられねぇのさッ!』」
 そう言って承太郎は再び仄かな微笑をその口元に浮かべた。
「オレはスタープラチナの「眼」でその部分を見つけだし!
 更に!
『そこにだけ集束して力を込めていた!』」
 スタープラチナの白金の双眸が一際強く光る。




 バギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギッッ!!!!




そして。
 極寒の湖の湖面に張った分厚い氷が一斉に砕けたかのような、
より強烈な破壊音がマリアンヌの鼓膜に飛び込んできた。
「そ、そ、そ、そんなッッ!?まさかッッ!?」
 目の前の現実を受け止められず、
動揺するマリアンヌに尚も冷静に承太郎は言葉を続ける。
「この鎖、頑丈だがどうやら相当な年代モンらしいな?
スタープラチナの「眼」でその「歪み」を見つけだすのは難しくはなかったぜ。
後はその小さな「疵痕」をスタンドの力で抉じ開けるだけさッッ!!」
「オッッッッッラァァァァァァァァァァァッッ!!!」 
 承太郎の言葉の終わりとほぼ同時に猛々しい咆吼と共にその長い鬣を
激しく振り乱し、軸足の反転によって発生した気流に纏った腰布を
勢いよく靡かせながら廻転して捺し拡げられたスタープラチナの両の腕(かいな)



 ガギャンンンンッッッッ!!!!



 繋ぎ目が集束した力に断砕され、二つに割かれて輝く破片と共に
スタープラチナから弾き飛ばされた紅世の金鎖『バブルルート』は、
行き場を失った「力」をその内部に宿らせて空間を狂ったように暴れ廻り
傍にいたフィギュア達を巻き込んで爆削させた。
 そして、一方は3体の燐子を絡み込んだまま窓ガラスをブチ破って
噴水のある中庭の方面へと飛び消え、もう一方は同じく燐子の上半身を
容易く千切り飛ばして2-4の教室の壁面にメリ込み、教室の内と外とに貫通して
ダラリと力無く垂れ下がった。


その、凄まじいまでの破壊劇の原動力となったスタンド能力。 
 超至近距離で接触した対象を、スタンドの冠絶した暗視能力を駆使して
「瑕瑾箇所(ウィーク・ポイント)」を高速スキャンし、
そして分子レベルで破壊する。
 極点滅壊。星眼の裂撃。
 流星の流法(モード)
『流星眼破砕(スター・アイズ・クラッシュ)』
破壊力-A スピード-E 射程距離-E(接触膠着状態のみ)
持続力-A 精密動作性-A 成長性-B



「ご主人……様……」
 己の最後の切り札すらも、その圧倒的な精神の力で完殺した承太郎を目の前に
マリアンヌは虚ろな瞳で力無く主の名を呟く。
 そして黄金の縛鎖から完全に自由を取り戻した承太郎とスタープラチナが
「さぁ?お祈りの時間だぜ?マリアンヌ」
甘く女の心を蕩かす静謐な声でマリアンヌに告げ、
逆水平に構えた指先で共に燐子の恋人を指差した。



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最終更新:2007年09月23日 15:22