前回のあらすじ
シャナは体育教師をぶっ飛ばした
承太郎も参加しちゃった
二人は停学になった
ジャンプSQ創刊した
その後について少し。
あれだけの暴力沙汰を起こしながら、
シャナと承太郎の処分については停学一週間という激アマな結果となった。
理由はこの件で例の教師の横暴が明らかになっただけではなく、
実は以前から彼は生徒にセクハラ行為を働き、
中には明らかに犯罪行為とも言えるものもあったことが判明したり、
高校自体が空条家の多大な寄付を受けていた関係もあったり(ホリィさんがなんか勘違いして送っちゃったものらしい)
そう言ったもろもろの事情が重なっての結果だった。
要するに学校側は面倒なのでうやむやにしたいという思惑だったわけだが、
二人にとってはどうでもいいことだった。
ちなみに体育教師は全治一ヶ月のち解雇となったそうである(本人の希望だそうで)
そして変化はクラス内でも起こった。
停学から復帰した後の話だが、今回の一件より近づきがたい不良扱いだった(実際そうだった)
二人は『普段は恐いけどいざというときは頼りになる兄貴(と姉貴?)』
と言ったような用心棒というか番長のポジションに認識された。
元々一部女子にカルト的人気であった承太郎は、この事件を機にさらにファンを増やす結果になった。
ちなみに元からファンだった自称承太郎親衛隊の生徒たちと
新参の彼女らに言わせるとミーハーファンの間で妙な抗争が勃発し、承太郎の悩みを増やした。
シャナのほうは男女ともに主にクラス内で以前より気さくに話しかけられるようになった。
シャナの態度は以前のままそっけないものだったが、クラスメイト達、
特に女子は慣れたようでお構いなしに話したり髪をとかせてもらったりしていた。
ちなみに女生徒の一人にそのそっけない反応を『承太郎さんみたい』と言われ一日中不機嫌だったときがあったとか。
「やれやれ、ま、停学なんざいつものことだが……
むしろフリアグネの調査に時間を裂けてラッキーといったところか……なあシャナ」
「なによその含みのある言い方。……そうね、どうせ今回の件がすんだら他に行くわけだし、
あんたはともかく私にはどうでもいいことだけど」
「……そうか。ま、別にいいけどよ」
承太郎たちはテキパキと支度を終え、教室を後にしようとした。
時間は丁度昼休みだが自宅へ待機するよう命令がでたので仕方ない。
「あ、あの……じょ、承太郎……くん」
蚊の鳴くような微かで弱弱しい声だったが、自分の名が呼ばれたので承太郎は振り向いた。
一人の少女が立っていた。まるで立っていることさえ不安定のような、
気弱そうだが素直で優しそうな出で立ちだった。
緊張しているのか頬を染めて、うつむきながらもなんとか上目で承太郎の顔を見ようとしていた。
本人は意識していないつもりだろうが、
その姿はそこらへんの男を落とすには十分すぎるほどのグッとくる仕草であった。
そんな姿は常時生命エネルギーを振りまいているシャナとは真逆の存在のように見えた。
「どうした?」
「えっ……あっあの、その……」
少女はしどろもどろになりながらもなんとか声を出そうとしていた。
承太郎はそれを急かすこともなくただ少女を見据えて答えるのを待っていた。
「さ、さっきは……その、助けてくれて、ありがとう……体育で、倒れ掛かったとき……」
最初は記憶になかった承太郎だが、少女の言葉を参考に記憶を反芻して、例の体育授業の際、
教師に無理やり走らされた挙句倒れ掛かった少女だと思い出した。
クラス内の女子であったが、いつも教室の隅で本を読んでいるおとなしい印象の娘であった。
「……あのときのか。確か……」
「よ、吉田です。吉田一美……です」
「ああ、悪い。最近どうも記憶力が悪くてな。吉田……調子はもういいのか?」
「あっ……はい、ちょっと貧血起こしただけなので、もう大丈夫です……」
「そうか」
互いにあまり会話が得意ではないためだろうか。何人もの天使が通り過ぎたであろう空白ができる。
「あ、あの……あ、ありがとう……た、た、助けて……くれて」
恐らくそれが一番言いたかったのだろう。まるで壊れてしまうのではないかと言うほど顔を真っ赤に染め、
それでもなんとか感謝の言葉を搾り出した。
そういった後吉田はしばらく承太郎の顔を見ることが出来なかったが、覚悟を決めて顔を上げた。
承太郎の表情はいつもと同じ感情をよみづらい表情であったが、不思議と以前吉田が抱いていたような
冷たく恐い印象は薄らいでいた。
初めて真正面から承太郎と向き合った(吉田さんとしてはそのつもり)だったからかもしれない。
「いや、礼にはおよばねえぜ……むしろ言うなら、こいつに言いいな」
承太郎は珍しく口元を少し上げると、後ろで立ったままことが過ぎるのをまっていたシャナに親指で指した。
突然自分に話題が振られたのでシャナはあわてた。
「ちょ、ちょっと、なんで私が! 私は別に……」
「ありがとう平井ちゃん。平井ちゃん、最近恐いと思ってたけど……やっぱり優しいね。
今度一緒にご飯食べよ」
吉田はシャナへと向くと、承太郎のときとは違いリラックスしたような様子で言った。
その柔和で穏やかな様子が吉田の本当の姿のようだった。
シャナのほうは、そういえば平井ゆかりはこの吉田という女生徒と幼馴染だったと
言うことになってたっけ、といったことを考えていたりした。
しかしその一方で、これまで係わり合いを避けてきた一般の人たちから
感謝されるという今まで無かった体験をして、
シャナには自分にもよくわからない感情が生まれていることを感じた。
「別に、ただあの教師が憎たらしかったから倒しただけよ」
相変わらずつっけどんな態度に承太郎は「やれやれだぜ」とでも言う風に肩を落とした。
「な、なによその態度は。ほら、とっとといくわよ!」
シャナはあわてた様なイラついたような様子でさっさと教室を後にした。
少し遅れて、承太郎がゆっくり教室を出た。が、廊下に出た瞬間他クラスの積極的な女子達に囲まれ、
校門を後にするまでかなりの労力を要することとなった。
「なあ……あれってやっぱり……」
そんな一般男子高校生には羨ましいことこの上ない様子を教室から眺めながら、田中は言った。
「だよな。うーん……あんな完璧超人に彼女がいないわけがないと思っていたが、
まさかロリ趣味だったとは……盲点だったなあ」
「おい馬鹿! 聞かれてたら死ぬぞお前!」
「大丈夫だって。しかしあの承太郎君も丸くなったんじゃない?
思い出すなあ~あん時俺ら承太郎にケンカふっかけてさ……ッ!?」
へらっと笑っていた佐藤の顔が一変し、隠れるように顔を伏せた。
「おい、どうした」
「い、いや、ちょっと、一瞬目があったからさ……」
恐らく承太郎のことだろう。あれだけ平気な振りしておいてやっぱり変わってないらしい。
そんな佐藤の様子がおかしく、田中は快活に笑った。
「話しかけちゃった……初めて……」
一方吉田は、周りのことが入ってこれないぐらい、『承太郎にお礼を言う』という一代イベントの
緊張からの開放やただのミーハーと思われたのではという自己反省やらで一人いつまでも突っ立っていた。
「あの~吉田さん……」
「ひゃっ! あ……池くん。どうしたの……?」
「いや、今日あいつの見舞いに行く件でちょっと――」
「ところでよシャナ。フリアグネを探す暇は十分出来たが、今のところ策はあるのか?」
とりあえず自宅へ向かいながら、承太郎は聞いた。
「ないわ」
「ねーのかよ」
シャナはあっさり否定した。
「基本フレイムヘイズは徒が自分から動かない限りこっちで見つけることは出来ないの。
言わなかった? むこうが動けば居場所がわかる。私たちフレイムヘイズはそれを追って倒すっていうこと。
ま、今やるとしたらこの町をうろついて手がかりを探すぐらいね」
「ふん、ずいぶんと非効率的なこった。よくそれで今まで逃げられなかったもんだ」
「うるさいうるさい! 今までそれでやってきたからいいの」
そこまで言ってシャナはあることに気づいてあ、と間の抜けた声を出した。
「そう、手がかりと言えば、この町のトーチのことがあったわね」
「トーチ? ……それがどうかしたのか?」
シャナのかけた自在法がまだ持続しているのか、承太郎は今でもトーチを見ることが出来た。
今は見えないものの、登校の時小学生の集団のなかにまだ新しいトーチを灯した子供を見つけていた。
そしてその光景を目の当たりにするたび、己が理由のためだけに関係ない人々の存在を奪う徒たちへの
怒りが腹の奥から沸くのを感じていたのだった。
「多すぎるのよ、町の人口に対して。少なくとも食べるだけの目的なら、
こんなにトーチにする必要はないわ。明らかに以前からこの町に定住してたって感じ」
そこまで言うとシャナは少々挑戦的に承太郎に目をやる。
その視線は「言ってる意味わかる?」と言っていた。
「……喰うだけなら、ワザワザ住み着く必要はねーってことか。
これだけトーチが増えて違和感が増加すればお前らを呼び寄せてるようなもんだからな」
少し考えて、承太郎は答えた。
「……正解」
シャナはちぇ、と残念そうに、しかし内心は承太郎の理解力に関心しながらも言った。
アラストールが補足する。
「そうだ、彼らにとってフレイムヘイズは天敵。
よほどの戦闘狂でもない限り我々との接触は避けるのが普通だ。
我々も含め奴らは基本休むことなく世界を廻る。
人間と違い定住しなくとも十分生活できるほどの力があるからな。
逆に一定の場所に住み着けば、それだけ我々に見つかる可能性も広がる。今のようにな。
もっとも、よほど気に入ったのかある地域に隠れるように定住していた徒の話もあるらしいが……
それを今回の敵にあてはめるのはいささか的外れであろう」
「つまり、いちいちリスクを犯してまで住み着くってことは、他に理由があるってことか?」
「多分ね」
「そいつは何だ?」
「知らないわよ。わかんないからこうして手がかり探すことになるのよ
あいつらが出て行かない分、私たちはやりやすいけどね」
「……やれやれ」
結局、この日は一日中徒との遭遇や手がかりを探すという
どう見ても非効率的かつ低確率な行動をすることになったが、
他に手段があるわけでもないので承太郎は素直に従うこととなった。
学生服のまま町に繰り出そうとするシャナを『さすがにこの時間はまずい』と承太郎が止め、
一時帰宅の後探索へ繰り出すこととなった。
もっとも、黒いロングコートを着た黒髪の美少女と、
薄いグレーのロングコートに同色の帽子を着用した美青年のコンビは
春先の町にはえらく浮いていてむしろ学生服のほうが目立たないのでは? といったところだった。
「やれやれ、まさか本当に一日中歩くとはな。結局ムダ足だったしよ」
「うるさい。文句言うな」
まだ短い日も暮れて、危険な時間は過ぎたということで帰路につく二人だった。
相変わらずの喧嘩をしながら、二人は坂道を歩いていた。
お互い精神的に疲れてきたのか、会話は昼間よりさらにやっつけ気味になっていた。
ふと、承太郎が足を止めた。不審そうにシャナが聞く。
「なに止まってんの。置いてくわよ」
承太郎は答えなかった。
その視線をたどって坂道を見下ろせば、そこには昼間歩いた町が一望できた。
夜の町は人口の光で彩られていて、昼間より遥かに活気付いていた。
そのネオンに照らされる承太郎の背中は、見ため以上に年不相応な、
哀愁と力強い生命力が宿っていた。
「ちょっと、聞いてるの?ちょ……」
動かない承太郎に駆け寄り、その顔を覗き込んだシャナは不意に言葉を切った。
その男の眼差しが、あまりに深く、そして力強かったから。
シャナは思い返す。普通に考えて、紅世だとか徒だとかトーチだとかわけのわからないことに
巻き込まれたのにも関わらず、逃げることも怯えることもせず、それどころか人間のくせに(燐子とはいえ)徒を蹴散らすとんでもない男。
何にも属せず誰にも屈さないその姿はフレイムヘイズのそれと違わない。
その男の妙にいらだつ自信っぷりは、てっきり『スタンド』と呼ばれるあの奇妙な背後霊によるものとばかり思っていた。
拳銃を持って自身が強くなったと勘違いしてるヤクザ者のように。
しかし、シャナは思う。
多分この男は、仮に徒と戦う能力がなくとも、彼らに屈することはなかっただろう。
例え勝ち目のない絶望的戦力差をみせられても、僅かな勝機を求めて戦うだろう。
―――なんとなく、この男について知りたいと思った。
戦いの世界とは無縁なはずの場所で生きているはずのこの男は、一体どんな人生を送ってきたのだろう。
ひょっとしたら、自分の足跡と通じるものがあるかもしれない。
それはシャナにとって初めての感情だった。
が、その前に
「聞いてるの!? このっデカブツ!」
いい加減いらついてきたシャナは承太郎にミドルキックをお見舞いした。
油断していたのか承太郎は攻撃を受けたが、彼女にとってのミドルキックは承太郎にとってのローキックで、
上手い具合に太ももの裏に命中した。
「ぐあっ、てめーなにしやがる!」
「あんたがボケっとしてるから悪いのよ!」
「ザケんじゃあねーぞてめえ!」
「なによ、やる気?」
「上等じゃあねーか。いい加減てめーの甘ったりー声に嫌気が差したところだったぜ
昨日の続きといく――」
「あら、承太郎」
殺伐とした雰囲気のなかまるで場違いな、のほほんとした声が通った。
二人が振り向くと、そこには妙齢の女性が人畜無害な笑みを浮かべていた。
年齢はわかりづらいが、30代、もしかしたら20代後半かも知れない。
手には買い物袋を下げていたところを見ると、買い物帰りばったり出会ったようだ。
「なに、あんたの知り合い?」
承太郎は答えず、苦虫を噛み潰したような苦渋に満ちた表情をしていた。
状況がさっぱり理解できず、シャナは承太郎と女性を交互に見る。
そんなシャナに女性は気づいたらしい。
「あら、あらあらあらあら~~~~~~」
女性はシャナを見るなり子供が母の日にこっそり母の似顔絵を描いていたのを見つけたかのような、
少し意地の悪そうな、そして無邪気で純粋に嬉しそうな表情を浮かべた。
承太郎の方は反比例するように、今度は頭を抱えだした。
「ちょっと、この人あんたのなんなの? ねえ」
「ね、ね、あなた、名前なんていうの?」
女性はシャナに聞いた。本当に承太郎とは正反対の無邪気でこっちまでほっとしてしまうようなオーラを発していた。
「私……? シャ、じゃなかった、平井ゆかり」
何故自分の名前を聞くのか、その意味が理解できないがそれでもとりあえず仮の名を答えた。
「へぇー平井ちゃんっていうの。へええ~」
そういうと女性は意味ありげにちらっと承太郎に見やった。
――よくわからないが承太郎とこの女性は、親密な間柄らしい。
昼間の女生徒による異様な人気からして、『そういう関係』の女性だろうか、とシャナは思った。
「おいお袋。言っとくがこいつはあんたが考えてるような……」
「あーあーいいのよ承太郎。あなたが選んだ人ならいい女の子に決まってるもの。
でもママ嬉しいわぁ~。もう夢みたい。ウフフフ」
(お袋、って確か母親のことだっけ。あ、そうか、この人はこのデカブツの母親か。なるほど)
やっと二人の関係がわかってシャナはひとまず安堵した。
それ以外の感情も僅かにあったようにもみえたがそれは本人も含め誰も気がつかなかった。
わからないことは早いうちにハッキリしておかないと気がすまない性分なのだ。
そしてコンマ一秒後、そのとんでもない事実をもう一度反芻して、
「ってええええええええええええッ!!!!!」
シャナは今まで出会ったどんな強大な徒と対峙したときよりも、
どんな不思議な現象に巻き込まれたときよりも大きな、驚愕の声を上げた。
「なんで、こーなってんの?」
「俺は知らん」
「我も知らん」
十分後、空条家にて。
皇居のようにやたら広いわりには意外と質素なキッチンのテーブルに、二人は仲良く座らされていた。
目の前には豪勢な料理。
「なんで、私が、こいつと、一緒に、食卓を囲んでるのッ!」
シャナはいちいち語気を強めて言ったが、プロの料理人が振舞ったかのような
和洋折衷の料理の前にはどうにも迫力に欠けた。
「やれやれ、どこをどー見たらこんなチビジャリにそんな想像ができるんだろうな」
「なんか言った?」
「……別に」
「もぅ~照れなくていいのよ承太郎。ウフフフ、承太郎みたいないい子が彼女が出来ないわけないって、
ずっと前から知ってたわ。
ママに紹介してくれないからずっと寂しかったけど……それにしてもカワイイ娘ねぇ~~。
娘にしちゃいたいっ!!あ、そうだ!承太郎と結婚してくれればママの娘になるじゃな~~い。
なんちゃって、エヘ」
「エヘじゃあねーよこのアマ。とうに四十超えたくせによ」
承太郎とシャナの無敵タッグによる必死の説得も虚しく母――ホリィの勘違い及び妄想は止まらなかった。
いつにも増して人畜無害な満面の笑みを浮かべ、シャナに対する賛辞がラジオDJの如く流し続け、
同時に手は和風を中心とした豪勢な料理を作り、テーブルに並べていった。
シャナのいつもの迫力も、空腹状態で揚げ豆腐の香りを前にしてはさすがに太刀打ちは無理だったようだ。
シャナが不意をつかれて驚いたところをホリィのハイテンションに乗せられ、
そのまま空条家に直行ということになった。
「おまえ本当にこの人の血の繋がった息子なの?」
その後、自分の境遇を思い出し『育ての親』だと解釈したものの結局承太郎から
本当の親であることが判明された。
「てめーで500人目くらいだな。ンなこと言うのはよ」
承太郎とホリィに会った人は大体そういった反応をとるので(例えるならゲップをしたあとry)
承太郎自身はもう育ての親ということにしようかと考えたほどだ。
「まっててねゆかりちゃん承太郎。いま赤飯炊き上がるからね~」
「……」
「ま、あきらめるこったな。ほれ、食いな。………………味は保障するぜ」
なるべくホリィに気からないように小声で、承太郎は言った。
さすがのシャナももう流れに任すしかないと思ったか、おとなしく食べることに集中した。
承太郎に保障されなくとも、漂う香りの時点でプロ並みの味であることは予想がついていた。
こんな美味しいものを毎日食べてるのか、とシャナは少しばかり承太郎を横目で見やる。
――どうせいつも食べるだけ食べて感謝の言葉一つ言わないんだろうな、とシャナは思った。
そういえば、とシャナは思い出す。
最近、いわゆる『料理』を食べていなかったこと。
いつもメロンパンばっかで、アラストールから小言を言われてたこと。
――――そして、なによりも。
「やっぱり二人で登下校とかしてるの? 手つないだ? デートした?
も、もしかして……もうチューしちゃったりしてきゃあああああああああああ」
「やかましいぞこのアマァ―――ッ!!」
たった三人しかいないはずなのに騒がしくて、それでいて妙に心地いい。
自分がかつてフレイムヘイズとなる前。
思い出すことも少なくなったあの頃の感覚を、シャナは思い出していた。
空条家の屋根にて。
昨日と違い雨もなく、むしろ満点の星が輝く夜空の下、
シャナは膝を折った体育座りでどこを見るともなくぼんやりとしていた。
「ねえ、アラストール」
「どうした?」
「ふふ、こうして何も用がないのに呼ぶのって、久しぶりだよね」
年相応の屈託のない少女の笑顔が、そこにはあった。
「フレイムヘイズになってからは、そのような余裕もなかったからな」
「うん、それでいいと思ってた……」
フレイムヘイズとしての使命を負ったその日から、
自らの背丈ほどのある長剣の名を名乗る少女はただひたすら徒を討滅することを生き甲斐とした。
それ以外のことはいらないと思った。
命を懸けて戦う以上、余分な感情を持てばそれが命取りになることもありうるから。
戦場という冷たい空間には、日常の温かさは絶対に持ち込めないから。
「今までこれでいいと思ってた……あのクラスのときも……承……あんなのに会ったときも……」
必要最低限の干渉。
今までの行動が間違っているとは、今でもシャナは思ってはいなかった。
しかし、それでも心の隅に残る違和感は拭えない。
「……確かに、他人……特に一般人との関係を持つことは、
戦いの中に余計な感傷をもちこむ可能性がある。
普通の日々の温もりを知ることが、徒との戦いへの足かせになることもあるかもしれない。
それらは決してよいことではない。しかし……」
アラストールは続けた。
「悪くはなかろう」
恐らくアラストールに表情があったら笑っていただろうな、とシャナは思った。
その問いにシャナは答えなかった。代わりに微笑んだ。
本当に、なにも知らない少女のような可憐さで。
そのうち心地よい疲労が体を覆い始めるのを感じた。
そういえば一日中歩き回ったっけ、とシャナは思った。
――――今日は、上がってきて欲しくないな。
まどろみながら、少女は思った。
「やれやれ、やっとこさ開放されたぜ」
楽しい(?)団欒も終わった後、ホリィはゆかりことシャナを送るよう命令し、
承太郎も丁度出て行きたかったのですんなり承諾した。
もちろんシャナを送るなんてことはするわけがない。
そもそも家を出たときにはすでにシャナの姿は見えなかった。
すぐ帰る気もないのでコンビニ、ゲーセン、
闇賭博場などを闊歩した後、帰宅したのは12時過ぎであった。
賭博場を仕切るディーラーとの心理戦に疲れたので、
帰るなり承太郎は上着を脱いでそのまま布団へ直行、すぐに眠り始めた。
―――――先客に気がつかなかったのは、承太郎にしては珍しいミスだった。
To Be Continued→
最終更新:2008年10月27日 07:56