(ご主人様……ッッ!!)
 白い封絶で覆われた学園屋上で繰り広げられた
フレイムヘイズの少女と紅世の王との壮絶なる死闘。
 その結末の一端を、封絶に刻まれた奇怪な紋章の放つ光に照らされ
その本当に小さな躰を白く染められた燐子の少女はその毛糸の髪を気流に
揺らされながら上空から見ていた。
「オッッッッッッッッッッッッッラァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
「バ……カ……な……!」
 白い光で満たされた屋上全体に響き渡る灼熱の咆吼。 
 その躰を、その精神を、そしてその存在全ての力を大太刀贄殿遮那に込め、
渾心の一撃で以て刳り出されたシャナ極限の超絶技。
『贄殿遮那・星屑焔霞ノ太刀』
 炎気、闘気、剣気の三種の気の融合により具現化した巨大な三日月状の
紅蓮ノ討刃。
 ソレが同時に込められた黄金の輝きを放つ生命光によって爆発的に超加速されて
撃ち出され、火除けの宝具”アズュール”が創り出す絶対火炎防御の結界障壁すらも
超越して突き破り、宝具ごとその操者である紅世の王、”狩人”フリアグネの
長身痩躯の身体を音を超えた速度で斬り飛ばし、二つに別れた身体を
紅蓮の劫火が焼き尽くす。
 さらに標的を討ち果たした紅蓮の刃は、それでも尚強力にその存在を誇示し続け
背後の給水塔に激突して爆砕し、紅蓮の劫火に包まれた狩人の上に
砕けたコンクリートの豪雨を降らす。
 そしてけたたましい音と共に積み上げられた夥しい瓦礫の墓標。
 その最上部に逆さになって突き刺さる打ち砕かれた巨大な鉄塊。
 刻まれる残骸の墓碑銘。
 その一連の出来事を、まるで定められた運命であるかの如く確信を持って見据えていた、
今はその燃え上がるような紅蓮の双眸に黄金の精神の輝きを携えるフレイムヘイズ、
”炎髪灼眼の討ち手”の少女が、手にした紅蓮渦巻く大太刀を足下の瓦礫の上に
鋭く突き立て、右手を逆水平に構えて眼前の破滅の墓標を先鋭に突き刺す。


そしてその小さく可憐な口唇から再び湧き上がるその勇ましき鬨の声。
「私達二人は最強よ!! 絶対誰にも負けないッッ!! 」
 最早その身体と精神とを蝕む苦痛も煩悶も全てその精神の輝きが捲き起こす
黄金の旋風に吹き飛ばしたかの如く、一点の曇りもない表情でシャナは
”狩人”が眠る目の前の墓標に向けて叫んだ。
 その紅蓮と白蓮、二つの存在の激闘の終演を「頭上」から見つめる
燐子の少女のか細い呟き。
「……主人……様……?」
 先刻、その存在を文字通り真一文字に両断された壮麗なる紅世の王が
己が自在法より無から生み出した最愛の存在。
 意志を持つ肌色フェルトの人形”燐子”マリアンヌの開かない口唇から
上がる叫び。
「ご主人様ァァァァァァァァァァッッッ!!!」
 その、この世の何よりも何よりも悲痛な声に、
シャナはゆっくりと首だけ動かして宙に浮くマリアンヌに向き直る。
 そして、完全にいつもの通りに戻ったその凛々しき風采で、
「見ての通りよ。おまえのご主人様は、たった今この私が討滅したわ!」
まるで瞳の虹彩を射抜くようなフレイムヘイズ特有の鋭利な眼光で、
簡潔にしかし有無を言わさぬ強い口調で燐子の恋人にそう告げる。
「ウソ!ウソ!ウソよッッ!!私のご主人様がオマエなんかに!
フレイムヘイズなんかにやられたりするわけない!!
この私を置いて一人死んでしまったりするわけないッッ!!」
 口元に笑みを浮かべた愛らしい表情とは裏腹に、マリアンヌの声は悲哀に充ち、
何度も何度も頭を振ってシャナの言葉と目の前の現実を否定した。
「事実よ。おまえも王の従者だったのなら黙って受け止めなさい」
 再び、シャナは凛々しく、強く、異論を許さない口調でマリアンヌにそう宣告する。


「王を討滅した以上、もうおまえに用はない。無益な討滅も好まない。
おまえはすぐにここから立ち去ってこの事実を”あの男”に伝えなさい」
 そう言って一度瞳を閉じ、強い決意と共にその真紅の双眸を見開くと、
「そして、アイツを、『星の白金』を討滅したいのなら
” 今度はおまえ自身が直々に出てきなさい ” とね」
そうマリアンヌに己のメッセージを完結に告げる。
 その、シャナの脳裡に甦る、この世のありとあらゆるあらゆる存在を
超越した一人の男の姿。
 肩に掛かる、まるで眩い無数の光彩を糸にして束ね連ねたかのような
長く美しい金色の髪。
 煌めく宝石のように危険な輝きを放ち、しかし同時に他の存在を惹きつけて止まない
魅惑的な黄金の瞳。
 妖艶な色彩を称え豊熟した背徳の果実のように蠱惑的に潤った口唇。
 ソレら全ての要素に絡みつくかのようにその全身から立ち昇る
本当に男とは想えない、否、そんな些末な男女の概念等超越したかのような
凄艶な色香。 
 神麗と闇黒。
 相反するその二つの属性をその絢爛たる躰の裡に内在させた、
この世界の渾沌を司る一人の男。
 今まで討滅した ”紅世の徒” 等較べものにもならない、文字通り
世界を揺るがす程の威圧感(プレッシャー)と絶大なる邪悪の大気とを
携えた、最早超常という枠すらも逸脱した完全無欠なる存在。
 その名は 『DIO』
 叉の名を ”邪悪の化身” 『幽血の統世王』
 あの男の存在の全容は、いまでも計り知れない。
 あの男が最後に自分に見せた黄金の光の正体は、今でも想像すらつかない。
 でも。
 それでもッ!


「あと!これも伝えてッ!」 
 胸中に唐突に湧き上がった何よりも熱い一つの使命感、否、
それよりも遙かに強い感情にシャナはその頬を朱に染められながら
出来るだけ速く、そして端的にマリアンヌに告げる。
「 『星の白金』 空条 承太郎はッ!フレイムヘイズであるこの私が護る!
おまえなんかに指一本触れさせないとねッ!」
 早口でそう口走りながらも無意識内に心の中で競り上がってくる、己の力に対する疑念。
 果たして、本当に、そんな事が可能なのだろうか?
 その、真実(ほんとう)の能力(ちから)は疎か
本来の主力である『幽波紋(スタンド)』すらもを使っていない「生身」の状態で、
あの男の絶大なる「幽血」の力の前に手も足も出なかった自分が
再びその世界を覆い尽くすような存在を目の前にして果たして『そんな事』が。
 でも、そんな大言壮語を吐きながらも、シャナは何故か
恐怖も絶望も微塵も感じなかった。
 状況は、アノ時より遙かに悪くなっていると言って良かった。
 このほんの数日の間に『法皇』の名を冠する手練の「幽波紋(スタンド)戦士」や
たった今討滅した紅世の王、 ”狩人” フリアグネのように強力な存在が先陣として
来襲してきたという事実。
 この事から類推して出る答えはただ一つ。
 あの男の現世と紅世、両世界の支配体系はもうほぼ完璧に整いつつあるという事。
 そう。
 明日にでもこの世界の存在全てがそのバランスを決壊させて
潰滅してしまったとしても何ら不思議はない。


でも。
 それでも。 
 自分は何も恐れない。
 だって、あの時とは決定的に違う「真実」が今の自分にはあるから。
 今度は、 ”一人じゃない” から。
 今度は、 ”アイツが傍にいる” から。
 いてくれる、から。
 だから今度は、絶対負けない。
 アイツと私なら。
 二人一緒なら。
 どんな巨大な存在にも絶対負ける筈がない。
 きっと。
” 何でも出来るッッ!!”
 精魂の叫びと共に心の中で吹き荒れる灼熱の烈風。
 特別な根拠は何もない。
 しかしいつの間にか何よりも強い確信がシャナの心の裡に確かに存在していた。
 アイツが自分にくれた、人間の存在の「証」である、
生命の賛歌が創り出す黄金の精神の輝き。
「勇気」と共に。
 宵闇に輝く明けの明星よりも強い輝きで自分の存在を照らし出してくれていた。



『ーーーーーーーーーーーーーーーーァァァァァァァッッッッ!!!!』



「ッッ!!」
 遠くで、聞こえる。スタープラチナの咆吼。
 それはきっと、アイツの精神の咆吼(さけび)。
 魂の誓約。
『護るべき者を護る』という誰に命令されたわけでもなく、
自分のようにフレイムヘイズとしての使命を課せられた存在でもなく、
自らの意志で己の『正義』を貫き続ける人。
 その事を誇らしく想う反面、何故か心の淵で湧いた切なさによく似た感情が
シャナの紅い瞳を滲ませる。
「バカ……大バカ……」
 微かにその瞳を潤ませて、シャナは静かにそう呟いた。 
 同時に心の中から止め処なく湧き上がる、幾千の感情(ことば)。


 誰も、誉めてなんかくれないのに。
 誰も、感謝なんかしてくれないのに。
 それどころか、自らの行為を認識すらもしてもらえないのに。
 それでも、おまえは、戦い続けるの?
 例え全身傷だらけになったとしても?
 例え腕や足を引き千切られたとしても?
 それでも……?
 ずっと……?



(何か……ズルイな……)
 シャナは少しだけ嫉妬の混じった口調で、心の中でそう呟いた。
 だって、あまりにも正しくて格好良すぎて非の打ち所がないから
自分の立つ瀬がなくなってしまう。
 自分が、アイツに『してあげられる事』が何もなくなってしまう。
”アイツ” とはいつでも、いつまでも 「対等」 の立場で在りたいのに。
 何故かシャナの脳裡に、一人の女性の姿が唐突に想い浮かぶ。
 無口で、無表情で、不器用で、でも誰よりも何よりも自分の身を案じ、
愛してくれた女性(ひと)
 崩壊した天道宮での別れの時垣間見せた、その何よりも切な気な表情。
 シャナは心象の中のその女性(ひと)に、静かに問いかける。
(貴女もあの時……今の私と同じ気持ちだったの……?
ねぇ……?ヴィルヘルミナ……)
 心の中で語りかけたその女性(ひと)は、白いヘッドドレスで彩られた
ただただ美しい想い出の中の姿のまま、何よりも優しく自分に微笑むだけ。
 遠い追憶の中最後に見せた、身と心とを引き裂くような痛みを
押し殺してでも自分に微笑みかけてくれた、翳りのない強さと美しさと共に。
 それを答えだと受け取ったシャナは、もう一度瞳を閉じて自分の想いを反芻する。
” 間違ってない ”
 彼女がそう言ってくれた気がするから。
” あなたが正しいと信じた事に、天下無敵の幸運を ”
 彼女がそう勇気づけてくれた気がするから。
 だから、シャナは。
「ありがとう……ミナ……」
 今はただそれだけを、今はもう傍にいない彼女に言った。 
 湧き上がる万感の想いを一つに束ねてただ一言。
 それだけを。
(むぅ…… ”万条の仕手” ……か……)
 シャナの口唇から漏れたその名に、胸元のアラストールが心中で小さく声を漏らした。
その上でシャナは再び瞳を閉じて、己の想いを綴る。
 綴り、続ける。


 もっと、楽に、生きれば良い。
 おまえは、 ”フレイムヘイズ” じゃないんだから。
 ちょっと変わった能力(ちから)を持っただけの、生身の「人間」なんだから。
 そうすれば、エメラルドの光に胸を引き裂かれて全身血に塗れ、
無惨な姿で地に伏する事もない。
 心も体もボロボロなのに、自ら傷を引き裂いて血を噴きながら
己の限界を超えて戦う必要もない。
 助ける筈の存在を操られて利用され、激しい存在の痛みを代償に
永遠に忘れられてしまう事もない。
 そして……
 数多の紅世の王すらも下僕にする、この世界史上最大最強の存在と
戦わなければならない「宿命」を負う事もない。 
 そう……
 嫌だと言って逃げれば良い。
 関係ないと言って投げ出せば良い。
 後は私達フレイムヘイズに任せれば良い。
 そんな重過ぎる定めを、おまえに強制する権利なんて誰にもないんだから。
 でも。
 それでもおまえは。
 …… 
 戦う、の?
 その余りにも苛酷過ぎる己の「運命」を哀しむ事もなく、嘆く事もなく、
ただ「覚悟」だけをその裡に秘めて。
 全てを受け入れ、全てに納得して。
 戦い、続けるの?
 おまえの精神の裡に宿った、或いは受け継がれてきた、
祖先達の「血統」と「絆」と共に。
 己が正しいと信じる『正義』の為に。


渇いた風が一迅、シャナの傍らを通り過ぎ爆炎で灼き裂かれた彼女の纏う
黒衣の裾を揺らす。
 その少女の脳裡に甦る、ジョセフの屋敷の応接室で見せてもらった
古い背表紙の分厚いアルバム。
 その中に納められた、モノクロームの写真、数え切れない程多くの人々の姿。
 その全ての人達が、皆アイツと同じ瞳の輝きを持っていた。
 そして、微笑っていた。
 その誇り高き血統によって導かれた幾千の因果の流れの中で。 
 その記憶を思い起こしたシャナの口唇から静かに零れる、
何の偽りもない本当に本当に正直な気持ち。
「優しいんだね……おまえの……「歴史」は……」 
 想いはいつか、「彼」という一個の存在すらも超えて、
現在(いま)の彼を形創った「時」の流れにまで溯り、そして拡がっていった。
 そのシャナの心の中で静かに滔々と沁みいずる、今まで体感した事のない
緩やかで温かな存在の何か。
 胸の中心で芽吹くようにゆっくりと湧き上がり、そして刹那の淀みもなく
意識の全領域に拡がって膨大なるシャナの存在の器を隈無く充たしていく。
 素直に、ただ、感謝したかった。
 彼の存在を育んでくれた全ての人達に。
 その感覚に他の何にも代え難い心地よさを感じたシャナは、
白い封絶が巻き起こす気流に膝下まである長い髪を空間に揺らしながら、 
何よりも穏やかで優しい微笑をいつのまにかその小さく可憐な口唇に浮かべていた。
(………………)
 胸元のアラストールは、その少女の様子を黙って見守っていた。
 表情にこそ現さないが心中に浮かんだ一抹の驚きと共に。
『少女は今まで、封絶の中で微笑った事が無かった』
 こんなに、穏やかな表情で。
 まるで、暖炉の前で母親と会話をする娘のように、安らいでいる表情で。


少女の、シャナの、使命に燃える凛々しい表情はこれまで
それこそ星の数ほど見てきた。
 力強く、誇り高い子である事も知っていた。
 しかし、こんなに優しい笑顔を浮かべる子だったとは。
 戦鬼のようなフレイムヘイズの「業」の渦中にありながら
こんなにあたたかな心を微塵も失わない子だったとは。
 不覚ながら今現在に至るまで気づかずにいた。
(どうやら……我の「選択」は間違いではなかったらしいな……)
 シャナに釣られたのか心の中でほんの少しだけ笑みを浮かべた
胸元のアラストールの、その更に深奥で静かに形を成す、
フレイムヘイズである少女の真の決意。
 フレイムヘイズ ”炎髪灼眼の討ち手” として今まで生きてきた名も無き一人の少女。
 その凄絶なる戦いの日々、これまでの「運命」を全て受け継ぎ。
 そして、今、新たに始まる。
 どんな深い絶望の中であろうとも、希望という「星」の光を
決して見失わない気高き血統の者達との出逢いによって生まれた、
今、ようやく産声をあげる事の出来た一人の「人間」
”空条 シャナ”としての戦いが。
 もう自分は「討滅の道具」なんかじゃない。
 ようやく私は「人間」になれた。
 或いは「転生」した?
 解らない。
 解らないけれど。
 でも、今の自分はフレイムヘイズである以前に、
一人の「人間」だと胸を張って言うことが出来るから。
 最愛の人達から貰った、この世でたった一つだけの「名前」があるから。


 だから、もう、淋しくはない。
 その事に目を背けて心を押し殺す必要もない。
 だってこんなに素晴らしい人達に自分は出逢うことが出来たのだから。
 ジョセフ。スージー。エリザベス。ホリィ。
 この世界の何よりも誇り高く気高い血統の人々。
 こんなにあたたかい人達に自分という存在は囲まれていたのだから。
 その事を、今は何よりも大切に想えるから。
 どうして、その事に今まで気づかなかったのだろう?
 でも、それを自分に気づかせてくれたのは他の誰でもない。
 同じ血統の末裔である”アイツ”だ。
 ただ、それだけの、当たり前の事実。
 それが何より、シャナには嬉しかった。
 本当に本当に、シャナは嬉しかった。
 そして共に見た空を見上げて、何よりも透明に澄んだ声で
しかし何よりも強い声でシャナは己の決意を天空に誓う。
「私、ついて行くよッ!どんな暗い、喩え「世界」の闇の中で在ったとしてもッ!」
 脳裡に甦る、さっき別れる直前に一度だけ見せてくれた、
その栄光を司るかのように高潔な彼の微笑。
 その存在が、心の中心で捲き挙がる白金の旋風が、
心に巣くった「幽血」の恐怖など跡形もなく全て吹き飛ばす。
(怖く、ない……ッ!きっと……おまえと一緒なら……ッ!)
 だから。
 二人で行こう。 
 どこまでもどこまでも。
 遠くまで。



”この世界の遙か彼方までッッ!!”



そう心の中で快哉を叫んだシャナの目の前に、再びゆっくりと世界が戻ってくる。
 絶え間のない破壊の残響と消滅の砕動。
そんな、いつもと何ら変わる事のない、殺伐として、淋しくて
何よりも冷たい戦場の空気。
 でも、今のシャナには、その破滅の戦風すらも、何よりも清々しく感じられた。
 吸い込む空気は、今までにないほど爽やかに胸の中を満たした。
 やがて、少女の心の裡に決着が付いた事を敏感に悟った紅世の王が、一言。
「もう。良いのか?」
「ウン!」
 大きくシャナは胸元のアラストールに向かって頷いた。
「……では行くか。彼奴(あやつ)の許に」
「ウンッ!アラストール!早くアイツに逢いに行こうッ!」
 一際大きくそう叫び、シャナは過去との決着を付けた
瓦礫の墓標に背を向けた。
 アイツに逢ったら、まず、何を話そう。
 言いたいことは山ほどある。
 話したいことも沢山ある。
 でも、その数が多すぎて、何から話して良いか解らない。
 それに、きっと、いつものように素直になれなくて想っている事とは
逆の事を言ってしまうかもしれない。
 でも、それで良い。
 それが、良い。
 何気のない日常。
 紅世とも封絶とも隔絶されていない、緩やかな存在の変化のみが
日々繰り返される平穏な世界。


それが何よりも大切なものだと今は想えるから。
 その世界を護れた事を、アイツの血統の人々と同じ事が出来た事を、
今は何よりも誇りに想えるから。
 だから、何を話すかは考えないで行こう。
 アイツの顔を見たら、その時一番言いたい事を言おう。
 多分、いつものアノ台詞になってしまうとは想うが。
 そして。
 その後。
 そうだ。
 二人でアノお店に行こう。
 初めて逢った日に、ジョセフ達と行ったあの喫茶店に。
 正直疲れたし、お腹も空いた。
 この前頼めなかったものを片っ端から全部網羅しよう。
 勿論、アイツの ”オゴリ” で。
 自然と溢れてくる笑みをシャナは自分でも可笑しいなと想いながら
かみ殺し、でも巧くいかないので仕方無しに笑顔のまま
足下の毀れたコンクリートを強く蹴って駆け出す。
(いま……すぐにそっちに行く……ッ!待ってて……!)



”ジョジョッッ!!”



心の中で何故か自然に浮かんできた、でも確かに今自分で決めた彼の綽名を
強く口ずさみ、駆け出したそのシャナの背後で。
 堆く積み上がった残骸の墓標が。
 突如、何の脈絡も無く弾けた白い閃光と白炎と共に激砕する。
 その破壊空間に不可思議な紋字と紋章とを空間に迸らせながら。
 そして、けたたましい破壊音と同時に湧き上がる狂気と憎悪に充ち充ちた怒号。
「がああああああああああああァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
「ッ!!」
 振り向いたシャナの眼前で白い閃光の放つ強大な衝撃波によって
直上に吹き飛ばされ、粉微塵となって爆砕される無数の瓦礫。
 まるで薄紙のように引き裂かれる、最上部突き刺さっていた給水タンクの残骸。
 その砕かれた灰燼の豪雨の中に浮かび上がる白い光のシルエット。
 白炎を司る壮麗なる紅世の王。
 今は、シャナの超絶技と瓦礫の豪雨にその長身痩躯の身体を悉く蹂躙され
その耽美的な風貌も雰囲気も完全に粉砕された”狩人”フリアグネの無惨なる姿。
 上質のシルクで仕立てられた純白のスーツは斬衝と焦熱とで至る所がズタボロに
引き千切られ、残骸と余燼にまみれて惨憺足る有様になっている。
 まるで、今、シャナの手によってこれ以上ない位に討ち砕かれた
彼の誇りを象徴するかのように。
 そして。
 心身共に己が宿敵に蹂躙され尽くしたその純白の貴公子は、
先刻までと同一人物とは想えないほどの、まるで煮え滾る黒いマグマのような
憎悪を全身から放ち、そして空間が罅割れるかのような狂声を
その整った白い歯を剥き出しにしてシャナに浴びせた。


「貴様ァァァァァァァァァッッ!!フレイムヘイズゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
この「討滅の道具」風情がよくもッッ!!よくも王足るこの私に!!
この私にィィィィィィィィィィッッ!!」
 この世界に存在して以来初めて体感する、その永い年月を賭して築き上げた
白水晶のような誇りを跡形もなくズタズタに引き裂かれた「屈辱」にその身を震わせ
激昂するフリアグネに。
「ハァ……」
 と、シャナは苛立たしげに大きく一つため息をついた後。
「何、邪魔してンのよ……ッ!」
 奥歯をギリっと軋ませ怒気の籠もった声を零す。
 そして、軽やかにくるりと身を反転させて振り返り、
ふわりと揺れる黒衣の中その細く小さな顎をやや高く持ち上げ、
遙か高見から見据えるような表情を執ると。
「やれやれだわ。 ”狩人” 」
 彼譲りの剣呑な瞳で不敵にそうフリアグネに告げる。
 そして。
 ゆっくりと開いた右手を前に差し出すと。
「おまえ?同じ事を二度言わせないでほしいわね?
『一度で良い事を二度言わなければならないというのは……』」
 口唇から言葉を紡ぎながら差し出した右手を素迅く反転させる。
「そいつの ”頭が悪い” っていう事よッッ!!」
 その紅蓮の双眸を凛々しく見開き、もうすっかり構えが定着した
逆水平の指先で堕ちた紅世の王を空間越しに鋭く突き刺す。
「ッッ!!」
 そのシャナの想わぬ言動に、フリアグネは怒りで一瞬思考が停止状態に陥り
絶句する事を余儀なくされる。


そのフリアグネに対し。 
 シャナ、は。 
「私の名前は ”空条 シャナッッ!!”
「同胞殺し」でも「討滅の道具」でもないッッ!!
もう二度と間違えるんじゃあないわッッ!!」
 まるで己自身が炎の化身へと転身したかのような、あらん限りの
灼熱の咆吼で、己が全存在をフリアグネに向けて刻みつけた。



←PAUSEッッ!!

STARDUSTφFLAMEHAZE*

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最終更新:2007年12月06日 17:59