その男――リゾット・ネエロはかつてない恐怖を目の前の男――サブラクに感じていた。
真正面からメタリカで操作した剣を突き刺した。
追い討ちに、その後方からさらに数本の剣で刺し貫いてやった。
なのに――なのに、このサブラクは死なない。
しかもサブラクに突き刺さっていたはずの剣は、その全てが地面に転がっている。
丸っきり、リゾットの攻撃を受ける前の状態と同じなのだ。
リゾット自身、サブラクの異常なパワー、反射神経からして、サブラクが人間で無い事は想像していた。
だがサブラクがあれほどの直撃を受けた上で、死なないどころか無傷であることは予想だにしなかった。
(さて・・・ここからどうするべきかな)
しかし、リゾットはまだ諦めていなかった。
あれだけの攻撃を受けながら、なおも無傷で、両の手に剣を携えるサブラクとの戦いを諦めてはいなかった。
(コイツが死なないことには・・・何らかの条件があるはずだ。
完璧な不死身などありえないからな・・・。
そして逆に言えば・・・俺がコイツを殺せなかったことには何らかの理由があるということだ。
それを今から・・・突き止めるッ!)
リゾットの中で、行動の指針が決定された。
「メタリカ・・・」
そして彼のスタンド――メタリカが、その能力を発動する。
ロォォォォォォォドォォォォォォォォォ・・・
呻き声とともにリゾットの後方の地面に突き立つ数本の剣が宙に浮かぶ。
そしてそれらが一斉に、リゾットの前に立つサブラクへと切っ先を向ける。
「行けッ!」
リゾットの号令とともに、剣の群れがサブラクへと殺到した。
だがサブラクはそれを気にも留めず、リゾットの立つ場所へと一気に踏み込む。
その姿に、リゾットが放った剣が襲い掛かる。
そしてリゾットの剣とサブラクが接触する直前、サブラクが両手の剣を振り抜いた。
神速で空気を切り裂いたサブラクの剣が、飛来するリゾットの剣を全て空中で切り砕く。
リゾットの剣が、細かい鋼の破片となって宙に舞う。
剣を振るいながらも踏み込みの速度を全く落とさなかったサブラクは、一瞬のうちにそれを駆け抜ける。
否、駆け抜けようとしたその瞬間。
「メタリカッ!」
リゾットのメタリカが、牙をむいた。
リゾットの剣の破片が舞い散る空間。
そこにサブラクが飛び込むと同時に、リゾットはメタリカを発動した。
それによって剣の破片が全方位からサブラクに襲い掛かる。
さらにサブラクの身体に到達するまでの一瞬の間に、剣の破片だったものは一瞬にして全てが鋭く尖った杭へと変化した。
そしてその全てが、サブラクの身体に突き立つ。
「ぐおぉおッ!」
全身に杭を突き立てられた激痛に、サブラクが呻く。
「ぐぉ、おお、おぉ・・・・・・」
そして、サブラクがどさりと地面に倒れ伏す。
リゾットはそのサブラクから素早く後ずさって距離をとる。
そして観察を開始した。
(まずはコイツがどうやって再生するのか・・・それを確認しなければならない。
そこから、これからオレが取るべき手段も見えてくるはずだからな・・・・・・)
リゾットが、どう見ても死んでいるサブラクの身体を観察して始めてから数秒の後。
すぐにサブラクの身体に変化が起きた。
「2回目・・・か。
ただのミステスにしては、中々歯応えがある。
いや、単に俺が不覚を取っただけか。
思い返せばあからさまな罠だった。
貴様が物質の運動を操作し得ることを考慮に入れれば、なおのこと見え透いた罠であった・・・」
ブツブツ呟きながら、サブラクが何事も無かったかのように起き上がったのだ。
しかも全身に杭を生やしたままの姿で、である。
「見切れぬはずは無かったのだが・・・やはりたかがミステスと侮ったか。
些細な油断と、このどこまでも死に難い身体故の緊張の緩みが原因と考えるべきかな・・・。
いずれにしても、もう俺が貴様相手に不覚を取る事は無い。
貴様に内在する宝具の力は、ほぼ完全に把握した。
恐らく貴様に出来るのは、今やった『物質の形状変化』で最後。
貴様は『鬼功の操り手』とは違い、物質を形成する極小単位で物質を操作できるようだな。
それ故に貴様が操る物は貴様の意思一つで自在に形を変え、状況に応じて自在に姿を変える。
なるほど、ミステス如きには過ぎた能力であることよ。
並みの徒ならば瞬く間に貴様に討滅されるに違いあるまい」
リゾットの能力への賛辞を並べながらサブラクが立ち上がる。
それと同時に、それらの杭が独りでに抜け落ちた。
サブラクの身体から抜けた無数の杭が地面に落ちて、ガチャガチャした金属音が響く。
「だが・・・貴様の相手は並みの徒ではない。並みの王でもない。この『壊刃』サブラクだ。
先刻も言ったとおり、貴様が俺に直撃を与える事はもう無い。
仮に与えたところで、貴様が持っている程度の火力では俺は殺しきれぬ」
そしてサブラクの長口上が終わったところで、サブラクの身体に刺さっていた杭の最後の一本が抜け落ち、
サブラクの身体は完全に回復した。
だがその一方、リゾットは、
(『殺しきれぬ』・・・だと?
確かさっきも、『お前が持ってる程度の火力では、俺を殺すには程遠い』とか言っていたな。
となると・・・コイツには『死』が存在するということ。
つまり不死身ではない、ということか。
だが、その前にコイツの異常なまでの生命力が立ちはだかる・・・)
サブラクの長口上に含まれていた言葉を頼りに勝機を探る。
サブラクがウソを言っている可能性はゼロではないが、今のサブラクは勝ち誇っている。
つまり、完全に油断しているのだ。
それをサブラクの口ぶり、態度から読み取ったリゾットは、今のサブラクがウソを言うとは考え難いと判断していた。
(そして気になるのはさっきのコイツの復活の手順だ。
こいつは全身が損傷しきった状態で意識を回復し、それから身体の回復を行った。
何故こんなことが可能なのだ?
普通、再生するなら、身体の回復→意識の回復、の手順が順当なハズだ。
こんなことが出来るからには・・・必ず何か理由がある。その理由とは・・・一体・・・?)
リゾットは記憶を漁り、解決の糸口を探る。
意識は肉体の状況に左右される。
肉体が激しいダメージを受ければ意識は失われ、
肉体が死んだ状態ではなおさら意識は存在できない。
しかしこの状況は逆だ。
肉体は活動できる状態に無い。
しかし意識は活動できている。
この順序の矛盾、どこかで見たことは無いだろうか・・・?
思考をフルスロットルで回転させるリゾット。
しかし――
「何を考え事をしている?
いくら知恵を捻ったところで、俺を殺すことなど貴様には不可能だ。
貴様に出来る事は――」
サブラクが再び動きを見せる。
そして、
「絶望に身をよじる事だけだ」
爆発的な踏み込みで、リゾットとの間合いを詰める。
先程リゾットが取った間合いは、メタリカの射程の限界ギリギリの10メートル。
それをサブラクはただ一度の踏み込みで殆ど埋めた。
リゾットの目前に、サブラクが迫る。
「くッ!」
リゾットは思考をシャットダウンする。
こんな化け物相手に考え事をしながら戦えるほど、自分が強くはない事ぐらい、リゾットは十分に理解していたからだ。
そしてリゾットはメタリカの磁力で身体を引っ張り、さらに体捌きで後方に後ずさる。
先程のサブラクの斬撃の嵐を潜り抜けた時にも使った手段だ。
これなら、リゾットはギリギリのところでサブラクの一閃を回避できる。
だが――それはサブラクにとっても分かりきった事だった。
一度の踏み込みでは、ギリギリのところで自分の剣がリゾットに届かない事は、
先程の接近戦から、サブラク自身もまた、想定し得ていた事だったのだ。
「二度も同じ手が――」
それゆえに――
「――この『壊刃』に通じると思うな」
サブラクはさらに一歩踏み込んだ。
最初の踏み込みで爆発的な加速を得ていたサブラクの体が、この2歩目の踏み込みでさらに加速する。
リゾットがギリギリ確保できた間合いが、一瞬で殆ど無きに等しい距離にまで詰まる。
「しまった・・・・・・」
そしてその間合いからサブラクが仕掛けたのは――
「ぐおッ!」
右手の剣の柄尻を用いた、リゾットの鳩尾を狙った一撃。
常人が使えばただ相手を気絶させるだけのこの攻撃も、
人外のサブラクの手にかかれば背骨をもへし折る破壊力になる。
その一撃が、リゾットを軽々と吹き飛ばした。
自身の体に走った凄まじい衝撃に、たまらず声を上げるリゾット。
そしてリゾットは吹き飛ばされたままの勢いで、ビルの壁面に激しく叩きつけられる。
激突の衝撃で肺の中の空気が1ccも残らずに吐き出され、リゾットは息苦しさと激痛とで声にならない呻きを挙げる。
同時に、リゾットが激突した壁面の周囲の窓ガラスが蜘蛛の巣状にひび割れ、砕け散った。
そして砕け散ったガラスが宙を舞う中を弾丸のように突っ切って、
サブラクが壁に半ばめり込んだリゾットに襲い掛かる。
万事休すか。
そう思われたその瞬間。
「ぬぅッ!」
突然サブラクの前に鈍色の壁が立ちはだかる。
壁の正体は地面に突き立っていた無数の剣うちの10数本。
サブラクの一撃で吹き飛ばされながらも、リゾットはメタリカでそれだけの剣を操作していたのだ。
だが――
「この程度で!」
サブラクは真正面から剣の壁に激突する。
横腹から受けた圧倒的な運動エネルギーの前に、壁を構成する剣が次々とへし折れる。
それらの剣の中でリゾットの側にあった数本はかろうじて折れずに済んだ。
だがそれらもサブラクの剣技の前に一瞬で切り刻まれた。
剣の壁だったものは、その全てが鋼の破片となってサブラクの周囲に舞き散らされた。
剣の壁は、失われた。
だがサブラクが地面を踏み込んで飛んだときの加速もまた、剣の壁との激突によって失われた。
勢いを失い、空中で静止したサブラクと、ビルの壁面に磔になったリゾット。
二人の距離は2~3メートル。
サブラクの剣が届く距離ではない、
ならば、とサブラクは右手の剣を振りかぶる。
そして振りかぶったその剣を投擲し、リゾットの心臓を刺し貫こうとしたところで――
サブラクはリゾットの赤い目を見た。
見て、分かった。
この男の目は、まだ死んでいない。
そればかりか、自分を射殺さんばかりのスゴみをその目に宿してこちらを見返している。
それを理解したのと同時に、自分が置かれた状況を理解した。
「これは・・・先刻のッ!」
思わず声を上げるサブラク。
「『あたり』だ・・・」
それにリゾットがかすれた声で答える。
と、同時に――
サブラクの周囲の空中に撒き散らされた剣の破片の全てが、一瞬にして鋼鉄の杭に姿を変える。
そしてその直後に、それら全てが、全方位からサブラクに襲い掛かる。
「二度も同じ手で、『ミステス』如きが」
それをサブラクは、自分の体を空中で独楽のように回転させて切り払う。
だが切り払えたのは全体の4~5割。
まだ、半分以上がサブラクへと向かってくる――
「この俺を欺くことなど、不可能だ」
それに対し、サブラクは体の回転速度をさらに上げることで対抗する。
その高速回転から放たれる剣撃の嵐が、コンマ一秒後にはサブラクに突き刺さっていたであろう杭も、
着弾までに1秒は余裕があったであろう杭も、全てを例外なく切り飛ばし、弾き飛ばす。
そしてサブラクが着地したときには、サブラクの全身を刺し貫くはずだった鋼の杭は、
その全てがさらに細かい鉄片となって地面にばら撒かれていた。
こんな細かい鉄片を針やら釘やらに変形させてサブラクに突き刺したところで、致命傷にはなりえない。
ましてや、その行動を阻害できるかどうかさえ怪しい。
つまり、もう武器としての再利用は見込めないということだ。
「・・・これで終わりか」
決着を確信したサブラク。
そしてその勝ち誇ったのままで、リゾットに向き直る。
「所詮ミステスはミステス。
俺にとって歯応えのある敵には成り得な――」
向き直った、まさしくその瞬間だった。
「があッ!」
サブラクの背を、巨大な鋼鉄の銛が刺し貫いた。
刺し貫かれた勢いで、今度はサブラクが、リゾットがめり込んだ壁の数メートル下の壁に磔になる。
壁に顔面を押さえつけられ、サブラクは視界をふさがれる。
「この程度で、この俺がッ・・・・・・」
しかしまだ即死には至らず、呪詛のような声を上げるサブラク。
そこへリゾットは――
「メタリカッ!」
そのサブラクの背に、さらに大量の剣が突き刺さる。
メタリカの射程距離10メートル。
その領域内にある全ての剣がメタリカによって操作され、次々とサブラクの背に突き刺されていた。
「が・・・あ、あぁ・・・・・・」
なおも呻き声を上げるサブラクを、冷たく無情な剣が刺し貫き続ける。
やがてその呻き声が消えたとき、サブラクの身体は無数の火の粉になって空中に散り、そして消えた。
「勝った・・・のか・・・・・・?」
メタリカで無理やりに身体をビルの壁から引き剥がし、地面に着地するリゾット。
だがサブラクの一撃によって大きなダメージを受けた身体はリゾットの言うことを聞かず、
着地も地面にべしゃりと崩れ落ちるような無様なものであった。
先程のサブラクの、柄尻の打撃を受ける直前、リゾットは自分の体に張り巡らされた血管の、
その内部の鉄分を使い、体内に鋼鉄の鎧を作り上げていた。
それと同時進行で骨格、特に背骨の周囲をメタリカで作った鋼鉄のサポーターで覆い、
骨折による内的ダメージを防いでいたのだ。
そのためにダメージは最小限に抑えられたが、サブラクの攻撃による内蔵の損傷、身体に走った強烈な衝撃、
そしてガードのため、自分の骨格をメタリカで殆ど固めてしまったことのために、しばらく行動不能になってしまった。
そこからは完全に賭けだった。
サブラクに気づかれぬよう、サブラクの後方に大量の鉄原子を集める。
それと同時に、範囲内の剣のうちの10数本をガードに回してサブラクの動きを止める。
そこからはさらに、先程使った全方位からの鋼鉄の杭での攻撃。
それを防がれた後に、サブラクの後方に集めた鉄原子を使い、巨大な銛を作り上げる。
銛でサブラクを突き刺した後は、壁に磔にし、一気に大量の剣を突き刺し、
原型すら留めないほどにサブラクの肉体を破壊する。
リゾットがサブラクを倒すために出した答え。
傷の回復すら出来ないほどに、原形すら留めないほどに、完全にサブラクの身体を破壊する、というもの。
サブラクの正体も正確に掴めなかったリゾットには、サブラクを倒す手段がこれしか浮かばなかった。
そしてそのために、サブラクの一撃を受けてからのコンマ数秒の間にこれだけの作戦を構築し、実行したのだ。
だがリゾットは思い違いをしていた。
「これで3度目か・・・まさか3度も不覚を取ろうとはな。
これほど俺を相手に粘ったミステスは貴様が始めてだ、リゾット・ネエロよ」
サブラクが、「原形を留めない程度の破壊」で死ぬような存在ではない事を知らなかった。
リゾットは声のした先――大通りの真ん中に目を向ける。
そこには、やはり無傷の姿でサブラクが立っていた。
その姿に、リゾットは背骨に氷を詰められたかのような恐怖を感じた。
リゾットは知らない。
全身を刃で刺し貫かれ、杭で刺し貫かれ、
果ては肉体がその原型を留めぬほどに破壊されながらも、尚も平然と生き続けられる存在を。
「バカな・・・・・・貴様、不死身か・・・・・・」
自身も深くダメージを追いながらも与えた会心の一撃。
それですらも通用していないという現実に、先程自分で否定したばかりの言葉がリゾットの脳裏に蘇る。
「何度も言ったはずだ・・・貴様が持ち合わせている程度の火力では、俺を殺し切ることなど出来ないと。
そして――」
サブラクが、地面を蹴る。
たったそれだけの挙動で、大通りを舗装するアスファルトが大きく抉れて吹っ飛んだ。
そんな光景をバックに、凄まじい速度でサブラクがリゾットとの間合いを詰める。
リゾットはサブラクとの距離を取るべく動こうとする。
だが――
「さっきの・・・・・・攻撃で・・・・・・!」
サブラクから受けたダメージはリゾットの予想を遥かに上回るものだった。
足腰はまともに立つこともできないほどに震え、腕もまったく上がらない。
内蔵の損傷、そして身体のダメージが、リゾットの身体を大きく蝕んでいたのだ。
自分の足が役に立たないと判断したリゾットは、メタリカで自分の体を無理やり動かす。
身体を後方へと引っ張り、サブラクと少しでも距離を取ろうとする。
しかし、ただメタリカのパワーを使うだけでは、リゾットは真っ直ぐ後方に下がることしか出来ない。
サブラクの攻撃を回避する事は、出来ない。
そして、サブラクがリゾットの眼前に迫った。
手には、そこに到達するまでの間に地面から引き抜いた一本の剣。
「――貴様では、俺には勝てない」
サブラクの剣が閃いた。
同時に、リゾットの右腕に一筋の赤いラインが走る。
そして――
「ぐっ・・・うおおおおおおおおおッ!」
リゾットの右腕の、肘から先が宙に舞った。
右手の持ち主の叫びが、二人以外に動く者のいない空間に響き渡った。
一方――二人の戦場から数キロほどの距離の離れた、とある場所。
時刻は零時過ぎ。
一人の男が、一つのルールの下に、その力を取り戻していた。
To Be Continued...
最終更新:2007年11月23日 20:53