「さぁ?お祈りの時間だぜ?マリアンヌ」
 鋭く構えた逆水平の指先で自分を指差し、やや気怠げな視線と口調で
承太郎の端整な口唇から零れた甘い声がマリアンヌの清らかで艶やかな躰に
恐怖と陶酔との入り交じった異質な体感を駆け巡らせる。
(ま、まだ、何か手があるはず、高速接近してくる『星の白金』に
巧く”バブルルート”を合わせられれば!「金貨」の状態で指先から弾けば死角から
”星躔琉撃”「本体」攻撃出来る!)
「せめて苦しまねぇように、一瞬で終わらせてやる、ぜ」
 承太郎の甘い言葉と共に白金に煌めく「幽波紋光(スタンドパワー)」が
スタープラチナの右手に集束していく。
(勝負は、一瞬よ!マリアンヌ!)
 そう強く己を鼓舞してマリアンヌは交差手法(カウンター)に備えて
長衣(ストール)を前方に突き出しやや前傾姿勢の構えを執る。
 だが、このとき、マリアンヌは目の前の承太郎に意識が
集中し過ぎていた為に気がついていなかった。
 その白金に煌めく「幽波紋光(スタンドパワー)」が、スタープラチナの
『ケリ足であるスタンド右脚部にも同時に集束していた事を』
 そして。
 次の瞬間。
 目の前の「スタンド」スタープラチナは「本体」である空条 承太郎と共に
音もなく目の前から消えていた。


「ッッッッッッッッッッラァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
「!?」
 気づいたのはその声の「後」だった。
 自分の視線の遙か先、20メートル辺りの部分で砕けたリノリウムの破片が
中空に舞っていた。
 そして、マリアンヌの、その可憐な見かけと細身の躰にはやや不釣り合いな、
美しい造形のふくよかな左胸に半透明のスタープラチナの右拳の寸撃が
いつのまにか叩き込まれていた。
 防御と回避を犠牲にし、代わりに攻撃力とスピードを極限まで
高めた必殺のスタンド攻撃。
 強靱無双。戦慄の轟撃。
 流星の流法(モード)
『流星弾轟衝(スターブレイカー)』
流法者名-空条 承太郎
破壊力-A スピード-A 射程距離-B(最大25メートル)
持続力-D 精密動作性-B 成長性-A



「あっ……」
 痛みも衝撃もまるで感じず、まるで一切の「過程」を消し飛ばして
「結果」だけがいきなりマリアンヌの目の前に現れたようだった。
 貫通はさせずに、その驀進拳撃の威力が全てマリアンヌの躰内部に叩き込まれた為、
内部で夥しい数の破壊衝撃波が波紋を引き起こし滅砕振動波と化した
攻撃エネルギーがマリアンヌの躰を微塵の隈もなく音速で駆け巡る。
 まるで全身の血液が沸騰したかのような異常な感覚。
 そして高圧電流が全身を駆け廻るような強烈な体感。
 その二つの衝撃が声を上げる間もなくマリアンヌの全身で激しく渦巻く。


そして、次の刹那、マリアンヌの躰はそのダメージにより存在の形を
維持出来なくなったのか、白い人型の炎の塊と化しまるで宵闇前の夜霧のように
空間へ霧散した。
 残された純白の長衣(ストール)が宙に靡き、一枚の金貨がリノリウムの床の上に
落ちて澄んだ音を立てる。
「フッ……やっぱ ”ハリボテ” かよ?」
 初めからその全てを見越していた承太郎は口元に微笑を浮かべて
己の推理の正しさを静かに実感する。
「くぅッッ!!」
 霧散する白炎に紛れて本当に悔しそうな声を上げて、宙に浮いた一体の人形が
空間をバランスを崩した軌道で飛び出した。
 そこに。
「おっと!」
 白炎の中、自分の死角からからいきなり伸びてきた、
鍛え抜かれ引き絞られた「人間」の腕がマリアンヌのフェルトの躰を
素早い手捌きで掴んだ。
「な!?」
 予想外の事態にマリアンヌは驚愕の声をあげる。
「この空条 承太郎に、同じ手が二度通用するなんて思い上がるのは、
十年早いンじゃあねーか?マリアンヌ?」
 口元に仄かな微笑を浮かべて、承太郎は手の中のマリアンヌの顔を
怜悧なライトグリーンの双眸で覗き込む。
「こ、この!離しなさい!空条 承太郎!」
「フッ……!」
 承太郎の手の中でマリアンヌは抗議の声を上げる。
 口調と声色は変わっていないが、何分見た目がさっきとはうって変わって
随分可愛らしくなっているので意図せずに承太郎口から笑みが漏れた。


「わりーがソレは出来ねー相談だな。このままオメーを連れて屋上に行き、
それをダシにオメーのご主人様とやらには無条件降伏と洒落込ませてもらうぜ 」
「な!?」
 再びマリアンヌはその愛くるしい表情は変えないままで驚愕の声をあげる。
「あんまり気が進まねー手だが、他の生徒やセンコー共の生命には代えられねぇんでな。
ま、仕方ねぇ。堪えてくれ」
 承太郎はその怜悧な美貌に少しだけ邪な笑みを口唇に浮かべ、マリアンヌにそう告げる。
「ひ、卑怯よ!星躔琉撃!男なら正々堂々私のご主人様と勝負なさい!」
 激高したマリアンヌがその(本当に)小さな躰を動かしながら承太郎の
手の中で抗議の声をあげる。
「ハッ、紅世の徒(テメーら)にだけは死んでも言われたくねぇ台詞だな」
 事実上、もうこの戦いは「結末」を迎えたも同然なので、
やや気分が弛緩した承太郎は左手で制服の内ポケットから煙草を取り出し
口唇の端に銜える。
「まぁ安心しな。別に命までは取らねーよ。その代わりメキシコに在る
SPW財団秘匿の地下隔離施設で一生「柱の男」と仲良く暮らして貰うがな。
人間じゃあねぇ紅世の徒(テメーら)に人間の法律は通用しねぇし、
かといって黙って放置しとくにゃ危険過ぎる存在だぜ。紅世の徒(テメーら)はよ 」
 傅いたスタープラチナにライターで煙草に火を点けてもらいながら承太郎は
手の中のマリアンヌに銜え煙草で静かにそう告げる。
「その紅世の徒とやらも”アラストール”みてぇなヤツばっかなら話もラクなんだがよ、
ホントにままならねーモンだぜ。現実ってヤツはよ」 
「……い……一体……な……何を……言ってるの……かし……ら……?
アナタ……解らない……わ……」
 その大きな赤いリボンのついた背に流れるチャコールブラウンの毛糸の髪に、
艶のある大粒の冷や汗の珠を一つ浮かべ、余りにも想定外の事実を承太郎から
告げられたマリアンヌ頭の中は主の操る炎以上に真っ白になる。


 いきなり押し黙ってしまったマリアンヌに、このままでは ”ご主人様” との
「取引」が円滑に進まなくなると想った承太郎は
「よぉ?どうした?起きてッか?マリアンヌ?」
人形を掴んだ右手を軽く揺すってみる。
 その承太郎の呼びかけにハッ、と我を取り戻したマリアンヌは
「こ、この!離せ!離せ!エイ!エイ!」
手のない肌色フェルトの腕で薄く血管の浮いた承太郎の右手を
ポカスカやり始めるが、無論象と蟻の戦力差なのでまるでお話にもならない。
「この!卑怯者!離せ!離せ!離せェェェッ!」
「あぁ~あ、うるせぇうるせぇうるせぇ 」
 この2日間、野別幕なしで本当に「うるさい」ほど散々聞かされた為に
いつのまにか移ってしまった「誰か」の口癖でボヤきながら
承太郎は学帽の鍔を正し屋上に向けて歩き出した。
 その彼の脳裏でその張本人は「なによッ」という表情でムクれていた。
 その刹那。
 清らかな鐘の音色が空間を流れた。
 次の瞬間。
 いきなり周囲に散乱していた武装燐子達の残骸が次々に膨張して膨れあがり
承太郎の周囲で無数の爆発が巻き起こった。



 ズッッッッッッッッッッガァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!


「ッッ!!?」
 同時に頭上から途轍もない大音響の爆裂音が鳴り響き、衝撃の伝播で
頭上の蛍光灯が次々に割れて周囲にガラスの豪雨が降り注ぐ。
 更に破壊の轟音と白い爆炎の嵐で承太郎の周囲30メートルは
瞬く間に純白の白炎が司る破壊と頽廃の地獄と化した。


「チィッ!」
 咄嗟にスタンドを出現させて、反射的に足下の床を爆砕させて踏み抜き、
ソレによって生まれた運動エネルギーによってスタンドと共に防御体勢を
執ったまま学ランの裾を靡かせて素早く後方へと飛び巣去り白炎の爆破圏内から
脱出を図る承太郎。
「クッ!」
 しかし、その規模が余りにも巨大過ぎた為その行動は直撃を避けるだけに
終わり、結果激しい爆破衝撃と爆風、さらに爆砕の余波によって承太郎は
スタープラチナと共に大きく上空へと弾き飛ばされ、天井の板をその身で打ち砕き
更にその内部に組み込まれていた鉄筋に背からブチ当たってようやく
その直線軌道を変え、着弾軌道に対して直角の降下軌道を描きながら
勢いよくリノリウムの床の上に大の字の体勢で仰向けに叩きつけられた。
「がはぁッッ!!」
 全身を劈くほどの落下衝撃。
 気が緩んでいた時に突如到来した想定外の惨劇に、
さしもの承太郎の口からも苦悶の叫びが生温い鮮血と共に
吐き出される。
「ぐっ……うぅ……な……何……だ……?今の……爆弾みてぇな……
モノ凄ぇ能力は……!」
 血の伝う側頭部を右手で押さえ、グラつく視界を精神の力で強引に
繋ぎ直しながら承太郎はよろよろと身を起こす。
 その表情は不意打ちを喰った事に対する己への戒めと、
大事な愛用の学ランがボロボロにされた事に対する両方の怒りで歪んでいる。
(クソッタレが……ッ!アバラが何本かイッちまったかもしれねぇ……!
オマケに大事な制服もズタボロにしてくれやがって……!
やってくれたな……! ”ご主人様” よ……ッッ!)
 その周囲は先刻の大爆発現象の余韻である、白い炎があちこちで燃え上がり
通常の物理法則を無視して至る処に類焼していた。


(マリアンヌの仕業じゃあねぇ。もしこんな芸当が出来るンなら
さっきとっくに使ってた筈だ。コレがそのご主人様とか抜かす紅世の徒
”フリアグネ”というヤツの真の能力か?確かに花京院のスタンド能力
『エメラルド・スプラッシュ』と較べてもまるで引けを取らねぇ、
恐ッそろしい能力だぜ)
心の中で先刻の能力の解析を終えた承太郎は、裂傷によって口内に
溜まった大量の血をリノリウムの床の上に吐き捨てる。
 ビシャッッ!と白い封絶の光で染められた廊下が、
無頼の美貌をその身に携える貴公子の鮮血で染まった。
「ッッマリアンヌ!?」
 承太郎は咄嗟に自分の右手に視線を送った。
 先程しっかりと握っていたはずの肌色フェルト人形が、
いつのまにか手の中から消えていた。
 突然の爆破衝撃で思わず離してしまったのだろうか?
 だとしたらあの白炎の業火が渦巻く焦熱地獄の中に放り出してしまった事になる。
 寒気に似た体感が承太郎の背に走った。
「クッ……マズったか……!命まで取る気はなかったんだがな……
しかし……いくら敵とはいえその相手を味方もろとも始末しようなんざぁ
とんでもねぇ下衆ヤローだな……!そのフリアグネとかいうヤローはよ……!」
 憎むべき敵とはいえ、正々堂々と勝負を挑んできた
そのマリアンヌの悲劇的な最後に対し承太郎は苦々しく歯を軋らせる。 
「敵は取ってやるぜ。マリアンヌ……!」
 そう強く心に誓い胸の前で強く拳を握った承太郎の前方から
「私のご主人様を悪く言わないでッッ!!それと勝手に殺さないでッッ!!」
聞き慣れた清廉な声が返ってきた。
『誰もいない空間から』
 そして、その何もない空間にいきなり純白の長衣(ストール)が弧を翻らせて
出現し、その中から人形姿のマリアンヌが口元を笑みの形で曲げたまま顔を出した。


「私は無事よ!掠り傷一つ負ってない!ご主人様が現在お持ちの最大「宝具」
”ダンスパーティー”を発動された時には
『最優先で強力な防御型自在法を発動させて私の身を護るように』
”ホワイトブレス”に操作系自在法を編み込んで下されていたの!
この戦いが始まるよりもずっと前からね!」
 そう叫んで必至に己が主の名誉を弁解するマリアンヌ。
「それに大体今の爆発はアナタを狙ったモノじゃないッ!
だからご主人様が私を巻き込んでアナタを討滅するなんて事自体がありえないのよッ!」
 目の前で愛狂しいその表情を崩さないまま、まるで最愛の恋人を侮辱でも
されたかのようにヒステリックな口調で自分に怒鳴り続ける喋る人形。
 その彼女(?)無事な姿に承太郎は複雑な感情を抱きながらも
己が疑問をマリアンヌに投げかけた。
「今のが、オレを狙った遠隔能力じゃあねぇとするなら、一体何だってんだ?
もしかしてシャナのヤツがもうオメーのご主人様をヤっちまったのか?」
「縁起でもない事言わないで!今のはおそらく炎髪灼眼に向けて放った
ご主人様最大焔儀に対する単なる余波よッ!」
「何ッ!?」
 心に走った衝撃により頭蓋へのダメージで鈍っていた思考回路がようやく
その機能を回復し始める。
 そうだ。
 何故「その事」を考えなかった?
 先程、マリアンヌに問いかけた疑問とは「逆」の事実を。
「ッッ!!」
 その、あまりに強烈過ぎる存在感から心理の盲点になっていたのか?
 いくら強力な戦闘能力をその身に宿していたとしても、
まだ年端もいかない「少女」である事には変わりがないのに。
「覚えておきなさい!星躔琉撃!アナタなんか!アナタなんか!
私のご主人様には!「絶対」に敵わないんだからァァァァァッッ!!」
 涙ぐんだ声で強烈な捨て台詞を残しながらマリアンヌは中身が空になった
”ホワイトブレス”を宙に残し、まるで妖精のように白い燐光を
靡かせながら割れた窓ガラスの隙間から外に飛び出して上へと消えていった。


 大事な人質にまんまと逃げられてしまったが、承太郎の思考はいま
「そんな事」とはまるで別の方向、否、正確には脳裏を駆け巡った衝撃に
より再び思考停止状態に陥っていた。
 そして、耳障りなほどに激しく脈打つ心臓の鼓動音と共に、
ゆっくりと一つの言葉が甦ってくる。
”フリアグネの必勝の秘密は彼の持っている「銃」にある ”
 先刻の花京院の言葉。
”その銃で撃たれた”フレイムヘイズ”は全身が己の炎に包まれて灰燼と化すらしい”
 今のが、その銃に装填された弾丸がシャナに着弾した結果起こった現象なのだろうか?
 それとも、仲間であった花京院ですら知らない全く別の能力。
 何れにしても、あの「爆発」の後では、余波ですらあの凄まじいまでの破壊力を
引き起こす能力の「直撃」を受けてしまっては。
 もう。
もう……
 最悪の事象が、静かに、承太郎の頭の中で形造られていく。
 しかし、彼の意識は、頑強にその形成に叛逆した。
 そんな筈は……ない……
 そんな筈はない!
 今朝まで、否、ついさっきまで自分の傍にいてやかましく騒いでいたのだ。
 まだ年端もいかないその小さな身には不釣り合いな、
凛々しい瞳と腰の下まである艶やかな黒髪をその身に携えた
”フレイムヘイズ”の少女、が。
 この世ならざる空間 ”封絶”
 その中で今日まで勇敢に戦い続け、数多くの人間の生命を護ってきた紅い髪と瞳の少女。
 誰に称えられる事なく、誉められる事もなく。
 人外の怪物達を相手に文字通り傷だらけ、そして血塗れで闘ってきた筈の少女。
 何れその命尽きる時も、誰に知られる事もなく戦場の荒野で散っていく事のみを
定められた悲憐の存在。


その事自体に自分が言うべき事は何もない。
 その事はきっと、少女自身が決めた事の筈だから。
 少女が自分自身が選び取った「戦場」の筈だから。
 その事に自分が言える事はなにもない。
 だが。
 しかし。
そんな戦の申し子のような暮らしを続ける修羅の少女にも、
微かではあるがようやく「救い」が訪れる筈だったのだ。
 戦い続ける運命(さだめ)は変わらないだろう。
 これからも彼女は戦場で血を流し続けるのだろう。 
 でも、そんな少女にもようやく『帰るべき場所』が出来る筈だったのだ。
 心も躰も傷だらけでも、その身を癒す場所とその身を労ってくれる者が居る処、
「家族」の居る場所が。
 ようやく。
 ようやく。
 自分の祖父 ” ジョセフ・ジョースター ”との出逢いによって。
 闘う以外、何も知らない少女。
 本来闘いには向かない「女」であるのに自ら”フレイムヘイズ”という過酷な
道を選んだ少女。
 でも、ようやく、これから始まる筈だったのだ。
少女の。
 シャナの。
”人” としての「生」が。
 それが。
 それ、が。
 こんな。
 こんな死に方。
 在り得る筈がない。
 在って良い筈が、ない!
『何人もの人間の生命を救っておきながら
自分自身は最後の最後まで救われない結末など!』


「シャ……ナ……」
 承太郎の震える口唇から意図せずに少女の名が漏れる。
 その脳裏に過ぎる黒衣を纏った紅蓮の姿。
 そう。
 少女には、祖父と出逢うまで「名前」すら無かったのだ。
「シャナァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
 白い封絶で覆われた空間に承太郎の彼女の名を呼ぶ絶叫が響き渡った。
 しかし。
 還ってきたのは、残酷な、
 静寂のみだった。



←PAUSEッッ!!

STARDUST¢FLAMEHAZE*

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最終更新:2007年09月23日 15:37