「エメラルド・スプラッシュッッ!!」
 白い封絶の放つ光に幻想的に照らし出された廊下に響く、
清廉なる美男子の声。
 その声の主、花京院 典明の「幽波紋(スタンド)」
『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』の両の掌中から滔々と流れ落ちた
高密度の緑色の液体が瞬時に畝って集束し輝く無数の翡翠の結晶へと変貌し、
そしてスタンドの手から発せられる眩い輝きを以て一斉に弾ける。
 無より生み出された輝く翡翠の魔連弾は、即座に空間を隈無く疾走し
彼に向かって襲いかかってきていた巨大な武装燐子達の全身に隈無く突き刺さって
爆散させ瞬く間に貫殺する。
 白い封絶に覆われた因果孤立空間。
 学園中央部に設置された時計台の針が静止した世界。
 まるで全ての時間が止まってしまったかのような無音の静寂。
 その中で、細身の身体に狂いなくフィットした
バレルコートのような学生服にその身を包み、
黄楊の油で綺麗に磨かれた淡い茶色の髪を揺らす中性的な風貌の美男子と、
異形の怪物達の死闘が絶え間なく繰り広げられていた。
「先刻の大爆発。どうやら戦局に大きな動きが在ったようだ。だがッ!」
 ギャギィィィィ!!
 華麗な体術で横っ飛びに中空を舞った花京院の、その1秒前までいた場所に
機能性を欠いた大仰な造りの無数の武器、剣や槍や斧などが突き立てられ
リノリウムの床を打砕する。
「この人形達、そしてこの特殊空間を生み出す能力、”封絶”が
解除されてない処を見るとまだ決着はついてないようだな」
 側方に一回転し、手をついて着地して冷静に状況を分析するその花京院の傍らで、
スタンド、ハイエロファント・グリーンが流法『エメラルド・スプラッシュ』を
すかさず高速連続発射し、前方の巨大燐子3体を爆砕、存在の闇へと葬り去る。


リノリウムの床の上に舞い散る白い火花が消えると同時に訪れる沈黙。
 次の刹那。 
 花京院の、その中性的な美貌が切なげに翳った。
「空条……君は……無事なのか……?」
 脳裏に浮かべた、その神聖なる白金の幽波紋光で覆われた勇猛且つ高潔な姿。
 そこへ。
(!?)
 何故か、一人の可憐な少女の姿が重なる。
 真紅の瞳。
 真紅の髪。
 小柄な躰に纏ったまるでマントのような黒寂びたコート。
 その少女は、その彼の傍らで片目をこちらにベェッとやる挑発的な仕草で
花京院に向けて笑みを向けていた。
 想像の中とはいえ完全に勝ち誇った表情で。
(!!)
 その事に何故か無性にカチンッときた花京院は怒りで一瞬思考が止まるが、
しかしすぐに己を自制して落ち着きを取り戻す。
 体温の上昇による発汗作用により、彼が愛用しているライムオイルを基調(ベース)に
した爽やかな香りのフレグランスが一際強く空間に靡いた。
「あと、一応、マジシャンズ、も」
(シャナ、だっけ?)と頭の中で付け加え、額に少々青筋を浮かべ、
若干苛立った口調で花京院は呟いた。
 まぁ幼いとはいえ戦場で女性を蔑ろにした自分に非が無いわけでもない。
 無意識に湧き起こる苛立ち故にあまり納得は出来ないが。
 そんな、彼の気の休まる暇もなくいきなり調理室と美術室、その両開きのドアが一斉に開き、
その中から再び大小形態様々、フィギュアとマネキンとマスコットの武装燐子達が
大挙して花京院に押し寄せる。


「クッ!まだこんなに数が!これじゃあキリがない!」
 一階部分の敵はこれで最後だと想いたいが、先刻からロクにインターバルもなしで
流法(モード)を連続して撃ち放っているので、己のスタンドパワーの残量は
そろそろ半分を切る。
 故にペース配分の事も考えなければならない。
 そんな押し迫った状況の花京院とは裏腹に、武装燐子達は件の如くガラス玉の瞳と
耳まで裂けた口とで、まるで血に飢えた獣のような表情で花京院を見据えていた。
 この動く人形達”燐子”は「存在の力」という人間の生命エネルギーに酷似した
力で動き、さらにソレのみを喰らう能力が在るとかつてDIOの豪奢な館の書庫で
フリアグネから聞いた事がある。
 そして今、この特殊空間の中で仮死状態のように静止している他の生徒達や教師達を
無視して自分のみを標的に絞って追撃をしかけてきているのは、
停止している生徒達よりも、その中で生き生きと動き回っている自分の方が
美味そうに見えるのからなのか?それとも或いは”動く者を優先的に攻撃しろ”と
遠隔自動操作されているからなのかもしれない。
 物質の遠隔操作能力は自分の最も得意とする処。
 自分が出来るなら、フリアグネにも出来る。
 自分と同じ領域に、フリアグネもいる。
 まるで合わせ鏡の如く、自分と酷似したその存在。
 だから。
 互い、に。
「クッ!!」
 花京院は唐突に脳裏に浮かんだ、華麗な花々の香気にその身を包まれた
耽美的美貌の貴公子の姿を精神の力で無理矢理消し飛ばした。


(このボクとしたことが……こんなときに……うかつな……!)
 両目をきつく閉じ、一度強く頭を左右にふってから、
花京院はそのままその脇にあった開いた窓からスタンド、
ハイエロファント・グリーンの右腕を細い螺旋の紐状に変化させ、
射程距離の延びたスタンドの触手をまるで登山用の
ザイルのように三階に向けて伸長させて投擲し、その窓枠括りつける。
 元々他の生き物やスタンドへの潜行、寄生を目的に生み出した能力なので
その巻き絡める力は細い見た目に反して強力だ。
 そのままの体勢で触手をクレーンのように巻き戻してスタンドと共に
その本体である花京院の身体は、スタンド法則の影響で素早く上階へと昇っていく。
 みるみる内に眼下で縮小されていく数十体の燐子の大群に、
「どうした!?このボクを喰らいたいンだろう!!
だったら早くこの上まで追ってこい!!」
血気押し迫った声でそう叫びその静謐なライトアンバーの瞳で燐子達を見下ろす。
 燐子達は一度戸惑ったように互いに顔を見合わせ、その位置を元に戻すと
無機質なガラス玉の瞳に白い小炎が宿りそれが次の行動命令の発動の合図なのか
上階に逃げた花京院を追ってその背後に有った階段に大挙して押し寄せた。
 全身にかかる重力の魔をその肌に感じながら花京院は、
(これで、少しは時間が稼げる。その間になんとかヤツらを
一網打尽にする手を考えなければ。出来れば、 ”エメラルド・スプラッシュ”
一発で「全滅」出来るような手を)
これから撃つべき戦術を脳裏で構成する為に、
その長い能力の修練で培われたスタンド操作の集中力を引き絞り始める。 
 その彼の眼前に、予期せぬ光景がいきなり飛び込んできた。


(ッッ!!??)
 スタンドを使った上空移動途中。
 視界に入った2階の惨状。
 時間的にはほんの数秒だったが、2階に存在するありとあらゆるモノが破壊されていた。
 少なくとも花京院の瞳にはそう見えた。
 蛍光灯が割れ、リノリウムの床の表面が剥がれ、壁が抉れ、
全ての教室のプレートが砕けていた。
 そして、その周囲にもれなく数多の白い炎が類焼している。
 まるで爆弾テロにでもあったかのようなその壊滅的な惨状。
 問題なのはその惨状事態ではない。
 その「状況」だ。
「誰が」そこにいたかだ。 
 花京院の鼓動がうるさいくらいに早鐘を撃つ。
 その背筋に冷たい雫の伝う戦慄が走る。
「彼」は、そのとき、2階、に。
「く、」
 震える花京院の口唇から、
「空条オオオオオオオオオオオオォォォォォォォッッ!!!!」
自分でも予期しない程の絶叫が飛び出した。
 しかし、当然の事ながら「彼」の返事は返って来ず、
自分の望みに反して非情にも花京院は目的地である3階に到着する。
「空……条……」
 半ば放心状態に近い状態でその淡く潤った花京院の口唇から、
普段の清廉な彼の雰囲気からは想像も出来ない程弱々しい呟きが漏れる。
 そして。 
 すぐにもその身を翻して二階の窓から飛び込みたいという欲求が耐え難く
心の底から沸き上がってきた。
 が、しかし、その強烈な感情を花京院は己の全精神力を総動員させて
なんとか抑えつけた。
 そして、爪が皮膚を突き破る程強く拳を握りしめ己がいま果たすべき
事を再確認し強い決意と覚悟と共に彼のいる筈の場所に背を向ける。


口内もきつく食いしばったのか、その口唇の端からも血が細く伝っていた。
(任せてくれ……空条!約束、したよな……?
今度はボクが君を助ける番だと。
『君がボクにそうしてくれたように』
例え、何が在っても絶対にッ!)
 彼は、自分に他の生徒達の安全を託した。
 自分を ”信頼” して託してくれた。
 だから。
 加勢になどは行かない。
 否、行けない。
『そんな事をしても彼は決して喜ばない筈だから』
 自分に出来る事は、ただ一つ。
 信じる事だけだ。
『彼が、自分にそうしてくれたように』
 だから、自分も、彼を ”信頼” する。
 彼の頭脳を。
 彼の能力を。
 そして、何よりも。
 彼の、その高潔なる「勇気」を。
 こんな事で、自分を倒した彼がやられる筈はない。
 遠く離れているのにまるですぐ傍にいるかのような、
そんな不思議で奇妙な感覚を花京院はその細身の身体に静かに感じながら
決意に充ちた瞳で顔を上げた。
 その視線の先。 
 3階の惨状。
 否、「状態」だった。
 そこは。
『なんともなっていなかった』


「どういう、こと、だ?」
 珊に足をかけ窓の縁に手で掴まったまま花京院が見下ろした3階の風景は、
白い幻想的な光に覆われていることを除けば平穏そのもの。
 まるで黄昏時の放課後のように、沈黙と静寂とで包まれていた。
 それが2階の惨状と反比例して余計に不気味さを増大させる。
 優れたスタンド使いである花京院だけが感じ取る事が出来る、一抹の異和感と共に。
「一体、どういう事だ?2階はアノ惨状だったのに、
『何故3階はなんともなっていないんだ?』」
”狩人”の余裕?
 絶対に有り得ない。
 あの純白の貴公子は、そのやや軽薄そうな見た目と甘い風貌とは対照的に、
度が過ぎるほどの完全主義者。
 水も漏らさぬ完璧な戦略と、一片の解れも存在しない緻密な戦術で
今まで歴戦の強者達を闇に葬ってきた正に至宝の暗殺者だ。
 その彼が最後の砦ともいうべきこの「場所」を無策のままで放置する事など
有り得る筈がない。
 ならば。
 どうする?
 もし、自分だったら。
 どうする?
(もし、彼にも、 ”アレ” が出来るのだとしたら……)
 花京院は静かにスタンドの右腕を紐状に変化させ窓枠の下にタラリと揺らし、
その射程距離が通常の3倍以上に引き延ばされた拳を一度振り子のように
大きく揺らし素早い手捌きで封絶に煌めくリノリウムの廊下に高速で撃ち込んだ。


 ズガァッッ!!
 砕けて空間に飛散するリノリウムの青い破片。
 その刹那。
(!!)
 突如、そのスタンドの拳の着弾箇所に奇怪な紋章が刻まれた
小型の純白の方円陣が浮かび上がった。
 そしてその円陣内部から夥しい数の人形の白い手が犇めき合って蠢き合い、
何もない空間を無造作に何度も何度も掴み合う。
「やはりッ!結界(トラップ)かッッ!」
 驚愕の事態。
 通常はその防衛本能故、反射的に背後に飛び去る処。
 しかし。
 花京院は。
 逆に。
 前方に向けて大きく跳躍し、本体と同化させたスタンドの足で着地、
そのまま鋭く床を蹴って全力で疾走(はし)った!
 次々に3階の廊下の上に奇怪な紋章が刻まれた白炎の方円陣が浮かび上がり、
その内から再び漏れなくおぞましき人形の腕が飛び出してくる。
 やがて、その手に標的が触れない事が解ると、白い方円陣の内部から
先刻同様大仰な武器を携えた大小性別種々様々な人形が次々に
現れ、花京院に向かって大集団で襲いかかってきた。
(やはり、いつもの言葉通り勝利の方程式は万全というワケか。
ボクが無防備にあのまま床の上に飛び降りていたら、
おそらくアノ「結界」の内部にある特殊空間に引きずり込まれていた筈だ。
もし空条かマジシャンズだったのならこの圧倒的数量の前に
相当自力を削られていた事だろう。彼らの能力は「近距離パワー型」
ソレ故に対複数戦には不向きな能力だ)
 疾走しながらも花京院の集中力は極限まで研ぎ澄まされ、瞬時に状況を分析、
把握、そしてその対応策を紡ぎ出す。



(流石に「炎の暗殺者」の名は伊達ではない。
十重二十重で構築された完璧な戦略。戦う前から既に勝利が確定している。
特に空条は他の生徒達が人質に取られているも同然の状況の中、
例え殺されても逃げ出す選択だけは絶対にしないからその効果は絶大だ)
 後方を仰ぎ見ると、廊下で犇めくその人形の数は目測で約60体以上。
 始末し損ねた一階の人形達の数も合わせればその全体数は軽く100体を超える筈だ。
 しかし、そのような窮地にあっても、花京院はその平静な美貌を崩さない。
(だが、そのような完璧な戦略は、ボクのような”異分子”の存在の前には往々にして
その脆さを晒け出すモノ。ソレが解っていた、か?フリアグネ?)
 そう心の中で静謐に呟く花京院の琥珀色の瞳には、
スタンドの放つエメラルドの燐光をも上回る気高き光で満ち溢れていた。
(此処は ”敢えて” 一点外しておくべきだったな?そうすればこのボクを
疑心暗鬼に陥らせこの階に足止めする事も出来た。
この事は確実に君に不利に働くぞ? ”狩人” )
 花京院はその口唇にアルカイックな微笑を浮かべ、穏やかな視線で燐子達を見る。
 疾走したその先。
 3階東棟の突き当たり。
 そこに設置された窓枠の外に、花京院はすぐさまに紐状に延ばした
スタンドの触手を窓の外に打ち放ち、自分も同時に外部にその身を投げる。
 そして、その背後で突き当たりの窓枠と壁とをブチ破って次々と
大地に落下しながら自分を追ってきた燐子達を空中で一瞥すると、
花京院は再度紐状になったスタンドの触手を旧校舎と新校舎とを
繋ぐ電線に巻き絡め勢いよく一回転して落下エネルギーを相殺する。
 そして素早く触手を電線から振り解いてその細身の身体を廻転させながら
空中を飛翔し、周囲の空気を巻き込みながら渡り廊下に設置された床板を
踏み割って着地。
 そのまま踏み切りのエネルギーを殺さずに目当ての『場所』へと
前方回転で受け身を執りながら転がり込む。


後は。
『この場所がこの時間に使われていない事を祈るのみ』
 ゆっくりと視界を上げた先。
 柱の無い開けた空間。
 フローリング材の上にワックス剤が塗装された滑らかな質感の床。
 花京院のその女性のように中性的な口唇に勝利の微笑が浮かぶ。
『賭けには、勝った!』
 そう心の中で快哉を叫んだ瞬間、正面と両脇に設置された体育館の出入り口残りの
4つが破壊音を伴ってほぼ同時に開く。
 その破壊された箇所からグラウンドを覗く事の出来る開けた空洞からの先から、
100体以上の武装燐子の大軍が多種雑多な足音を立てながら蠢き
ゆっくりと中に入ってきた。
 その耳まで裂けた口で、それぞれこれから始まる清廉なる存在の蹂躙への
悦楽の期待に、それぞれ下卑た笑みを零しながら。
 その、無数の存在の巨大なプレッシャーが塊となって花京院に差し迫ってくる。
 そのおぞましき人形の大軍に向かい、花京院は微塵も気圧される事もなく
その勇壮な視線を燐子達に返した。
「……お前達……?まさか……このボクを追い詰めたと想っているのか……?
逃げ惑い袋小路に閉じこめられたか弱き兎、だと……?」
 言葉の終わりと同時に花京院は敏捷な手捌きで左腕を真横に鋭く薙ぎ払い、
「ソレは違うッッ!!『お前達の方がこのボクに誘き寄せられたんだ!!』
我が最大流法(モード)が『最強の効果を発揮するこの場所になッッ!!』」
覇気に充ちた声で叫んだ。
「KYYYYYYYYYYY!!」
 その花京院の頭上から、一匹の猿のような小型の燐子がいつのまに忍び込んだのか
まるで網の目のように張り巡られた天井の鉄骨の上から飛び降り研ぎ澄まされた
ナイフを両手で彼の白く細い首筋に振り下ろしてきた。



グァッッッッッギャンンンンッッ!!



 しかし。
 その白刃が花京院の白い首筋に突き立つ前に、
刃自体がバラバラになって砕け散りさらに
「GYYYYYYYYYYッッ!!」
ついでその燐子もナイフ同様に粉砕される。
 花京院は足下に薄白い火花を放ちながら転がる無数の機械部品を
冷静な瞳で見つめながら、
「フッ、愚かな。 『今のこのボクに』 攻撃をしかけるとは。
それとも、 『あまりにも疾過ぎて目に見えなかったのか?』 」
静かな声でそう告げた。
 巨大な包囲網を組んだ武装燐子達の、その中心部。
 花京院とその前方に位置する局部に白いプロテクターが嵌め込まれた
異星人のようなフォルムのスタンド、ハイエロファント・グリーン。
 その二人の周囲を微か、本当に微かだが、エメラルドの結晶原石のような
微かな燐光がチカチカと数秒毎に煌めいていた。
 そして。
 その光の正体が静かに花京院自身の口唇から語られる。
「 ”サークリング・エメラルド・スプラッシュ(C・E・S)”
結晶化させた幽波紋光(スタンドパワー)を精神の力で遠隔操作し、
己の周囲円環状に集束、高速廻転させる。ソレは鉄壁の防御陣。
ボクとハイエロファント・グリーンを攻撃しようとすればお前達自身が
傷つく道理。正に攻防一体の”結界”だ」
 そう花京院が己の能力を語り続ける間、そのエメラルドグリーンの
発光感覚が徐々に狭まってきた。


 更にそのスタンドの光の強さも輝度を加速度的に増大させていく。
「そして!コレは!これから刳り出す我が最大流法(モード)の
”準備段階”にしか過ぎないッ!」
 やがて、その発光間隔が限りなくゼロに等しくなり、
花京院の周囲360°全体が激しく輝くエメラルドグリーンのスパークの
洪水で満たされる。
 スタンド操作の概念は、モノを扱う熟練度、
つまり原始的な経験則のソレに酷似している。
 故にその本体の精神力と技術力次第でどんなスタンドでもその潜在能力を
無限にまで引き出す事が可能なのだ。
 その法則一点にかけて、生まれついてのスタンド能力者。
 いわばスタンド操作のエキスパートである花京院 典明の右に出る者はいない。
 輝く翡翠の結晶が放つ光が花京院の全身を満たしていき、
やがてその姿は煌めきによって神聖なエメラルドのシルエットと化す。
 その中心部分でスタンド、ハイエロファント・グリーンが周囲を廻る
夥しい数の結晶弾を爆発的威力を以てに全方位に向けて一斉総射する為に、
その前に構えた両の掌中で爆裂系能力発動の為のスタンドパワーを集束し始める。
 そして花京院は、その長年の経験と技術によって研ぎ澄まされた
一切の無駄のない動作で、まるで拝火教徒が儀式の時に用いる印のような
形で結ばれた指先の左手を右肩口、そして右手を左脇腹の位置に置き、
厳粛に流法の構えを執る。
 そして、その構えと同時に聖法を司る幽波紋(スタンド)
『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』は
その爆発的パワーの余剰エネルギーでゆっくりと宙に浮き始める。
「ッッッッ!!!!!!!!!!!!!」
 その事態にようやく危機感を抱き始めたのか、或いはたった一つの存在が放つ
その巨大なプレッシャーに気圧されたのか、燐子の大軍の包囲網が徐々に後退し始める。
 しかしそれより速く花京院の声が空間に木霊した。


「気づいた時にはもう遅いッッ!!異界の ”狩人” の下僕共ッッ!!
己が欲望の為だけに罪無き人々を無惨に喰い散らかし!
後に残された者達を絶望の淵に叩き落としたその赦し難き数多の「罪」ッッ!!
己が「死」を以て今こそ全霊で償えッッ!!」
 まるで空間を揺るがすかのような反響で体育館全域に轟く花京院の断罪の叫び。
「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!」
 花京院の叫びと同時にハイエロファント・グリーンの
平行に構えた両腕の掌中に集束したエメラルドのスタンドパワーが、
爆発的にエネルギーを円周上に放出する為うねるように凝縮し始める。
  そして、その足下が花京院の視線の位置と重なった時、
その両腕を鋭く高速で左右に押し広げた。 
 そして。
 閃光を伴い爆発的威力で放射状に弾けるエメラルドのスタンドパワーと共に
射出される結晶爆裂弾とほぼ同時に花京院の口唇から紡ぎ出される流法の深名。
 それは。
 哀別の言葉。
 生まれて初めて出来た、異世界の友に対する最後の餞。
 聖光寂寞。覇翔の浄裁。
 聖法の流法(モード)。
『エメラルド・エクスプロージョンッッッッ(E×E)!!!!』
流法者名-花京院 典明
破壊力-A(結晶廻転により無限に増大) スピード-A(結晶廻転により無限に増大)
射程距離-A(結晶廻転により無限に増大)持続力-A
精密動作性-A 成長性-A(結晶廻転により無限に増大)



 ヴァッッッッッギャアアアアアアアアアアアァァァァッッッッッ!!!!!



 超高速回転運動により爆発的な威力となって爆裂射出された
莫大な数量のエメラルド光弾の嵐。
 そして、空間に満ち溢れるエメラルドグリーンの幽波紋光(スタンドパワー)の洪水。
 その中心部、荒れ狂う翡翠結晶弾の爆心源。
 強力な紅世の王、 ”狩人” フリアグネが評する処の流麗なる法皇の翡翠。
 花京院 典明が操る幽波紋(スタンド)『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』
 その必殺の流法(モード)。
 次々と、それこそ無限を想わせる破壊力と回転力で武装燐子の大軍に
音速掃射されるエメラルドの結晶爆裂散廻弾。
 精神の力によって次々に創り出される結晶の大きさはほぼ均等に揃っているが、
その翡翠の表面の精巧なカットが微細に違っているので爆裂廻転射出の際に
弾道に微妙な変化が起こり、ソレが結果として周囲の敵全てに微塵の隙もなく
弾丸の嵐が降り注ぐ。
『GAAAAGYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYッッッッッ!!!!!』
 その周囲で木霊する、100体を超える燐子達の、阿鼻叫喚の地獄絵図。
 その結晶のたった一つが当たっただけで、
その体積十倍以上の人形右上半身を削り飛ばす。
 その結晶のたった一部が掠っただけで、
腕が頑丈な内部のスチール骨格ごと千切れ飛ぶ。
 血の代わりに周囲に撒き散る白い炎の飛沫と流法の放つ輝きで
満たされたその空間は、その壮麗なる外環とは裏腹に、その内環は聖光の冥府。
 そして、いつまでも止むことなく、まるで『複式回転機関砲(リヴォルヴァー・カノン)』のように
間断なく射出される凄まじい数量の廻転翡翠魔煉弾。
 その直線軌道と、さらに頭上に張り巡らされた鉄骨とその両サイドに設置された
スチール製の白い格子に弾き返って「跳弾」と化した結晶弾に加えて後続射出された
ソレにも弾き返って跳弾が跳弾を呼び、反射弾幕の嵐に巻き込まれた
燐子の大軍はその身体のありとあらゆる部分をありとあらゆる角度から
蜂の巣にされ、次々に爆散、或いは、散滅する。


そんな煌めくエメラルドの暴風圏内の中でも、夥しい数の輝く翡翠の結晶弾は
その流法行使者である花京院とスタンド、ハイエロファント・グリーンにだけは
微塵も掠りもせず全てその脇を除けて通る。
 遙かな太古。
 幾千の矢の豪雨の中にその身を晒しても、掠り傷一つすら負わなかったという
軍神アレキサンダーのように。
 そこまで。
『弾き返る結晶跳弾の角度まで計算して花京院は流法を放ったのだ』
 防御と攻撃力上昇を兼ねての流法(モード)から最大流法(モード)へと
瞬時に移項する正にその名の如く流れる清流ように完璧な
『幽波紋連携技(スタンド・コンビーネーション)』
 全ては、スタンドの遠隔操作能力にかけて他の追随を赦さない
花京院 典明の極限の才能によるモノ。
 やがて、全ての燐子が聖光の冥府に完全に呑みこまれ、その無惨な残骸が
大量の白い火花と共に体育館全域に散乱し、更に夥しい数の結晶爆裂弾連続射出の
の結果として巨大な無数の弾痕である空洞が開け廃墟と化した体育館の中心部。
 その細身の身体を左斜めに傾け、せめてもの情けか
燐子達の断末魔の姿からその視線を背けた美男子の姿が、
流法(モード)の発動の余韻である後屈立ちの構えで
両手を両足を八の字に開いた体勢でそのエメラルドのシルエットから
ゆっくりと浮かびあがる。
 開いた無数の弾痕から流れてきた渇いた風が、
花京院のその豊かで嫋やかな質感を持つ淡い茶色の頭髪を静かに揺らした。
 その、無数の燐子達の死骸の中で。
 「彼」の使役する存在の躯の中で。
 花京院は静かに己の決意を心の中で「友」に告げる。
(フリアグネ……ボクは……君とは一緒に行けない……彼と共に……
DIOを倒さなければならないから……もう……そう決めたから……)
 脳裏に、かつて一時、戯れに想い描いた映像(ヴィジョン)が浮かぶ。


 DIOの館の瀟洒なヴァルコニー。
 風に揺れるシルクのカーテン。
(だから……)
 麗らかな太陽の光と海から吹き抜ける緩やかな風とが絡み合った清浄な大気。
 その輝く太陽の下で。
 吹き抜ける海風の中で。
 彼、 ”狩人” フリアグネと、その従者 ”燐子” マリアンヌと共に
語らい合っている自分の姿が。
 その時の自分は、果たして、微笑っていたのだろうか?
 きっと、微笑っていたのだと想う。
 全ては、泡沫の夢。
 消え去る寸前の、存在の飛沫。
 今はもう。
 あまりにも遠くなってしまった、存在の幻想なのだから。
 花京院はその琥珀色の瞳を静かに閉じ、まるで哀悼を捧げるように
心の中の彼に呟いた。
(でも……君の気持ちは……嬉しかった……それだけは……嘘じゃない……)
 体育館全域を封絶の放つ白い光が満ち、渇いた風が、あらゆる方向から吹き抜け
花京院の髪を揺らし、その身体を撫で、制服の裾を靡かせる。
 まるで、運命の存在が彼を労るかのように。
 凍った存在の結晶を、そっと融かし出すかのように。
 その運命の交叉路の中心で。
 その輝く白銀の旋風(かぜ)の中で。
 花京院は。
「Au revoir(オ・ルヴォワール)……
悠麗なる紅世の白炎……
”狩人”……フリアグネ……」
 おそらくは、彼の故郷であろう国の言葉を使い、静かに別れの言葉を告げた。


 その、花京院の脳裏で、その耽美的な口唇に微笑を浮かべる幻想世界の住人の姿が甦る。
 その、純白の長衣をその身に纏った幻想の貴公子は、花京院の心の中で
たおやかに微笑んでいた。
 手にした肌色フェルトの人形、マリアンヌと共に。
 いつまでも。
 いつまでも。


←PAUSEッッ!!

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最終更新:2007年10月29日 23:37