Like a Bloody Storm

静寂と月明かりのみがその場を包む。
そこは幻想郷の地でも名の知れた原生林―――魔法の森。
キノコの胞子や魔力による瘴気が漂うその森は、魔法使いが多く住み着くという。
とはいえ、人間にとっては『呼吸するだけで体調を崩す』というレベルの悪環境と言われる。
殺し合いの会場である以上、『普段の魔法の森』と比べればまだマシなレベルになってはいるが。
 
その森の南方の外れに存在するのは、本来あるはずのない、開けた『果樹園』。
傍には小さな小屋も存在している。魔法の森の内部にこのような果樹園など無い…はずだった。
 
 
――と言っても、『彼女』も此処の全てを把握しているというわけじゃあない。
普段は人里や竹林の方をうろついている。魔法の森には滅多に訪れない。
直接赴くことは殆どなかったが…『森の南方に果樹園がある』なんて話自体は、噂にも聞いたことが無かった。
 
 
「……………。」
 
紅い瞳を周囲の果樹園に向けながら、白髪の少女は小屋の傍に立っていた。
冷静に視線を辺りに向けるその姿は、少女にしてはどこか大人びて見える。
当然と言えば当然のことだ。彼女の名は「藤原妹紅」。
蓬莱の薬を飲んだことにより不老不死となり、千年以上の時を生きている『蓬莱人』。
少女の外見とは不釣り合いとも言えるような長い生を、彼女は経験しているのだ。
数百年を超える時を生きること自体は、長命な妖怪が多数存在する幻想郷ではあまり珍しいことではない。
しかし彼女は正真正銘の不老不死。他の妖怪達が朽ち果てようと、永劫のような時が流れようと生き続ける、久遠を生きる存在。
本来ならば、殺し合いなんかで死ぬような少女ではなかった。
 
 
だが、今の彼女は―――――――
 
 
◆◆◆◆◆◆
 
 

 
 
 
気分は最悪。何とも忌々しい。
荒木飛呂彦。太田順也。二人の男は私達に『殺し合いをしろ』と言った。
見せしめとしてあの神様を殺し、私達をこの場に駆り出した。
 
…私自身、殺し合いそのものには慣れてる。数百年の間、妖怪共を無差別に退治していた時期があった。
あの頃の私はかなり荒れていただけに、倒した妖怪を手にかけることなんてザラにあった。
今だって定期的に「あいつ」と殺し合いをしている。とはいえ相手は自分と同じく不老不死なので、どちらも死にはしないけれど…。
 
「誰かを殺す」ということ自体への恐怖心は私にはない。
千年以上も彷徨い続けて、私の手はとっくの昔に血の色に染まってる。
だけどこの殺し合いは許容出来ない。あの主催者達は、楽しんでいる。
「死」という恐怖で参加者達を縛り付け、強制的に殺戮の場へ駆り出す。
現に、あの神様だって虫を捻り潰すかのように簡単に粛清されてしまったんだ。
ここには弾幕ごっこのような華やかさも美しさも存在しない。
あるのはただ…凄惨な殺し合いという、黒く淀んだ…嘘のような現実だけだ。
…馬鹿げている。望まない者達すらも、無理矢理こんな狂った催しに巻き込む。
 
そんな主催者に抱いた感情は、『悪趣味』かつ『最悪』。
こんなふざけた殺し合いに乗るつもりなんて微塵も無かった。
殺し合いなんてのは、やりたい奴だけで勝手にやればいい。
…私と、輝夜のように。
 
主催者の力は計り知れない。もしかしたら、すぐに手を打たれて始末されてしまうかもしれない。
…だが、それでもおめおめとあいつらに従いゲームに乗ろうなどと言う気にはならなかった。
こんな殺し合いに嬉々と乗る程、私は腐ってはいないつもりだ。
例え万に一つの勝ち目しか無いとしても…出来る限りの抵抗はしてみせる。
 

―――一先ず彼女は、その場で名簿や支給品を確認した。
まず、ランダムアイテム。…入ってたのは折り畳まれた紙。それも複数。
…手紙か何か?とでも思ってそのうちの一つを開いてみることにしたのだが…
「…おぉっ!?」
そう、開いた紙の中から突然物体が飛び出してきたのだ!
というより、突然紙の中から『出現した』と言った方が正しい気がする。
どうやら支給品やら荷物やらは、この紙の中に入っているらしい。スキマに近い能力なのだろうか?何とも摩訶不思議な…。
ともかく、一つ目のランダムアイテムは「一八七四年製コルト」と書かれている物体。
形状や構造を見る限り…銃器?数百年前に火縄銃程度なら見たことがあるが…こんな代物は初めて見た。
恐らく…いや、確実に『外来品』だろう。ご丁寧に予備弾薬まで用意されている。
此処の引き金を引けば銃弾が発射される、と言うことくらいは理解出来た。
そして二つ目の支給品。……ただの煙草だった。別に私は煙草が好きと言うわけでもないので、それは適当にしまっといた。
 
そして、名簿の確認。
名簿には見知った名前が幾つも見受けられる。それを見て抱いたのは「やっぱり…」と言った感情。
ゲームのルール説明が行われたあの最初の空間。そこでは幻想郷の住民の姿が数多く見られたのだ。
人間。魔法使い。妖怪。亡霊。吸血鬼。果ては、『蓬莱人』。
知っている限りでも、もはや『何でもアリ』と言わざるを得ない人選だった。
妖怪や吸血鬼は兎も角…蓬莱人は死ぬはずがない。不老不死を手に入れた存在なのだから。
…だが、あの男はこう言っていた。
 
 
『自分は頭を破裂させられても生きていける』なんて考えるなよ。
 吸血鬼や柱の男、妖怪に蓬莱人なんかも、この場にいる全員例外はないんだ』
 
 
 
あの男の言葉を信じるならば、自分は『死ねる身体』になっていると言うことだ。
蓬莱の薬で確かに不老不死になっているはずだというのに…どんな原理で私の身体を弄くったんだ?
不老不死すら無効化するとなると、奴らは相当「やばい」力の持ち主なのかもしれない。
…まぁ、今はまだ置いておこう。情報が少なすぎて考えようが無い。
それよりも、引っかかり続けるのは―――
 

 
 
「…………例外はない、か。」
 
ぼんやりと見下ろすように、私は自分の身を眺める。
焼き尽くされようが、穿たれようが、斬り飛ばされようが…何事も無く永劫の時を生き続けてきた、この身。
だけど、それすらもここでは意味を成さなくなる。
普通の人間と同じように、死ぬことが出来る。
今までも、そしてこれからも囚われ続けるであろう永劫の輪から抜け出すことが出来る。
「親しい者との死別」という、何度も繰り返した哀しみからも解放されるのかもしれない。
もし、本当に死ねるとしたら…もしかしたら…それが私にとって、幸せなことなのかも。
永遠から解放されるなら、それでもいいのかも。…いいのかもしれない。
…でも。私は此処で「死のう」とは思わない。
 
例えいずれ、本当に死を迎える運命であるとしても。
 
狂った殺し合いの地で死にたいだなんて、これっぽっちも思わない。
 
何も出来ずに…下衆な奴らに踊らされたまま終わるなんて、私は真っ平御免だ。
 
 
 
 
その場で思慮を続けていた私は、今後の方針についても改めて頭の中で纏めようとした。
…だけど、そうしている暇はすぐに無くなった。何故かって?
『別の参加者』が、現れたからだ。
 
 
 
「…………。」
 
そいつは北の方角から、一歩一歩…確かな足取りでこちらに向かってくる。
木々に隠れて姿がよく見えなかったけど…草木などを掻き分ける音と共に、少しずつその姿が見えてくる。
…一言で言うと、浅黒い肌をした筋肉隆々の半裸大男。
逞しい肉体を衣服のあちこちから露出させているのが何とも強烈。
何というか…古代人?とか一瞬思ってしまうような出で立ち(まぁ、千年くらい前から生きてる私も古代人みたいなものだろうけど)。
幻想郷であんな奴を見たことはない。というか、外でもあんな出で立ちの奴見たことがない。
男は深い森の奥から現れて果樹園にいる私の方を向き、一歩一歩踏み頻るようにゆっくりと歩み寄ってくる…
 

 
 
「よォ、小娘」
 
男は歩きながら、太く低い声でこちらに向けて声を発する。
その声から滲み出ているものは、ドシリと響き渡るような威圧感。
体格といい声といい、随分と強烈なプレッシャーを感じさせるというか…。
ともかく、私は男の挨拶に返答することもなく黙ったまま目を向けていた。
 
「お前みたいな可愛らしいお嬢ちゃんまで殺し合いに巻き込まれてるとはなァ。
 荒木に…太田と言ったか。奴ら、随分とご趣味の悪い『人間』だそうだ」
「…同感ね。酷い趣味だし、勝手にこんな場所に呼び出されて…迷惑極まりないって奴よ」
「フフフ…あぁ、『勝手に呼び出された』ってェなら俺もその口だ。
 それに、どうやら此処には俺の『仲間』達もいるみたいでね」
「へぇ。お互い境遇は似たようなモノってとこかしらね」
「……ま、そう言った所らしいぜ?」
 
そこはかとなく飄々とした態度を取る目の前の男は、私と言葉を交わしながら歩を進めている。
ずんずんと地を踏み、私の方へと確実に向かってきているのだ。
どこか威圧的な雰囲気すら感じる一歩一歩を、地に刻み続けるかのように。
男は口元に不敵な笑みを浮かべながら…やがて、私の目の前まで辿り着いた。
仁王立ちの状態で立ち止まり、男は私をゆっくりと見下ろしている。
近くで見ると…やっぱり、かなりの巨体だ。とはいえ、それで怖じるつもりもないが。
2m前後の身の丈を持つ目の前の大男を、私は見上げていた…
 
「なあ、小娘。あの主催者の男がルール説明の際に言っていたが…
 ―――此処には、『神々』や『妖怪』が存在するんだとな?」
「そうね、というか妖怪とかとはしょっちゅう会ってるわよ?
 魑魅魍魎の類いなんて、案外沢山いるわ」
「ほう…?」
 
男は私の返答に対して興味深そうな反応を示す。
この男は妖怪や神々について知らないようだ。やはり外界出身の人間か何かだろうか。
…いやまぁ、雰囲気的には『ただの人間』のようには思えないけど。
妙にニヤついた笑みを浮かべながら、男は更に問いかけてきた。
 
「小娘、お前はどうなんだ?お前も俺の知らない『何か』なのか」
「別に?私はあくまで人間。ただ、違うことと言えば…『ちょっと特殊な身体してる』ってこと」
「……………。」
「まぁ、平たく言えば―――――――――」
 
 
私は自分の身について、少し語ろうとした。
わざわざ男から問いかけられたのだ。何となくの気まぐれに、話してみようかとも思った。
だが、この会話は直後に力づくで途切れることになる。
この後の男の行動によって。
 
 
 
 
「あぁ、もういいぜ。貴様に少しばかり興味が湧いてきた…
 あとは『自分で』確かめる。どちらにせよ、俺はお前を―――」
 
 
私の言葉を遮るかのように発せられた男の言葉の直後。
直後に私の顔に目掛けてそれは放たれる。
私の視界が、生々しい紅の色に染まる。
殺し合いの中で何度も見てきた『色』。
そう。目の前の男の身体から放たれたものは真っ赤な『血液』。
それが私の顔面にかかり、視界を塗り潰したのだ。
咄嗟に対処をしようとした。だが、もう遅かった。
そして私の顔が、急に熱くなり―――――
 
 
 
「―――殺してやるのだからな」
 
 
 
◆◆◆◆◆◆
 

 
 
 
―――少女の端正な顔面は、男の血液によりグツグツと『焼かれていた』。
堪らずに少女はその場で倒れ込み、成す術も無く顔を焼き溶かされていく。
そんな少女の姿を男は笑みを浮かべながら見下ろしていた。
男の名は『エシディシ』。人間を凌駕する『力』と『生命力』を生まれ持つ、闇の一族の一人。
通称『柱の男』と呼ばれる存在だ。
彼女の顔面を焼き尽くす血液。これこそが彼の能力、『熱を操る流法“モード”』。
彼が『炎のエシディシ』と呼ばれる所以。自らの血液を500℃まで上昇させる、灼熱の能力。
暫しの会話を交わした目の前の少女を、その能力の毒牙にかけたのだ。
 
彼は決して妹紅と友好的な意図で接したわけではない。
あんな会話は単なる気まぐれだ。どうせいずれは皆殺しにする有象無象の塵共の一人なのだから。
 
エシディシの目的はあくまで『他の柱の男との合流』『会場からの脱出』。
その為には柱の男の仲間達と共に他の参加者共を殺害し、あの荒木と太田とかいう二人の男の下へ辿り着かねばならない。
少々小癪だが、下手に逆らえば脳を爆破されて死ぬだけだ。
だったら一先ずはゲームに乗り、優勝や生き残りを狙うであろう邪魔なカス共を減らしておいた方がいい。
それに、神々や妖怪など…未知の存在への好奇心もあった。少し試してみるのも一興だろう。
 
 
 
男は尚も不敵な笑みを見せ、少女を観察し続けていた。
 
さて…お前はこの状況で一体どんなことが出来る?
此処から何をしてみせてくれる?
お前の持つ力とは何だ?見せてくれ――――
 
そして、男の口の両端が三日月のように釣り上がった。
 
 
 
「成る程…それがお前の『力』ってワケか」
 
 
そこで彼が目にしたものは、『ただの人間』ならば有り得ない光景。
それは人間でありながら永劫を手にすることの出来た、少女の能力。
火傷を負った少女の顔が、生々しい肉の音と共に『治癒されていく』。
焼き尽くされ、溶かされていた顔が通常の人間ならば有り得ない速さで再生していく。
先程まで灼熱の血液に顔を焼かれていた少女は――――――
炎を意にも介さぬ様子で、こちらを『見据えていた』。
 
 
「…いきなり、酷いわね……顔を焼くなんて」
 
冷静に言葉を紡ぎながら――『灼熱の血液』が、振り払われるかのように消え失せ。
少女は、その場から立ち上がった。
 
「人間の身でありながら、再生能力を持つのか?」
「ま、有り体に言えば…そう言った所ね。そうじゃなかったらこんな調子良く立ち上がらないわよ」
 
蓬莱の薬によって不老不死の存在と化した少女――藤原妹紅。
とはいえ、此処ではそれも『偽り』となっている。あくまで持つのは、弱体化した再生能力だけだ。
彼女は不敵な笑みを浮かべることもなく、怒りの形相を見せることも無く。
ただ淡々と、冷静沈着な表情で―――自らの『不尽の火』を発現させた。
対するエシディシは、心底面白そうに笑みを浮かべていた。
彼の心に浮かぶのは、久しく感じていなかった昂揚感。そして、未知の力への興味。
そして彼は一旦後方へとバックステップをし、少しだけ距離を取る。
 
 
「ほう!小娘、貴様も炎を操るのか!面白いじゃあないかッ!
 今まで久しく好敵手がいなかったのだ…丁度いい、この『エシディシ』を楽しませてみせろ!小娘ッ!
 ―――『怪焔王の流法“モード”』ッ!!!」
 
エシディシもまた、己の指先から触手の血管を飛び出させるッ!
それは500℃にまで達する灼熱の血液を用いて戦う『熱を操る流法』。
数多くの波紋戦士を葬ってきたその能力を、彼は解き放ったのだ!
 
相対するは不老不死の少女と、太古より蘇りし柱の男。
距離を取っていた『柱の男』が地を蹴ると同時に、『少女』もまた戦闘態勢に入る。
果樹園の中央にて、闘いの火蓋が切って落とされたのだ。
 
 
◆◆◆◆◆◆
 

 
 
 
「――――ッ、」
「ハハハハハハッ!!どうだ、満足に反撃も出来ないかァ!?
 そらそらァ!どこまで耐えられるのかなッ!!」
 
結論から述べれば、戦況はエシディシが優勢だった。
回避された沸騰血は地面へと落ち、土や雑草を容赦なく焼き焦がす。
妹紅は触手のような血管を、後方へ下がりながら辛うじて回避し続けている。
 
彼女は腕や胴体などにエシディシの血液を何度か喰らっていた。
先程顔面に浴びせられた際よりも多量の血液を受けたということもあるのだろうが…妹紅の身体には、所々火傷が残っている。
普段ならば既に塞がっているであろう負傷。しかし、じわじわと再生しているとはいえ未だに負傷は完治していない。
即ち「いつもより傷の治りが遅い」。再生能力が弱体化している。
 
彼女は元々戦闘においては再生能力頼りであることが多かった。
当然だ。絶対に死なない身体なのだから、強引に攻めれば押し切れる。
だが―――今回は違う。負傷によって死を迎える可能性がある。
下手に重傷を負えばこちらが不利になるのだ。回避も行う必要がある。
しかし、彼女にとって回避行動は不得手。
「回避」という不慣れな行動に気を取られ、そちらに専念する形になってしまっていたのだ。
 
 
「逃げてばかりじゃあ、ラチも開かんよなァッ!!」
 
そしてエシディシの攻撃は血管だけではない。
不意を突くように時折織り交ぜてくるのは、強靭な筋肉をバネに放たれる剛拳。
妹紅はそれに対し、とにかく回避に徹していたのだ。
如何に妹紅が妖怪退治や殺し合いなどで身体能力に秀でていようと、あくまで元は人間。
対するエシディシの単純なパワーとスピードは、吸血鬼をも遥かに凌駕する。
それだけではない。彼は数多くの波紋使いを葬ってきた百戦錬磨の戦士。並大抵の者を上回る格闘技術をも併せ持つのだ!
一度あの拳に対処した際、妹紅はエシディシの身体能力、そして技量の高さに気付いた。
そしてエシディシはその体術と自身の能力を存分に生かし、激しく攻め立ててくるのだッ!
エシディシは己のパワーを生かして至近距離での戦闘に持ち込み、徹底的な攻撃態勢に入っている!
今の妹紅がしていることは、ほぼ回避のみ。
時折僅かな隙を突いて炎弾を放ってはいるが、殆どダメージを与えられていない。
 
 
 
軽く舌打ちをしながら、妹紅は何とかエシディシの攻撃を躱していく。
しかし、このままでは全く埒が開かないのは当然のこと。
どうにかして打開しなければならない。
いっそ、自分の再生能力を信じて強引に攻めるか。
それとも、攻撃の隙を突いて体勢を立て直すか。
考えている間にも、敵は鋭い攻撃を仕掛けてくる。
迷っている暇なんてない。
 
そう。既に男は、拳を握り締めているのだから―――!
 

 
「―――そぉらァァァッ!!!」
 
直後、目の前の男が猛々しい声と共にこちらへ再び拳を放つ。
無骨な拳が真っ直ぐにこちらへと迫り来る。獣のように力強く、弾丸の如く勢いが籠った一撃。
しかし、その軌道は真っ直ぐだ。私は右手に霊力を纏わせる。
そのまま、迷うことなく―――拳を両腕で、強引に受け止めようとした!
 
 
 
「…ほう?」
 
男は、強引に拳を受け止めようとした少女を見下ろし…ほんの少しだけ感心したように声を漏らす。
しかし拳を防いだ妹紅の口からは…ごふっ、と口から血が吐き出される。
力づくで受け止めようとしたとはいえ、その衝撃は相当のものだ。
ある程度ダメージは緩和出来たが、当然の如く妹紅の身体は吹き飛ばされる。
だが、吹き飛ばされる直前の少女の口元には。
 
笑みが浮かんでいた。
 
 
「――不死」
 
そして、エシディシが目にしたものは…吹き飛ばながらも、右腕をこちらに向ける妹紅の姿。
右掌の正面に形成されているのは、不尽の炎の鳳凰。
 
「火の鳥、―――鳳翼天翔ッ!!」
 
火の鳥を模した真紅の炎弾が、エシディシ目掛け放たれる。
スペルカード、不死「火の鳥―鳳翼天翔―」。
それは不死鳥のような煌めきを見せる、紅き炎。
周囲に熱風が吹き荒れ、目を見開くエシディシの身に火の鳥が直撃する――!
 
 
「ぬうッ…!?」
その身が炎で焼かれ、男の身体が大きく仰け反る。
先程までの炎弾ではあまり傷を受けていなかったが…今回の攻撃はスペル。少なからずダメージは与えられている。
同時に、吹き飛んだ妹紅が小屋の壁に強く叩き付けられた。
全身を叩き付けられ、口から血を流し、強烈な鈍痛が回りながらも…妹紅はよろよろと立ち上がってみせた。
――苦痛には慣れてる。この程度の痛みなんか、…力づくにでも持ちこたえてやる。
 
 
「……よくも……やってくれたじゃないか…なァ、小娘ェッ!!?」
 
血管ピクピクで怒るかのような、されどどこか楽しげに笑みを浮かべているような。
そんな微妙な表情で、男は声を荒らげて地面を蹴る。
胴体の正面が焼け焦げながらも、ダメージを感じさせぬ凄まじい瞬発力で妹紅の方へと迫り来る。
両足の筋肉を躍動させ、獣のような勢いの速さで突撃をしたのだ。
 

 
 
―――しかし、エシディシが妹紅の所まで到達することは出来なかった。
 
 
パァン、パァン。
 
 
二度に渡って響き渡ったのは、乾いた破裂音のようなもの。
そう、銃声だ。妹紅が懐に隠し持っていた、『一八七四年製コルト』。
妹紅はそれを咄嗟に抜き、エシディシに向けて不意打ちの如く放ったのだ。
エシディシの頭部と首筋は弾丸に貫かれ、血肉をブチ撒ける。
絶叫じみた咆哮を上げながら、男は傷口を両手で抑えて転倒する―――
 
 
 
 
「………ふー…。」
銃を握り締めながら、私は一息を吐く。
引き金は躊躇いなく引いた。先程も言ったように、私は殺し合いには慣れている。
自分から積極的に仕掛けるつもりはない。だが…殺そうとしてくるなら、別だ。
殺しにかかってくると言うのなら…とことんまで抵抗するだけだ。
 
あの男は、どうなっている?
スペルを直撃させ、頭部に弾丸を叩き込んでやったんだ。
普通ならば、これでもう死んでいる。少なくとも、行動不能にはなるだろう。
主催者の話を思い出す。頭を破壊されれば不老不死だろうと例外なく死ぬ、と。
逆に考えれば、頭部さえ破壊すれば確実に敵を殺せるということなのかもしれない。
それが正しければ、これであの男はもう動けなくなるはず――――
 
 
そんな私の期待を嘲笑うかのように。
小汚く、不気味な笑い声が…耳に入ってきたのだ。
 
 
 
 
 
 
 
「―――痛ェなァァァ~… 中々粘るじゃねえか、小娘… 今…ほんのちょびっとでも、思ったんだろう?」
 
ニヤニヤと笑みを浮かべながら―――――男は、立った。
その両足で、確実にその場に立ち上がってみせた。
頭部から血を流しながらも、男の余裕の表情は崩れない。
いや、むしろその顔は「愉しげ」にすら見えたのだ。
 
 
 
 
「『この化物を仕留められた!』とでも…思ってたんだろう、なァァァーーーーーーッ!!!!!?」
 

 
 
 
地響きが鳴る様な轟く声で、男は心底愉しそうに―――叫んだ。
コイツは…とんでもない、化物だ。こんな奴に…勝ち目があるのか?
あの男も手傷を負っているとはいえ、今は私の方にだってダメージと霊力の消耗がある。
このまま戦った所で…恐らく、ジリ貧。互いに傷を再生しながら長期戦になるだけ。
『制限』がある以上、どこまで再生能力が持つかも解らない。
それだけに、こちらの方が不利になる可能性が高い。
あの男の能力は、計り知れないのだから。
…いや、違う。そんな理屈の話じゃない。あいつは、とにかく…危険だ。
冷や汗を流し、私はただただ歯軋りをする。
 
 
 
 
「く、っ…………!」
 
そして、最終的に私が選んだ道は…撤退。
傷付いた身体を押しながら、私は強引に走り出す。
身体は痛むし、所々焼け焦げて熱い。それでも、立ち止まっていたら再び攻撃されるだろう。
とにかく果樹園から、この場から離れるべく、両足に力を踏ん張らせ…駆け始めたのだ。
私は、必死に逃げ出した。
 
 
―――無意識の内に目の前の男に恐怖を抱いていたことに、少女は気付いていない。
 
 
◆◆◆◆◆
 
 
エシディシは、逃げていく少女を何も言わずに見ていた。
俺に臆したのか。それとも、この状況では不利だと感じたのか。
まぁ、正直どっちでもいい。追いかけるのも面倒だ。
また後で探し出して、くびり殺してやればいいだけのこと。いちいち追撃する必要はない。
あの小娘、確かに実力はあるが…あくまで十分に対処出来るレベルの強さだ。
この会場の中で、殺す機会などいつだってある。
 
「シラけちまったじゃあねえか、全く」
 
とはいえ…敵に逃げられ、少々面白くない気分ではあった。
追撃さえすれば追うことは出来たかもしれないが、こちらとて傷は受けている。
下手に深追いをし、妙な傷を負わされたらそれもそれで厄介。
それに…時間はたっぷりあるのだから、焦る必要も無いだろう。
 
ともかく、あの少女との闘いで彼は理解した。
柱の一族とも、波紋使いとも違う、「未知の存在」がいることを。
少女は不死鳥の如し炎を操り、同時に高い再生能力を兼ね備えていたのだ。
あの力が一体どのような技術によるものかは解らないが、興味はある。
この会場に同じような存在がいるとなれば、尚更だ。
 
さて。此処にはカーズやワムウもいるらしいが…まぁ、アイツらはそう簡単に死にはしなないだろう。
俺は俺で、気ままにやらせてもらうとするかね。
勿論あいつらと共に生き残り、荒木と太田を殺すつもりではある。
抜け駆けをしてカーズやワムウを殺害し、優勝しようだとか…そんなことは微塵も考えてはいない。
あくまで敵は荒木飛呂彦と太田順也だ。
だが、そこに辿り着くまでにはまず「勝たなければ」ならない。
そう。―――最終的に、仲間達以外の参加者共は皆殺しだ。
だが、先程も述べたように他の参加者に対する興味はある。
此処にはどんな奴がいる?どんな能力を持つ者がいる?
是非とも試してみたい。ま、最後は殺すことには変わりないがな。
 
 
 
月を見上げ、男はゆっくりと歩を進める。
行く先は特に決めてはいない。
ただ風が流れるように、気の赴くままに進み続けるだけだ。
その口元に、邪悪な笑みを浮かべながら…彼は果樹園から離れていった。
 

【B-5 魔法の森・果樹園の小屋付近(7部)/深夜】
 
【藤原妹紅@東方永夜抄】
[状態]:全身打撲(中)、身体のあちこちに火傷(中)、疲労(大)、霊力消費(中)、再生中
[装備]:一八七四年製コルト(4/6)@ジョジョ第7部
[道具]:予備弾薬(18発)、煙草(数本)@現実、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:主催者を倒す。
1:今はとにかく逃げて傷を癒す。
2:主催を倒す為の協力者を探す。出来れば慧音を探したい。
3:こちらからは仕掛けないが、襲ってくるのなら容赦しない。
4:エシディシを警戒。無意識に僅かな恐怖を抱いている。
5:主催者の言っていたことが気になる。本当に不死の力は失われているのか?
[備考]
参戦時期は永夜抄以降(神霊廟終了時点)です。
風神録以降のキャラと面識があるかは不明ですが、少なくとも名前程度なら知っているかもしれません。
果樹園から離脱し、南下中です。
 
 
【エシディシ@ジョジョの奇妙な冒険 第2部「戦闘潮流」】
[状態]:胴体に火傷(中)、頭部と首筋に銃創、疲労(小)、再生中
[装備]:なし
[道具]:不明支給品、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:カーズらと共に生き残る。
1:一先ず気の赴くままに動いてみる。神々や蓬莱人などの未知の存在に興味。
2:仲間達以外の参加者を始末し、荒木飛呂彦と太田順也の下まで辿り着く。
3:他の柱の男たちと合流。だがアイツらがそう簡単にくたばるワケもないので、焦る必要はない。
4:夜明けに近づいてきたら日光から身を隠せる場所を探す。
[備考]
参戦時期はロギンス殺害後、ジョセフと相対する直前です。
エシディシがどこへ向かうのかは次の書き手さんにお任せします。
頭部に銃弾を受けましたが、脳への直撃は避けているのでさほど深刻なダメージではないようです。
 
 
『一八七四年製コルト』
藤原妹紅に支給。ジョジョ7部でリンゴォ・ロードアゲインが使用していた回転式拳銃。
装弾数は6発。予備弾薬付き。威力は現在の拳銃と比べても遜色はないが、固定式シリンダーなので弾丸の装填には時間がかかるだろう。
 
 
最終更新:2014年02月06日 00:59