気分は最悪。何とも忌々しい。
荒木飛呂彦。太田順也。二人の男は私達に『殺し合いをしろ』と言った。
見せしめとしてあの神様を殺し、私達をこの場に駆り出した。
…私自身、殺し合いそのものには慣れてる。数百年の間、妖怪共を無差別に退治していた時期があった。
あの頃の私はかなり荒れていただけに、倒した妖怪を手にかけることなんてザラにあった。
今だって定期的に「あいつ」と殺し合いをしている。とはいえ相手は自分と同じく不老不死なので、どちらも死にはしないけれど…。
「誰かを殺す」ということ自体への恐怖心は私にはない。
千年以上も彷徨い続けて、私の手はとっくの昔に血の色に染まってる。
だけどこの殺し合いは許容出来ない。あの主催者達は、楽しんでいる。
「死」という恐怖で参加者達を縛り付け、強制的に殺戮の場へ駆り出す。
現に、あの神様だって虫を捻り潰すかのように簡単に粛清されてしまったんだ。
ここには弾幕ごっこのような華やかさも美しさも存在しない。
あるのはただ…凄惨な殺し合いという、黒く淀んだ…嘘のような現実だけだ。
…馬鹿げている。望まない者達すらも、無理矢理こんな狂った催しに巻き込む。
そんな主催者に抱いた感情は、『悪趣味』かつ『最悪』。
こんなふざけた殺し合いに乗るつもりなんて微塵も無かった。
殺し合いなんてのは、やりたい奴だけで勝手にやればいい。
…私と、輝夜のように。
主催者の力は計り知れない。もしかしたら、すぐに手を打たれて始末されてしまうかもしれない。
…だが、それでもおめおめとあいつらに従いゲームに乗ろうなどと言う気にはならなかった。
こんな殺し合いに嬉々と乗る程、私は腐ってはいないつもりだ。
例え万に一つの勝ち目しか無いとしても…出来る限りの抵抗はしてみせる。
―――一先ず彼女は、その場で名簿や支給品を確認した。
まず、ランダムアイテム。…入ってたのは折り畳まれた紙。それも複数。
…手紙か何か?とでも思ってそのうちの一つを開いてみることにしたのだが…
「…おぉっ!?」
そう、開いた紙の中から突然物体が飛び出してきたのだ!
というより、突然紙の中から『出現した』と言った方が正しい気がする。
どうやら支給品やら荷物やらは、この紙の中に入っているらしい。スキマに近い能力なのだろうか?何とも摩訶不思議な…。
ともかく、一つ目のランダムアイテムは「一八七四年製コルト」と書かれている物体。
形状や構造を見る限り…銃器?数百年前に火縄銃程度なら見たことがあるが…こんな代物は初めて見た。
恐らく…いや、確実に『外来品』だろう。ご丁寧に予備弾薬まで用意されている。
此処の引き金を引けば銃弾が発射される、と言うことくらいは理解出来た。
そして二つ目の支給品。……ただの煙草だった。別に私は煙草が好きと言うわけでもないので、それは適当にしまっといた。
そして、名簿の確認。
名簿には見知った名前が幾つも見受けられる。それを見て抱いたのは「やっぱり…」と言った感情。
ゲームのルール説明が行われたあの最初の空間。そこでは幻想郷の住民の姿が数多く見られたのだ。
人間。魔法使い。妖怪。亡霊。吸血鬼。果ては、『蓬莱人』。
知っている限りでも、もはや『何でもアリ』と言わざるを得ない人選だった。
妖怪や吸血鬼は兎も角…蓬莱人は死ぬはずがない。不老不死を手に入れた存在なのだから。
…だが、あの男はこう言っていた。
『自分は頭を破裂させられても生きていける』なんて考えるなよ。
吸血鬼や柱の男、妖怪に蓬莱人なんかも、この場にいる全員例外はないんだ』
あの男の言葉を信じるならば、自分は『死ねる身体』になっていると言うことだ。
蓬莱の薬で確かに不老不死になっているはずだというのに…どんな原理で私の身体を弄くったんだ?
不老不死すら無効化するとなると、奴らは相当「やばい」力の持ち主なのかもしれない。
…まぁ、今はまだ置いておこう。情報が少なすぎて考えようが無い。
それよりも、引っかかり続けるのは―――
「…………例外はない、か。」
ぼんやりと見下ろすように、私は自分の身を眺める。
焼き尽くされようが、穿たれようが、斬り飛ばされようが…何事も無く永劫の時を生き続けてきた、この身。
だけど、それすらもここでは意味を成さなくなる。
普通の人間と同じように、死ぬことが出来る。
今までも、そしてこれからも囚われ続けるであろう永劫の輪から抜け出すことが出来る。
「親しい者との死別」という、何度も繰り返した哀しみからも解放されるのかもしれない。
もし、本当に死ねるとしたら…もしかしたら…それが私にとって、幸せなことなのかも。
永遠から解放されるなら、それでもいいのかも。…いいのかもしれない。
…でも。私は此処で「死のう」とは思わない。
例えいずれ、本当に死を迎える運命であるとしても。
狂った殺し合いの地で死にたいだなんて、これっぽっちも思わない。
何も出来ずに…下衆な奴らに踊らされたまま終わるなんて、私は真っ平御免だ。
その場で思慮を続けていた私は、今後の方針についても改めて頭の中で纏めようとした。
…だけど、そうしている暇はすぐに無くなった。何故かって?
『別の参加者』が、現れたからだ。
「…………。」
そいつは北の方角から、一歩一歩…確かな足取りでこちらに向かってくる。
木々に隠れて姿がよく見えなかったけど…草木などを掻き分ける音と共に、少しずつその姿が見えてくる。
…一言で言うと、浅黒い肌をした筋肉隆々の半裸大男。
逞しい肉体を衣服のあちこちから露出させているのが何とも強烈。
何というか…古代人?とか一瞬思ってしまうような出で立ち(まぁ、千年くらい前から生きてる私も古代人みたいなものだろうけど)。
幻想郷であんな奴を見たことはない。というか、外でもあんな出で立ちの奴見たことがない。
男は深い森の奥から現れて果樹園にいる私の方を向き、一歩一歩踏み頻るようにゆっくりと歩み寄ってくる…