とある繁華街。
夜には七色のネオンできらびやかに飾られるこの街は、今宵は茜色の炎であかあかと照らされていた。
しかしそこにいる者にはそれは分からない。
ただ二人の例外を除いて、それが認識できる者は、ここには一人もいない。

その二人の例外が、互いを敵と認めて向き合っていた。
「暗殺者」リゾットは大通りと路地が交わる一点から敵を見上げ、
「壊刃」サブラクはリゾットのすぐ傍に建つ、低いビルの屋上から敵を見下ろす。
言うまでも無く、リゾットにとっての敵はサブラクであり、またサブラクにとっての敵はリゾットだ。

二人を取り囲むのは、サブラクが作り出した茜色の炎の結界「封絶」と、地面に突き立った無数の剣。
そして先ほどのサブラクの奇襲によってズタズタに引き裂かれ、破壊された繁華街の町並みと、そこにいた人間「だった」もの。
二人を邪魔する者はここにはいない。
そしてこれから始まる二人の戦いを止められる者も、ここにはいない。


「来い、『ミステス』リゾット・ネエロ。
 貴様の力を俺に見せてみろ。
 貴様に何が出来るのか、そしてどこまで俺に抗えるのかを見せてみろ。
 ここには貴様を邪魔するものは一人もいない。
 全ては俺の『封絶』で止まっている。
 『エンゲージ・リンク』の二人も此処にはもういない。
 『彩飄』の自在法『ミストラル』で俺の攻撃範囲内から既に逃れているからな。
 しかしあの二人はしぶとい。
 もう何年も追い続けているが未だに仕留め損ねるばかりで・・・」

サブラクはまだ喋っているが、リゾットはそれを無視してメタリカを発動する。
正直付き合い切れんと思ったからだ。
「ミステス」だの「エンゲージ・リンク」だの、理解できない単語がさっきの長口上よりも多い。
多分こっちに何かを理解させるために長々と説明してるのではないのだろう。
それにさっき、自分で自分を「怪人」と言っていた。
多分変人な方のスタンド使いなんだろう、と先ほどそれを聞いたリゾットはそのように当たりをつけた。
彼の仕事柄、ときたま出くわすスタンド使いの中には、まれに頭のネジが一本外れたようなヤツがいた。
スゴイ力をある日突然手に入れると、手に入れた本人がどこかおかしくなるものなのだ。

話を戻す。
サブラクとリゾットの距離は14から15メートル。
それに対してメタリカの射程は10メートル。
若干、遠い。
リゾットが得意とする「ある戦術」は、この間合いでは使えない。
だがリゾットにはそんなことは問題ではない。
射程が足りないなら、それを補って戦う方法があるからだ。


「メタリカ・・・」

ロォォォォォォォドォォォォォォォ・・・・・・

リゾットの呟き、そして彼の体内から響く呻き声とともに、彼の周囲に突き立つ数本の剣が宙に浮かび上がる。
さらにそれらの切っ先が、ビルの屋上に立つサブラクへと素早く向けられる。
直後、リゾットが宙に浮かべた剣の全てがサブラクの胴体へと殺到した。
それらはまるで強く引き絞った弓から放たれた矢のように、一直線にサブラクに襲い掛かる。

メタリカには鉄分同士を無理やりに結合させて凶器を作り上げられるだけのパワーがある。
そのパワーで武器を飛ばせば、射程10メートルの限界を簡単に超えることが出来るのだ。

しかしサブラクはそれらを一瞥すると、手ごろな位置に突き立っていた剣を素早く引き抜き、
そして無造作に、自分に向かってくる全ての剣を切り払った。
しかもサブラクの長口上は、切り払いの最中も続いていた。

「・・・と、貴様もある程度歯応えがあることを期待していたが・・・この程度か。
 そうであれば貴様程度の者など腐るほどいる。
 だがそうであったなら先刻の俺の初撃から無傷で逃れられるはずも無い。
 つまり・・・貴様はまだ力を隠しているということだ。
 俺の全力を持って貴様を討滅するのは容易いがそれではつまらぬ。
 早急に全力を出すがいい。
 出したところで俺を討滅する事など叶わぬがな」

そしてやっと長口上が終わった。
その間、リゾットに飛ばされ、サブラクに切り払われた剣の残骸が宙を舞っていた。
そしてそれらの全てが真ん中で真っ二つに両断されていた。


「・・・・・・」

リゾットは今のサブラクの切り払いが語るものを正確に把握していた。
今の芸当をやるには、常人を遥かに上回る・・・いや、人としての限界さえ上回るパワーと剣の技量が無ければならない。
そしてこのことが示すのは――

「お前は・・・人間じゃあないな・・・・・・」

サブラクが人外の存在である、ということだった。

(しかし・・・人間で無いとすれば何者だ?
 やつが仮にスタンドだとしても・・・少なくとも近距離パワー型のはず。
 でなければ剣で剣をブッた切るような真似はできん・・・。
 しかしやつの傍に本体らしき人間はいない・・・。
 そういうことだ? 俺は今・・・何と戦っている・・・・・・?)

リゾットが得体の知れぬ敵への恐怖を内心に感じている間に、サブラクが再び口を開いた。

「何を言い出すかと思えば・・・俺がやっと人外だと気付いた、ということか。
 『紅世の王』を前にして自分が何と戦っているかも分からないとは、随分と愚かな事だな。
 それとも『紅世』の事を何も知らぬとでも言うのか?
 いずれにしても、貴様が実に奇妙な『ミステス』であることに変わりは無いが」

そう言いながら、サブラクがいきなり手にした剣をリゾットに投げつけた。
投げ放たれた剣は空気を切り裂いて回転しながら、凄まじい速度でリゾットに迫る。
防ぐか避けるかしなければ、体が真っ二つになる。


だがリゾットに焦りはない。
そしてポーカーフェイスのままでメタリカを発動し、剣の軌道が変わるように磁力で力を加える。
いくらメタリカが強力だとはいえ、サブラクのパワーで正面から投げつけられた剣を止めることはできないからだ。

果たしてリゾットを両断するはずだった剣はその軌道をそらし、
リゾットにはかすりもせずに地面に深々と突き刺さった。

「なるほど・・・ある程度貴様の宝具の力が理解できた。
 物質の運動に干渉し、操作する、といったところか。
 名に聞く『鬼功の繰り手』と同系統の力か・・・面白い。
 そうであれば貴様が俺の初撃から逃れ得たことにも説明がつく。
 しかし、そうであるならばこのまま距離を置いて戦っても千日手だ。
 貴様の攻撃では俺に傷一つ付けられんし、俺の攻撃も貴様にはかすりもせぬ。
 そしてもう一つ。
 貴様のその奇妙な力には、俺のパワーを真正面から受け止められるだけのパワーは無い。
 あれば、真正面から止めているはずだからな。
 つまり貴様は俺の斬撃を止める事も出来ない。
 そして貴様では俺に傷一つ付けられん。
 ならば俺がやる事は一つだ」

サブラクはそこで口上を切ると、周囲に突き立った無数の剣のうちの二振りを引き抜き、二刀流の形をとる。
そして――

「直接、刃を交えて決着する」

ビルの屋上の床を蹴り砕き、流星のようにサブラクがリゾットに斬りかかった。


しかしリゾットはその動きに迅速に、正確に対応する。
リゾットはサブラクの着地点を瞬時に見極め、横っ飛びにその場を逃れる。
暗殺者として鍛えられた自身の脚力と、常人に比べて多量の鉄分を含む自分の身体をメタリカの磁力で強引に引っ張ったことが、
サブラクの奇襲からリゾットを救った。
直後、一瞬前までリゾットがいた場所に、サブラクが激突するようにして着地。
同時にサブラクの周囲に土煙が上がり、さらに着地点のちょうど正面にあったビルの壁面が十字に大きく抉られた。
避け損ねたなら自分がああなっていただろう。
リゾットは背筋に寒いものを感じながら土煙から距離をとり、メタリカをサブラクに対して発動。
「ある戦術」を試みる。
だが――

(こいつ・・・体内に鉄分が全く存在しない。
 やはり人間ではないのか?
 だが中距離型にはこれほどまでのスピードもパワーも出せん。
 こいつ・・・マジに何者だ・・・・・・?)

目的の失敗から更なる分析を試みるリゾット。
だがどれだけ思考を回転させても、出てくる答えは「サブラクが人間で無い『何か』である」ということだけ。
先ほど感じたものと、何も変わらない。

そして土煙から距離をとったリゾットを追うように、サブラクが土煙の中から飛び出した。
凄まじい勢いで踏み込み、リゾットを間合いに捉える。
捉えたと同時に、サブラクが右から横薙ぎの一閃を放つ。
リゾットはそれにメタリカで対応。
地面を蹴って後ろに飛び退るのと同時に自分の体をメタリカで後方に押しやり、
さらにサブラクが振るった剣の切っ先をメタリカで鉄分程度の大きさの粒子にまで分解。
自分の体を刃が通るのを逃れる。

だがサブラクは止まらない。
必殺を期したであろう自身の一撃が相手にかわされる事を予想していたかのように、あっと言う間に間合いを詰める。
そして暴風の如き無数の剣撃がリゾットに襲い掛かった。


斬撃が迫り来る方向は四方八方、縦横無尽。
どの方向から攻撃が来るのかなどとても読めたものではない。
読めたとしてもそれに二の太刀、三の太刀が目にも留まらぬ速度で重ねられる。
急所への攻撃意思が微塵も感じられない、一見すればただの強引な攻めだが、
全ての動作が流れるように繋がり一切のスキを感じさせない。
サブラクは一撃必殺を期した攻撃ではなく、とにかく相手の身体に攻撃を当てることを最優先したのだ。
仮に攻撃が当たったとして、それがどれだけ浅いものだとしてもサブラクにとってそれは問題にならないからだ。
彼の自在法「スティグマ」の前では、傷の深浅は問題にはならないからだ。

だがリゾットは、斬撃の竜巻とでも称するべき猛攻をもって襲い掛かるサブラクを凌ぎ続けていた。
長年の裏社会での生活で鍛えられた肉体と、メタリカを用いた身体ごとの移動。
そしてサブラクの剣の精妙な動きをメタリカの磁力で絶えず妨害し続けることで、
サブラクの恐るべき斬撃による被害を服を掠められる程度に留めていた。
先ほどのように、切っ先を狙ってメタリカで金属分解を狙えるなどというのは、今の状況ではとても無理だ。
少しでもこの危険すぎる相手から気をそらせば、自分の体が真っ二つになる。
だから妨害程度のレベルでしか、メタリカを相手に干渉させることは出来ない。
そしてこのような不利に身を置き、斬撃の嵐を凌ぐ間も、リゾットはポーカーフェイスを保ち続けていた。
そのことが、サブラクを苛立たせていた。

サブラクは元来不平屋である。
何をするにも持ち前の長口上で文句を垂れながらになるくらいだ。
つまり機嫌を悪くしやすいのだ。
激怒する事は少ないにしても、何事につけすぐにカチンとくるタイプだった。
それ故に、今まさにこの状況に苛立っていた。


何故このミステスは俺の剣を一太刀も食らわずにいられるのか。
ミステスの分際で、人間の分際で、こいつは紅世の王たる俺の猛攻を凌ぎ切っている。
まるで雨風でも避けているかのような顔つきで「壊刃」の俺の斬撃を凌ぎ切っている。
そればかりでない。
この男は自身の力で先ほどから俺の剣の動きを妨害し続けている。
そのために俺の剣は一瞬遅れ、結果としてこの男の身体を掠めることすらできない。
こいつは気に入らん。
いや、そもそも俺の初撃から無傷で生き延びた辺りから気に入らん。
この男は、今すぐに仕留める。

そう腹に決めたサブラクは、すぐに行動に移る。
一瞬前の斬撃で既に踏み込んでいた右足に力を込め、左の剣で神速の突きを仕掛ける。
先ほどまでの流れるような斬撃の嵐とは一転して、鋭い直線的な攻撃だ。
それゆえに、リゾットも一瞬遅れた。
遅れたために、先ほどのように左右に身をかわすのは間に合わない。
それをやったところで、確実にどちらかの腕が根こそぎ持っていかれる。
ならば、とリゾットは両足を地に着けたまま、今度は下方向に、メタリカで強引に上半身を引っ張る。
すんでのところでリゾットの身体の上を、サブラクの突きが通り抜けた。
だがサブラクもそれは予想していた。
自分のパワーに正面から対抗できるだけのパワーがリゾットの力に無いことは、サブラクも既に把握済み。
だからこそ、リゾットは例え回避がギリギリになろうとも必ず回避を選ぶ。
またリゾットは、先ほどからサブラクの動きを絶えず妨害し続けることで、サブラクの猛攻を凌いでいた。
だからこそ、サブラクの攻撃パターンの急変に、一瞬だが対応が遅れた。
そこにつけ込むスキがあるのを、サブラクは見逃さなかった。
リゾットの回避と同時に、サブラクは左の突きのために踏み込んでいた左足を地面にめり込むほどに強く踏み込み、
突きのために前方に流れた体勢を強引に上に持ち上げる。
それと同時に突きのためにやはり前方に流れていた左手を右に振りかぶる。
狙いはリゾットの胴体。
今の体勢では、リゾットは回避行動を取れない。
この一閃で、両断する。


「がぁっ!?」

そう思った瞬間、無数の剣がサブラクを貫いた。
そしてサブラクの身体はそのまま後方に、人形のように吹っ飛ばされる。
そのサブラクに、さらに後ろから数本の剣が突き刺さった。
突き刺さった衝撃で、吹っ飛んでいたサブラクの身体に急ブレーキがかかる。
その衝撃にびくんと身体を跳ねると、サブラクはそのまま崩れるようにして倒れた。

始めから、リゾットの狙いはこれだったのだ。
いつか敵が焦れて、必殺を期した攻撃を再び仕掛けてくる瞬間を、リゾットは待っていたのだ。

自分の体で、自分の後方にメタリカで浮かべた剣を隠し、相手の目に入らないようにする。
そして相手の攻撃を、上半身のみを下に引っ張って回避。
この回避がギリギリになることも、相手に予測されることも想定の範囲内だった。
そして実際に回避はギリギリだったし、相手は完全にこちらの動きを読んでいた。
読んでいたからこそ、リゾットを確実に仕留める事にだけ気を向けてきた。
リゾットの後ろに何があるかという事など気にもかけなかった。
だからこそ、リゾットの必殺を期した奇襲をまともに受けてしまった。

そしてリゾットの身体の上を矢のように通り抜けた剣の群れは、完全に虚を突かれた敵に命中。
敵はそのままメタリカのパワーで吹っ飛ばされる。
そこへダメ押しとばかりに後方からさらに数本、メタリカで操作した剣を突き刺したのだ。

サブラクから挑んだ接近戦から始まった息もつかせぬ攻防に決着をつけたのは、
皮肉にもこの戦いの引き金となったサブラクの初撃に用いられた、大量の剣のうちの数十本であった。


全身から何本もの剣を生やして地面に横たわるサブラクを見下ろすリゾット。
そしてリゾットは思う。
結局この男は何者だったのか。
この男が狙っていたのは誰だったのか。
「グゼ」とは何か。
訳の分からないことばかりだった、と思い、その場を立ち去ろうとしたリゾットに――

「驚いたぞ・・・・・・まさかあのような形で一杯食わされようとはな」

死んだはずの相手から、話しかけられた。
同時に、ガチャガチャと無数の金属が地面に落ちる音がした。
思わずポーカーフェイスを崩してそちらを見やるリゾット。

「バカな・・・! 貴様、何故・・・・・・」

そこには、無傷のサブラクが立っていた。
そしてその足元には、サブラクに突き刺さっていたはずの剣が散らばっていた。


「俺は他の徒や王と違って随分死ににくく出来ている。
 腕を切られようが、足をもがれようが、首を切り飛ばされようが、その程度では俺は死なん。
 そして一度や二度殺されたぐらいでは俺は死なん。
 ましてや貴様程度の火力では・・・俺を殺すには程遠い。
 そして言ったはずだ。
 『俺にどこまで抗えるか、やってみろ』とな。
 まだまだ貴様は抗えるはずだ。
 貴様はまだ無傷で、それ故に俺の『スティグマ』の影響も受けずに済んでいる。
 貴様はまだ十分に戦えるだろう。
 ならば、来い。
 貴様がどれほど歯応えがあるのか、この俺に見せてみろ。
 この俺を一度殺したのだ。
 まだまだ楽しませてくれなければ、割に合わぬ。
 さあ、来い。
 『ミステス』リゾット・ネエロよ」

今宵、この世で最も忌ま忌ましい長口上は、まだ終わらない。
終わりさえ、見えない。


To Be Continued...

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最終更新:2007年11月23日 20:48