『邪裂爆霊傀儡殺(スレイヴィング・エクス・マリオネーション)ッッ!!!!』
 何よりも邪悪な笑みをその耽美的な口唇に浮かべ、
白い存在の闘気(オーラ)を全身から迸らせながら魔性のハンドベル
”ダンスパーティー”を手にした両腕で鋭く十字型の構えを執る
紅世の王”狩人”フリアグネ。
 その動作に呼応して奏でられる、澄んだ鐘の音。
 その神聖な音色は、何よりも残虐な破壊の大惨劇を学園の屋上で引き起こした。



 ヴァッッッッグオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォッッッッ!!!!



 途轍もない破壊力の大爆裂音が屋上、否、学園全体に轟いた。
 巻き起こった破壊衝撃破で屋上のコンクリートの石版が夥しい数で
まとめて捲れ上がって吹き飛び、更に周囲を囲っていた網の目状の青いフェンスが
爆風で歪んで押し倒される。
 その凄まじいまでの破壊惨劇の中心部。
 垂直ドーム状で激しく天空へと駆け上っていく白い火柱の真柱部に彼女はいた。
 そして、渦巻く白炎の嵐の中でその躰を灼かれながら、
少女の瞳はもう輝きを無くしていた。
 その精神活動すらも、完全に停止していた。
 最早己の躰を灼き焦がす苦悶すらもどうでもよかった。
『本当にどうでもよかった』
 ただ、一つの、残酷な事実だけが少女の胸中を支配していた。
”終わった” と。


そして大爆裂の破壊衝撃破によってフリアグネが屹立する給水塔以外の
全てが破壊され、蹂躙の限りを尽くされて瓦礫の海と化した屋上の残骸の水面の上に
シャナは激しい落下音と共に着弾した。
 その小さな躰が着弾衝撃で一度大きくバウンドし、反動で砕けたコンクリートの
飛沫が巻き上がる。
 もう、落下衝撃を分散する「体術」すらも使わなかった。
 否、使えなかった。
 白炎の焦熱によりボロボロに焼け焦げた黒衣とその中の真新しいセーラー服。
 裾が引き千切れたスカートと爆炎でズタズタに引き裂かれた黒いニーソックス。
 戦意を完全喪失し、まるで糸の切れた操り人形(マリオネット)のような表情の
少女の躰の上に自分の身と一緒に巻き上がったコンクリートの飛沫と土砂とが
豪雨のように降り注ぎその身を汚していく。
 そんな中、少女の超高密度の灼硬の色彩の双眸、 ”真・灼眼” がゆっくりと
元の色彩に戻っていった。
 しかし、その内に最早元の燃えるような灼熱の使命感も闘争心も微塵も存在せず、
無限の虚空のみがただそこに在るだけだった。
 全ての望みを跡形もなく砕き尽くされた「絶望」の表情と共に。
 その白磁のように清冽な素肌すらも、白炎の高熱で灼き焦がされたその無惨なる姿は、
普段の冷たい清水で磨かれた名刀のように鮮烈な少女の印象と引き較べてみれば、
まるで折れたまま戦場に打ち捨てられ、永い風雪に寂びて朽ち果てた剣を想わせた。 
 これ以上無いという位の完璧なタイミングとキレとスピードで
完全に極まった紅世の王”狩人”フリアグネの最大最強焔儀。
『邪裂爆霊傀儡殺(スレイヴィング・エクス・マリオネーション)』
 その ”王” の真名に恥じない、途轍もない威力の爆炎儀だった。 
 その白い神聖な気に身を包んだ紅世の王が、自分が今まで立って給水塔から
瓦礫の海と化した屋上へと純白の長衣をフワリと揺らして静かに舞い降りる。
 勝者の微笑をその耽美的な口唇に浮かべて。
 種々の花々が調香された芳香を破壊の乱風に靡かせながら。
 ゆっくりと、ゆっくりと、シャナに歩み寄る。


「ほう?5体満足で焼け残ったか?まぁ少々加減したからね。
咄嗟に「結界」を張ってくれたアラストールに精々感謝する事だな」
 頭上から忌むべき男の声がする。 
 その全身から発せられる香水の香りがシャナの周囲に靡いていた。
「彼」のつけているモノとは全く対照的な香り。
”キモチガワルイ”
 種々の花々の高貴な香りも、今のシャナにはそう感じられた。
「まぁ腕でも脚でも焼き落ちてくれていれば、悲愴感が倍増して良かったかな?
アァァァァハハハハハハハハハハハハ!!」
 再び頭上で調律の狂った弦楽器のような声が聞こえる。
 勝者の声。
 そう。
 自分は、敗者。
 また、負けた。
 しかも、最も憎むべき「アノ男」の奴隷に過ぎない者に。
『アノ男の存在に二度負けたも同然だ』
「貴様……!」
 シャナの胸元のペンダント、紅世の王”天壌の劫火”アラストールは、
何よりも何よりも大切に育てた愛娘に等しい存在を惨たらしく蹂躙した
男に対し悔恨を滲ませた言葉で呟いた。 
 その言葉を意図的に無視したのか、或いは端から聞こえていなかったのか、
フリアグネは口元に笑みの余韻を浮かべたまま純白のシルクの手袋をはめた右手の拳、
その握り込んだ親指を勢いよく上に向けて弾いた。
 ピィンッ。
 手袋で弾いたとは想えないほど、澄んだ音色を響かせて、宙に舞った一枚の金貨。
 その金貨は、回転運動を続けて廻りながら残像を残してどこまでも上がっていく。
 次の刹那。
 その残像に向けて手練の手捌きで真一文字に薙ぎ払ったフリアグネの手の中に、
煌めく金の残像がしなやかな鎖となって瞬現した。


”狩人”フリアグネ。
 この男もまた、シャナとは対極の領域に位置する同格、否、それ以上の存在の魔術師。
『白炎の魔導師(マジシャンズ・ホワイト)』
「君にはまだ死んでもらっては困るのだよ?」
 ペルシャ猫のように瞳を細め、甘い口調と吐息でフリアグネは
問いかけるようにシャナにそう告げる。
「君とは戦闘の「相性」が実に良かった。無論、私自身にとっての話だが
君のような近接戦闘を得意とする「刀剣使い(ブレイダー)」に
とって私のような「幻影暗殺者(インビジブル・ナイトレイダー)」は
まさに「天敵」と言っての良い存在だからね。更に性格の「相性」も実に良かった」
 そこでフリアグネは一度言葉を切り、純白の長衣を大仰な手捌きで緩やかに翻す。
「感情を露わにして戦う者はその戦闘殺傷能力こそ凄まじいまでのモノが
あるが、同時にまたその「弱さ」をも剥き出しにする。
勢いに任せて戦い過ぎるあまりその動作は単調になり
さらに我を失っている為に自分の身体の状態すらも満足に認識する事が出来ないんだ。
今、君が、身を以て知っている通りだよ」
 フリアグネは涼やかな声で先刻のシャナの敗因を静かに反芻する。
 シャナの心の疵を、さらに切り刻むように。
 何度も。
 何度も。
 抉り込むように。
 そして言葉を終えるとフリアグネはもう一度長衣を真一文字に翻す。
「だが、もう一人の「標的(ターゲット)」『星の白金』は話が別だ」
 そう言ってフリアグネは今度はその耽美的美貌を引き絞られた
強力な弓矢の弦のように引き締める。


「本来在り得ない事ではあるが、私が崇拝するあの御方が唯一懼れる程の強力な存在。
更に私と互角の能力を持つ筈の私の「友人」を相手に戦闘経験値、技術値で遙かに劣る
立場でありながら勝利するほどの相手に真正面から勝負を挑むのは得策ではない」
『星の白金』 スタープラチナ。
「彼」の事、だ。
”指一本触れさせない”と己に誓った。
”こっちは任せて”と彼に誓った。
 だが、しかし、「現実」は、
 何よりも、何処よりも、
 遠くなる……!!
 悔恨で悔しさで瞳に涙を浮かべるシャナを後目にフリアグネは意気揚々と
言葉を続ける。
「だからこの鎖、宝具”バブルルート”で君を縛り、そして、そうだな。
アノ給水塔の上にでも括りつけて獲物が誘き寄せられるのを待つ。
そしてヤツが来たのなら、コレ」
 シルクの手袋に包まれた左手に金の鎖を携えたまま、
純白のスーツの内側に右手を潜り込ませたフリアグネのその右手に、
クラシックなデザインのダブルアクション方式のリヴォルバーが握られて来た。
 その「銃」の本質は”フレイムヘイズ討滅(フレイミング・キラー)”のみを
目的に創りあげられた戦慄の拳銃。 
 焔塵殲滅。完殺の魔弾。
”紅世の宝具”
『トリガーハッピー』
破壊力-A(フレイムヘイズのみ) スピード-B 射程距離-A
持続力-A(フレイムヘイズのみ) 精密動作性-B 成長性-なし





「”フレイムヘイズ殺し”の能力を持つこの銃で君を撃つ。
我が愛銃『トリガーハッピー』の”装填されない”「弾丸」は全てのフレイムヘイズの
内部に宿る”王”の休眠を強制解除する効果がある。
つまり、いつでも、私の気分次第でこの屋上全体を先刻以上の紅蓮の劫火の地獄に
出来るというワケさ。「器」を破壊されて暴走したアラストールの劫火に焼かれては
アノ方が唯一懼れるというさしもの『星の白金』も一溜まりもあるまい!
そして、紅世ではない現実世界ではその存在を維持できないアラストールは
私に復讐することすら出来ずにそのまま紅世に還るしかない!つまりは!
もう既にして私とあの方の完全勝利というワケさ!
アアアアァァァァァァハハハハハハハハ!!!!」
 白く神聖な存在のオーラをその身を覆い、何よりも邪悪な笑みをその
耽美的な口唇に浮かべてフリアグネはシャナにそう言い放った。
 そして。 
 鋭いエコーの残響を鳴り響かせる、狂った弦楽器の勝利の歓声が
白い封絶で覆われた屋上全体に響き渡る。
「貴様……!何たる卑劣な……!敗者に鞭打つばかりかその身を灰燼に帰して
「罠」に変えようとは!」
 激高したアラストールの声をフリアグネは愉しむように受け止め
その邪気に充ち溢れた微笑を己が同胞である”天壌の劫火”へと向ける。
「これはこれは、天壌の劫火の御言葉とは想えない発言だな」
 気怠げな甘い声色でそう言い放ち、慇懃無礼を絵に描いたような大仰な振る舞いで、
純白の長衣が絡みついた右腕を清廉に前に差しだし深々と頭を垂れ最上級の
一礼をアラストールに向けて捧げる
「戦いとは須く「結果」のみが全て。敗者は勝者に何をされても仕方がない。
その鉄の掟をお忘れか?君の言ってる事は、敗者の遠吠えに過ぎないよ」
 そう言ってフリアグネは純白の長衣で邪の微笑を浮かべる口元を上品に覆い
「それとも、まさか、 『星の白金』 に何か ”特別な感情” でもお在り、でも?」
瞳を妖しく細めてアラストールを真上からの視線で睨め付ける。


「!」
 想わぬフリアグネの言葉にアラストールは、一刹那口籠もるが 
「戯けた事を……」
そう言って押し黙った。
「ふぅん」
 フリアグネは蕩けるような甘い声で一言呟き、幻想的とも呼べる
悩まし気な流し目でアラストールを見つめた。
 紅蓮と白蓮。
 二人共強力な紅世の王ではあるが、その言葉遣いや立ち振る舞いは
まるで対極だった。 
「…………」
「…………」
 両者の間に沈黙の帳が舞い降りる。
 フリアグネはまだ己の戦果について話したりない様子だが、
ソレを見越してアラストールは小康状態維持を選択した。
 全てはシャナの回復の時間を図る為。
 そして、間に合うかどうかは解らないが「あの男」の到着を待つ時間を
少しでも稼ぐ為の選択だった。
 かつて、この世界の致命的な危機を二度も救った偉大なる血統の末裔。
 そして、今再びその世界の存在全てが「幽血」の脅威に染まりつつある
この世界唯一の希望。
 煌めく白金、そして遍く星々の存在の力をその身に携える救世者。
『星の白金』
 空条 承太郎、を。
「イヤ、それにしても正直、君の焔儀には肝を冷やしたよ」
 アラストールが喋らないのでジレたのか、フリアグネは右手で
絡まった純白の長衣を滑らかに梳き流しながら、同じく純白のシルクの手袋で
包まれた左手を露わにした。


その左手薬指に精巧な彫刻の入った純銀の台の上に、
同じく精巧な研磨技術でカットされたであろう神秘的な輝きを宿す
紺碧の宝玉が嵌め込まれた指輪が在った。
”あろう”というのは今はその神秘的な光を灯す宝玉には、
惜しむらくかな、その頂点部分から細かな亀裂が走っていたからだ。 
「まさかこの火除けの指輪。 ”アズュール” に罅が入るとはね。
もう二、三発同じ焔儀を撃たれたら危ない処だったよ」
 そう言ってフリアグネはシャナをからかうようにそのアズュールが嵌められた
指先を艶めかしく振ってみせた。
「貴様。やはり先刻この子の最大焔儀を防いだのは”自在法”ではなかったのだな?」
 そのフリアグネの防御の本質を見抜ききれなかったアラストールは
口惜しく歯噛みする。
「フッ、己のキリ札は決して敵に晒すな、さ。私がフレイムヘイズの焔儀に
対して絶対の防御式自在法を持っていると相手に「錯覚」させておけば、必ず相手は
武器を持っての近接戦闘を仕掛けてくるだろう?後は適当に使い捨ての燐子に相手を
させて私の最大最強焔儀『邪裂爆霊傀儡殺(スレイヴィング・エクス・マリオネーション)』
の布石を造ってもらうだけさ。他でもない『フレイムヘイズ自身』に、ね」
 そう言ってフリアグネはアラストールに向けて艶麗な仕草で
片目を瞑って魅せる。
「コレが、私の「必勝の秘密その2」 さ。そう言えばこの事は「彼」にも話して
なかったな。実際に魅せて説明しようとしたのだが仇となったか、次はここまで
完璧に極まるかどうかは正直自信がないよ」
 そう言ってフリアグネは目の前で横たわるシャナに、長衣で口元を覆って
クスクスと微笑って見下ろす。
 シャナの存在の全てを嘲笑うかのように。


「彼?彼の者 『幽血の統世王』の事か?」
「君には関係のない事さ。ソレに、幾ら時間稼ぎをしても
もうこの子は起きそうにはないよ」
「!!」
 いつかは見抜かれると想っていたが、こうも早く感づかれたのは誤算だった。
 否、寧ろ最初から見抜かれていて、ソレを承知でフリアグネが喋っていたと
考えるのが妥当、か。
 その悪魔の狡猾さと王の老獪さでシャナは敗れたのだ。
「……………………………………………………………………………」
 その ”狩人” 傍らで、無限の荒野と化した絶望の瞳で
完全に戦意を喪失した少女が頭上の空を見上げる形で仰向けに倒れていた。
 その少女に、二人の声は、もう、届かない。
 瞳にも見上げる空は映っていない。
 白い封絶に囲まれた大破壊現象が起こった屋上で、
少女の時間(とき)は完全に停止していた。
 その心の内では、自虐的な自問自答が終わる事なく延々と繰り返されていた。
 自我のフィルターが消失した、生の本音の言葉で。
 次々に湧き起こる真実の言葉の羅列は、皮肉にも絶体絶命の窮地陥って
初めて少女の心の底から静かに滔々と湧き出した。




私は……一体……誰……?
 私は……紅世の王……天壌の劫火……アラストールの……フレイムヘイズ……
 でも……もう……私に……その資格は……ない……
 こんなに……弱い……フレイムヘイズ……
 こんなに……弱い……炎髪灼眼の討ち手……
敵わないと知ると……逃げる……臆病な……戦士……
 フレイムヘイズの……面汚し……
 こんな私を……認めてくれる者なんて……もう……この世界の……
何処にも……いない……
 この……私……自身……すら……も……
 ソレ……なら……いっそ……
 いっそ……



 それならせめてアラストールの名誉だけは護りたい。
 過去に深く刻まれた心の疵痕(トラウマ) だが、何人かの人間との関わりにより
最近ようやく癒えだしたその全く同じ箇所に再び悪意の刃が情け容赦なく抉り込まれ、
少女の、シャナの心は今限りなく死に近い状態にあった。
 幾ら五体満足でも。
 心が死んだ者はもう戦えない。
 戦場とは、そのような絶対零度の雰囲気(オーラ)で満たされた
冷酷非情の場所。 
 シャナの脳裏に、一人の人間の姿が浮かんだ。
「?」
 何でこんな時に「彼」の事が思い浮かぶんだろう?


 でも、自分が生きていればきっと「彼」を窮地に追い込む事になる。
『自分が原因で追い込むことになる』
 初めて、自分の存在を認めてくれた人。
 初めて、フレイムヘイズとしてではなく、一人の少女「シャナ」として
自分に接してくれた人。
 同じような存在の力をその身に携えた「対等」の立場の人。
 勝利の手合わせが楽しいと教えてくれた人。
 意外な表情を引き出すのが面白いと教えてくれた人。
 切なさという感情を教えてくれた人。
 強さに対する脅威と敬意を教えてくれた人。
 麦酒(ビール)の苦さを教えてくれた人。
 メロンパン以外のパンの美味しさを教えてくれた人。
 共に闘う事が嬉しいと教えてくれた人。 
 他の誰かを護る事が素晴らしいと教えてくれた人。
 ほんの二日前に出逢ったばかりだというのに、その想い出は尽きる事がない。
 手のひらの温もりを、教えてくれた人。
 大切な、人。 
 そう。
 時間なんて、関係ない。 
 何よりも誰よりも「大切」な人だから。
 もう。
 その事に気がついてしまったから。
 少し、遅過ぎたのかも、しれないけれど。
 霧が晴れるようにシャナの脳裏に一つの「真実」が
浮かび上がってきた。 
 どうして?人は?自分の本当の気持ちに素直になれないのだろう?
 どうして?何もかもどうしようもなくなってから、
本当の気持ちに気がつくんだろう?
 一番、大切な、人ですらも。


「承……太郎……」
 か細い声でその人の名を呟く。
 自然と涙が、瞳から溢れる。
 構わない。
 いっそ、涸れるまで流れ落ちてしまえば良い。
 全てが灰になってしまうまで……
 全てが終わってしまうまで……
 今まで……
 ずっと……一人で良いと想っていた……
人と関わらず……交わらず……
 街路で楽しそうに言葉を交わす多くの人々を後目に……
 永遠に死ぬまで孤独でも構わないと……
 でも……
 本当は……
 本当、は……



”今まで誰かに傍にいて欲しかった……ッッ!!”



 そのシャナの脳裏に、己の内に宿る紅蓮の劫火に覆われる彼の姿が過ぎる。
「……イ……ヤ……」
 か細い呟きが少女の口から漏れる。
「ソレ……だけ……は……絶……対……イヤ……」
 シャナの震える手がゆっくりと傍に転がっている贄殿遮那に伸びる。
 その意図を解したフリアグネは黙って腕組みをしながらその様子を見つめていた。


(ほう?生き恥を晒す事を嫌い自ら死を選ぶ、か?幼いながらも骨の髄まで
フレイムヘイズのようだな。まぁ、それもよかろう。生きていようが死んでいようが
『それらしく』見えれば問題はない。自在法でマリオネットのように操れば
良いのだからな。寧ろ口を塞ぐ手間が省けるというもの)
 身の丈を超える大刀を自在に操る、可憐な少女の「自決」というのも
そう滅多に見れるモノではないので、背徳的な嗜好を持つフリアグネは興味深そうに
その様子を見つめていた。
 やがて。
 シャナの手が、弱々しくも贄殿遮那の柄を掴む。
(私の……承太郎……は……)
 脳裏に浮かぶ彼の姿。
 その存在が躰に微かに遺った最後の力を呼び熾し、灼熱の決意と共に強く大刀を握る。
(私が護る……ッッ!!)
 この生命に換えても!
 絶対に!
 そのとき。
 猛々しい咆吼が。
 シャナの真下から轟いた。



『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァーーーーーーッッッッ!!!!』



 激しい破壊音と共に2階のコンクリートの爆砕する強烈な音がシャナの身に響く。
 特に、想う事は、何もなかった。
 ただ ”アイツ” だ。
 そう想った。


そこに届く耳慣れた響きの高潔な声。
「シャナッッ!!聞こえてンだろッッ!!返事はいらねーから聞けッッ!!
いいか!!ソイツの持ってる「銃」には当たるんじゃあねー!!
当たればテメーの身体は着弾箇所がどこだろーと爆弾みてーに木っ端微塵に弾け飛ぶ!!
相手に距離をとらせんな!!一気に接近してブッた斬れ!!」
「……フ……フフフ……フ……フ……」
 その声を聞いたシャナは、ただ、安らかに、微笑った。
 切なさよりも儚く。
 愛しさよりも尚強く。
 満身創痍の身体からか弱い微笑みが涙と共に力無く零れる。
 ひとり、いた。
 いて、くれた
 何が起きても、何が在っても、絶対自分を見捨てない「人間」が。
 誰かが傷つけば傷つくほど。
 失敗すれば失敗するほど。
 躍起になって必至になって、まるで当たり前の事のように全身ズタボロに
なってでも助けようとする、底無しに甘い「大バカ」が。
 シャナがそう想う間にも声は尚猛々しく響き渡る。
「あとソイツの持ってる「鐘」は周囲のマネキンの起爆装置だ!!
今こっちでも確認したから間違いねー!!『音自体が射程距離だから』
爆発は防ぎようがねぇ!!だから人形に「形」を残すな!!
昨日の「あの剣」で跡形もなく蒸発させろッッ!!」
 的確な指示と、正鵠な忠告。
 そして、本当に本当に自分の身だけを心の底から案じてくれているその「優しさ」
 その全てが緩やかな雨露のように静かに傷ついた躰に温かく沁みいってくる。
 頬を伝う透明な雫をその肌に感じながらシャナは笑みを浮かべて頷いた。
 何度も。
 何度も。
 何度も。


傍に、いてくれなくても良い。
 ただ、この世界のどこかに生きて存在さえしてくれていれば。
 ただ、
 それだけで、
(嬉しいッ!) 
「この階にいる人形を全部ブッ潰したらオレもそっちにいってやる!!
それまでやられんじゃあねー!!死んだら殺すぞッッ!!じゃあな!!」
 革靴の踵が鳴る足音と長鎖の擦れる澄んだ音の残響が聞こえる。
 ソレと同時に何かが爆砕したかのような強烈な破壊音。
「邪魔すんじゃあねぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーッッ!!
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーーーーーーーーッッ!!」
「………………………」
 階下から聞こえるスタープラチナの咆吼に合わせ、シャナの小さな口唇も微かに動く。
 そしてその胸の中では先刻の彼の言葉を何度も何度も反芻していた。
(勝手な……こと……言って……くれちゃってぇ……アレ……は……”煉獄”……は……
存在の……力を……大きく……消……耗……する……上に……集中……力を……
極限……まで……研ぎ……澄まさ……なきゃ……いけない……から……持続……力が……
スゴク……短い……のよ……昨日……アノ……後……私……が……どれ……だけ……
疲れた……か……お……まえ……は……知ら……ない……くせ……に……)
 でも、力が、湧いてくる。
 黄金の輝きを放つ無限の精神のエネルギー「勇気」が。
 アイツが、たったいま、与えて、くれた。
(だけど……おまえの……御陰で……ひとつ……良い手を……思い出したわ……
イヤな……思い出が……あるから……アレ……以来……封印……してた……
けど……四の五の……言ってる……場合じゃない……要は……使い要……
よ……ね……)



「そ……う……で……しょ……?」
 剣を杖代わりにして立ち上がる。
「承……太郎……ッッ!!」
 そして。
 二人で共に見た空に彼の姿を重ねて問いかける。
”一人じゃない”
 その事実をシャナは今何よりも強く実感した。
 そう。
 いま。
 自分は。
 決して。
”一人なんかじゃない!!”
 ただそれだけの当たり前の事実がシャナの心に巣くった
呪いのような精神の絶望を全て跡形もなく吹き飛ばす。
 そして、シャナのその虚空の瞳に再び灼熱の炎が、何よりも熱く
何よりも激しく燃え上がった。
(逢いたい、な)
 穏やかな微笑をその口唇に浮かべ、灼きつく躰を無理矢理引き起こしながら
シャナはただ純粋にそう想った。
 まだ、さっき別れてから、1時間も経ってないけれど。
 でも、逢いたい。
 いま逢いたい。
 すぐ逢いたい。
 因果の。
 交叉路の。
 真ん中で!
「うぅっ!」
 全身を蝕むダメージにより気持ちとは裏腹に膝を支える力が抜けてシャナは
もう一度抉れた地面にヘタリ込んでしまう。



その様子を心の中のもう一人の自分が激しく叱咤した。
(バカッ!立つのよッ!立ちなさい!シャナ!
アイツが「勇気」をくれたんだから!それを無駄にするのは私が赦さない!)
「ッッ!?」
 その、自分の「背後」に、もう一人の自分がいた。
 脳へのダメージによる影響が生み出す幻覚なのか?
それとも自分の心理の中のなにかを無意識の内に存在の力で
投影しているのか?とにかく陽炎のように朧気だが確かな存在感を持ってそこに居た。
 まるで”アイツ”の『幽波紋(スタンド)』と同じように。
 灼眼ではない黒い瞳と炎髪ではない黒い髪、そして今自分が着ている
制服とは違う白い半袖のセーラー服。
「なんで……立つ、の……?」
 再び無理に躰を引き起こしながら、その答えの解りきった質問を、
シャナは背後の、もう一人の自分に問いかける。
(そんなの……決まってる……)
 静かに答えて、自分が自分に歩み寄る。
 そして同時に口を開く。
(アイツが)
「アイツが」
「「待ってるからッッ!!」」
 二人の自分の声が重なった。
 同時に沈黙していた贄殿遮那の刀身が激しい紅蓮の炎で覆われる。
 炎刃合一。灼熱の紅刃
『贄殿遮那・炎霞ノ太刀』
破壊力-A スピード-シャナ次第 射程距離-C
持続力-A 精密動作性-シャナ次第 成長性-A


「私は、一人じゃない!!」
 一際強くそう叫び、もう大刀の支えも必要とせず、シャナは凛とした表情で
力強く立ち上がった。
 そう。
 死しても再び紅蓮の炎の中からより強くより美しい姿で甦る不死鳥のように。
 その全身から火の粉が鳳凰の羽ばたきのように一斉に舞い上がり空間を灼き焦がす。
 フリアグネはその様子に一瞬そのパールグレーの双眸を丸くするが、
すぐに己を諫めてその表情を清廉に引き締める。
「ほう?満身創痍のその状態でまだ立ち向かう気かい?
一体何がそこまで君をそうさせるのかな?」
 問いかけるフリアグネに。
「それは 」
 一瞬、口ごもるがすぐにその必要がない事にシャナは気づく。
 そう。
 自分の本当の気持ちに口を閉ざす必要なんか全くない。
「それは。私が。アイツの『星の白金』の「片割れ(パートナー)」だから!」
 右手を黒衣の左胸の位置に当て、微塵の違和感も感じない言葉が
自然にシャナの口をついて出る。
 無論、アイツの了承はまだ取ってない。
 でも。
 もう決めた。
 いま決めた。
 アイツが望もうが望むまいが。
 もう絶対完全決定事項。
 殴ってでもそうさせる。
 今までは、フレイムヘイズの「使命」の為に剣を振るってきた。
 でも、これからは、 ”アイツ” の為に剣を振るっていきたい。
 ソレがきっと、何よりもかけがえのない、黄金に輝く運命の 『正義』 に
繋がっているはずだから。


「フッ……腐ってもアラストールのフレイムヘイズ。腐っても炎髪灼眼の討ち手と
いう事、か。哀れな。これ以上続けてもただ苦しみが増すだけだというのに 」
 そのフリアグネの皮肉めいた物言いをシャナは甦ったその紅蓮の双眸で
凛と受け止める。
 そして、同じように口元にも凛々しい微笑を浮かべ、
「そう。私はフレイムヘイズよ。でもおまえ?
私の ”もう一つの名前” は知らないでしょう?」
何よりも強く己を誇り、シャナはフリアグネにそう告げる。
「もう一つの、名前?」
 微かに眉を怪訝に顰めるフリアグネにシャナは
「教えて、あげる!」
 そう叫び、その紅蓮の灼眼でフリアグネのパールグレーの光彩を鋭く
真正面から射抜く。
 まるで己が全存在を刻みつけるように。
「 ” 空条 シャナッッ!! ” 叉の名を!」
 言葉と同時に左手が鋭く真一文字に薙ぎ払われる。
「 『紅の魔術師(マジシャンズ・レッド)ッッ!!』 」
 シャナはそう叫んで黒衣を靡かせながら紅蓮の炎で覆われた
贄殿遮那を火の粉と共に鋭く前に突き出した。
「フッ……だが、しかし、そのダメージだらけの躰では、ね。
最早私が相手をするまでもあるまい。お前達 」
 微かに俯いた表情でそう静かに呟き、フリアグネは小気味よく指を鳴らす。
 その合図に合わせてフリアグネの周囲にいた武装燐子達が剣を両手に携えて蠢き出す。
 シャナはその燐子達になど目もくれず、あくまで王、フリアグネのみを
鋭く射抜いていた。
 その紅蓮の炎が宿る、誇り高き灼熱の灼眼で。
 そして。
 止まった瞬間(とき)が、刹那(いま)動き出す。
 シャナは右手に握っていた大刀をそのまま宙に軽やかに放った。
 宙に放たれた身の丈に匹敵する大刀が軽やかに反転して紅蓮の弧を描く。


そして自分の目の前に来た大刀をシャナは素早い手捌きで逆手に掴み直すと、
「オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッッッ!!!」
逆手で大刀を前に差し出したシャナの口唇から勇ましく猛々しい
灼熱の息吹が湧き上がり、同時に炎髪が大量の火の粉、否、
炎気を撒き熾し空間を縦横無尽に灼き尽くす。
” 炎妙ノ太刀 ”の要領で柄頭を透して刀身内部に炎気を込め、
そして同時に剣気と闘気とアイツから貰った何よりも大切な「勇気」を込める。
 そしてシャナは武器を逆手に携えたまま、居合い斬りの要領で
腰を拈りながら落とした構えを執り、同時に左手は絡めながら前方に押し出し
そしてやや捻る。
 揺らめく炎の陽炎に紅蓮の刃の残像が映るかのようなその無駄のない動作に
呼応するかのように贄殿遮那に集束した三種の「気」の融合体がやがて
周囲の分子の配列を変異させて紅い放電現象を引き起こし始める。
 その。
 戦慄の美を流す大太刀、贄殿遮那の中で。
 いま。
『スタンド使い』と”フレイムヘイズ”
『星の白金』と”炎髪灼眼の討ち手”
 その二つの存在の力が一つとなる。
 星炎融合。流星の灼撃。
『贄殿遮那・星屑焔霞ノ太刀』
使い手-空条 シャナ
破壊力-A+ スピード-A+ 射程距離-B(最大20メートル)
持続力-A+ 精密動作性-B 成長性-A+


「オッッッッッッッッッッッッッラァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
 その背後にアイツの持つ幽波紋(スタンド)のように最愛の者の存在を、
逆水平に指を構えたその高潔な姿を強く感じながら、シャナは乾坤一擲の一撃を
渾心の力を込めて全力で撃ち放った。
 駆け声と共に音速で刳り出された抜刀斬撃術の、
その紅蓮の真空波が瞬時に具現化して焔の烈刃と化し、
贄殿遮那の刀身から唸りを上げて途轍もない存在の猛威となって飛び出し、
標的に、紅世の王”狩人”フリアグネに向けて縛鎖を引き千切った魔獣のように
襲いかかる。
「何ィッッ!?」
 前方の燐子6体を瞬断した紅蓮の焔刃に、フリアグネは咄嗟に長衣を前に突き出し、
その三日月状の紅蓮の烈刃を真正面から受け止めた。
 奇怪な紋章と紋字の浮かび上がった、白い円球ドーム状の防御障壁が
瞬く間の無くフリアグネの前に出現している。
 しかし。 
 その三日月状に音速発射された紅蓮の討刃が放つ衝撃の余波である、
紅い放射状の閃光により射程距離外の燐子達が側部から、そして背後から、
否、ありとあらゆる角度から撃ち抜かれまとめて爆散する。
 更に、炎の攻撃に対してはありとあらゆるモノに対抗出来る筈の
絶対防御の「宝具」”アズュール”ですらもその紅蓮の討刃の突進を押し止めただけで
その「本体」の消滅させる事は出来なかった。
「効果」は確実に出ている筈だった。
 フリアグネの前方で紅蓮の烈刃は巨大な岩石に圧し当てられた鎖鋸(チェーン・ソー)
のように、けたたましい摩擦音と狂暴な火花を夥しく散らして、徐々にその先端から
刃全体の絶対量を減らして来ている。


だが。
 しかし。
 討刃自体があまりに巨大過ぎるのと、その磨耗の速度が致命的に遅かった。
 そう。
 遅過ぎた。
 そし、て。
 ピシィッ、
 火除けの指輪”アズュール”のその魔力の核(コア)である紺碧の
宝玉が官能的とも言える澄んだ音を立てて砕け散り。
 ピキィィィィィィィィ。
 煌めく貴石の破片が空間へと散華する。
「ア、アズュールがッッ!? バ、 」
 フリアグネの驚愕の声とほぼ同時に白炎の防御障壁は音もなく霧散して立ち消え、
代わりに火除けの結界が消えた瞬間それまでその位相空間に滞っていた破壊衝撃波が
全部まとめて前方へと弾き飛ばされ、シャナの放った紅蓮の討刃を爆発的に
後押ししてフリアグネの胴体を音よりも疾く斬り飛ばす。
「バ……カ……な……!」
 同時にその切断面を起点にして紅蓮の炎が燃え上がり、
二つに別れたフリアグネの上半身と下半身を刹那に覆い込んだ。
 更にその紅蓮の討刃はフリアグネの背後にあった給水塔の土台のコンクリートに
叩き込まれて抉り込まれ、コンクリート内部で爆破、粉砕、融解を繰り返しながら
最終的には激しく爆裂する。 
 瞬時に土台全体に夥しい数の亀裂が刻み込まれ、その前方の瓦礫の大地の上に
二つに別れて燃え上がりながら横たわる純白の貴公子の上に倒壊を始めた
残骸が嵐のように降り注ぐ。
 まるで、墓標のように、破滅の墓碑銘をそこに刻む。


ズンッッッッ!!!!
 そして給水塔本体が積み上がる残骸の最上部に突き刺さり、
その事を確認したシャナは
「私達二人は最強よ!! 絶対誰にも負けないッッ!! 」
手にした紅蓮渦巻く大太刀を勢いよく足下の瓦礫の上に突き立て、
黒衣を先鋭に揺らしながら再び右手を逆水平に構えて
目の前の破滅の墓標を鋭く指差した。
 そのシャナの燃え上がる紅蓮の双眸に、無限の精神の輝きが生み出す黄金の光が宿る。
 熱く。激しく。閃光のように。 
 何よりも気高く、少女の歩み出した「運命」の道を照らしていた。



←TO BE CONTENUED……



次回予告。
 遂に、決着を迎える紅世の王”狩人”フリアグネとの死闘。
 その白き波濤の果てに彼らは果たして何を視るのか?
 承太郎は。
 シャナは。
 花京院は。
 そして。
『DIO』は。

次回
連載コラボSS
ジョジョの奇妙な冒険×灼眼のシャナ

STARDUSTφFLAMEHAZE*

第一部最終回
【CHAPTER#18 戦慄の暗殺者FINAL ~LAST IMPRESSION ~ 】
ご期待下さい……!

””オラオラオラオラオラオラオラオラオラァァーーーーーーーッッッッ!!!!”””

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最終更新:2007年09月23日 23:22