とある夜。
一人の男が、繁華街の裏路地を歩いていた。
男の名はリゾット・ネエロ。
彼の服装は膝下まである、胸の部分が大胆に開いた黒いコートに、黒い帽子。ズボンは白と黒の縞模様。
殆ど全身黒尽くめ、といった様相だ。
他に身体的特徴を付け加えるとするならば・・・リゾットの両の眼が、真っ赤に充血していることだろうか。
でも目が充血しているからといって、別に眼病にかかっていたりするわけではない。
ついさっき目にごみが入ったとか、そういうわけでもない。
じゃあ何が原因か、と言えば、彼の体質・・・いや、「能力」が原因かもしれない。
リゾットは、とある目的があってこの街に来ていた。
そしてその目的のために、男を一人、捜していた。
捜すのは、そいつがこのリゾットの知人だったりとか、逆にそいつにリゾットが呼ばれていたからとか、そういうのではない。
リゾットは、そいつを暗殺するために、その男を捜しているのだ。
リゾットがその男を殺すのは、私怨によるものではない。
「組織」を裏切ったその男を、「組織」に所属するリゾットが、「組織」の命令で、殺しに行くのだ。
「組織」からの情報に拠れば、その男は「組織」の金を持ち出して逃げたらしい。
早い話、男は「組織」を裏切ったわけだ。
当然「組織」は怒り心頭。こんな裏切り者を生かしておくつもりなど毛頭無い。
というわけで、「組織」の構成員であり、特にこういった汚れ仕事を主に行うリゾットに、その役目が与えられたのだ。
リゾットの仲間が調べたところに拠れば、ターゲットの男は昨日と同じホテルに滞在しているとのこと。
つまり、こちらの動向には気づいていない。
無論、リゾット自身もそのように行動していたわけだから、当然といえば当然だが。
しばらく裏路地を歩いているうちに、ターゲットの男が滞在するホテルが見えてきた。
リゾットはそれを確認すると、そこで立ち止まり、ぼそりと一言、呟いた。
「・・・メタリカ」
その声に応じるかのように、リゾットの身体から、奇妙な呻き声が上がる。
ロォォォォォォォォドォォォォォォォォォ・・・・・・・・・
呻き声が上がるのと同時に、リゾット自身の身体にも変化が起きる。
リゾットの衣服が、身体が、まるで周囲の背景に溶け込むかのように、その輪郭をかき消しているのだ。
そしてリゾットの姿が輪郭を無くし始めてから数秒後、リゾットは完全に背景と一体化した。
これが、リゾットの能力。
スタンドと呼ばれる、像(ヴィジョン)を持った超能力だ。
スタンドの能力は、人によってその実体がまるで異なる。
特にリゾットのスタンド――メタリカは、磁力を操ることができる。
この能力によってリゾットは、砂中の砂鉄であろうが、鉄製のメスであろうが、
さらには人間の体内の鉄分であろうが、自由自在に操作できるのだ。
なお、今回リゾットが行ったのは、砂鉄を身体の表面にくっつけて背景に擬態する、というもの。
これにより、リゾットの姿は軽く辺りを見回した程度では、見つけることができないようになる。
リゾットがこれから行うこと――いや、リゾットが日常的に行う「暗殺」において、これほどそれに適した能力は無いだろう。
自分の姿を背景に溶け込ませたリゾットは、そのままの状態でホテルの裏口へと向かう。
いくら自分の姿が非常に見えにくくなっているとはいえ、正面から堂々と入ってはさすがに不審に思うものが何人かは出る。
というか、そんな事をするのは自分の能力への過信そのものである。
過信は、自分を危険に陥れる。
それを十分に理解している故にリゾットは、常に慎重に慎重を重ねた行動を取る。
そして裏口を見つけたリゾットは、そのドアノブに手を掛け――
その瞬間、この街の全てが、茜色に包まれた。
「何が起きた!?」
リゾットは素早くドアノブから手を離し、周囲を警戒する。
自分と同じスタンド使いの仕業と考えたためだ。
「スデに俺たちの事はバレていたのか? いや、そんなハズは無い! ならばこれは――」
素早く思考をめぐらせるリゾット。
これまでに、こちらの行動がターゲットに察知されたような形跡は何もなかった。
つまりこれがターゲットが雇ったスタンド使いの仕業だとは考えにくい。
だとすれば――
そこまで思考を行き渡らせた瞬間だった。
突然、無数の剣が、炎が、雨霰のように、リゾットに降りかかってくる。
いや、リゾットにだけではない。
この街の全体に、満遍なく、剣と炎が降り注ごうとしている。
「無差別攻撃だと!?」
突然自分を襲った絶体絶命の状況に驚きを覚えながらも、リゾットは瞬時にそれに対応した。
暗殺者として幾つもの修羅場を潜り抜けてきたことが、リゾットを助けた。
リゾットは瞬時にメタリカを発動する。
その対象は、自分に降り注ぐ無数の剣の、最前列に位置する数十本。
それらを磁力で空中に留めると、素早く、防御シェルターのようにずらりと自分の頭上に並べる。
直後、その後に続いていた無数の剣が、甲高い金属音とともに次々と剣の壁に弾き飛ばされ、
リゾットの周囲の壁や地面に突き立ってゆく。
炎もまた同様に剣のシェルターに阻まれ、リゾットの身を襲う事はない。
「しかし、これもスタンド能力なのか? だとすれば・・・さっきの空間を茜色にする能力は・・・何だ?
事前に発動したからには・・・・・・おそらくこの剣と炎を降らせる能力に・・・何らかの形で必要になる効果を持っているハズだ。
だとすれば、一体どういう能力なのか・・・」
剣が地面に突き刺さる音、後から降ってきた剣が、先に地面に突き立っていた剣を突き砕いて、新しく地面に突き刺さる音、
そして自分が作ったシェルターに降り注ぐ剣の群れが弾かれていく音を聞きながら、
リゾットは再び思考をめぐらせ、自分に言い聞かせるようにブツブツと呟いていた。
この能力が何を意図したものかは分からない。
ただ一つ分かっているのは、この能力が自分の暗殺の妨げになるということだ。
「こんな能力で・・・もう一度水を差されてはかなわん。本体を撃破しておくことが必要だ・・・・・・」
やがて、剣と炎の雨が止んだ。
リゾットは、それらが降ってくる気配がなくなったのを確認し、
地面に突き立ったり、散らばったりしている剣を避けながら、表通りに出る。
擬態に使った砂鉄は既にリゾットの身体から剥がれてしまっていたが、そんな事は問題ではない。
どうせ表通りも、この茜色の攻撃で大混乱に陥っている。
裏路地から人一人飛び出してきたところで、気にする者もいないハズだ。
そう踏んで表通りに飛び出したところで、リゾットは驚くべき光景を目にした。
「人が・・・止まっているのか!?」
そう、表通りにいた人間が、まるでマネキンか何かのように、ピタリと動きを止めてしまっているのだ。
中には降ってきた剣に腕を切り飛ばされたり、足を切り落とされたりした者もいる。
身体の一部を、爆弾か何かで吹き飛ばされたように傷付けられた者もいる。
だが、そうしたものも含めて、この場で身動きしている者は、リゾット以外に一人もいない。
「いや・・・これが最初に仕掛けられた茜色の攻撃の正体か。
しかし・・・・・・妙だ。スタンド使いの動きまでもを・・・止めるならまだしも・・・俺はこうして普通に動けている。
となれば・・・恐らく・・・これは『ただの人間』の動きを止めるための・・・・・・能力だ。
しかし・・・何故『ただの人間』なのだ? ・・・・・・決闘でもしようという能力なのか?」
ブツブツ呟きながら、見知らぬ能力を前に、冷静に分析を続けるリゾット。
その後姿に――
「俺の攻撃を無傷で凌いだのか? ただの人間が?」
不愉快そうな声が、かかった。
声がしたのは自分の後ろ、その上方。
そう当たりをつけて、リゾットが素早く振り向く。
そして振り向いた先、3階建てほどのビルの上に、男が一人いた。
男の格好は、地面に届くほどの長いコートに、顔の下半分と額を覆うターバン。
腰には業物とおぼしき剣が一振り差してある。
男の顔はターバンによって殆どが覆われているため、リゾットの側からその表情を読み取ることはできない。
「本来の標的には初撃を最小限に凌がれ、その上逃げられた。それは再び追うから今はいい。
今問題にすべきは貴様だ。何故貴様は生きている? 何故貴様は封絶の中で動ける?
貴様に聞きたい事は山ほどあるぞ。
万全を期した一撃が貴様如き人間如きに凌がれたとあっては『壊刃』の名折れだ。
そして貴様が生き延び、かつ封絶内で動ける理由が貴様が所持しているであろう宝具にあるのなら、その出所も聞くことになる。
加えてせめてもの成果にそれを貰い受ける。
だが仮にそれらが宝具によるものだったとしても、
どうせそれは装飾具が何かであろうからすぐに俺の手から離れることになるのは確実だが。
広範囲攻撃から逃れられるだけの防御力も、封絶内で動けることも、俺にとっては不要なものだからな」
男は淡々と語り続ける。
どうやらリゾットに何らかの興味を示しているらしいがそれにしてもこっちとしてはどうでもいい話が多い。
というか、ブツブツ言うあたりが何だかリゾットに似ている男だ。
それに「封絶」とか、「宝具」とか、リゾットには理解できない単語も多い。
一体何者なのか、こいつは。リゾットがそう考えていると――
「さて、これから俺は貴様を討滅することになるが、せめてその前に俺の名を教えておこう。
俺の名は、サブラク。『壊刃』サブラクだ」
親切にも、相手のほうから名乗ってきた。
「壊刃」サブラク。
リゾットからすれば知る由も無いことだったが、彼は同胞から、そして敵から生粋の殺し屋として知られていた男だった。
「そうか・・・。だが、俺からお前に教える名は・・・ない。俺は暗殺者だからな・・・・・・。
それに・・・おれ自身としても、お前を消しておきたいところだ。
俺にもやるべきことがある・・・・・・なので、もう一度水を差されては困る・・・・・・」
そしてリゾットも、適当にサブラクに答える。
時刻は零時数分前。
暗殺者、リゾット。
殺し屋、サブラク。
出会うハズも無かった二人が出会った。
そして殺し合いが、始まる。
To Be Continued...
最終更新:2007年11月23日 20:44